雪の季語を分類しましょう!
雪月花は古来美しい景物の代表とされ、多くの歌や詩に詠まれてきました。今回はそのなかで雪にフォーカスしてみます。
【冬】
粉雪、根雪、新雪、しまり雪、ざらめ雪、べと雪、細雪、小米雪、衾雪、しずり雪
他にもたくさん雪を表す言葉があります。いくつご存じでしたか?
しまり雪は積もった雪がしまって堅くなったもの。ざらめ雪は積雪の表面の雪が一度溶けたのち凍ってざらめ状になったもの。べと雪は水分の多い雪、細雪は細かく降る雪、小米雪はその形から小米のような雪。衾雪は厚く覆いかぶさった雪、しずり雪は枝を落ちる雪のこと。
下京や雪つむ上の夜の雨 凡兆
是がまあ終の栖か雪五尺 一茶
いくたびも雪の深さを尋ねけり 正岡子規
降る雪や明治は遠くなりにけり 中村草田男
山鳩よ見ればまはりに雪が降る 平畑静搭
雪はげし抱かれて息のつまりしこと 橋本多佳子
雪の異名
六花(りっか、ろっか、むつのはな)、銀花、不香(ふきょう)
これらは雪の異名です。六花は結晶の形から、銀花は色から、不香は香りのない花=雪というところからの名づけでしょう。
天候
雪暗(ゆきぐれ)、雪晴、雪催(ゆきもよい)、雪起し、風花、雪しまき、三白
雪暗は雪が降りそうな空の暗さや雪が降り続いている間に暮れていくことをいいます。雪晴は雪が止んで空が明るく晴れること。雪催はいまにも雪の降り出しそうな空のこと。雪起しは雪の降りそうな時に鳴る雷。風花は晴れているのに雪がちらつくこと。山の雪が気流に乗って平野部に降ることがあります。花びらが散ることに見立てたものです。風花が見られるときはとても冷え込んでいるときです。別名を吹越(ふっこし)ともいいます。
雪しまきは激しい風をともなった雪。吹雪と似ていますが、風に重きを置いた語です。
三白は正月三が日限定の雪。同じく三が日限定の「お降り(おさがり)」という季語は雨・雪ともに使われます。その年の豊作の予兆といわれ、縁起の良いものです。
雪晴れて蒼天落つるしずくかな 前田普羅
日ねもすの風花淋しからざるや 高浜虚子
ふりむかぬ人の背幅や雪もよひ 鷲谷七菜子
雪しまき眼鼻口てふ顔の穴 東亜未
妖怪
雪女・雪女郎・雪鬼・雪坊主
これらは雪とともに現れる妖怪。雪女はロマンチックな響きがありますね。類句も雪鬼や雪坊主と比べてたくさんあります。
鏡閉づ鏡の奥へ雪女郎 木内怜子
雪女母にも見えて母恋し 髙橋秋郊
五番街に堕天使あるいは雪女 五島高資
生活
雪踏み・雪下ろし・雪掻・雪箒・除雪車・雪囲・雪吊り
雪の多い地方では生活に根差した雪の季語があります。雪下ろしや雪掻きは重労働だそうですね。雪掻きに使う箒を雪箒というそうです。粉雪は箒で掃けるほど軽いのですね。
雪囲は家の周りに杭を打ち、板を張り巡らせて雪害を防ぐもの。雪吊りは庭木が雪の重みで折れないように縄を枝にかけること。金沢の兼六園の雪吊りは有名ですね。
雪掻を手伝つてゐる湯治客 和田崎増美
雪掻かねば男でなしと言はれけり 松崎鉄之介
大雪が押す禅堂の雪囲ひ 山口誓子
雪吊つて百万石の構へかな 清水基吉
遊び
雪見・雪見酒・雪見舟・雪丸げ・雪達磨・雪兎・雪合戦・雪礫・雪目・スキー・ゲレンデ
雪が降ると子供たちはじっとしていられなくて雪達磨を作ったり雪合戦に興じます。アウトドア派の大人はスキーや雪山登山に出掛け、インドア派は雪見で一献。雪の時にしかできない楽しみがありますね。
みちのくの厚き丹前雪見酒 松本澄江
庭の雪使ひ果して雪達磨 湯川雅
簡単にスキーに行くと言はれても 稲畑汀子
虫
綿虫・雪蛍・雪婆・白粉婆・大綿
アブラムシ科の虫で、真白なフワフワした綿をつけています。北海道では10月になると「大量発生して視界を遮るほどだとか。京都では11月下旬、ふわふわと飛ぶというより漂っています。綿虫を捕まえようと手を振り上げるとその風圧で綿虫が流れてしまい、いつも私の掌は空っぽでした。近くにいた少女が不思議そうに私を見て掌をすっと上げるとカンタンに綿虫が捕まっているではないですか。綿虫は掴むものではなく、掬うものでした。
「雪虫」という似たような季語があります。これは雪国で雪解けのころ大量発生するカワゲラ科、ユスリカ科の虫のことです。時には「綿虫」と同義で使われることもあり、少々ややこしいですね。
綿虫や晩年むしろ夢多き 宮下翠舟
綿虫よ私と遠出してみぬか 白岩三郎
【春】
温暖な地域では冬よりも春の雪のほうが多いのではないでしょうか。雪国では雪解けが始まるといよいよ春本番となります。
春の雪
淡雪・泡雪・牡丹雪・綿雪・涅槃雪
春の雪は冬の雪にくらべて大粒で水気を多く含んでいます。積もることなく溶けてしまうことも。涅槃雪は涅槃会のころ(旧暦2月15日)に降る雪のこと。
淡雪やかりそめにさす女傘 日野草城
牡丹雪善き記憶のみ積まれなば 上田五千石
この杖を握れば力涅槃雪 村越化石
雪解
斑雪(はだれゆき)・はだれ野・残雪・雪間・雪のひま・雪の果
斑雪は春になって雪がまだらに積もったり、消えのこった雪がまだらになっていることを言います。冬の間の一面の銀世界から春になると地面があちこちに顔を出します。
しきりなるあと降りあそび雪の果 史石
下校児は女の声まさり斑雪村 岸田稚魚
雪崩・雪解・雪解川・雪解道・雪解風・雪濁
雪が解け始めると川が増水し、道はぬかるみ、山では雪崩が起きることもあります。
あかあかと白樺を透く雪解川 飯田蛇笏
月光の休まず照らす雪解川 飯田龍太
雪消田に空より青き空のあり 篠原 梵
魚
雪代鱒・雪代山女・雪代岩魚
雪解けの渓流でとれるマス、ヤマメ、イワナのこと。釣りの用語です。身を切るように冷たい水が増水して勢いよく流れています。
瀞峡に雪代岩魚焼く煙 竹内蒼礁
生活
雪囲とる
冬の間家のまわりに雪除けに設置していた雪囲を外します。ようやく長い冬も終わりです。
ともかくも取り壊したり雪囲 児玉輝代
雪形
山の雪が解けて地肌が見えてくると、残雪と岩肌から浮き上がる模様を雪形といい、いろいろなものに見立てています。馬、蝶、お爺さん、兎など。山に浮かぶ雪形が農作業の種まきや田植えの時期を知らせる農暦ともなっています。カレンダーで決めるのではなく、実際の天候や気温で決まるので、むしろ合理的に思えます。
残雪は獅子のかたちの深山かな 星野紗一
【夏】
夏にも雪に関連した季語があります。
雪解富士(初夏) 富士(甲斐)の農男 雪渓
夏の間の冠雪のない富士を雪解富士といいます。富士の農男、甲斐の農男は富士山にあらわれる雪形です。
甲斐の農男については、江戸時代の俳人、五味可都里(ごみかつり)の俳句選集「農おとこ」(1788年5月)があります。
・・・・・天の原不尽の高嶺しいつはあれど、田長鳥の声まち、麦かり初る頃ほひしも、そがひの雪のむら消のこりたるくまびに、ひさかたの天のたくみのおのづからなる人がたの、さすがにかしらには、小笠と見ゆるものなんうちかゝぶり、真手には鍬やうのものとりもたらむさま、ほのかに顕はるゝなりけり。
其あらはるゝときぞ、田をうゝるにときをうるとて、それを此さとらのならはせに、農男となん、いとふるきよぞいひ継もてはやしける。・・・・・
葛飾北斎の富嶽三十六景にも「甲斐の不二 濃男」が描かれており、今でもそれと同じ景色が見られることに感動します。
雪渓は高山など標高の高い場所の谷や沢の積雪が溶けずに残った地帯。または積雪で覆われた渓谷のこと。白馬岳、剣岳、槍岳の雪渓が有名です。
田子の田植わするな不二の農男 馬 琵
山椒の棘やはらかし雪解富士 福田甲子男
滝に森に人あそばしめ雪解富士 宮津昭彦
雪渓の水汲みに出る星の中 岡田日郎
【秋】
雪迎へ
晩秋、糸をつけた子蜘蛛が空高く風に吹かれるさま。遠くへ散っていって生息地を広げる。雪国ではその後ほどなく雪が降ることから雪迎えと呼ばれています。遊糸ともいいますが、遊糸は春の陽炎のことも言うのでこれまたややこしい。空中にゆらゆらきらめくものを指したのでしょう。
富士の初雪
富士の初冠雪は年によっても違いますが、9月に入ると麓はまだ残暑でも山頂に白いものを見ます。お天気ニュースでも取り上げられるのでご存じの方も多いでしょう。
浮み出て初雪の不二歪みなし 菅 裸馬
富士新雪日向はどこも鉄くさし 加藤楸邨
一口に雪月花といいますが、雪は天から降ってきて否応なく生活に関わってくるので、美しいと賞翫するだけでなく、マイナスイメージの季語もあります。ここが月や花と大きく違うところだと思います。連句においては月と花は定座があって賞翫の対象として必ず詠みこまねばなりませんが、雪の定座はありません。
千葉県生まれの私、一冬に雪は数えるほど、年によっては立春を過ぎてからの降雪しかないこともありました。子供のころは嬉しくて嬉しくて泥まじりの雪達磨を作りました。雪兎は母がお盆を貸してくれなかったので作ったことがありません。庭木に積もった雪を食べようとしては母に全力で阻止されました。雪国生まれの母にとって雪は美しいものでもはしゃぐものでもなかったのでしょう。
参考文献
カラー図説 日本大歳時記 春 夏 秋 冬 新年 講談社
基本季語500選 山本健吉著 講談社学術文庫
十七季 第二版 三省堂