私のように鬼を避けて生きたいと望む人が気をつけるべき場所がある。橋だ。 今回紹介するのは鬼に出くわした不幸者たちの話。これを読んで、来たる鬼との邂逅に備えておきたい。「和樂web」は読者の安全を守ります。
紀遠助(きのとおすけ)の場合
美濃の生津(現在の岐阜県)に紀遠助という名の男がいた。京でのつとめを終えて美濃へ帰る途中でのことだった。
紀遠助は橋を渡ろうとした。と、橋の欄干にもたれる女がいた。妖しいなと思いつつ、通り過ぎようとしたところで声をかけられた。
「あなたはどちらへいらっしゃるの」
「美濃へ向かいます」紀遠助は答えた。
「この匣を唐郷の橋の下へ届けてほしいの。お聞き入れくださるでしょうか」
「お引き受けしましょう」
女は懐から絹で包んだ小さな匣をとり出した。
「匣はぜったいに開けてはだめよ」
つまらないことを引き受けてしまったな、と思いつつ紀遠助は郷里へ帰った。匣は、ひとまず納戸のなかへ閉まっておいた。その匣を、嫉妬深い妻が開けてしまった。夫が隠し事をしているかもしれないと思ったのだ。
匣の中には、人の目をくりぬいたものや毛のついた男の陰茎が詰められていた。恐ろしくなった妻は夫が帰って来るやいなや匣の中を見せた。紀遠助は慌てて蓋をして元のように結びなおし、匣を届けるために急いで頼まれた橋へと向かった。
橋には女がいた。そして匣をひと目見るや不機嫌な顔をした。
紀遠助はそれから気分が悪くなり、間もなく死んでしまった。妻も死んだ。
宇治橋でのこと
京都宇治橋の南に橋姫神社という小さな祠がある。祭神は瀬織津比咩(せおりつひめ)という水の神様と言われ、嫉妬の末に鬼女になったという伝説もある複雑な存在だ。でもまあ、複雑なのは女の性なので、そう不思議なことではない。
鬼女として恐れられる彼女は、かつては人間だった。ただ、ほかの人よりも妬みが強かっただけだ。だから生きながら鬼になってしまった。
きっかけは夫の心が他所の女に移ったことだった。人の命を奪う力を手に入れたいと神に願った彼女は三七日間、宇治の川瀬で水ごり(心身の罪や穢れを洗い流すこと)をした。髪を分けて角形に結び、顔に朱を塗り、頭に三本足の鉄輪をのせ、それに火を燃やして深夜の大和大路を通い、ついに鬼となった。
鬼となった女は恨めしい相手を次々と殺してまわった。それでも怒りは収まらず、その後も橋を渡る人たちを悩ましつづけたという。
願いの強さと真剣さ、愛憎の恐怖を伝える身の毛がよだつ伝説である。
橋の上に集まる鬼女たち

月岡芳年『新形三十六怪撰 平惟茂戸隠山に悪鬼を退治す図』
出典:東京都立中央図書館(https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/da/detail?tilcod=0000000003-00009719)
鬼女に出くわした者たちの話から学べることは、ふたつある。ひとつは、橋ですれちがう相手が人間とは限らないということ。そして、知らない人から物を受けとらないこと。ろくなことにならない。
とはいえ妖しい相手を避けていても、向こうから話しかけてくることもある。それが女性の場合にはとくに注意すべきだ。たとえば、こんなケースが報告されている。
国司の従者が滋賀県の安吉(あぎ)橋で鬼女に襲われたという話がある。
国司の従者はどうにか家へ逃げかえり、陰陽師のすすめで門を閉ざして物忌み(心身の汚れを清める行為)までしたのに、そのかいもなく鬼に喰い殺された。
ほかにも、山梨県甲府市に国玉(くだま)の大橋では橋上で謡曲をうたうと怪しいことが起こると伝わる。
伝説によると、ある男が早朝この橋でうたっていると、赤ん坊を抱いた美女が現れた。美女は赤ん坊をすこしのあいだ抱いてもらえないかと頼み、不審に思って顔を覗きこむと美女は鬼女の姿になり、喰らいついてきたという。驚いた男は逃げ帰り、家の玄関で気絶したという。
赤ん坊を通行人に抱かせる鬼女は古くから「ウブメ」という名で呼ばれてきた。これに出くわすと喰われたり喰われなかったり、見ただけでも怯えて死んでしまうとも伝わる。橋の上での出会いにロマンチックな何かを期待してはいけない。私の知る限り、橋の上で出くわす「怪しいこと」には、ろくなことがない。
かつては人間だった女たち

出典:The Art Institute of Chicago(https://www.artic.edu/artworks/21569/pillars-of-eitai-bridge)
鬼女はどうして人を襲うのだろう。そもそも鬼女とは、なんなのか。
平安時代に成立した『今昔物語集』には鬼女が子どもたちを喰おうとする話がある。この鬼女はかつて人間で、母親だった。それはこんな話だ。
老いた母親と暮らす兄弟ふたりはいつものように山で働いていた。すると兄の髷を引っ張る者がある。びっくりして髷を握る手をさぐると、瘦せこけて乾いた人の手だった。兄弟はそれを切って持ち帰る。
兄弟が家に帰ると母親が呻いていた。火を灯してよく見ると母親の手がない。そこで兄弟は、自分たちを襲ったのが母親だと気づく。ひどく年老いた母親は鬼となり、子を喰らおうと子ども達のあとをつけて山へ行ったのだ。
人の親もあまりに長く生きると鬼になり、子を喰らおうとするのだと説明し、この物語は終わる。
この話によれば、歳をとりすぎた母親は鬼になるらしい。そして自分の子すら喰おうとするようになる。たとえ人間に生まれついても歳をとりすぎると鬼になり、嫉妬の末に、心残りのために、女たちは鬼になる。鬼女の伝説は、迷信的な伝説にいろいろな要素が結びついたことで成立していったと考えてよいだろう。
覚えておきたいのは、かつて鬼は災厄をもたらすばかりの存在ではなかったということ。母親が鬼になるのも、子どもたちへの愛情のためかもしれない。彼女たちが橋の上に現れるのは各々、事情あってのことなのだと思いたい。
橋を渡りたいだけなのに

出典:The Art Institute of Chicago
(https://www.artic.edu/artworks/8182/on-top-and-beneath-ryogoku-bridge-ryogokubashi-no-ue-shita)
橋の上で鬼女に出合うなんて滅多にないことだけれど、その割には出くわしてしまった者たちの多いこと。そんな話ばかり読んでいると、橋を渡るだけのことが途方もなく難しいことのように思えてくる。それどころか妙に緊張して、こちらのほうが警戒されそうである。
「黒塚の伝説(福島県)」の鬼女などは逃げてもあとから追いかけて来たと聞くし、しかも殺して生き肝を喰うとも伝わる。出くわしてしまったら最後、あとはもう川に飛び込むしかなさそうだ。ところで鬼女って、泳げるのだろうか?
【参考文献】
『民話と伝説』学習研究社、1977年
日本古典文学大系『今昔物語集 四』岩波書店、1962年

