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Culture
2019.08.21

演じる役者は「安全祈願」?歌舞伎怪談『東海道四谷怪談』のお岩さんとは?あらすじも紹介

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いよいよ夏本番。「怪談話」の単語を目にする機会も増えてきましたね。「お岩さん」の物語はとりわけ有名。一度は目にしたこともあるのでは? 何度となくメディア化され、歌舞伎の『東海道四谷怪談』は定番作品として繰り返し上演されている人気演目です。

2019年は南座新開場記念として9月に通しでの上演が決定し、初役でお岩役を務める中村七之助丈が四谷の陽運寺にて、同じく初役での参加となる中村壱太郎丈と「安全祈願」を行いました。

実は、『東海道四谷怪談』には下敷きとなった物語、元ネタがあることをご存じですか? 南座に行く前に、お岩さんの物語を覗いてみましょう。

「四谷怪談」って結局何? 元ネタをひもとく


お岩さんの物語の源流は「四ッ谷雑談集」と呼ばれる怪談読み物。歌舞伎狂言の作者・鶴屋南北(つるやなんぼく)の書いた、「東海道四谷怪談」の元になったと言われています。

醜いお岩と結婚した伊右衛門

こちらではお岩さんは家を継ぐべき「惣領娘」。顔に腫物などがある気の強い娘だったため、なかなか婿を迎えることができませんでした。そんな中、浪人の伊右衛門が半ば騙された形で婿養子になります。しかし、醜いお岩と、立場と収入のために結婚した伊右衛門は、いつの間にか知人の妾を慕い始めました。

知人は妾の妊娠をきっかけに、伊右衛門にあてがおうと企みます。渡りに船の伊右衛門ですが、婿は立場が弱いもの。彼女を娶るために、お岩から離縁を申し出るよう企てます。

騙されたことを知り失踪

のちに真実を知らされたお岩は激怒。その後姿を消し、30年消息不明になってしまいます。一方、伊右衛門はめでたく再婚。のちに子どもにも恵まれ、新しい美人の嫁と幸福に暮らしていました。

しかし、約15年後。3歳の幼子を皮切りに、子どもたちは次々に怪死。お岩の離縁に加担した人々も追放、死など、次々不幸にみまわれます。果ては聡明な後妻も病に倒れ、呪いではないかといううわさがひとり歩き。

伊右衛門はやむなく山伏に頼み、依り代と話そうとします。現れたのはやはりお岩。少女の言葉を借りて「自分を陥れたすべての家の断絶」を宣言し消え去ります。

伊右衛門に不幸が続く

ひとり残った娘を守ろうと、急いで婿を迎えることに。支度として屋根の修繕をしていた伊右衛門は落ちたときに腰を打ち、耳を負傷。そこから出た膿をネズミにかじられるようになります。

猫を何匹も部屋に放てども効果なし。ネズミの嫌いな甘草や昆布なども効きません。ついに「長持に入ればネズミも来ないだろう」と、長持に入り、ふたを閉めてもらいます。

しかし、次にふたを開けたとき、伊右衛門はネズミに食い殺されていました。

この「四ッ谷雑談集」のお岩さんは30年もの間行方不明であり、じわじわと伊右衛門一派に恨みを果たしていく--。

いかにも怪談といった雰囲気が印象的です。ちなみに、小説家・京極夏彦(きょうごくなつひこ)による「嗤う伊右衛門」はこちらを下敷きに書かれた作品。一方鶴屋南北版は、舞台なだけにスピーディーでドラマチック。お岩の妹・お袖のストーリーもからんできます。

スキャンダラスなドロドロ劇!「東海道四谷怪談」あらすじ

『東海道四谷怪談』は『仮名手本忠臣蔵』との同時上演が初演。外伝=いわゆるスピンオフとして作られています。忠臣蔵でお家断絶になった「塩冶」家の浪人・左門の娘がお岩とお袖なのです。

姉妹の運命を変えた殺人事件

お岩は民谷伊右衛門に、妹お袖は佐藤四茂七と許嫁の仲。どちらも同じく塩冶家の浪人です。ある日、伊右衛門は左門を殺し、伊右衛門の家来・直助はお袖の夫・四茂七(実は違う人)を殺します。そうとは知らず、二人に仇討ちを頼む娘たち。この殺人事件がお岩、お袖の運命を大きく変えてしまうのです。

伊右衛門がお岩に毒を盛る

お岩に面体を変える毒薬が届いたと知った伊右衛門は、金持ちの娘との結婚を承諾。一方、血の道の妙薬と信じ毒薬を飲んだお岩は発熱し、顔が痛いと苦しみだします。髪を梳いたお岩は自分の変貌に驚愕。騙されたことを知ったお岩の恨みは頂点に。伊右衛門を追い込むために、あらゆる手立てを尽くします。最後に伊右衛門は無残に殺され、お岩の望みは達成されるのです。

伊右衛門が、迎えた後妻をお岩と勘違いして斬り殺す、遊女に身を落とすお袖など、スキャンダラスでドロドロの愛憎劇「東海道四谷怪談」。歌舞伎ではさまざまな仕掛けを施し、凄惨な出来事をマジックショーのように「魅せ」ていきます。上演すれば大入りが期待される人気演目になりました。

この『東海道四谷怪談』にはなんと、祟りの言い伝えがあるそうなのです……。

お岩の祟りを防ぐ! 繰り返される成功祈願と安全祈願

掛け軸が落ちた、裏方が大けが、役者が不幸にみまわれる……。など、『東海道四谷怪談』の上演にあたり、お岩さんの祟りと言われる「うわさ」はたくさんあるようです。

かねてより、『東海道四谷怪談』を上演する際は、お岩役を演じる役者や関係者一同が成功祈願としてお岩詣でに行くのがならわし。それは令和になっても変わりません。

お岩役・中村七之助さんがお岩詣で

2019年9月、『東海道四谷怪談』の南座上演が決定しました。それに伴い、四谷にあるお岩ゆかりのお寺・「陽運寺」にて行われ興行台安全成功祈願。ともに初役となる、お岩役・中村七之助さん、妹・お袖役の中村壱太郎さんが参加しました。

ダイナミックでリズミカルなご祈祷。「大難を小難に、小難を無難に」という言葉がまるで歌舞伎のせりふのよう。「東海道四谷怪談」の安全祈願が歩んできた道を感じます。

中村屋が演じてきた「東海道四谷怪談」

伊右衛門役は片岡愛之助さん。直助権兵衛役は市川中車さん。七之助さんはお岩のみならず、佐藤四茂七、小仏小平の三役に挑戦という意欲的な配役。実は中村屋にとって、『東海道四谷怪談』は思い入れのある演目。祈願後の囲み取材では、早逝だと惜しまれた父・十八世中村勘三郎さんの話も飛び出しました。

今回は故・十八世中村勘三郎さんと名コンビだった坂東玉三郎さんが監修です。七之助さんは昔から、「あなたはお岩さんを演じなさいな」と言われていたとのこと。玉三郎さん自身はお岩を演じたことは一度しかないというのは驚きですよね。

父・十八世勘三郎さんの演じたお岩と共に「二人から引き継いだお岩」を務めたいとのこと。実際何度か稽古をつけてもらっているそうですが、十八代目勘三郎さんとほぼ同じことを言っているそうで、名コンビぶりが偲ばれます。

関西での上演はなんと26年ぶり!

日本一有名な怪談話と言っても過言ではない「四谷怪談」。さぞや上演されていることだろうと思われるでしょうが、実は関西の本興行で演じられたのは26年前の南座が最後。

プレッシャーはあれど「舞台がかからないのは面白くないからじゃん」とお客さまに思われないよう、責任を持って務めたいと意気込み満点でした。

七之助さんは『東海道四谷怪談』には何度も参加出演しており、この安全祈願ももうおなじみだそう。ご住職との付き合いも三世代にわたっていると嬉しそうに話していました。

安全祈願に来てみてどうかという質問に、「パワーをもらえる場所」「やらなければいけない、と気が引き締まる」と答えていました。

一方の七之助さん演じるお岩の妹・お袖役の壱太郎さんは『東海道四谷怪談』に初参加。七之助さんに教わって……と緊張ぎみに話していましたが、七之助さん曰く「安心して任せている」とのこと。

七之助さんも三役を演じるのは今回が初めて。玉三郎さんが「お父様はおやりになっていたでしょう」の一言で演じることを決意したそうです。「この世代にしかできない東海道四谷怪談を」と気合十分。昼夜通し狂言となる今回の公演、楽しみですね!

和樂で語られた十八世勘三郎『東海道四谷怪談』への思い

「早すぎる」と死を惜しまれた十八世中村勘三郎さん。雑誌「和樂」のインタビューでは十七代目の死による横やりの数々を、お岩役が跳ね返したと語っていました。

「あの四谷怪談は、最初のころはガラガラだったのに、大阪の中座のお客さんが育ててくれたみたいなもので、楽近くなったら吹き替えのお化けが客席を歩けなく位くらい、大入りになっちゃって、大当たりさせていただいた。それで認めてもらえて、また少しずつ役がつき出しましたから、あの芝居はぼくにとってはエポックメイキングな芝居なんですよ」(和樂2004年7月号より)

七之助さんは囲み取材中、父から教えてもらえないのが残念だと話していました。

「『東海道四谷怪談』の稽古中におしゃべりをしたら父からすごく怒られました。何度も参加しているので頭ではわかっていても、身体で表現しないといけません」

四谷怪談について、「この作品で怖いのは人間の業であり、因縁です。人間のはかなさ、哀れさをしっかり演じたい。父の墓前にも報告しました」と意欲たっぷり。

この夏、南座でしか見られない中村屋の思いが詰まった「三役」が京都の街を震わせることでしょう。

お岩さんはなぜこうも愛される?

お岩の物語は、なぜこんなにも広く伝わってきたのでしょうか。「四ッ谷雑談集」『東海道四谷怪談』、どちらのお岩さんにも共通するのは意志の強さ、そして、信じていた人に裏切られるという人間の哀しみです。

時代が変わっても、人間の本質は変わらない。どうしてもうまくいかないときもある。お岩さんは怨霊として恨みを必死に晴らしていく。江戸の女性は歌舞伎を見て、お岩さんにヒーローショーのごとく歓声をあげていたのかもしれませんね。

初心者にも楽しめる演目と言われる『東海道四谷怪談』。お岩さんに会いに劇場に足を運んでみるのもおすすめです。
もしかしたら、ひょっこり観に来ているお岩さんに会えるかもしれませんよ!?

南座新開場記念 九月花形歌舞伎 通し狂言「東海道四谷怪談」

日程 9月2日(月)初日~26日(木)千穐楽
チケット販売開始中~
公式サイト 歌舞伎美人 公演情報

出演 <民谷伊右衛門>片岡愛之助、<お岩・佐藤四茂七・小仏小平>中村七之助、<直助権兵衛>市川中車、<お岩妹お袖>中村壱太郎 他

書いた人

歌舞伎を着物で観つつ和菓子を食べ茶を点て過ごす日々。実はTOEIC910点だが、あまり活用していない。旅行とコスメと本が好き。ラグビーとプロレスで叫んでいることもある。今日も漫画は面白い。