日本文化の入り口マガジン和樂web
12月9日(木)
考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく(ゴッホ)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
12月9日(木)

考えれば考えるほど、人を愛すること以上に芸術的なものはないということに気づく(ゴッホ)

読み物
Culture
2019.06.03

七夕とは? 星に想いを託したその起源に迫る!

雨が湿度を帯びながらしめやかに降る日があると、梅雨入りを想起するとともに、梅雨明け後の夏のイベントが気になる方もいるのでは。本格的な夏を迎える頃、最初のイベントとしては7月7日の七夕(たなばた)があります。こどもの頃には色紙で飾りを作ったり、お願い事を短冊に書いて飾った方もいるのではないでしょうか。そもそも七夕とはどのような由来の行事なのか、その起源や飾りの意味をご紹介します。

七夕の由来は?

七夕の起源については、諸説ありますが、
1.織姫と彦星の伝説
2.中国のお祭り「乞巧奠」

の2つとされています。順を追ってご紹介しましょう。

まずは有名!織姫と彦星の伝説

七夕行事の由来のひとつは中国の伝説です。一般的なストーリーをご紹介すると、

神様の娘、琴(こと)座のベガと呼ばれる織女星(しょくじょせい)と、鷲(わし)座のアルタイルと呼ばれる牽牛星(けんぎゅうせい)は、神様の引き合わせにより深い愛に満たされた結婚生活を送ります。

しかし織女星は織物、牽牛星は稲作と、それぞれ担っていた大切な仕事をしなくなってしまったため、怒った神様が天の川をはさんで引き離します。

すると今度は悲しみに明け暮れ、仕事をしなくなってしまったため、真面目に働くことを条件に、毎年7月7日だけは会えるようにしたのです。

前日の天気予報で、今年の七夕は晴れて織姫と彦星は会えそうですね、という言葉が添えられると、こどもながらに嬉しい気持ちになったものです。

中国の七夕のお祭り行事「乞巧奠」

乞巧奠(きっこうでん)とは、7月7日の夜、織女に対して機(はた)織りや裁縫が上達するようにと針に糸を通しお祈りをする風習で、七夕伝説を元に作られたといわれています。ちなみに、「乞」は願う、「巧」は巧みに上達する、「奠」はまつる・お供えするという意味です。中国の南北朝時代(439〜589年)に書かれた年中行事をまとめた書物、「荊楚歳時記」(けいそさいじき)にその記載があります。

日本における七夕の歴史

平安時代は宮中行事となった七夕

この二つが奈良時代に日本へ伝わり、宮中行事として取り入れられることとなりました。当初は、詩歌や裁縫の上達を願って星に祈りをささげ、墨の乗りがよいため紙の原料としても使われていた梶(かじ)の葉に和歌をしたためて、お祀りしていたそうです。

江戸時代には五節句のひとつに

七夕の行事が民間に大きく広まったのは、江戸幕府により五節句のひとつとして制定されたことがきっかけです。五節句は暦の中で奇数の重なる日を取り出して、季節の旬の植物から生命力をもらい邪気を祓うという目的から始まりました。当時は手習いごとをする人や、寺子屋で学ぶ人が増えたことから、星に習い事や書の上達を願いました。

歌川国貞(くにさだ) 豊歳五節句遊文月七夕(ホウネン ゴセックアソビ フミヅキ タナバタ) 大判錦絵 天保14~弘化3(1843〜1846)年ころ 国立国会図書館蔵 短冊に願いを込める姿は江戸時代の浮世絵にも描かれています

七夕飾りの意味とは?

飾りそれぞれに込められた想い

七夕というと思い浮かべるのが短冊などの飾り。こちらも江戸時代から始まった風習です。乞巧奠では5色の糸をお祀りしていたことと、宮中行事で和歌がしたためられたことが転じて五色(ごしき)の短冊が使われるようになりました。五色というのは、中国の陰陽五行説にちなんだ「青、赤、黄、白、黒」の五色のこと。陰陽五行説とは、古代中国の「木、火、土、金、水」の五つの要素が、この世のものすべての根源である」という説で、「木=青・火=赤・土=黄・金=白・水=黒」を表しています。

ちなみに、その他の飾りに込められた意味は・・・
吹き流し:織姫の織り糸を表し、織姫にちなみ、裁縫が上達するように願うといわれています
網飾り:魚を捕る網を表し、豊年豊作大漁の願いを込めて飾ります
折鶴(千羽鶴):長寿を願い、長寿のシンボルである鶴を折り紙で折ります
神衣(かみこ):紙の人形(着物)を飾ると、裁縫が上達し、着るものに困らなくなるといわれています。災いを人形に移すという意味もあります
財布(巾着):金運上昇を願い、折り紙で折ったり、本物の財布を下げたりします
くずかご:ものを粗末にしないという意味で、七夕飾りを作る時に出た紙くずを、折り紙のかごに入れてつるします

意味を知って飾るのも楽しそう!

7月7日だけじゃない! 七夕の時期

現在、七夕は7月7日になっていますが、新暦が導入されるまでは旧暦を使用して七夕の日が決まっていました。現在の暦の感覚でいうと約1ヶ月後の8月になるようです。日本の七夕祭りも、7月7日や1ヶ月遅れの8月7日前後に行われているようです。
ちなみに旧暦って何だっけ?と気になった方はこちら。
日本の「旧暦」とは? を知る7つの質問

全国の七夕祭り

それでは、全国にはどのような七夕祭りがあるのでしょうか?その一部をご紹介します。(カッコ)内は2019年の開催日です。
宮城県仙台市「七夕まつり」伊達政宗公の時代から続く伝統行事として受け継がれています。豪華絢爛な七夕飾りが有名で毎年200万人を超える観光客が訪れます。(8月6日〜8日)
愛知県一宮市「一宮七夕まつり」 毎年130万人もの人出で賑わうお祭り。一宮は織物で知られ、織物と縁の深い織女星・牽牛星にちなんだお祭りを行うようになったそう。(7月25日〜28日)
神奈川県平塚市「湘南ひらつか七夕まつり」豪華かつバラエティーに富んだ七夕飾りが楽しめるお祭り。日本三大七夕祭りのひとつに数えられています。(7月5日〜7日)
愛知県安城市「安城七夕まつり」 地元の方が作る「竹飾り」が並ぶストリートは日本一長いといわれています。(8月2日〜4日)
千葉県茂原市「茂原七夕まつり」阿波おどりやYOSAKOIおどりなど、練習を積んだ各チームの熱量のこもった踊りが人気。(7月26日〜28日)

ちなみに行事食は「そうめん」!

例えば、1月7日の人日の節句は七草粥、5月5日の端午の節句は柏餅が行事食ですが、七夕は・・・?答えは「そうめん」! 醍醐(だいご)天皇の時代に宮中の儀式・作法等を集大成した「延喜式(927年)」には、「そうめん」の原型といわれる「索餅」(さくへい)という小麦粉と米粉を水で練り、塩を加えて縄状にしたものが、旧暦7月7日の七タの儀式に供え物の一つとして供えられたと記述してあるそうです。

意外と知らない七夕行事。7月7日に昔の人がどのような気持ちで空を見上げていたのか想像すると、また趣も違ってきそうですね。

書いた人

編集長から「先入観に支配された女」というリングネームをもらうくらい頭がかっちかち。頭だけじゃなく体も硬く、一番欲しいのは柔軟性。音声コンテンツ『日本文化はロックだぜ!ベイベ』『アートラジオ』担当。ポテチと噛みごたえのあるグミが好きです。