箱根の岡田美術館館長でありながら、学習院大学名誉教授、国際浮世絵学会会長などを兼任する、日本美術史家の小林忠さん。朗らかな人柄と、ユーモアたっぷりの分かりやすい解説から、学生のファンのみならず美術ファンからも高い人気を誇ります。そんな小林忠さん(通称:コバチュウ先生)に、和樂が注目している“江戸絵画”について尋ねました。
日本美術史上最大のビッグウェーブが巻き起こった江戸時代。なかでも絵画においては、まさに奇想の画家、奇想の作品が次々と生み出されました。画派も画風も画法も飛び越えた江戸絵画中で、これは見逃せない!というコバチュウ先生厳選の5作をご紹介します。
江戸時代は日本美術史上最大のビッグウェーブ! コバチュウ先生のこれは見たいゾ江戸絵画
1.狩野探幽「四季松図屛風」
人間の一生を四季の松で描くなんて!
コバチュウsaid 「春夏秋冬の風物とともに、人生の4段階、青年期のしなやかさ、壮年期のたくましさ、やがて衰えて腰も曲がり、髪も白くなる老・晩年期の衰えを、松の葉4態で表しています」
狩野探幽「四季松図屛風」 6曲1双 大徳寺 徳川幕府の御用絵師として活躍した狩野探幽。一門を率いて上方と江戸を行き来し、城や寺院の障壁画制作などに従事するなかで描いたこの『四季松図屛風』は、総金箔貼りの豪奢な地に左右2本ずつの松という構成も見事。
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2.久隅守景「納涼図屛風」
私ものんびり月を…
コバチュウsaid 「昼の農作業を終えて、貧しいながらも楽しい夕餉をとり、戸外の夕顔棚の下で今しも上がってきた満月を眺めている農家の親子、なんと幸せそうではないか。うらやましい!」
久隅守景「納涼図屛風」 国宝 2曲1隻 東京国立博物館 Image: TNM Image Archives 画風が規範からはずれるとして狩野探幽に破門された異端の画家、久隅守景の代表作。くつろいだ姿の農民をしみじみと情感たっぷりに描き、礼儀作法にとらわれない農民の生活への武士のあこがれを託したものともいわれ、庶民へのあたたかな眼差しが感じ取れる。
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3.渡辺始興「吉野山図屛風」
見よ、このデザイン力!
コバチュウsaid 「桜の名所、吉野山の華やかさを豪奢にデザインして見事。京焼の陶工の野々村仁清の茶壺にも似た模様が描かれています。都人ならではの美意識が桜の花のように満開!」
渡辺始興「吉野山図屛風」(左隻) 6曲1双 画像提供:東京国立博物館 Image: TNM Image Archives 江戸中期に京都で活躍した画家、渡辺始興。古典的なやまと絵や、狩野派、そして尾形光琳に学び、円山応挙に先駆け実物写生を試みるなど、過渡期の京都画壇を象徴するように幅広く活躍した始興随一の作。
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4.伊藤若冲「動植綵絵 老松白鳳図」
若冲の奇想ぶりといったら!
コバチュウsaid 「辻惟雄さんが、若冲はアーティストの直感として…って語ったのがこの白鳳の羽根のハート。面白いでしょ、若冲も辻さんの、荒魂の人、奇想の人なんです」
伊藤若冲「動植綵絵 老松白鳳図」 30幅の内 宮内庁三の丸尚蔵館 江戸時代中期の京都を代表する絵師、伊藤若冲。狩野派を離れて中国の花鳥画を模写したり、鶏を飼って観察するなどして独特の画風をつくり上げる過程で描いた「動植綵絵」。レースのように美しい白い羽根の表現にも注目。
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5.葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」
これぞニッポン代表です
コバチュウsaid 「大きな波にあらがう小舟が3隻、舟には大勢の漕ぎ手が必死に櫓を漕いでいる。海の向こうには霊峰富士山。自然と人間の争いを神が見守るというこの絵は、世界中で人気です」
葛飾北斎「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」 錦絵46図の内 千葉市美術館 江戸時代後期の浮世絵師、葛飾北斎。世界に驚愕をもって迎えられた北斎の作品中、最も影響力が大きかったのがこの“大波”。ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」と並んで「世界で最も有名な絵」とも称される。
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箱根の美の殿堂「岡田美術館」はこんなところ!
コバチュウ先生が初代館長を務める岡田美術館は、2013年、箱根の小涌谷に開館しました。かつて明治時代に存在していた欧米人向けホテル「開化亭」の跡地に建設された建物は、床面積約7,700平方メートル、展示面積約5,000平方メートルと美術館が数多い箱根の中でも屈指の広さ。日本・中国・韓国を中心とする古代から現代までの美術品を展示する目的で設立された5階建ての館内では、「日本画」「陶磁器」「漆工品」「金工品」などの美術作品およそ450点が常設展示。国の重要文化財に指定された作品も複数点あり、喜多川歌麿の「深川の雪」や伊藤若冲の「孔雀鳳凰図」など、美術ファン垂涎の名画も。広い館内で優れた作品の美を体感することができるこの美術館は、まさに「美の殿堂」です。
美術館正面に飾られている、岡田美術館の象徴ともいえるのが、風神雷神の大壁画「風・刻(とき)」。俵屋宗達からはじまり、時代を超えて絵師たちに引き継がれてきた琳派の代表作「風神雷神図」は、平成の時代に日本画家・福井江太郎によって、640枚の金地パネルという壮大なスケールで描かれました。12m×30mの大壁画の前には100%源泉かけ流しの足湯カフェが併設され、浸かりながら鑑賞することができます。
(上から)Okada Museum Chocolate『若冲・孔雀鳳凰』、Okada Museum Chocolate『雪佳・燕子花』、Okada Museum Chocolate『光琳・菊』
Okada Museum Chocolate『歌麿・深川の雪』
ミュージアムショップも充実。中でも、岡田美術館専属ショコラティエ・三浦直樹さんによるオリジナルチョコレートは、「風・刻」をはじめ、若冲の「孔雀鳳凰図」、歌麿の「深川の雪」をモチーフにしたものなどがあり、芸術的スイーツとして話題になっています。さらに、広大な敷地内には美術館のほかに庭園や飲食施設も。美術鑑賞をした後は、自然豊かな庭園を散策して四季折々の風情を楽しんだり、食事や甘味をいただきながらゆっくりくつろぐことができます。箱根の自然に囲まれた岡田美術館は、美とやすらぎの時間を過ごすことができる別天地です。
◆岡田美術館
住所 神奈川県足柄下郡箱根町小涌谷493-1
公式サイト
北斎を堪能するなら…コバチュウ先生監修
「100%Hokusai」がおすすめ!
北斎研究の第一人者であるコバチュウ先生監修の「北斎原寸美術館 100%Hokusai!」は、北斎の名画100点を掲載し原寸で再現した、これまでにない迫力の充実した画集です。気鋭の日本美術ライターであり永青文庫副館長である橋本麻里さんによる書き下ろし原稿を収録しています。
「北斎は、版画の彫りと摺りにこだわり、版元への手紙で自分の好みを吐露し、職人たちへの指示をしつこいほどに念を押して要求していた。その執念のほどは、この『北斎原寸美術館 100%Hokusai!』で、じっくりと観察し、たっぷりと堪能されたい。また、肉筆画では全体図とともに部分、部分への注視によって、“神は細部に宿る”という格言に改めてうなずかされることであろう」(小林忠「はじめに」より)
こばやしただし/1941年東京生まれの美術史学者。東京大学大学院修士課程修了、東京国立博物館、学習院大学、千葉市美術館などを経て、2013年より箱根の岡田美術館館長に。学習院大学名誉教授、国際浮世絵学会会長なども兼任。「北斎原寸美術館 100%Hokusai!」(小学館)や「日本水墨画全史」(講談社学術文庫)など、著書・共著多数。朗らかな人柄とわかりやすい解説に学生のみならずファン多し。