幕末から明治に活躍した天才絵師の意外な画業
河鍋暁斎(かわなべきょうさい)といえば、幕末から明治時代にかけて、狩野派の正統的な本画から浮世絵を手がけるだけでなく、風刺画や戯画などさまざまな絵を描いた天才絵師!
2015年6月27日~9月6日に「三菱一号館美術館」で開催された展覧会『画鬼・暁斎―KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル』によって、がぜん注目を集めるようになった絵師でもあります。
暁斎について書きたいことはもっともっとたくさんあるのですが、長くなるので中略ごめんください。
さて、その多岐にわたる画業の中で暁斎はなんと、日本初の西洋料理のレシピ本『西洋料理通』の挿絵を手がけていました。以上は河鍋暁斎の曾孫で、河鍋暁斎記念美術館の館長の河鍋楠美さんから教わったことです。
その河鍋楠美さんから『西洋料理通』のレシピを再現した「『西洋料理通』を味わう会」に誘っていただき、11月22日、新宿中村屋ビル8F「Granna」にうかがいました。
テーブルに用意されていたメニューからもう河鍋暁斎!
表紙には『通理料洋西』(当時は右から読んでいた)とあって、その下に、魯文編、暁斎画の文字が見えます。そして、裏表紙の西洋の厨房の様子こそ、暁斎の手によるものです。
中面は第7回目となる『西洋料理通』を味わう会の献立。
そもそも『西洋料理通』とは
明治5年に仮名垣魯文がイギリスの料理本をネタにして書いたレシピ本が『西洋料理通』です。
内容は、各種スープ、魚料理、各種ソース、肉料理のほか、付録として調理時間、肉料理の組み合わせ、野菜、デザートまで、西洋料理の基本が全部で110項目解説されています。
『西洋料理通』を味わう会では、その多様なレシピの中からいくつかの料理を組み合わせて、毎回の献立が決められているとのこと。 この『西洋料理通』で暁斎は、扉のデザインをはじめ、食器類や調理用具、テーブルとイスなど12点の挿絵を克明に描いていて、確かな描写力をいかんなく発揮しています。
そんな暁斎の足跡を再現しようという河鍋楠美さんの提案に賛同し、『西洋料理通』のレシピの再現に取り組んできたのがこの方。新宿中村屋の総料理長・二宮健さんです。
明治時代初期につくられていた西洋料理を再現するにあたって、二宮さんをもっとも苦しめたのが、なんと食材集め。
たとえば、当時日本で玉ねぎはつくられていなかったから、日本中のねぎを食べ比べて最も甘かった下仁田ねぎを採用するなど、野菜でも肉でも、当時と同じものを見つけるのは至難の業。
そんなに違っているなんて、実は全然知りませんでした。今も食材集めのご苦労は続いているとのことで、食材ひとつとっても、今更ながら「明治は遠くなりにけり」です。
そんなことをふまえて、食事がスタート!
「第一等汁種」
毎回、最初に出されるのがこれ。いわばコンソメ版一番だしです。
『西洋料理通』に忠実につくられたコンソメスープは、まろやかに口に広がり、深い味わいへと変わっていきます。おそらく、現在のコンソメスープより優しく控えめなのでしょうが、「おいしい」という感覚は勝っているように感じられます。
第五等汁「キウコン ブル スープ」
二宮さんの説明によると、きゅうりをバターでさっと炒めて、卵黄で溶きのばした第一等汁種に加えて熱したもの。
乳化させて白濁したスープというのは、『西洋料理通』の110ものレシピの中でも珍しいものだとか。第一等汁種とトマトの味わいがミックスされた中で、きゅうりの歯触りの良さが快いスープでした。
「第二十五等 フライドフラウントルス」
「牛舌魚(ヒラメ)」のフライです。
豚の背脂を煮溶かしてつくったラードで揚げてあるそうで、衣はサクサクしていて脂っぽくなく、ヒラメはほっくりふんわりの極上のテクスチャー。シンプルなのにインパクトは絶大!
パセリが添えられているのは『西洋料理通』の指示通りで、日本の洋食といえばパセリがつきものとなったルーツはなんと『西洋料理通』のころからだったのです。
付け合わせのほうれん草も曰くつきで、当時の味わいに近いという山形県産の伝統野菜「あかね」を使用。茎の部分を付けたまま出すのも『西洋料理通』のまんま。赤い茎の部分のほのかな甘さが、往時へと思いを馳せさてくれました。
「第六十四等 ハツシユトドツク」
本来は家鴨(アヒル)を用いるものですが、手に入らないため合鴨(アイガモ)が使われています。ソースは赤ねぎを炒めてポートワインと「第一等汁種」で煮詰めたもの。ほのかな甘さとコクがあって、合鴨がまろやかに仕上がっていました。
ちなみに、「第六十四等」など「等」と記されているのは、等級を表しているのではなく、何番目ということ。優劣を表すものではありません。
新宿中村屋の二宮シェフは『西洋料理通』のメニューの組み合わせてコースをつくり、当時と変わらない食材を探し、最低3回は試作を繰り返しているのだとか。現代風なアレンジはほとんどないということで、味覚は変わらないのに、食材の変化の大きいことに驚かされました。
「第三十四等 ケルリードフヒシユ」
続いて登場したのがこれ。「フヒシユ」は「フィッシュ」。つまり、フィッシュカレーです。
このカレーには「白目米」という銘柄の米が使われています。白目米は江戸時代、最も美味な米として将軍家に上納されていたものですが、第二次世界大戦後は栽培されなくなった幻の米。それを、新宿中村屋がインドカリーの発売から70周年となる1996年に復活!
さらりとした炊き上がりは、カレーにぴったり!! 新宿中村屋のこだわりにまたまた圧倒されたという次第です。
ここで『西洋料理通』はひと休み。現在の新宿中村屋のカリーが登場しました。
軍鶏(シャモ)を使用したスパイシーなカリーはさすが新宿中村屋。明治のカリーと比べると違いは歴然!
150年の時を経て、こんなに変わっていたのですね。
「第百九等 キァラッ ヲテルバテトスポッデング」
カレーの続きのようなルックスですが、デザートです。
呪文のようなメニュー名の横の和文から察するに、「キャロットと何かのプディング」って感じでしょうか。二宮さんの説明によると「ニンジンとサツマイモのプディング」で、シェリー酒をたっぷり加えて甘みと深みを足しているのだとか。なるほど、野菜の甘みをコクが引き立てる大人のデザートです。
続いて「カウヒイ」とルビがふられた「珈琲」で、思いがけない発見に満ちていた『西洋料理通』のコースは完結。
さまざまな条件の違いを見事に乗り越えて二宮シェフが再現した150年前の西洋料理は滋味に溢れ、少しも古さを感じない美味でした。
しかも、河鍋暁斎をはじめとした明治の偉人たちを喜ばせた料理と同じものをいただいたと思うと、非常に感慨深いものがありました。
★河鍋暁斎についてもっと詳しいことを知りたい方は、下記「河鍋暁斎記念美術館」サイトをご覧ください。展覧会をはじめとした様々な情報が掲載されています!
http://kyosai-museum.jp/
★さらにうれしいお知らせ! 「暁斎が描いた日本初の西洋料理 ―『西洋料理通』」
と題したシンポジウムが3月27日(開場13時30分、開演14時)、蕨市立文化ホール「くるる」で開催されます。出演は二宮健さん、河鍋楠美さんと、大正大学客員教授で『カレーライスと日本人』など食に関する著書が多い森枝卓士さん。チケットは1枚700円。河鍋暁斎記念美術館と会場で販売中です。