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Culture

2025.09.03

片岡千之助の連載 Que sais-je「自分が何も知らない」ということを知る旅へ!#008ハムレット

“Que sais-je(クセジュ)?”とは、フランス語で「私は何を知っているのか」。自分に問いかけるニュアンスのフレーズです。人生とは、自分が何も知らないということを知る旅ではないでしょうか。僕はこのエッセイで、日々のインプットを文字に残し、皆さんと共有します。第8回の「旅」は…ハムレット。

ハムレットに挑むにあたって

新国立劇場で上演される『ハムレット』の稽古期間中です。焦燥感に駆られる日々を過ごしています。

しかし、今の僕の心に宿るのは、焦りだけではありません。

まだ始まってもいませんが、すでに寂しさを感じています。舞台は、始まったらあっという間。稽古場に通い詰め、共演の役者さんや演出家さんたちと会話を重ねながら芝居を深めていくこの日々が、すでに宝物のように輝いています。

恐怖も感じます。

初日の幕が上がる時は震えそうなほどです。3歳から歌舞伎の舞台に立ち、昨年は初めて現代劇にも出演しました。でも今までの舞台で、ここまでの緊張は経験がありません。これを書いている今でも心は震えています。

何がそれほど恐いのか。それは、この戯曲が持つ表現の無限性です。

数えきれないほどの役者さんが、舞台でハムレットを演じてこられました。それは歌舞伎の古典と共通するところです。しかし歌舞伎の場合は、まず先人たちの演じ方を学び、研究し、稽古を重ねて型を継いでいくことを大事にします。一方でハムレットは、先人たちのやり方を真似ることは求められていません。劇場にお越しくださるお客様の中には、かつて祖父(片岡仁左衛門)が演じたハムレットの姿を、僕に求められる方もいらっしゃるかもしれませんが、今回僕が目指すべきは、片岡千之助という一役者が、ハムレットとして舞台の上で生きることだと考えています。

もちろん観て学ぶことは大事ですから、祖父が演じたハムレットの映像の他に、藤原竜也さんや柿澤勇人さんなど、皆さんのハムレットも拝見しました。役の心情の理解、お客様にお伝えする表現力の追及は何よりも大事ではあるのですが、今僕は、皆さんのハムレットから底なし沼のような表現の無限性を感じ、恐怖を覚えているのです。

たとえば「生きるべきか、死ぬべきか」のセリフで知られる独白の場面。

心の内で吐露するような内容を、口に出して音にすると、その瞬間どこか質量が変わってしまう気がするのです。また、心のうちが声となって漏れるのは、ハムレットの心の巾着が紐を緩めるように、ある意味でリラックスをしているから。しかし復讐という使命を背負う状況ですから、緊張状態にはちがいありません。緊張と緩和のバランスの少しの違いでも、お芝居の印象は大きく変わっていきます。

表現の無限性という宇宙を漂うような感覚は、とても孤独であり、恐怖そのものとして実感しているところです。

その存在を近くに感じて

緊張感、高揚感、恐怖心、寂しさ。

ハムレットに向き合うことで、これらの感情を味わえていることに感謝します。感謝する余裕はあるのか、と我ながらつっこみたいところでもありますが、どこかに自分自身の置かれている状況を俯瞰する心がなくては、役に心を食べられてしまう気がします。役者ですから役に侵され、侵されてなんぼの仕事。でも正直、ハムレットという人物に、これほど禍々しいほどの存在感を心のうちで放たれるとは想像していませんでした。史実の人物ではなく、シェイクスピアが生み出した架空の世界に生きたハムレットが、今にも目の前に出現しそうなほど、その存在を近くに感じているこの頃です。

もしかしたら今日の文章は、今までの連載と比べるとどこか色合いや言葉遣いが少し変わっているのかもしれません。9月15日の千穐楽の幕が閉まる時、どんな感覚が押し寄せるのかは想像し難いものではありますが、どこか一筋の光が見えることを切に祈っています。

何よりも、お客様に喜んでいただけるように誠心誠意勤めきりたいと思います。では、劇場でお待ちしております。デンマーク王子ハムレットとして。

稽古場にて、男性キャストの皆さまと。

関連情報

ルネサンス音楽劇『ハムレット』
主演:片岡 千之助
原作:ウィリアム・シェイクスピア
演出:彌勒忠史
日程:2025年9月3日(水)~9日(火)
会場:新国立劇場 小劇場
公式サイト

映画『爆弾』
2025年10月31日(金)公開予定
監督:永井聡
出演:山田裕貴、伊藤沙莉、染谷将太、坂東龍汰、寛一郎、片岡千之助、中田青渚、加藤雅也、正名僕蔵、夏川結衣、渡部篤郎、佐藤二朗
原作:呉勝浩「爆弾」(講談社文庫)
公式サイト

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片岡千之助

2000年生まれ。2004年歌舞伎座にて4歳で初代片岡千之助として初舞台を踏む。2011年、片岡仁左衛門と戦後初の祖父、孫での「連獅子」を実現させる。2012年(当時12歳)から自主公演「千之会」を主催するなど芸事への研鑽を積みながら、2017年にはペニンシュラ・パリにて歌舞伎舞踊を披露、2020年『カルティエ』腕時計パシャのアチバー(達成者)に選ばれる。また昨今では大学に復学しながら、主演映画を続けて勤め、現代劇舞台、ドラマと様々な分野で表現者として邁進している。
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