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連載

Craftsmanship

2025.03.03

【短期集中連載】シャネルとメティエダールの聖地「le19M」を巡る物語1 フランス屈指の職人たちが集うle19Mの誕生!

パリのオートクチュールを支えるメティエダール(芸術的な職人技)の伝統を次世代へ伝えていくために、シャネルがパリに創設した「le19M(ル・ディズヌフ・エム)」。 それは、フランスの比類なき職人技の文化を称え、卓越した技術を未来へと継承していくための拠点です。 この連載では、そんなle19Mの物語を代表的なメゾンの活動も通して4回にわたりご紹介してまいります。

オートクチュールを支える卓越した職人技の伝統を未来へ継承するために、シャネルがパリ19区に創設したle19M。それは、芸術的な職人技を称えるメティエダールの聖地であり、新たな拠点です。2021年に設立され、2022年1月、フランス大統領も出席した落成式を経て、その門戸が開かれました。

注目の建築家リュディ・リチオッティのデザインによる創造性にあふれた建物は、織物の糸を思わせるコンクリートの白い外骨格で覆われ、現代的で圧倒的な存在感を放ちます。ここには、刺繡、プリーツ、シューズ製作、帽子製作など、それぞれの専門分野で高度な技術を擁する11のメゾンダールが集結。約700名もの職人や専門家が、シャネルをはじめとするラグジュアリーメゾンのために働いています。

彼らが仕事をする現場は、各自の専門性に合わせて最適化され、設備と環境が妥協することなく整えられました。陽光が降り注ぐ広々としたアトリエでは、熟練の職人と見習いが肩を並べ、世代を超えた技術の継承が日々行われています。

その一方で、多くのアトリエでは先端技術が積極的に導入され、伝統的な手仕事と最新のデジタル技術の融合が進められています。これはサヴォアフェールの未来を見据えた取り組みのひとつだといえるでしょう。

そして、le19Mはジャンルや世代を超えた職人たちの交流や技術のクロスオーバーを推進する場であり、職人の育成にも力を入れてきました。建物内の文化スペースでは、エキシビションやワークショップが定期的に開催され、一般の人々も参加することができるため、若い世代がメティエダールへの関心を抱くきっかけとなっています。

le19Mは単にものづくりを行う場ではなく、伝統と革新が融合し、新たなものを生み出す、まさに〝創造の聖地〟なのです。この活動はファッション界のみならず、伝統産業の継承と発展にも新たな道を示す、重要なモデルケースとなることでしょう。

自然と人間の共存を目ざす建築家、リュディ・リチオッティならではの建築デザイン。インパクトのある白い外骨格は、建物を支えるだけでなく、自然光を最大限に取り込み、アトリエ内を明るく、快適に。中央の自然豊かな庭園は、職人たちに安らぎを与え、大切な交流の場にもなっている。

サヴォアフェールを守り継ぐ意味とle19Mに託された役割とは?

文・今津京子(ジャーナリスト、展覧会プロデューサー)

1997年、私はある雑誌で「モードの芸術——フランス・オートクチュールを支える人々」という連載を1年間執筆した。湾岸戦争が勃発した、’90年代初頭からヨーロッパの経済は減速。ファッション業界もその煽りを受けて、オートクチュールを制作するメゾンの数が年々減っていた時代だ。しかし、そのような厳しい状況でもクチュリエたちは常にモードの究極の美を求め、そして技術の精緻を尽くした職人たちがそれを代弁し表現する——そんな世界に関心を持ったのだ。

連載はアトリエなどの取材と、実際にその技術を駆使したオートクチュールドレスをモデルが着用した写真とで構成されていた。核となる取材ではいくつかのアトリエを訪問した。どのアトリエにも積み重ねてきた歴史があり、秀でた技術にただ唸るばかりだった。刺繡とツイードの「ルサージュ」、プリーツ加工の「ロニオン」、羽根飾り、カメリア、テキスタイル装飾の「ル マリエ」、帽子の「メゾン ミッシェル」など。偶然だが、これらが現在、すべてle19Mに入っているのだ。

当時インタビューをしたアトリエの当主は、ほとんどが家業として継いだ何代目かであった。需要は確実に減っていて、例えば、羽根飾りについていえば「1946年に277軒あったアトリエはわずか4軒」(1997年取材時)とある。どのアトリエでも存続への危機感は同様だったので、それからまもなくシャネルがこれらを傘下に収めるというプロジェクトを聞いた時、技術が継承されていくことに安堵し、と同時に、ひとつの企業が文化保護政策ともいえるような行動を起こす懐の深さに心のなかで拍手した。

そして、アトリエが一堂に集まる場所が、パリ北東部19区。昨年のオリンピックを機に再開発が進んでいる地域でもあり、le19Mは新しい文化発信の地として牽引する役割も担っているのだろう。

21世紀に入ってから、ファッションが芸術の一分野としてより鑑賞の対象になっていると感じている。パリにはガリエラ宮モード美術館という服飾に特化した美術館があるが、近年開催される展覧会は常に盛況だ。そしてまさに現在、ルーヴル美術館で「ルーヴル・クチュール」という展覧会が7月21日まで開催されている。工芸部門の展示室に45のメゾンからオートクチュールを中心とする約100点のドレスが展示されていて、芸術とファッションの関係を紹介している。le19Mが生まれたことでメディアがメティエダールを取り上げることも増え、公開されることの少なかったオートクチュールを支える職人や彼らの技術への関心も確実に広がっている。

亡きカール・ラガーフェルドはルサージュの刺繡について「刺繡は世界中にあり種類も価格もさまざまだが、真似することができないのはパリの刺繡だ」という言葉を残している。これはメティエダールの担い手への最大級の賛辞と言える。le19Mのアトリエでは、これまでの技術に加えて最新の技術を取り入れているとも聞く。過去の遺産も継承しながら進化するアトリエに支えられ、ますます〝真似することのできない〟オートクチュールの未来に大きな期待を抱いている。

Profile
いまづ きょうこ●パリを拠点とし、約40年にわたり、「モネ 睡蓮のとき」(2025年3月より、京都市京セラ美術館)、「ガブリエル・シャネル展 MANIFESTE DE MODE」(2022年、三菱一号館美術館)など、数十に及ぶ大型美術展の企画・制作・調整に携わる。美術、ファッションなどの分野で寄稿も多数。

le19M

2, place Skanderbeg
75019 Paris
※展覧会やワークショップが開催される
la Galerie du 19M」とカフェの利用が可能。
詳しくは、下記にてご確認ください。
https://www.le19m.com

右/le19Mを代表するアトリエのひとつである「ルマリエ」。職人が手作業で花びらを重ね、カメリアを形づくっている。左/「la Galerie du 19M」で昨年開催された「テキスタイルと刺繡、100年の物語」展。貴重なアーカイブ作品が多数展示された。

エントランス近くのカフェは、一般にも開かれた場所。©le19M / Photo: Ismaël Bazri

昨年「la Galerie du 19M」で好評だったエキシビション「Figure Libre」展。デザイナーのステファン・アシュプールによる、スポーツウエアを芸術に昇華させた作品が話題に。©le19M / Photo: Ismaël Bazri

撮影/小野祐次 コーディネート/鈴木春恵

※本記事は雑誌『和樂(2025年4・5月号)』の転載です。

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福田詞子

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