日本文化の入り口マガジン和樂web
8月5日(木)
古いものが解体されて初めて、再創造は可能となる。(岡倉天心)
日本文化の入り口マガジン 和樂web
日本文化の入り口マガジン 和樂web
8月5日(木)

古いものが解体されて初めて、再創造は可能となる。(岡倉天心)

読み物
Travel
2021.05.28

映画『由美香』が引き金になった、僕の最初のキャンプ旅〜自転車不倫野宿ツアー〜

この記事を書いた人

こんにちは。
僕は映画監督の平野勝之です。

劇場用映画のデビューは1997年で『由美香』という映画で単館レイトロードショー公開を皮切りに、今まで劇場用は5本の映画を作って公開してきました。

映画『由美香』スペシャルDVD

僕のソロキャン物語 VOL.1

その頃、僕はAV監督で、たくさんの「抜けない」AVを監督してて、ドキュメンタリーが主です。あまりに「抜けない」ものばかり作ってて、たぶんAV監督としては大失格。映画の方が向いてるなと。
つまりエロより面白い方へカメラが向いてしまうため、エロシーンはほとんど無いです。ヘタすると女優が写ってないぐらいの勢いで、そちら方面が目的な方は、さぞ迷惑だったでしょう。

つまり、AVと映画が結婚してできた子供が、僕の映像です。
でも、映画の血の方が濃く、AVはベース的な役割で、AVの環境がなければ自分の映像作は生まれてこなかったでしょう。

そもそも僕は、8ミリ映画を作っていた映画小僧で、エロの血より映画の血の方が濃いようなのです。
まあいろいろあるわけですが、そんな理由で『由美香』という映画は、元は『わくわく不倫旅行 200発もやっちゃった』という、恥ずかしくてとても人に言えないようなタイトルの大作AVだったのを、タイトルを『由美香』と変えて劇場公開しました。

この『由美香』という映画が引き金となり、一番大きな展開をした『監督失格』という映画を、エヴァンゲリオンの庵野秀明さんがプロデュースで制作、2011年に公開するにまで至りました。

まあ、そのあたりのいろいろな映画の事はさておき、どうしてこの『由美香』という映画の話をしているか?というと、この映画は、AV女優と不倫していた僕が、二人だけで自転車で野宿(キャンプ)をしながら、ラブリーになったりケンカしたりしながら、東京から北海道の礼文島まで、約40日間の旅をする、という記録の映画でした。

つまり、これから始まる、僕のソロキャンプのお話は、この『由美香』という映画(AV)の撮影旅が、キャンプ&野宿経験としては初めての体験で、キッカケとなったからです。

当時『自転車不倫野宿ツアー』という、身も蓋もない、わけのわからないタイトルで、『由美香』撮影旅日記の書籍まで太田出版さんから発売されたりしました。

単行本『自転車不倫野宿ツアー』(太田出版)

つまり、以降の僕の自転車一人旅におけるキャンプ体験は、この旅が僕の原点で、ここから一人、自転車旅とキャンプにハマりまくり、今に至る旅の全ての原点となってしまったからです。
僕のソロキャンはこれが第一弾で、以降、現在に至るまで、旅の回数は50回以上、キャンプ回数は数えきれず無数で、さまざまな体験をしてきました。

『由美香』撮影旅ベタ焼き写真

この『由美香』の旅が、実質、自分の人生を変えてしまったわけです。

自転車不倫野宿ツアー

きっと、初めての人は何がなんだかわからないでしょう。
なんで不倫で、なんで自転車旅で、どうしてキャンプで、なんだってAV女優とAV監督がそんな世界をウロウロしていたのか?
これを語り出すと、本が一冊できる(実際できた)ぐらいの話になってしまうので、もう、そういうものだと、認識していただきたい。そういう生き物だとあきらめて、わけがわからないものは、わけがわからないまま受け入れていただきたい。

僕は、AV監督であり、映画監督であり、『由美香』の旅以降は自転車キャンプ旅にハマり、90年代末から2000年代にかけては、自転車雑誌にも連載、文筆&写真家みたいにもなって、著書まであって、なんだかメチャクチャで、関連性もよくわからない、デタラメで行き当たりばったりです。

この原稿も「よしソロキャンを書くぞ!!」と思ったはいいものの、早くも話はどこかに飛んでいきそうです。

とりあえず、最初なんで、まずは自分の最初のキャンプ体験について書こうと張り切ったものの、
書けば書くほどわからない、読者はどう思うだろう?何?AV?映画?自転車旅?不倫?キャンプ?
なにがどうなってるのかわからない。どこに着地していいかわからない。
わからないけど出港してしまえ。
まあ、思えば昔とあまり変わっていない。

AV女優がキャンプ旅するとどうなるか?

とりあえず、AV女優であった故林由美香さんが、初めて自転車で旅をし、主にキャンプをメインに生活したらどうなったか?記しておこうと思います。

◎最初の4日目ぐらいまで、毎日ビビって、河原などにテント張るとつらすぎて泣いていた(必死でなぐさめた)
 でも、酒飲みだったので、一日の終わりに酒を飲むと、すぐにご機嫌になり気持ちは回復していた。だから、彼女にとっては酒は必需品。つらい事があっても、酒飲ませればOK。

『由美香』撮影旅ベタ焼き写真

◎お互い、旅日記を付けていたのだが、オレは走った距離やどこまで移動したか?を重要視して記録していたが、彼女の場合、ひたすらごはん。今日はあそこで何食った、晩飯は何、というのをマメに記録していた。特に北海道に入ってからは、毎日必ずラーメンを食ってた。まるでラーメン研究家にでもなったように、ラーメンを食べると決めていた。

当時の旅日記

旅日記、林由美香が書いたもの

旅日記、当時、フライデーで3回実況中継され、旅の途中、フライデーを購入。日記にスクラップした

同日記、フライデーをスクラップ

◎彼女は女優業、裸商売なので、肌には気を使っていた。いつも一番強い日焼け止めを塗りまくり、真夏なのに長袖の重装備。本州を走っている時は、よりによって連日30度を超す猛暑日が続き、皮膚呼吸ができず、死にそうになってグロッキーになったのも数知れず。北海道に入ってからは涼しいのでだいぶ楽になったようだった。

『由美香』撮影旅ベタ焼き写真

◎自転車はこの時はスポーツモデルなどの旅用ではなく、2台とも街乗りのタウンサイクルだった。
僕のはギアチェンジさえないシングル仕様の変速無しの自転車、林由美香号は7速のチェンジ付きだったが、「漕ぐのは一緒でしょ?」って使おうとしなかった。
ギアチェンジを覚えたのは、北海道の旭川あたり、旅に出てぼちぼち一か月あたりの時だった。

◎この時のテントは、二人寝れるぐらいの3人用の小川テントです。用途にもよるがテントは一人用なら二人用、二人用なら三人用と、少しゆとりを持たせた方が快適です。
まあ、一応仕事仲間、不倫とはいえ恋人同士ではあるので、テント内で、いちゃつきは当然あります。
ある日、ファミリーもたくさんいるキャンプ場で、夜、こっそりわからないようにテント内でエッチしようとしたら、隣のファミリーのお父さんが子供にホルモンを無理矢理食わそうとしてて、「ほれ、美味いぞ食え、ホルモンだぞ」って声が何度も聞こえてきて、笑えて笑えて、する事ができず困った事があります。

『由美香』撮影旅ベタ焼き写真

◎由美香は、テント内でわき毛抜きを、習慣にしてました。
いつもテントを閉めて、上半身裸で、毛抜きでせっせとわき毛を抜いていました。
そのポーズがマヌケで面白く、時々見ていましたが、女性は大変だなーって思いました。

最後に、この時、買ったキャンプ用コッヘル(小型の鍋)、アルミで4段重ねのごく普通のコッヘルですが、これだけは今でもなぜか残っててキャンプには必ず持っていきます。

『自転車不倫野宿ツアー』の表紙で由美香が使っているアルミ鍋。あれから25年。まだ変わらず使用している

1996年の夏からですから、もう25年も使っています。
一番大きい鍋の取っ手にプラスチックが付いていましたが、取れてしまったので、ワイヤーを曲げて処理してあります。入れる袋は、とっくに崩壊しているので、数年前からこのチキンラーメンのノベルティの袋に入れてます。
最初の旅から残っているのはコレだけで、使用回数、数知れず。使っていて不便は感じなかったので、そのまま使用し続けています。
気が付いたら、こんな年月が経ってしまいました。

僕のソロキャン物語

書いた人

映画監督  1964年生 16歳『ある事件簿』でマンガ家デビュー。『ゲバルト人魚』でヤングマガジンちばてつや賞佳作に入選。18歳より映画作家に転身、1985年PFFにて『狂った触角』を皮切りに3年連続入選。90年からAV監督としても活動。『水戸拷悶』など抜けないAV代表選手。2000年からは自転車旅作家としても活動。主な劇場公開映画は『監督失格』『青春100キロ』など。最新作は8㎜無声映画『銀河自転車の夜2019最終章』(2020)Twitterはこちら