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2020.03.16

日本初のロケットは全長23cm⁈海底に落ちたエンジンを拾い集めて分析?!航空宇宙博物館で開発ヒストリーを聞いてきた

この記事を書いた人

昭和42(1968)年にアメリカで公開されたスタンリー・キューブリック監督の代表作「2001年宇宙の旅」。映画の中で描かれた近未来の年代を、今は遥かに越えてしまった。気付けば、ほぼ20年も先を進んでいる。

未知だからこそ、宇宙への憧れは強くなる。それは今も昔も同じ。ただ、実際に人類が地球を飛び出すとなると、それ相応の手段が必要となる。

飛行機ではダメなのか。もちろん、答えはノーだ。空気の中を進むからこそ、飛行機には揚力が発生し、空気中の酸素で燃料を燃やしエンジンを動かすからこそ、推力によって進行方向へ進めるのだ。

「飛行機が飛ぶ高度1万メートル、ちょうど海面から10㎞の高さですが、そこには空気がまだあります。ただ、宇宙になりますと、その10倍の高さになりますので、薄い空気さえも全くなくなってしまいます。宇宙へは飛行機のエンジンで飛んでいくことができません」
今回、宇宙の分野をご説明頂くのは、岐阜かかみがはら航空宇宙博物館の学芸員、髙屋佐保子(たかやさほこ)氏だ。

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館 学芸員 髙屋佐保子氏 新型肺炎予防のためマスク着用にて解説頂いた

今回もまた、岐阜かかみがはら航空宇宙博物館にお世話になることに。空気のない宇宙へはどうやって飛び立つのか。ロケット開発の歴史から、様々なロケットの特徴までお話を伺うことができた。

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館

宇宙に行くために必要なモノ

「宇宙に行くために必要なモノとして、まずご紹介するのが、ロケットエンジンです。その実物の一つが、この『LE-7エンジン』となります」

「H-Ⅱロケットの『LE-7エンジン』」実際に宇宙へ飛行したものではなく、地上での燃焼試験に使用されたもの。飛行すれば地球に帰ってくるものは少なく、実物はなかなか揃えきれない。そういう意味では、こちらは本物なので貴重といえる

「宇宙には空気がないので、液体水素と液体酸素が必要です。エンジンとその上にタンクがありまして、ここには燃やされる燃料と燃やすための酸化剤が入っています。自分で持っていて、そこでやりくりしないといけない。これが、宇宙に行くためのエンジンの仕組みの一つです」

日本初の純国産ロケットであるH-Ⅱロケット。その打ち上げのカウントダウンの時に、点火される第一段目のエンジンが、こちらの「LE-7エンジン」である。

初の国産エンジンで、22,000馬力もの推進力がある。少ない推進剤で効率よく燃焼させる「二段燃焼サイクル」の方式なのだとか。ただ、この方式は技術的に難しいため、開発に際して相当の苦労があったようだ。エンジンの開発開始から8年の月日を要し、ようやく平成6(1994)年2月4日に打ち上げ成功となった。

その後、平成11(1999)年に打ち上げ失敗。現在は既に引退している。
「打ち上げ失敗の原因となったのは、この『LE-7エンジン』です。構造的に予期しない不具合が出たようです。その原因追及のために、打ち上げ失敗で海底に落ちたエンジンを、とにかく拾って分析するというドラマがありました」

苦労した甲斐あって、失敗の原因を究明し改良。現在は進化した「LE-7Aエンジン」が使用されている。続く液体燃料ロケットの開発においては、その分析が非常に役立ったそうだ。なお、今では事故も起こらず、打ち上げは安定しているのだとか。

その仕掛けがスゴイ!フェアリングが開く秘密

「次に、ロケットの一番先、『フェアリング』という積み荷を守るためのカバーです。こちらは、うまく機能するかどうか、試験のために使われたものです」

「H-Ⅱロケット フェアリング」開発段階で分離(開頭)試験の際に使用されたもの。各務原で製造されたという

「地球の重力を逃れて宇宙に飛び出すには、ものすごいスピードが必要です。一般的に秒速8㎞以上の速さが必要といわれています」

ロケットを打ち上げる際の空気抵抗は凄まじいものがある。振動もさることながら、秒速8㎞の速さとなれば空気との摩擦で熱が発生。その温度は約300度以上にまで上昇するという。そのため、人工衛星などロケットの積み荷を守る必要があり、保護カバーとなるのがこのフェアリングだ。

ただ、宇宙へ到達すれば、保護カバーは不要となる。そこで、2つのフェアリングパネルが左右に分かれ、外れるような仕組みとなっている。仕組みのカギとなるのが、ボルトである。じつは、フェアリングパネルには穴が空いており、ボルトで左右が留められている。

「このボルトには、途中まで切り込みが入っています。『ノッチボルト』と呼ばれ、ボルトの留めるところに火薬が入ったチューブを這わせまして、ロケットが大気圏を越えると、地上から信号を送って、爆発させます」

つまり、信号で火薬の入ったチューブが広がり、留めていたボルトも引っ張られて、切れ込み部分が割れるという仕組みだ。フェアリングには、このボルトが440本以上あるのだとか。全て同時に弾け飛ばなければ、打ち上げ失敗の原因の1つになるという。

フェアリングパネルにあるボルトの穴

ボルトの穴の部分の拡大

「ノッチボルト」が留められている状態

爆発前と爆発後の「ノッチボルト」の比較

また、フェアリングパネルの工夫はそれだけではない。その素材にも秘密がある。

「やはりたくさんモノを乗せるためには、丈夫でかつ軽くないといけません。そのため、パネルの中はハチの巣構造になっています。これで『丈夫』で『軽い』という2つのことが両立できます」

フェアリングパネルの断面。ハニカム構造といわれる。持つと、非常に軽い。片手で軽々と持ち上げられる軽さだ

ロケットの歴史

さて、岐阜かかみがはら航空宇宙博物館の2階に上がると、ズラッとロケットの模型が出迎えてくれる。

固体燃料ロケット、液体燃料ロケットが1/20のサイズの模型で展示されている

じつは、ロケットの燃料は2種類ある。「固体燃料」と「液体燃料」だ。両者はそれぞれ一長一短。メリットもあるがデメリットもある。そのため、どちらか一方を使用しているわけではなく、どちらも併用しているのが現状といえる。

「使われ方としては、適材適所として打ち上げられています」

個体燃料は、いわばロケット花火の延長のようなものだという。固めた燃料であるため、シンプルな構造で扱いやすい反面、なかなかコントロールが効かないことが特徴。一度点火すればそのまま燃え続け、出力の調整も厳しいという。逆に液体燃料は、液体の水素と酸素を入れており、温度管理などの扱い方が繊細でなければならないという。ただ、大型のロケットを動かすことができるメリットがある。

また両者は、その発射される場所も異なる。液体燃料ロケットは、テレビでの打ち上げシーンで有名な「種子島宇宙センター」から発射される。一方、固体燃料ロケットは同じ鹿児島だが、「内之浦(うちのうら)宇宙空間観測所」より打ち上げられるのだとか。

さて、それでは個体燃料ロケット、液体燃料ロケットの順で、様々なロケットをご紹介しよう。

ペンシルロケット

「こちらが日本で最初のロケット、『ペンシルロケット』です。作られたのが昭和30(1955)年頃、朝鮮戦争が昭和25(1950)年に起こり、その際に使用していたバズーカ砲の火薬を転用していたそうです」

「ペンシルロケット」1/1サイズの模型

直径1.8cm、全長23cmの非常に小さなロケットである。あまりにも小さいため、ペンシル(鉛筆)という名前がついたのだとか。確かに、銀色にピカピカ輝いていて、ちょっとした宇宙マニアのインテリアとして置かれていてもおかしくはない。こちらは同サイズ、1/1の模型となっている。

「今のロケットは垂直に飛んでいきますが、この頃は垂直に飛ばしてもそれを追えるようなレーダーがなかったので、横に飛ばして、データを集めました」

開発したのは、糸川英夫(いとかわひでお)博士。「日本の宇宙開発の父」と呼ばれる人物である。ちなみに、探査機「はやぶさ」が到達した小惑星の名前も「イトカワ」。これは、糸川教授の名前にちなんで付けられたものだとか。

「糸川博士は、もともとロケットの研究をされていたわけではなく、太平洋戦争中は飛行機の研究をされていたそうです。ただ、戦後7年間は航空機の研究が一切禁止となったので、研究分野を変えてアメリカに留学されていました。当時のアメリカで、世界の宇宙開発の最先端を目にして、日本もこのままではだめだと、帰国後にこのような研究や実験をされました」

この小さなペンシルロケットが、日本のロケット開発のスタートとなったのである。

M-Ⅴ(ミューファイブ)ロケット

次にご紹介するのが、平成9(1997)年~平成18(2006)年の間に7回打ち上げられた固体燃料ロケットである。

「M-Ⅴ(ミューファイブ)ロケット」1/20サイズの模型

「この『M-Ⅴロケット』は引退しています。探査機『はやぶさ』はこれで打ち上げられています。これは、初号期の模型です」
固定燃料ロケットの開発・研究の過程で登場し、世界最大級のロケットとなっている。様々な開発技術の成果は、次にご紹介するロケットに継承されている。

イプシロンロケット

「『イプシロンロケット』は実験用の人工衛星など、小さいモノを打ち上げるロケットです。またお手軽に打ち上げられるのがウリで、これまでに4基が打ち上げられています。去年は、7個の宇宙機を乗せて飛びました」

「イプシロンロケット」1/20サイズの模型

先ほどの「M-Ⅴロケット」を継承して開発されたのがこの「イプシロンロケット」である。ロケット本体の改善だけではない。目指したのは運用の効率化だ。組み立てや点検のみならず、管制システムのコンパクト化も実現。運用コストの引き下げが可能となったロケットである。

試験機(初号機)は、平成25(2013)年に発射され、惑星分光観測衛星「ひさき」の打ち上げに成功しているという。

H-Ⅱロケット

さて、次にご紹介するのが、液体燃料ロケットである。

こちらは、日本の技術だけで作られた液体燃料ロケット「H-Ⅱロケット」である。2段式の液体燃料ロケットとなっており、1段目のエンジンは、最初にご紹介した「LE-7エンジン」である。

「H-Ⅱロケット」 1/20サイズの模型

開発期間は10年。日の目を見たのは、平成6(1994)年となる。打ち上げに成功するも、その後は6回目、7回目と2回連続で失敗するという苦しい経験を持つロケットである。

H-ⅡBロケット

「現役の液体燃料ロケット、H-ⅡBロケットです。国際宇宙ステーション(ISS)への補給機である『こうのとり』の打ち上げに使われています」

「H-ⅡBロケット」 1/20サイズの模型

じつは、国際宇宙ステーションへ実験道具や食べ物などを届ける「物資の運搬」の役割を、アメリカ、ロシア、日本の3ヵ国で担っているという。

「大体1年に1回打ち上げられます。『こうのとり』は、今のところ成功率は100%で、さらに一番多く荷物を運ぶことができます」

前身のH-ⅡAロケットを継承し、さらにパワーアップさせたロケットだという。「LE-7Aエンジン」を1基から2基へ、燃料タンクの容量は1.7倍へ、固体燃料ロケットブースターは2本から4本へ増加したのだとか。

H3ロケット

「最後に、こちらはまだ打ち上げていない開発中のロケットです。2020年度、来年頃に飛ぶ予定です。液体燃料ロケットですが、この横についている小さい部分は自補助用のブースターで、固体の燃料となっています。この技術は、固体燃料ロケットから引き継がれています」

「H3ロケット」 1/20サイズの模型

平成26(2014)年から日本の技術を集結させて開発している次世代のロケットである。目指すは、柔軟性、高信頼性、低価格の3つを兼ね備えた「使いやすいロケット」だという。

「今度は『LE-9』という新しいエンジンを使用しますが、全く今までにない、ゼロからの開発というわけではありません。H-ⅡA、H-ⅡBロケットの2段目に使っていたエンジンの技術を1段目に使用するということです」

こうして、新しいロケットは、前身のロケットを継承しつつ改良がなされている。時代は新たな局面に入ったといえるだろう。以前はロケットの打ち上げ成功を目指して行われた開発も、現在では、いかに低コストを実現して、運用しやすいロケットを開発するかに変わってきている。

いずれ、人間を乗せて宇宙旅行ができるロケットの開発も夢物語ではない。
「2001年宇宙の旅」。
年代は違うが、旅行パッケージの商品名となる日も、そう遠くはないのかもしれない。

写真撮影:大村健太

基本情報

名称:岐阜かかみがはら航空宇宙博物館
住所:各務原市下切町5丁目1番地
公式webサイト:http://www.sorahaku.net/

書いた人

日本各地を移住するフリーライター。教育業界から一転、ライターの道へ。生まれ育った京都を飛び出し、北海道(札幌から車で4時間、冬は-20度)で優游涵泳の境地を楽しむ。その後は富山県、愛知県へと流れつき、馬車馬の如く執筆する日々。戦国史、社寺参詣、職人インタビューが得意。