『VR能 攻殻機動隊』がついに8月、世田谷パブリックシアターにて上演されました。「草薙素子の能面」というセンセーショナルな情報、ゴーグルを使わないVR舞台。斬新な試みに、原作ファンのみならず業界関係者からも熱い視線を送られていた作品です。
『攻殻機動隊』とは言わずとしれた、士郎正宗氏による漫画が原作。1989年に刊行以来、近未来サイバーアクションものとして不動の人気を誇り、「イノセンス」「S.A.C」、ハリウッド映画『Ghost in the shell』、本年Netflixで配信された『攻殻機動隊 SAC_2045』に至るまで、様々なクリエイターによって攻殻機動隊ワールドが築かれてきました。
どの作品にも共通しているのは「近未来」であること。一方の能は400年前に生まれた伝統芸能。完全義体のサイボーグ・草薙素子がどう結びつくのか……。新型コロナウイルスの影響で客席数を減らしてのチケット販売となったこの公演ですが、発売開始、即完売。急きょ公演数を増やすこととなったことも、注目度の高さを物語っています。大反響を経て、11月に再演が決定!2020年11月28日(土)~29日(日)の2日間、東京芸術劇場プレイハウスにて公演されるそうです。
『VR能』で『攻殻機動隊』。何もかも未知数の公演はどこから生まれたのか?仕掛け人のひとりでもある演出・奥秀太郎氏にお話を伺ってきました。
構想から5年!『VR能 攻殻機動隊』ができるまで
―公演の反響がとても大きいとのことで、おめでとうございます。そもそもこの公演を思いついたきっかけからお伺いしたいのですが……
奥秀太郎氏(以下、奥):元々、「3D能」という公演をシリーズとしてやっていまして。5年ほど前に攻殻機動隊の舞台を作ったとき(2015年『攻殻機動隊 ARISE:GHOST is ALIVE』)、次のステップでは攻殻機動隊をやりたいと思い始めました。最初はもう賛否両論(笑)ですが、技術チームだとか、仲間が段々集まっていきましたね。
―能の部分、VRの部分、様々な分野のスペシャリストが参加されています。
奥:稲見先生(VR技術・稲見昌彦教授)なんかもう、VR研究の第一人者ですから。一番始めはトークゲストとしての出会いだったんですけど……。稲見先生自体が攻殻機動隊をお好きでしたし、光学迷彩にも取り組んでらした。大体本格的に動き始めたのが2年ほど前でしょうか。
―先ほど賛否両論と仰ってましたが、実現するには困難もあったと思います。
奥:いわばWindowsを作っているようなもので。新しすぎて、なかなかイメージもしてもらいにくいんです。ただ、ちゃんとやれたらどんどんバージョンアップできるという自負はありましたし、日本の伝統芸能を継承する方々の協力を得られたことも大きかったです。むしろ、今も舞台上でアドリブが飛び交っていて(笑)舞台裏でも、出演者、スタッフと皆さん面白がって、アイデアを出してくださいます。
ー今も日々進化していると。
奥:ジャズライブのような、ステージ上でセッションというか、技術のぶつかり合いが起きてますね。本当に毎日、違うんですよ。
新型コロナウイルスの影響の中で『攻殻機動隊』を上演するということ
ー3月にお披露目があり、本来7月だった日程が延期と、新型コロナウイルスの影響は大きかった中での公演となりましたね。
奥:紆余曲折はありました。何度も呼び出されて埠頭(ふとう)に行ったりとか(笑)
ー埠頭……?
奥:「ゴーストグラム」などを舞台上に再現するために、さまざまな仕掛け、機械など使っています。海外に発注したものもあるのですが、今は検疫が厳しくなっていて……。舞台に欠かせないとある道具が、ちょうどあやしい見た目になってしまい、税関で止められたこともありました。
ただね、メインスタッフが先しか見ていないんです。稲見教授なんか(この状況下のことを)「人類の電脳化が一気に進んだ!」と仰っていたんですよ。
―確かにオンライン会議や飲み会など、「電脳化」コミュニケーションはかなり増えましたね。
奥:今、持ちたいもの、持てるものが少なくなってきますよね。モノが溢れて、「選んで」「選ばれて」の繰り返しで……ちょっとだけでも信じられるものを探している。今はそんな時代になっているんじゃないですか?
―「信じられるもの」。攻殻機動隊はそういう意味では今の時代にぴったりな作品です。一方では原作の刊行から30年、既にクラシックな名作とも呼べますよね。
奥:僕ら世代にとって、『攻殻機動隊』って『AKIRA』とともにバイブルであり続けているというか、とにかく衝撃的な作品だったんですよ。現在に至るまで作品ごとにそれぞれの解釈、素子像がある。それはすごく意識して、今回能面を作るにあたっても、色んなデザインを作りました。
能面を作って上演してからがスタート!『VR能 攻殻機動隊』のこれから
―噂の「草薙素子の能面」ですね。下膨れだったり面長だったりする、元来の能面のイメージとはかなり違います。ポスターで見ると少女のような……。
奥:かなり難航して……「素子面」だけでばっと机に並べられるくらい(笑)能の先生方にも見ていただき、最終的には海外の人が見る日本人像をイメージしてみたというか、今のかたちに落ち着きました。まだバージョンアップしていくと思いますよ。素子面がポピュラーぐらいになってほしいですね。
―作品ではバトーにあたる「馬頭」が登場して、「素子は何処。」という語りから始まりますね。
奥:馬頭は半面という、表情が見える面にしています。ワキに近い役どころで、今回川口さん(観世流能楽師・川口晃平氏)に演じて頂いていますが、もう最高で。バトーそのもの、再現度が高い!と僕は思っていますね。
―素晴らしい存在感でした。川口さんたちの観世流に加え、喜多流の能楽師である大島さんがご参加されています。能の流派を飛び越えるといった、実にチャレンジングな要素がたくさんある作品ですが、ためらいというか、恐れなどはなかったですか?
奥:自分の中では自然に、これしかないと思っていました。「一生この演目だけやっていられれば良い」というか、何が起きても悔いはない、そのくらいの心持ちでしたよ。幸い、皆さん本当に協力してくださるので、心強いです。
―これからが楽しみになるお言葉です。最後に、『VR能 攻殻機動隊』をご覧になる方へ一言お願いできますか。
奥:今回こんな状況での公演となりましたが、ご声援をたくさん頂いています。新たな草薙素子として、能の草薙素子も、日本人の心で感じていただけたら嬉しいですね。今回はとにかく、無事上演できて良かった。ただ本当にこれからの作品です。今後もバージョンアップをしていく。ぜひ、たくさんの方にご覧頂きたいですね。
400年の時を飛び越えてー無限の広がる夢幻の世界へ
原作2巻を、『攻殻機動隊』に深く関わってきた藤咲淳一氏が脚本化した今作。舞台上を舞う粒子の数々はまさに電脳世界そのもの。舞台上の草薙素子がすうっと消える場面では、客席からざわめきが起きていました。地謡や馬頭の「謡」も、能独特のリズムの中に素子、電脳の海、公安九課などの単語が散りばめられていて、聞いているだけで不思議な感覚に囚われます。
能は限られた空間に限りなく広い世界を作り出す芸術。一方VRは拡張現実と訳されるように、現実を広げようとするものです。その2つが二次元の漫画・アニメであった攻殻機動隊と結びつくことで、驚くほど調和してひとつの世界を作り上げていました。今回は安全策として音源を使用していましたが、生演奏であればまた違う迫力を持った作品になることでしょう。
世界中誰も見たことのない作品がどこまで羽ばたいていくのか。行く先はゴーストがこっそり、囁いてくれるのかもしれません。
再演情報
11月28日(土)~29日(日)東京芸術劇場プレイハウスにて上演決定!※イープラスにて最速先行発売
詳しくは公式HPをご参照ください
VR能 攻殻機動隊 公式HP