大英博物館の貴重なコレクションが「里帰り」して話題の展覧会がスタート
考古資料から美術品に至るまで、約4万点にも及ぶ日本コレクションを誇る、イギリス・ロンドンの大英博物館。彬子女王殿下は、オックスフォード大学大学院に留学中、大英博物館に5年間、学芸ボランティアとして勤務し、研究成果をまとめた論文「19〜20世紀に大英博物館が蒐集した日本の美術品とその展示の事例にみる、英国人の日本美術観の変化について」で博士号を取得されました。

現在、東京都美術館で開催されている「東京都美術館開館100周年記念 大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画」では、彬子女王殿下が大英博物館での研究中に接しておられた多くの作品が展示されています。
なかでも、桜井香雲《法隆寺金堂壁画 九号壁 模本》は、彬子女王殿下が、大英博物館の収蔵庫内で発見されたもので、大規模な修復と新たな表装を施されて、今回、150年ぶりに里帰りをしています。彬子女王殿下が研究されていた、明治期の御雇外国人であった医師、ウィリアム・アンダーソンによる収集作品、葛飾北斎『為朝図』、河鍋暁斎『鳥獣戯画』などの名作も見どころのひとつです。


展覧会をご覧になり、開会式で「日本ギャラリーに併設したスタディルームで、絵画作品を掛け替えながら、指導教授であったティム・クラーク先生と、議論を重ねた毎週のチュートリアルや、版画・素描部で分厚い19世紀の登録簿を朝から晩までめくり、日本関係の作品を抜き出した日々、陶磁器の収蔵庫で宝探しをするように作品調査を続けた日々は、思い返せば、おそらく二度と経験することはできないであろう、本当に宝物のような時間でありました」とおことばを述べられた彬子女王殿下。ご著書の『日本美のこころ』にも、大英博物館への思いを綴られています。

【特別掲載】彬子女王殿下が綴られた、大英博物館への思い
《大英博物館の日本コレクション》
“Home”というのは「帰る場所」という意味だと思う。
嬉しいことに私にはHomeがたくさんある。東京、京都、オックスフォード……そして大英博物館も私が帰ることのできる大切な場所の一つだ。オックスフォード大学留学中、大英博物館で過ごした5年間はかけがえのないものだった。ここでの出会いと経験の数々が、私の研究者としての礎を築いてくれたといってもよいかもしれない。
大英博物館は年間約600万人の来場者を誇る世界最大の博物館のひとつ。英国を訪れたときに足を運ばれた方も多いに違いない。ロゼッタストーン、イースター島のモアイ像、パルテノン神殿の大理石のレリーフ、エジプトのミイラなど見所は多く、1日ではとても回りきることはできない充実度。5年間大英博物館に通い詰めた私も、実はすべての展示室を見たことはないのではないかと思う。
そんな大英博物館のよいところは、特別展を除けば入場は無料。好きなときにふらりと入館できること。作業や論文執筆に疲れたときには、イスラム美術や世界の古時計の展示など、普段は見に行かないようなギャラリーに立ち入っては気分転換をしたものだ。
大英博物館 外観 1753年に創設された大英博物館は、設立当時から日本由来の作品を所有していた。創設のきっかけとなった7万点にも及ぶ医師ハンス・スローンのコレクション。その中に、日本の陶磁器や民俗学的遺物が数点含まれていたのだ。スローンは長崎出島のオランダ商館で医師をしていたエンゲルベルト・ケンペルが持ち帰ったものを手に入れたらしい。現在この作品の一部は、博物館創設当時の展示を再現した「エンライトメント・ギャラリー」に展示されている。
スローンが活躍した18世紀のヨーロッパは、啓蒙時代(The Age of Enlightenment)と呼ばれる。人々が従来のキリスト教的世界観から離れ、自らが「知る」「学ぶ」という行為によって地球上の様々な事象を理解し始めた時代だった。日本という極東の小国の文物を集めたのも、世界中の文化や歴史を知ろうとする意欲によるもの。ギャラリーには、スローンのコレクションを始めとする多くの考古学遺物、自然科学標本、アジア・アフリカ・オセアニアなど、世界中から蒐集されたものが所狭しと展示されており、この時代の人々が大英博物館で何を見て、何を感じていたのかが思い起こされる。
設立から約260年。初めは数点しかなかった大英博物館の日本コレクションは徐々に拡大し、現在その数は約3万点。その一部は博物館北側5階の三菱商事日本ギャラリーで見ることができる。
日本ギャラリーに足を踏み入れると、入り口で最初に迎えてくれるのが法隆寺(ほうりゅうじ)の百済観音(くだらかんのん)。日本の国宝がこんな所で何をしているのかとびっくりされる方も多いようだ。実はこの百済観音、1930年代に造られた精巧な模造である。博物館の東洋部長であったローレンス・ビニヨンが日本を訪れた際、日本美術史の中での仏教美術の重要性に気付き、大英博物館の仏教美術コレクションを充実させようと造らせたものだ。制作の依頼を受けたのは、彫刻家で仏像修理の第一人者であった新納忠之介(にいろちゅうのすけ)。当初は乗り気でなかった新納も、ビニヨンの熱意に負け、新納の郷里、鹿児島の島津家の裏山から樹齢300年の樟(くすのき)を切り倒し、約1年かけて二体の複製を彫り上げた。一体は大英博物館に、そしてもう一体は帝室博物館(現東京国立博物館)に納められたのである。
当時百済観音を大英博物館が購入したというニュースは、新聞などで取り上げられた上に、英国国教会の実質的な最高権力者であったカンタベリー大主教が貴族院でのスピーチで言及したというのだから、この複製事業に対する宗教的、歴史的注目度の高さがわかる。漢字で「新納忠之介作」との解説が付された百済観音。展示だけではなく絵葉書まで販売されて、多くの人々の関心を集めたらしい。
このように、海外に残る日本美術には、変わった経歴をもつ作品が少なくない。残る資料を探ってみると、時にその作品に関わった人々の思いや、作品が辿ってきた道程が鮮明に浮かび上がってくる。その多くは、英国人の日本に対する思いの結晶であり、日英間の絶え間ない文化交流の軌跡を映す鏡でもある。そして、この鏡が映す大英博物館の「日本」は現在でも研究者同士の交流や情報の発信によって日本美術界に刺激を与え続けている。
2009年、大英博物館独自の企画として縄文時代の土偶を集めた特別展が開催された。土偶に特化した美術展は日本を含めても史上初のこと。国宝や重要文化財に指定された有名な土偶たちが日本各地から集められ、大英博物館で一堂に会した。その後、土偶展は東京国立博物館で里帰り展が開催された。つまり、土偶と日本人との邂逅(かいこう)を大英博物館が演出するという結果になったのだ。また、現在大英博物館で2013年に開催が予定されている展覧会に「春画(しゅんが)展」がある。日本では未だ衆目に触れることの少ない春画だが、海外では美術品として非常に評価が高い。大英博物館からの発信であれば日本での展覧会が成功するかもしれない。
世界に日本文化を発信しているのは我々日本人だけではない。海外の美術館・博物館が日本文化の発信に果たしている役割は計り知れない。世界における日本文化発信の拠点とも呼ぶべき大英博物館。そこにいつまでも私は帰り続けたいと思っている。
彬子女王『日本美のこころ』(小学館文庫)より(『和樂』2011年6月号初出)
展覧会概要

【東京都美術館開館100周年記念
大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画】
100th Anniversary of the Tokyo Metropolitan Art Museum Edo in Focus: Japanese Treasures from the British Museum
東京都美術館(東京・上野公園)2026年7月25日(土)〜10月18日(日)
*2026年10月31日(土)~2027年1月31日(日)
大阪中之島美術館に巡回
https://daiei-ten2026.exhibit.jp/
写真/日本雑誌協会代表取材


