これまでのエピソードはこちらからどうぞ。
その十、相手の意向に叶いたがるのは
「亭主と客の互いの心持ちは、どのようなものであるべきでしょうか」と問われたときに、利休は次のように答えました。
「いかにも、互いの心に叶うのがよし。けれど叶いたがるのはよくありません。道に達した主客なら、おのずから心はできあがっているもの。未熟な人間が互いに叶おうとばかりすれば、一方が本道を外れると、ともに誤ってしまいます。さればこそ自然に叶うのはよいけれど、叶いたがる意識はいけないのです」
その十一、良いものは、良いものだから
織田信長から利休に「肩衝茶入(かたつきちゃいれ)を求めたい」との仰せがありました。
利休と不仲の天王寺屋宗及(てんのうじやそうぎゅう)が素晴しい茶入を所持していたため、信長公に推薦。宗及は十分すぎるほどの黄金を頂戴しました。
宗及は御礼に酒樽(さかだる)や肴(さかな)、黄金を贈ったところ、利休はその使者に「このたびのことは、茶入に不公平(依怙 えこ)があってはいけないため、進言したまでのこと。日ごろの不和においては変わりありません。しかるうえは、贈り物を受けとる道理もございません」と言って、返してしまいました。
人びとは、利休の私心のなさを讃(たた)えたとのことです。
●肩衝茶入 最も数が多く見られる茶器で、肩の部分が角張っている。名物茶入は、一国に値する価値があり、褒賞品として家臣に与えられた。
●天王寺屋宗及 堺の豪商、津田宗及のこと。利休、今井宗久(いまいそうきゅう)とともに天下の三宗匠と呼ばれた。
その十二、わびの真贋
摂津(せっつ)の国の森口に、ひとりの茶人が住んでいました。いつか訪ねてみたいと思っていた利休は、大坂から京都に行く用事のついでに、その茶人を訪ねようと思いついたのです。「深夜から出かける」と家の者に告げて出かけたのでした。
さてまだ夜が明けないうちに到着すると、いかにも趣のあるたたずまい。茶人がみずから出てきて、すぐに茶室に案内されました。また利休が下地窓(したじまど)からのぞいていると、まだ暗い庭に行灯(あんどん)を持ち出して、柚子(ゆず)の実をとってくれています。
「これは柚子一種で懐石をつくってくれるようだ。ひときわ趣の深いことよ」と感心しました。ところが酒一献(さけいっこん)が過ぎたころ「昨日、大坂からこれが到着しました」と、ふっくらと美味しそうな〝かまぼこ〞を出されました。
利休はそれで、このもてなしがすべてつくりものだと気づいたのです。「自分が訪れることを、だれかが知らせたにちがいない。だからきれいに掃除され、趣向も考えてあったのだろう」。そう思うと、一瞬にして醒(さ)めてしまいました。
利休は「急用を思い出しました。いずれまたお寄りします」と言って退散。それ以後、利休はその茶人に二度と会わなかったそうです。
●かまぼこ 魚をさばき、擂鉢(すりばち)ですり身にした後に、蒸し上げて製造。手間がかかるので、即座に出せるものではなかった。
※12のエピソードは、『長闇堂記(ちょうあんどうき) 』『茶道四祖伝書(ちゃどうしそでんしょ)』『茶話指月集(ちゃわしげつしゅう)』『源流茶話(げんりゅうちゃわ)』『南方録(なんぽうろく)』『茶窓閒話(ちゃそうかんわ)』『松風雑話(しょうふうざつわ) 』といった昔の茶書の現代語訳を参考にして作成しました。
※本記事は雑誌『和樂(2022年12・2023年1月号)』の転載です。