寄席文字に導かれて落研へ
——下座(げざ)※1で演奏されるお囃子の笛や太鼓は、落語家の方たちがされていて、三味線だけは専門の方なんですね。公美子さんは、元々大学の落研に入られていたとお聞きしました。
二葉:そもそもお姉さんが落研に入ろうと思ったきっかけは、なんですか?
公美子:落語は聴いたことがなかったんです。大学受験で大学に初めて来た時に、落研が大看板に「がんばれ受験生」みたいなのを書いていて。それが寄席文字という独特の書体で書かれていて、あ、これを書きたいなと思ったのがきっかけです。
二葉:珍しいですね、なんで寄席文字に惹かれはったんですか?
公美子:なんかもう、一目惚れみたいな感じで。
二葉:すごいなあ。今でもチラシを作ったり、お洋服も好きやとか、そういうお姉さんの感性に引っかかったということですね。
公美子:小さいころからイラストなんかを描くのが好きで、デザイン的なことに興味があったんです。最初に見た大看板の文字は、落研の先輩が書いたものだったので、落研に入ってとても喜ばれました。
二葉:寄席文字で落研入る人って、中々いないですよね。ほんで、落研に入ったら、落語もせないかんということになって……。
公美子:そう、上方落語を訛りながらやっていました。
二葉:お姉さん、輪島のご出身やからね。大阪の落語で「尻からげ」という言葉があるんですけど、男の人が走りやすいように着物の裾を、帯にぐっと入れ込むという意味なんです。お姉さん、知りはらへんからずっと、「尻からゲェ」と思うてはって。(笑)汚い!
公美子:そういう大阪弁があるのかと思った(笑)。
二葉:発表会とかはしはったんですか?
公美子:米朝師匠※2も会をされていた、北浜にあった大きなホールでもさせていただきました、年に1回。
二葉:それで落語も覚えてやりつつ、寄席文字も書いて。
公美子:お囃子もやっていたんですが、太鼓を叩かせてもらって、すごく楽しかったんです。当時まだ三味線は弾いてなかったんですけど。「はめもの」のところだけを集めて編集したカセットを、いつも聴いてました。
——はめものとは、なんでしょうか?
二葉:上方落語は派手なのが特徴で、演出でお三味線が入ったり、太鼓やドラが入る噺が結構あるんです。それを、はめものと呼んでいます。
(※2)3代目桂米朝のこと。戦後滅亡の危機にあった上方落語の復興に尽力。人間国宝。落語家として初の文化勲章を受章。

テレビのADを経て弟子入り
二葉:大学を卒業してからは、就職をしはったんですよね。
公美子:はい、テレビ番組の制作会社へ入って、ADをやっていました。
二葉:ウエストポーチを腰につけて、手にはガムテープを持って(笑)。
公美子:そう、そう(笑)。関西ローカルの朝の情報番組のADを担当させてもらいました。噺家さんが司会をされていた番組で、不思議と落語と繋がっていた気がします。その時も、寄席文字を書かせてもらったりして。
二葉:え! 番組で使う寄席文字を? お姉さん、めちゃくちゃ寄席文字上手ですもんね。
公美子:落研出身という理由で、落語の番組を持たせてもらうこともありました。
二葉:そのあとに、三味線をやりたいということになりはったんですか?
公美子:制作会社は3年で辞めたんですが、その時のご縁で噺家さんが所属する事務所で、少しの間だけアルバイトをせてもらったんです。ADの時は忙しくて落語を聴く余裕がなかったんですが、もう一度落語を聴く機会が増えて、今だったら三味線を弾く時間もあると思い、教えてもらえる方を探しているときに、いまの師匠を紹介していただきました。
二葉:大川貴子師匠ですね。そしたら、それまで全くお三味線を触ったことなかったんですか?
公美子:数回触ったことはあったけど、ちゃんと弾いたことはなかったですね。
二葉:そうなんや……。
公美子:三味線初心者がお囃子の師匠の門を叩いて……。思えば無茶なことですね。
二葉:それは、おいくつの時だったんですか?
公美子:28とか29歳ぐらいの時です。最初は習い事のような感じでお月謝も払って教えていただいていたのですが、何か月か経った時に師匠が「プロでやってみませんか」と言うてくれはったんです。
二葉:お姉さんは、元々プロになりたいと思ってはったんですか?
公美子:いつかなれたらいいかな、ぐらいの気持でした。でも師匠からお声かけいただいたので、「お願いします」とお返事させていただきました。

三味線はとても高価な楽器
二葉:入門して、お三味線は買わはったんですか? お三味線って、お高いですよね。
——お稽古用の三味線も、割と高額だと聞いたのですが……。
公美子:はじめて買った三味線が、お稽古用のもので15万円ぐらいでした。
二葉:今日、持ってきてくれはったのは、えげつないですよね。
公美子:ちっちゃい車買えます(笑)。
二葉:貴重なものを使ってますからね。この棹(さお)の部分は、紅木(こうき)と呼ばれる木が使われています。木って水に入れたら浮くんですけど、この木は沈むぐらい重くて、密度が高くて硬いのが特徴なんです。太鼓の皮はネコのメスの皮で、糸は絹ですし、人工的ではないもので作られた楽器なんです。
——音の調弦もご自身で?
二葉:たまに演奏中に調子を合わせたりもしたはって、自分の耳が頼りですよね。
公美子:そうですね、糸が伸びてくるんです。糸の張り具合で音が変わってくるので、絶えず気にしています。
——糸が切れてしまったら、どうするんですか?
公美子:お囃子の曲は、短い曲が多く、糸をかけ替える時間がないので、必死でごまかします。特に三の糸※3は細くて、切れやすいです。

修業の日々と二葉さんとの出会い
二葉:正式に弟子入りされてからは、どうでしたか?
公美子:厳しいことも多くて、修行の世界に入ったことを実感しました。
二葉:めっちゃ怒られてはったって、聞いたんですけど。
公美子:はい、怒られました。
二葉:今でも大川のお師匠はんが来られる時は、緊張されてますよね? 繁昌亭でお迎えする時も、ずっとこんな顔してて(顔真似をする二葉さん)。
公美子:(笑)。
二葉:ほんで、修業はどんな感じだったんですか?
公美子:最初の頃は月に2回師匠のお宅へお稽古に伺ってました。師匠が落語会へ行かれる時は一緒に付いていって、弾けない時はそばで聴かせていただいて、弾けるようになったら一緒に2挺(ちょう)で弾いてお勉強させていただきました。
——2挺というのは?
二葉:お三味線は、1挺2挺と数えるんです。繁昌亭の昼席は、いつも2挺で弾いてますね。
——そうなんですね。客席で聴いていても、わかりませんでした。
二葉:私たちは、大体3年で年季明けですけど、お三味線の方はどうなんですか?
公美子:上方のお囃子さんは特に決まってはいないと思います。わたしの場合、6年目で独り立ちと言われたんですが、お勉強しないといけないことは山ほどあって、それからもお稽古はずっと続けていただいています。
二葉:今も時間があったら、師匠が弾かはる会へ、よくお勉強に行かれてますよね。
公美子:修業中は師匠と一緒に2挺で弾かせていただくことが怖くていつも緊張していましたが、今は、とても楽しいです。
二葉:えー、すごい。
公美子:アレンジとかを考えて弾くのも楽しいです。
二葉:ハモるみたいな感じですよね?
公美子:そうです。
——師匠と2挺で弾いてハモるのは、即興なんですか?
公美子:いえ、前もってお稽古していただきます。賑やかな曲もありますが、雪が降る場面で流れる「雪の合方」というゆったりした曲があって、それも2挺で弾いたりするんですけど、先に音を出すといけなくてそれで何度も怒られて。でも師匠に「気持ちよく弾けた」と言うてもらえるとうれしいです。
二葉:えらいもんで、雪って音せえへんのに「雪の合方」が流れると、雪が降っているように見えるんです。普通に考えたら、「さぶーっ」って言うだけでもいいじゃないですか。でも音が入ると、ぐっと真冬の感じがする。はめものって、やっぱり素晴らしいなと思いますね。
——二葉さんと出会われたのは、落語会でしょうか?
二葉:そうですね、うちの師匠の会でお姉さんが弾いてはって、それが初めての出会いです。
公美子:東京の落語会でしたね。
——で、今は二葉さんの落語会で弾かれたりも?
二葉:上方落語のお三味線の方たち皆とお仕事をさせてもらってますけど、私が主催する独演会は、ほぼお姉さんに弾いてもらってますね。お姉さんの三味線は、すごい真っ直ぐな感じで、清潔感があって、そこが好きです。自分が前へ前へと出てくるのではなくて、なんかこう、気持ちがいいなと思います。後輩がこんなん言うの、生意気ですけど。

お囃子はバンドのよう!?相乗効果で盛り上がる
——お囃子の太鼓は、どうやって覚えるのですか?
二葉:教えてもらうのは、兄弟子からが多いですね。私は子どもの頃から太鼓が好きで、割とすぐに出来たんです。
公美子:二葉さん、鳴り物得意ですよね。

二葉:落語会では開場の時に一番太鼓※4、開演を知らせる二番太鼓※5を叩きますが、独演会の時には二番太鼓は私が叩いてますね。普通は締太鼓と大太鼓を1人ずつ叩くんですけど、手がない時は、1人でやったり。1人だけど2人で叩いているように、聞かせてますね。まあ、人が足りない時だけですけど。
公美子:太鼓の叩き方に乗せてもらって、弾いている方も上手くなったような気になることもあります(笑)。
二葉:バンドのセッションみたいですよね。
——良いことを聞きました! 二葉さんの独演会では、太鼓の音にも注目します。落語家が登場する時の出囃子は、練習をされるのですか?
二葉:それは特にしないですね。ある程度叩けたらできますので。
——ぶっつけ本番なんですね!
(※5)開演直前に、観客に知らせる合図の役割。締太鼓、大太鼓、能管(のうかん)で演奏する。

二葉:この間独演会で愛知へ行った時に、お姉さんからのアイデアで「燃えよドラゴンズ!」を出囃子に使ったんです。その時は初めての試みだったので練習しましたけど。出囃子の後に、高座へ上がる時は、お客さんに生のお三味線で演奏したと言うようにしています。CDちゃう言うことを伝えないと、分からない人もいたはるから。私が言うだけで、一気に会場の300人のお客さんが知ることになる。やっぱりええもんなんでね、お囃子は。
公美子:広島へ行った時は、カープの曲にしたね。お客さんも気づいて、喜んでくれはったね。
二葉:独演会では3席落語をしますので、出囃子はその都度お姉さんが変えてくれてはります。お客さんに楽しんでもらいたいんで。
——落語のなかの、はめものが入る時は、語っていても気持が良いものですか?
二葉:それは、やっぱり自分が思うタイミングでドラが入ったりとかしてくれると、気持が良いですね。開演前には、はめものの練習はしています。同じネタでも人によってテンポが違ったり、ここで終わって欲しいという場所が違うので、そういう打ち合わせはしていますね。

お囃子もト—クも息ぴったりの名コンビ
会話のキャッチボールが自然で、和やかな空気を醸し出す二葉さんと公美子さん。過去にはコンビで、漫才や南京玉すだれを披露したこともあったとか! プライベートも仲良しで、一緒に着物を買いに行くこともあるそうです。

取材の最後に、特別にお囃子の実演を見せてくださいました。スタッフ全員が、感動で胸アツ♡になったその様子を動画でご紹介します。一番始めに落語をやる前座専用の出囃子・石段(いしだん)、『池田の猪買い(いけだのししかい)』に入る「雪の合方」を演奏してくださっていますので、お楽しみください。そして生の落語とお囃子も、『天満天神繁昌亭』など寄席で、是非体験してください。
取材・文 撮影/瓦谷登貴子
取材協力/天満天神繁昌亭
参考書籍:『江戸時代落語家列伝』中川桂著 新典社
天満天神繁昌亭 基本情報

住所:大阪市北区天神橋2-1-34
アクセス:JR東西線「大阪天満宮」7番出口から徒歩約3分、Osaka Metoro谷町線・堺筋線「南森町」4番出口から徒歩約3分。
公式ウェブサイト:https://www.hanjotei.jp/

