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Culture
2022.10.10

浮世絵で美人画か歌舞伎の役者絵か見分けるポイント・特徴を解説

この記事を書いた人

性別も年齢も自由に加工できるアプリが人気です。
そのせいか、「この写真はどこまでが本当?」と疑ってしまうことが増えたという方も多いのではないでしょうか(私もそんな一人です)。

一方、見た目だけではなく、性別も、年齢も、時代をもこえて役柄になりきって魅せるのが役者さんたち。中でも、男性だけで演じる歌舞伎には女性の役を演じる女方(おんながた/「女形」と書く場合もあります)と呼ばれる役者がいます。女方は「本物の女性よりも女性らしい」と評されることもあり、その姿は、浮世絵にも描かれています。

ちなみに私の好きなヴィジュアル系では、女性の格好をした男性バンドマンを「女形」って言うんですよ(誰も聞いてない)。

美人画と役者絵の見分けポイントは前髪?

浮世絵の人気ジャンルとして、「美人画」と「役者絵」があります。
吉原遊郭の花魁や町で評判の看板娘など、年齢も職業も様々な女子の姿を描いたのが「美人画」です。美人画に描かれたファッションやヘアスタイルには当時の流行も反映されていたので、ファッション雑誌のような役割も果たしていました。中には、広告タイアップ企画もあったのだとか。
一方、歌舞伎役者を描いたものが「役者絵」で、現在のブロマイドのようなもの。芝居小屋で上演される歌舞伎の舞台の一場面を描いたもののほか、「大首絵(おおくびえ)」と呼ばれる上半身アップで描いたものや、役者のオフの姿を描いたものなどもあります。

有名人のオフショットが欲しいのはいつの時代も一緒!?

それでは、「美人画」と女方を描いた「役者絵」の見分け方はご存じでしょうか? 舞台の一場面を描いたものであればすぐにわかりそうですが、女方のみが描かれていたり、オフショットの場合は?
最もわかりやすい見分けポイントは、前髪。同じようなヘアスタイルをしていても、「紫帽子(むらさきぼうし)」「紫の帽子」と呼ばれる紫色の布が前髪に当てているのが女方を描いたもの。現在の私たちがイメージする帽子とはちょっと違いますが、江戸時代の被り物の一つでした。時代により、形や大きさなどが異なりますが、紫色という色は共通しています。江戸時代は鬘(かつら)の技術がまだ未熟で、生え際をうまく処理することがでなかったため、紫帽子を使用して生え際を隠しました。

三代目歌川豊国「東海道五十三次の内 平塚 万長娘おこま」 国立国会図書館デジタルコレクション

島田髷(しまだまげ)という若い女子のヘアスタイルですが、前髪に紫帽子を当てているので、描かれているのは歌舞伎の女方です。
役者絵には「役者模様」が用いられていることが多く、この絵でも髪に挿した櫛には「丁子車(ちょうじぐるま)」の模様、着物には「杜若(かきつばた)」をかたどった円形の白い模様が見えます。どちらの模様も三代目岩井粂三郎(いわいくめさぶろう)にちなんだ役者模様です。丸みを帯びた目元、鼻筋が通った顔立ちも、粂三郎に似せて描かれています。

一勇斎国芳「山海愛度図会 くすぐったい」 国会図書館デジタルコレクション

この絵の女子も島田髷を結っていますが、前髪が見えるので、若い女子を描いた絵だとわかります。前髪を組み紐で蝶結びに結わえているのがおしゃれですね。

なお、役者絵では女方の紫帽子はお約束ではなく、紫帽子がない女方を描いていた役者絵もあるのでご注意ください。浮世絵の褪色(たいしょく/色があせること)により、紫帽子が紫色に見えないこともあります。

歌舞伎の女方は、江戸のファッションリーダー

歌舞伎になくてはならない女方。女方のファッションは江戸の女子たちの注目を集め、ファッションリーダー的な存在になっていきます。歌舞伎の衣裳やヘアスタイルは、役どころによって決まりごとがありますが、当時の流行も反映されていました。
また、舞台衣裳の色や模様が評判となって、女子たちが真似ることもあったのだとか。明和年間(1764~1772年)に活躍した二代目瀬川菊之丞は美貌の女方。俳名「路考(ろこう)」の名がつけられた、緑がかったくすんだブラウンの色「路考茶」が人気になったほか、「路考髷(まげ)」と呼ばれるへスタイル、「路考結」という帯の結び方など、様々な流行を生み出しました。

勝川春好「三代目瀬川菊之丞」 シカゴ美術館
三代目瀬川菊之丞も美貌の女方。紫帽子がなければ、女子と見間違えてしまうかも?

ところで、江戸歌舞伎の女方は、舞台上だけではなく、プライベートでも女性のようなファッションをしていたのだとか。舞台姿だけではなく私服もチェックされるので、プライベートでも気が抜けません。

有名人はこれまたいつの時代も大変だ~!!

紫帽子は、女方役者がプライベートで外出する際に、当時の習慣で、男性が額から頭頂部の毛を剃っていた月代(さかやき)と呼ばれる部分を隠すためにも使用されました。

三代歌川豊国「蛍狩当風俗」より 国立国会図書館デジタルコレクション

蛍狩りに来たという設定の歌舞伎役者を描いた作品の1枚です。額に紫の布を載せ、家紋入りの簪で留めていることから、若女形を描いているとがわかります。

美しく盛って描いて欲しかった女方役者

明和年間頃から、役者絵は個々の役者の個性を重視し、容貌の特徴を捉えて描く「似顔(にがお)」の手法が定着。役者模様が描かれていることもあるので、当時の歌舞伎ファンは、絵に役者の名前が記載されていなくても、描かれている役者が誰なのか、すぐにわかったのではないかと思われます。

役者絵では、役者の個性をストレートに表す立役(たちやく)に対して、女方の場合は特徴を明確に表現しないこともありました。理想的な女性像を演じる女方は、役の持つ特徴やイメージで描かれることが多かったからかもしれません。

東洲斎写楽「三代目佐野川市松のおなよ」 シカゴ美術館

描かれているのは三代目佐野川市松(さのがわいちまつ)。額の上には紫帽子があり、市松格子がアクセントとなった衣裳を着ています。
扇子に添える手元に役柄の色香が感じられますが、太くて短い首、大きな鷲鼻(わしばな)という市松自身の素顔の特徴も描かれています。役柄と役者本人の個性が二重にあぶりだされている点が写楽作品の魅力の一つですが、美しく見せたい女方からすると、写楽に描かれるのは迷惑千万だったかもしれません。

わかるわかる。ノーマルカメラで撮った写真は見たくない!

佐野川市松と言えば、美貌の若衆方・女方役者として活躍した初代が有名です。舞台衣裳として用いた石畳模様が「市松格子」として流行しました。

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紫帽子は、舞台では現役

現在は、技術の向上もあって、鬘の生え際もきれいに作ることができるようになりましたが、紫帽子をつけている女方の役柄があるのをご存じでしょうか? これは、「古い時代のお芝居」のサインとして様式的に残しているそうですが、役柄によって微妙に紫の色味が違います。

例えば、『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』の戸浪は、田舎に住む、寺子屋を営む浪人の女房という設定なので、お納戸色(おなんどいろ)に似た地味な紫色。

三代目歌川豊国「菅原伝授手習鑑」 東京都立中央図書館特別文庫室
右側から、松王丸、武部源蔵、源蔵女房・戸浪で、「寺子屋」の場面を描いています。

一方、『壇浦兜軍記(だんのうらかぶとぐんき)』の遊君阿古屋のように華やぎのある役では、やや赤みの強い派手な紫色となります。

三代目歌川豊国「壇浦兜軍記」 東京都立中央図書館特別文庫室
左側の琴を弾いている女性が阿古屋です。

ちなみに、襲名公演などの「口上(こうじょう)」の舞台では、真女方(まおんながた/女性の役のみを演じる女方)の場合は中振袖に裃が正装で、前髪に「紫帽子」という布をかけて、家紋を彫った簪(かんざし)で留めています。これは「口上の帽子」と呼ばれ、歌舞伎の黎明期に男性が女性を演じる際に、頭に手拭いをのせて月代を隠すと色気が漂うことを発見したことが源だと言われています。

色気って、隠すことで増すのなんでだろう。

安達吟光「大江戸しばゐねんぢうぎやうじ 披露目の口上」 国立国会図書館デジタルコレクション

浮世絵は、江戸時代のファッションを知る手がかり

美しい女方は、女子にとっても憧れの的であり、ファッションリーダーとして舞台衣裳も、プライベートのファッションも注目されました。江戸の女子たちは、役者絵から女方のファッションを知り、積極的に取り入れていました。

月岡芳年「つき百姿 水木辰の助」 国立国会図書館デジタルコレクション

元禄年間(1688~1704年)を代表する女方・水木辰之助(みずきたつのすけ)を描いています。絵は明治時代に描かれたものなので、想像上の姿を描いたものになりますが、水車と波の文様の振袖に刀を差し、詩を詠む姿は艶やかで美しく、当時の女子たちが夢中になったのも納得です。頭を隠す紫縮緬の被り物は「水木帽子」と呼ばれました。
良く見ると下唇が緑色に塗られていますが、これは当時流行した「笹紅」と呼ばれるもの。ファッションリーダーとして、メイクにも抜かりがありません。

今回の記事をまとめるにあたり、美人画と役者絵を見比べてみましたが、江戸の女方の美意識の高さにびっくりしました。そして、浮世絵がファッション雑誌のような、流行を伝える媒体としての役割を持っていたことを再認識することができました。

主な参考文献

  • ・『歌舞伎江戸百景:浮世絵で読む芝居見物ことはじめ』 藤澤茜著 小学館 2022年2月
  • ・『お江戸ファッション図鑑』 撫子凛著 丸山伸彦監修 マール社 2021年1月
  • 紫の帽子(歌舞伎on the web)

書いた人

秋田県大仙市出身。大学の実習をきっかけに、公共図書館に興味を持ち、図書館司書になる。元号が変わるのを機に、30年勤めた図書館を退職してフリーに。「日本のことを聞かれたら、『ニッポニカ』(=小学館の百科事典『日本大百科全書』)を調べるように。」という先輩職員の教えは、退職後も励行中。