Culture

2026.07.02

夢の世界は水の中、山の中にも。異世界を垣間見た昔話の人びと

昔話でもっとも有名な水中世界といえば、あの浦島太郎も訪ねた竜宮城を思いだすにちがいない。しかし水中には、もっと煌びやかな場所がある。そこでは瑠璃と珊瑚の玉が敷かれ、香しい花々が咲いている。
今回ご紹介するのは、知られざる夢のような世界。うっとりするほど華やかで、ぞっとするほど奇妙で、手土産まで頂ける。想像を超えた不思議な場所へご案内します。

宝石がちりばめられた夢のような世界『吾妻むかし物語』

魚屋北渓「山水」
出典:The Art Institute of Chicago
(https://www.artic.edu/artworks/23773/a-mountainous-landscape-with-a-stream)

むかし田代というところに暮らしていた男が、淵に斧を落としてしまった。そして斧を拾いあげようとして、自分も水の中に落ちた。たちまち「深淵に陥り兎角する間に斧を見失ひ」、男は広い野原に出た。

「こはいかにとおどろき茫然として立しが其前途をのぞむに一ツの宮殿あり」ということで、宮殿を見つけたので入ってみたところ、「金銀・珠玉ちりばめ」られ、庭には「瑠璃や水精(すいしょう)や珊瑚等の玉の砂がのべしき、見馴ぬ樹木には青黄・赤白の花ひらけ異香」が香る、なんとも美しい夢のような国だった。

夢の国で、男は機織(はたお)りをする美女と出会う。美女は男に、ここへ来た理由を尋ねた。男が正直に理由を述べると、斧を返してくれた。
美女は斧だけでなく、栗もくれた。そのうえ男を門の外まで見送り、帰り道まで教えてくれた。

男は「着たる衣類もぬれず」と不思議がり、「夢に似て夢にあらず斧と栗とは現に有」と、水中世界での出会いを遠くに思い出すのだった。

水中世界のそぼくな疑問

江戸末期に書かれた『吾妻むかし物語』の筆者は、松井道円(どうえん)。華やかで煌びやかなイメージが繰り広げられる浪漫的で美しい物語だ。

物語の終盤、主人公の男が「着たる衣類もぬれず」と首をかしげているさまがおかしい。
水からあがったというのに着ていた衣服が濡れていない、というのは考えてみればたしかに妙な話である。そういえば亀の背に乗って竜宮城へと向かった浦島太郎は、服についてはなにも言っていなかった。
『吾妻むかし物語』の主人公は昔話の登場人物にしては、妙に現実的な男である。
もしかするとこの男、現代人の感覚に近いのかもしれない。
だって水からあがったのに、服も髪の毛もからからに乾いているなんて絶対におかしいはずだもの。

それにしても、帰り際に玉手箱を渡されなくて良かった。機織りの美女はきちんと斧を返してくれたし、帰り道も教えてくれた(ついでに栗もくれた)。何事もなく人間の世界へ戻れてほんとうによかった。

たんすの中は不思議世界『利根昔話集』

歌川広重「近江八景」
出典:The Art Institute of Chicago
(https://www.artic.edu/artworks/25242/the-evening-bell-at-miidera-mii-no-bansh%C5%8D-from-the-series-eight-views-in-omi-province-omi-hakkei-no-uchi)

むかし、あるところに心と顔のきれいな若者が住んでいた。柴を刈りに出かけた若者が山の中へ入っていくと、家があり、きれいなお姫様がひとりで暮らしていた。
若者にひとめぼれしたお姫様は結婚を申しこみ、ふたりは夫婦になる。

留守番をしていた若者は「開けてはいけない」とお姫様に言われていた桐だんすを開けてしまう。
たんすの中は箱庭のようになっていて、そこでは小人たちが働いたり動いたりしていた。

帰宅し、若者がたんすを開けたことを知ったお姫様は青ざめて、涙を流す。すると煙がたちこめ、たんすはおろか、家も、お姫様もすべて消えてしまった。
林の中では、鶯が一声鳴いた。

水辺もいいけど山もいいよね

水の中に夢の国があるなら山にだって不思議の国があるかもしれない。私はまったく泳げないので、水の中の世界よりも山のほうが有難く、訪ねやすいような気がしている。

ただ『利根昔話集』に描かれる山の奥の、たんすの中の世界はどこか寂しい。水の中はあんなに豪華絢爛だったのに、まるで雰囲気がちがうのだ。
鶯の声のせいだろうか。たった一羽、鳥が鳴いているだけ。ほかの生きものは息をひそめているみたいに姿がない。美女はいたけれど、それでもなお寂しい。たんすの中の、小人たちのせいかもしれない。

人間のように働く小さな生物たちは、なんだか私たちの普段の生活をそのまま投影しているようで浪漫がない。それでいて、無性に魅かれる魅力がある。
たんすの奥に顔をつっこんで、まじまじと小人たちの暮らしを覗いてみたい気がするが、目が合ったらどうしよう。それが、すこし怖い。

夢のような世界を夢見た人たち

宝石をちりばめた水中世界にしても、山の家での短い日々にしても、昔話のなかには夢かと思わせるような場所がたびたび登場する。それはほとんどの場合、現実には存在しない。
斧を水中に落としても宝石の国へは行けないし、山にある民家の桐たんすを片っぱしから開けてまわっても小人はいない。でも、だからこそ、昔の人たちはこうしたお話を語ったのではないか、と私は思うのだ。

美しいもの、不思議なもの、めでたいもの。
そうした豊かなものたちを語ることで、人びとは、それにあやかるような生活を期待していたのではないだろうか。もしかすると期待というよりも、願い、に近かったかもしれない。
豊かな生活を手に入れたいから、豊かな物語を想像する。作り話を作りものだと私が笑えないのは、夢物語のなかに昔の人たちの祈りを感じることがあるからだ。

どうせなら良い斧が欲しいし、黄金の斧なら、なお良し

祈りをこめた昔話、と言えば『武蔵川越昔話集』の斧の話を思い出す。

むかしあるところに正直で、いくら働いても貧乏な男がいた。男は自分の大切にしていた斧を池に落としてしまう。
そこへ女神が現れて「あなたのなくした斧はこれでしょう」と言って金の斧とか銀の斧とかを持ってくる。そのたびに男は「私のはもっと粗末な斧です」と答える。男の正直さに感心した女神は、褒美として金の斧と銀の斧を渡した。

この話を読んで、外国の絵本で読んだ『黄金の斧』を思い出すのは私だけではないはず。しかしこれは正真正銘、日本の、埼玉県に伝わる話である。
金と銀の斧が道具として使いやすいのかは疑問だが、男は「たちまち金持ちに」なったというから、いろんな意味で生活の役にたつ斧だったことはまちがいない。
どうせなら古い斧より新しい斧が欲しいし、黄金の斧ならなお良い。人の素直な気持ちが伝わる、伝わりすぎて共感すら覚えるじつに良い昔話である。

おわりに

淵、山の奥、池、たんすの中。どれも生活の範囲にある、しかし奥まったところにあったり、見えなかったりする、日常からほんの少しだけ外れた場所だ。この、少しだけ外れた場所、というのがおそらく重要なのだろう。そうした場所に現れる不思議な世界は、私たちの暮らしている日常がいかに脆いかを気づかせてくれる。

足を踏み外したら日常に戻れる保証はどこにもない。あなたが嘘つきだったり、顔がいまいちだったりしたら(なぜか昔話の登場人物は顔が良いことがおおい)、斧どころか栗ももらえず、還してももらえないかもしれない。
それでも好奇心には勝てない。水の中にたんすの引き出し、ちょっと覗いてみたい気がする。

【参考文献】
『民話と伝説』学習研究社 、昭和52年
太田孝太郎『南部叢書』南部叢書刊行会

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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