前編はこちらから:過去と未来をつなぐ和紙の美。日本家屋の「闇」の美しさとは 【伊藤仁美+和紙作家・ハタノワタル 対談】前編
中編はこちらから:奥まで踏み行ってみて「そこが入口」だと気づく。着物と和紙の共通項【伊藤仁美+和紙職人ハタノワタル 対談】中編
和紙の奥に見つめるもの
伊藤仁美(以下、伊藤) 「奥まで行ってみて、初めてそこが入り口だったことに気づく」という話がありましたが、私は日本の文化の面白さはどれも「奥」に行けば行くほどおもしろく、同時に学ぶことも多いように感じます。ハタノさんにとって和紙の「奥」にあるものはなんですか。和紙の奥に見えている魅力や、なぜ未来につなぎたいと思われるのかについて教えて下さい。
ハタノワタル(以下、ハタノ) そうですね、大学生時代によく山登りをしたりツーリングをしていたんです。いろいろな山に登ると、どの山にもその周辺には小さな村がありました。人工的につくられた現代の街とは異なる、江戸時代やもっと以前からずっとそこに人の営みがあったのだろうなという気配が残る村ばかりで。
僕はそういう風景がとても好きで、「ああ、ここにもこうやって人の暮らしがあったんだ」と、いつもそうした風景を見ると感慨にふけっていました。そしてそれが同時に本当の「持続可能な生」なのだろうと感じたんです。
和紙について言えば、和紙だけを集落の暮らしから切り抜いて残していくのではなくて、農家さんたちとも他の職人さんたちとも手を繋いで、この地で自分の子孫まで暮らしが立てられるようにすること。「どうすれば子孫にこの暮らしを続けてもらえるか」を考えて暮らすことが、持続可能性を考える上で一番大事なのではないかと思っています。

昔ながらの暮らしにある「強さ」
伊藤 それは実現しつつありますか?

ハタノ まだまだ難しいですね。この村に住む人も、多くは企業に勤めています。そうなると、農村は崩壊していくんです。いまは僕らが畑も始めて、地域の方々にアルバイトとして入ってもらったりしながら、「土」を通じた仕事の仕組みもつくれないかと考えています。「なんか不景気やけど、ハタノさんとこ行ったら仕事あるわ」ぐらいに考えてもらって、「しかも結構楽しいわ」と思ってもらえたりするようになっていけば、この村も「強く」なっていけるのではと思うんです。
結局のところ、自分なりの美しさやビジョンを持って生きている人が、一番強いんです。和紙から人々をつなげていくというのはきっと、そういう強さを身につけていくことであって、その点では仁美さんのおっしゃる着物の「美しさ」と感覚的には似てると思います。
伊藤 たしかに、ハタノさんからは「強さ」をすごく感じます。人とは異なる直感や判断力を持っていらっしゃいますよね。それは「覚悟」とも言えるかもしれませんよね。もちろん大変なこともあると思うんですけれど、ブレないという姿勢に覚悟が見えるというか。

ハタノ 人って結局、誰かと自分を比較するから追いかけようとしがちですが、「世の中がどう動こうが関係ない」と思えたら、そもそも比較しなくてよくなるんですよね。それはやっぱり強さだと思うし、美しさでもあると思う。農家さんや職人さんたちにはその強さがあると思う。
あと、日本におけるお寺の役割にはそういう部分もあったんじゃないでしょうか。自らの宗派の檀家さんと精神的な「美しさ」を共有しながら、一緒に求めていくことが、多分人々の「強さ」になってきたんだろうなと。そうした精神が自分たちを守ってきた。本来は人それぞれにやり方があって、生き方があるからより豊かな気持ちになれるし、生活も豊かになっていくんだと思うんです。それは「足るを知る」という言葉にも通じる部分があると思う。
伊藤 なるほど。そうかもしれませんね。最後に、ハタノさんのこれからについて教えて下さい。

ハタノ 和紙を始めて今年で27年になりました。でも、振り返ってみると本当に少しずつしか進んでいないとも感じます。「もっとやらなきゃいけないことがある」と思いながら、少し焦りも感じながら歩き続けているんですけれど、気づいたら「あれ、結構できてるやん」みたいな。周囲には「強さ」と「美しさ」を持った人たちがたくさんいるので、これからも彼らに学ばせてもらおうと思っています。
伊藤 私は今日は美しさと強さが「イコール」だということを学ばせてもらったように思います。ありがとうございました。
(Text & Photo by Tomoro Ando/安藤智郎)
Profile 伊藤仁美
着物家
京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。
オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。
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和を装い、日々を纏う。Profile ハタノワタル
黒谷和紙漉き師
1971年、淡路島に生まれ。多摩美術大学絵画科で油画を専攻したのち、京都北部の地場産業・黒谷和紙の研修生に。2000年に黒谷和紙漉き師として独立、工芸のフィールドを中心に活動する傍ら、和紙を使った空間をデザインや施工を行う。また国内外で展覧会を重ね、和紙の魅力を伝えると同時にアート活動も並行して行う。大阪・南船場に自身のアートに特化した「Wa.gallery」を開廊。京もの認定工芸師。

