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2021.02.28

ブレイク前夜の「新版画」を見逃すな!浮世絵との違いや鑑賞ポイントを徹底インタビュー

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今、「新版画」がアートファンの間でちょっとしたブームになっていると言われています。

江戸時代以来の浮世絵制作の伝統を受け継ぎながら、大正時代~昭和前期までの約50年程度の間に制作された、非常にニッチな木版画のジャンルなのですが、ここ最近、この「新版画」の系譜に連なる作家たちが次々とブレイクを果たしているのです。

ひょっとしたら、小原古邨(おはらこそん)、吉田博(よしだひろし)、川瀬巴水(かわせはすい)といった名前を耳にしたことがある方もいらっしゃるかも知れません。

展覧会、やってましたね!

もちろんTikTokやClubhouseを真っ先にやっちゃうほど流行に敏感な和樂webですから、当然このあたりの流れは押さえておかねば!ということで、2020年秋頃から新版画系の展覧会はちょくちょくレポートをアップしてきています。

実は、「新版画」というジャンルは、昭和高度成長時代に一旦力尽きてしまった分野です。浮世絵同様、このまま美術史の中で語られる過去の美術分野になりそうなところでした。

しかし、なんとこの令和時代に入ってから、「もう一度新版画を復興するんだ!」と力強い意思をもって『令和新版画プロジェクト』という企画を立ち上げ、東京をベースに木版画制作をスタートさせた版元と絵師がいたのです!

左から、太田記念美術館・主席学芸員の日野原健司さん、版元「都鳥」代表の柏木隆志さん、漫画イラストレーターのつちもちしんじさん

「おお、これは面白い!!」ということで、令和新版画プロジェクトを立ち上げた版元「都鳥」代表の柏木隆志さん、そして令和新版画の第1弾、第2弾の絵師として参画したつちもちしんじさん、そして彼らの活動を個人的に注目していたという太田記念美術館・主席学芸員の日野原健司さんにお集まり頂き、新版画の魅力や令和新版画プロジェクトについて2回に分けてじっくりとお聞きすることにいたしました。

前半ではまず「新版画」の魅力をじっくりと伺ってきました!

新版画、どんなものなんだろう! 楽しみ!

「令和新版画」の前に、そもそもまずは「新版画」って何?!

川瀬巴水「芝公園の雪」引用:国立国会図書館

さて、いきなり「令和新版画プロジェクトが凄い!」って言われても「そもそも新版画って何?」というところがイマイチはっきりとしない人も多いかもしれません。そこで、まずは「新版画ってなんなのか」というところから簡単にご紹介しておきましょう。

「新版画」とは、大正から昭和にかけて、絵師、彫師、摺師(すりし)の協同作業によって制作された木版画のことです。版元である渡邊庄三郎が提唱し、伊東深水や川瀬巴水、吉田博、小原古邨といった絵師たちによって、新しい時代に見合った版画芸術が次々と生み出されました。(『―没後30年記念― 笠松紫浪-最後の新版画』P1から引用)

うーん、わかりやすい。

江戸時代の庶民文化に根付き、歌麿、北斎、広重といったスター絵師たちを次々と輩出した浮世絵は、明治時代に入ると、印刷技術の発達や西洋文化の流入などにより、急速に衰退に向かいます。そんな退潮著しい浮世絵を、もう一度海外向けの美術品として復興を目指したのが当時、横浜の美術商で働いていた渡邊庄三郎(わたなべしょうざぶろう)でした。

渡邊庄三郎(21歳の時の写真)引用:高木凛「最後の版元」P74より

当時木版画を取り巻く状況は、浮世絵が衰退に向かう一方で、作家自らが「原画」「彫り」「摺り」といった木版画の全工程をこなす自刻自画自摺の「創作版画」というジャンルが盛り上がっていました。そんな中、渡邊は敢えて「絵師」「彫師」「摺師」が分業体制で制作する伝統的な浮世絵版画の価値に着目。新たに「新版画」というブランド名をつけて、海外向けに積極的に売り出すことにしたのです。

海外向けだったんだ!

この目論見は当たり、新版画は「Shin-hanga」として海外のコレクターに高い評価を得るなど、一時期かなりの隆盛を見せます。しかし、残念なことに第二次世界大戦によって、良い感じで盛り上がってきていた新版画ブームは一気に終息へ。戦後、もう一度復活を試みましたが、さすがに大正~昭和初期の勢いを取り戻すことはかなわず、昭和30年代に「新版画」制作を行う版元は途絶えてしまいました。

以降、平成に入るまで新版画は美術史の中でも語られることなく、完全にジャンル全体としてほぼまるごと忘れられた存在になってしまうのですが、復活の機運が見られたきっかけとなったのが、2009年に江戸東京博物館で開催された「よみがえる浮世絵~うるわしき大正新版画~」という展覧会です。

当時を知るアートファンに聞いてみると、「いや、当時としてはマニアックに感じられたから、ガラガラだったよ(笑)」と笑い話になりますが、最初はそんなもの。しかし本展がベースとなって、それ以降少しずつ「新版画」というジャンルがアートファンに意識されるようになります。(※ちなみに、この展覧会は終了後非常に高く評価され、公式図録は10年以上経過した今でも中古市場で5,000~10,000円と非常に高値で取引されています)

さて、それではここからは、冒頭でご紹介した新版画の達人3名にお話を伺っていくインタビュー形式でお届けします。

「新版画」と「浮世絵」の違いって?

― ところで、浮世絵と新版画の一番の違いというのは、どのあたりにあるのでしょうか?

太田記念美術館主席学芸員・日野原健司さん(以下、「日野原」と表記):明治時代も後半になると、国内での浮世絵の販売が停滞していって売れなくなっていきました。そこで、渡邊庄三郎が中心になって、国内ではなく海外のお客さんをターゲットにした新しい木版画を作ろう、としたのが新版画ですよね。ここまではOKでしょうか。

― はい。OKです!

日野原:渡邊庄三郎は、江戸時代の彫りや摺りの技術を十分研究して、「新版画」では、それを踏まえた上で新しい彫りや摺りの技術を展開していったんです。それは、コンセプトが違うからなんですよね。浮世絵版画が、いわゆる大衆の娯楽としてのメディアであったのに対して、ある種の芸術性をもたせて、「美術品」であることを前提とした海外向けの商品だったのが新版画なんです。だからコンセプトが違えば、使う技術も変わってきますよね。

― 当初は外国人の作家と組んで、マーケティングも兼ねてテスト制作を繰り返したのですよね。

日野原:そうですね。外国人の作家も引き入れて、木版画の新しい未来を想定しながら作り上げていこうとしたのでしょうね。だから、立ち上がった当初は、本当にベンチャー企業のような感じだったと思うんですよ。

― 技術的な違いも大きかったのでしょうか?たとえば、新版画では西洋的な描き方も大胆に取り入れていたのでしょうか?

日野原:木版画ならではの彫りと摺りの魅力を最大限引き出すために、輪郭線を比較的残しながら絵を作っていく、そしてそのために使われる基本的な技術は、浮世絵も新版画もほとんど変わりません。ですが、テクニックの細かい部分は違っていますね。絵師によって表現が違うので一概には言えませんが、有名なところでいうと、「ザラ摺り」といって、敢えてバレンの跡を残すような特徴的な摺り方は、新版画ならではの新しい表現だったと思います。江戸時代は、バレンの跡が残るのは嫌われましたから。

-敢えて版画っぽさを残すあたりは、アート作品っぽい感じですよね。他に、色使いの違いなどはあったのですか?

日野原:色や構図などは時代性の影響を大きく受けていると思います。例えば美人画は、大正時代当時の美人画の表現を受け継いでいますし、役者絵も完全に顔の描き方は現代風になっています。色使いも、江戸時代、明治時代とは結構違っています。だから、絵としての表現は、新しいものを目指していたのだと思いますね。

川瀬巴水「子供十二題より御人形」引用:国立国会図書館

日野原:色使いでいうと、鮮やかさとあわさを兼ね備えた感性というか。吉田博や川瀬巴水の風景画を見ると、結構鮮やかな色彩を組み合わせているのですが、決して派手にならず、どこかしっとりとした情緒や空気感が漂っているんです。このあたりの色使いの妙は、日本人ならではの感性が発揮されているのかもしれませんね。

なるほど。娯楽から芸術へと変わっていったのですね。

意外と難しくない!新版画の鑑賞ポイントとは?

―では、浮世絵とは新しい表現を目指した新版画ならではの鑑賞ポイントがあれば、教えていただけますか?初心者が見る時に、まずどこを見たらいいか、知りたいです!

日野原:ある意味、新版画ってそんなに難しく考える必要がないと思うんです。

-えっ……?!といいますと?

日野原:新版画は、もともと外国人に販売する前提で、ある種のオリエンタリズムや東洋趣味を意識的に強調したような作られ方をしているので、日本人が見た時に、文化や歴史の前提知識が要らないんです。スッと木版画の世界に入り込めるような表現なんじゃないかなと思うんですね。

-あっ、それはわかるような。古き良き懐かしい感じの「日本の風景」が典型的に表現されていますよね。

日野原:そうですね。さらにいうと、現代の私たちも、ある意味当時の外国人と変わらない存在であると思うんですよ。大正時代に新版画がつくられた時からすでに100年くらい経っているわけですから。誰も当時の日本のことを知らないわけです。

-なるほど!

川瀬巴水「手賀沼」引用:国立国会図書館

日野原:特に川瀬巴水の描いた田舎の風景などは、実際にはもう存在しなくて、当然現代の私たちの記憶にはないんだけど、作品を見るとなぜかノスタルジーを強く感じたりすることがありますよね。東京の街にしても、昔の街並みを知らないのに、なぜか懐かしさを感じてしまったり。こうした「なつかしさ」というところが、新版画を鑑賞する上で一つのキーワードになるのではないでしょうか。

― なつかしさ、わかります……!

日野原:個人の記憶のあるなしにかかわらず、絵と結びつく漠然としたノスタルジー感というのが、新版画の一つの面白さだと思いますね。別に無理して、昔のことを想像しなくてもいいんです(笑)。見ているうちに、自然と心が刺激された作品があったのなら、そこに思い切り浸っていただくのがいいのかなと思いますね。

-つちもちさんはいかがですか?

漫画家/イラストレーター・つちもちしんじさん(以下「つちもち」と表記):川瀬巴水の絵を見ると、明暗のつけ方や構図の取り方などは、いわゆる現代の美大や美術予備校で少し専門的な勉強をした人なら、だれでも理解できる描き方なんです。伝統的な日本画なんだけど現代性もちゃんと感じられるというか。ゲームやアニメの背景画像を見た時のような既視感とでもいうか。だから、現代にあるこのゲームやこのアニメに似ているな、といったような興味の持ち方でもいいと思うんです。

日野原:アニメーターさんの描く絵と親和性がありますよね。結構、アニメやゲームなどのクリエーターの方で興味を持っている人も多いんじゃないかなって思います。

つちもち:グラデーションが美しいですよね。CGをベースにした印刷物などでも階調表現はきれいに表わせますが、人間が技術を駆使して摺っているという、その清々しさがいいんです。感動的で、マジックを見せられているような感じがするんですよね。何千、何万と試行錯誤を重ねた上に到達した技術の凄さというか。そういった職人技の凄さも、新版画を見る楽しさの一つだと思います。

難しく考えず、素直に感じればいいのか!

新版画は、手にとって近くで楽しむ面白さも!

― 最近、長引くコロナ禍によって、「おうちでアート」的な感じで、SNSなど画面越しでアート作品をよく見かけるようになりました。新版画の場合、美術館などで実物を見た時と、画面上の画像で見た時との感覚の違いってありますでしょうか?

日野原:実際に近くで実物を見ると、やはり版画としての面白さがより強く感じられます。太田記念美術館では、新版画作品をあまり多く所蔵していないので、新版画の「実物」をじっくりと見る機会って、これまではそれほどなかったんです。ですが、例えば現在開催中の「笠松紫浪展」の準備で大量に実物を調査してみて強く実感したのは、Twitterなどモニター越しで画像として見た時と、実物を手にとってじっくり眺めた時では、イメージがかなり違うということでした。

-どのあたりが一番の違いでしたか?

日野原:実物を目の前にしてじっくり見ると、あ、こんなところに彫りや摺りの技術が使われているんだなと。版画作品としての質感がしっかりと感じられます。実物大の大きさで、直接見目にしたからこそわかるポイントはかなりあります。多分モニター越しだと、こうした微妙なニュアンスは、全部落ちてしまうんですよね。

版元「都鳥」柏木隆志さん(以下「柏木」と表記):版元目線でいうと、ぜひ、生活の場でこそ版画作品をじっくり見ていてほしいと思いますね。それで、手にとった感触なども味わってみてほしいです。実は、版画好きな方って作品の「裏側」が好きな人多いんですよ。木版画の裏面は手摺りの痕跡から、摺師の息遣いをよりダイレクトに感じることができるんです。

-通は裏側の感触をも楽しんでしまうのですね?!

柏木:そうなんです。また、木版画って、自然光の元だと、朝昼晩の光によっても絵の印象が結構変わったりするんです。もちろん、こうした微妙なニュアンスの違いは、作品を持っていないとわからないことではあるのですが、版画の楽しさを100%享受するなら、手元に持って見てほしいって思いますね。買ってくれた人からたまに連絡をいただくのですが、朝見ると元気が出るような気持ちになるし、帰ってきた時に見ると安らいだ気持ちになるという意見もあって、そういうのはすごく嬉しいなという気持ちになりますね。

日野原:日常の暮らしの中の視界に入るっていうことって、やっぱり違いますよね。単に、本やSNSで見るのではなくて、自分の部屋の中の一部として、作品が生活空間にあるというのは贅沢な楽しみですね。

一日の中でも、時間によって見え方が違うなんて! 実物を手にして、その生々しさを感じてみたい!

まだまだ本格的なブームは来ていない?!「新版画」をめぐる現状について

-「新版画」って、熱心なアートファンの間ではかなり盛り上がってきている印象がありますが、実際に当事者としてどんな実感をおもちですか?

日野原:正直、ブームかというと、どうなんでしょう(笑)。昔から人気があるのは川瀬巴水(かわせはすい)ですね。大小様々な展示企画がコンスタントに開かれていますよね。歌川広重(うたがわひろしげ)のような叙情的な風景画を好む方が、同じような感覚で巴水も好きになる、という感じのファンの方が多いように感じます。ノスタルジックな昭和の風景、心が穏やかになる落ち着く風景が、年配の方を中心に好まれていますよね。

-川瀬巴水以外ではどうなんでしょうか?

日野原:それ以外は……うーん。私の感覚的には、2017年にSOMPO美術館(旧:東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館)で開催された吉田博(よしだひろし)の展覧会がかなり話題になっていたという印象ぐらいで、他の新版画はまだそれほどメジャーにはなっていないイメージがありますね。

引用:シカゴ美術館

-小原古邨(おはらこそん)は、2019年にブレイクしたイメージがありますね。

日野原:2019~20年にかけて、新版画として作る以前の作品が中心として紹介されて話題になりましたよね。小原古邨は、キャリアの途中から渡邊庄三郎と組んで花鳥画の作品を出していますね。だから、人気が出た、と言えるのは、吉田博と小原古邨ぐらいでしょうか?

柏木:やっぱり、新版画をジャンルとして見ても、特にまだそれほど人気が出ているとは思えないですね。たとえば、2019年の冬に東京都美術館で開催された「ムンク展」でも彼の木版画が展示されていましたが、それはもう凄い長蛇の列で(笑)。そういうメジャーな西洋美術の巨匠たちに比べると、新版画の展覧会はまずそこまで並ぶことはないですし。人気が出たといっても、そんなには実感がないですね。

日野原:そういえば、ちょっと驚いたのが、つい最近発売された『國華』1501号で新版画の特集があったんですよね。私自身も作品解説を担当したのですが、國華で新版画が取り上げられたことに本当にびっくりしました。浮世絵関連の作品は、一点物である肉筆浮世絵は紹介されますが、版画の方は國華でほとんど取り上げられていないはずなんです。

― 日本最古にして、最も日本で権威の高い美術雑誌『國華』に載るということは、新版画も美術史の中でいよいよ無視できない存在になってきたということでしょうか?!

日野原:特集が組まれたのは恐らく初めてだと思います。國華が形作ってきたこれまでの日本美術史観の中では、浮世絵は、他分野に比べるとどうしても一段下に見られがちでした。肉筆画はともかく、木版画の特集はほとんどやらなかったんです。それでも、こうした形で取り上げられるようになったということは、たとえば川瀬巴水、吉田博、小原古邨といった人気絵師を中心に少しずつ研究の積み重ねができてきているということでもあるのでしょうね。

-そうすると、新版画の展覧会は、お客さんは入るようになってきているんですか?

日野原:そうですね。川瀬巴水はコンスタントに人気があります。でも、やっぱり鍵となるのはテレビですね(笑)。

-というと?

日野原:NHKの「日曜美術館」の放送後に、一気にお客さんが増えることが多いんです。SOMPO美術館の「吉田博展」、平塚市美術館や当館の「小原古邨展」も、日曜美術館で取り上げられてから、ファンの間で話題になって多くの人が足を運びました。もちろん、そこには大前提として、親しみやすい絵柄や作風があってこその人気化であったのだろうと思いますけどね。

これから一気にくるのかも! 目が離せない!!

これからブレイクが期待されそうな新版画の絵師は誰?!

吉田博「日本アルプス十二題の内 穂高山」引用:シカゴ美術館

― 先程、川瀬巴水、吉田博、小原古邨の3人をピックアップしていただきましたが、それ以外に誰か面白そうな絵師はいますか?

つちもち:僕は、吉田博の息子の吉田遠志(よしだとおし)の絵が結構好みなんです。夜の新宿の繁華街や、屋台の雑踏みたいな絵は、お父さんの圧倒的な画力で描く山岳風景や雄大な自然とはまた一味違っていて面白いなと。

日野原:たしかに、吉田博はメジャーになりましたが、息子さんの吉田遠志はあまり知られていないですよね。

つちもち:そうなんです。オンラインで新版画や浮世絵を販売しているサイトのカタログなどを見ていても、吉田博と川瀬巴水は価格も高くてバーンと目立つ存在です。でも、吉田遠志はかなり手に取りやすい価格で出ている事が多くて。僕はお父さんよりも好きかもしれないです。

-吉田遠志の他には、誰か注目されている作家はいますか?

つちもち:関西だと、浅野竹二(あさのたけじ)という絵師も好きです。京都の都市風景や、大和路の素朴な田舎などを描いているんです。ちょっとマンガチックに人物などがデフォルメされて描かれていたりするので、かわいいなと思ったりします。

浅野竹二「木屋町通り」芸艸堂蔵(写真協力:芸艸堂)

日野原:美人画でも有名な伊東深水(いとうしんすい)も、もう少し紹介されてもいいと思いますね。彼は、10代の後半ぐらいに渡邊庄三郎に見いだされて新版画でも美人画を手掛けていますしから。

-えっ?10代の時にもう画家デビュー?!まさに天才絵師だったのですね。

日野原:しかも、同じ鏑木清方(かぶらききよかた)の兄弟弟子で、川瀬巴水のほうが年上なのに弟弟子なので(笑)。巴水が20代後半くらいでまだ画家として駆け出しだった時代、自分よりも一回り若い兄弟子が、展覧会に出品したら見事10代で受賞してしまい、新版画でも大ヒットする……といった一連の流れを巴水は見ているんですよね。

つちもち:巴水が新版画をやろうと思ったのも、兄弟子の深水が手掛けた風景画シリーズを見て、これなら俺でも作れるかも……ということで渡邊庄三郎に売り込んだという。

-面白いですよね!

日野原:また、先日横浜の神奈川県立歴史博物館で開催されていた新版画の展覧会では、土屋光逸(つちやこういつ)も良かったですね。外国人の絵師だと、ポール・ジャクレーなども面白いと思います。こうやってみてみると、まだまだ面白い作家はいるものですよね。

-太田記念美術館では、「最後の新版画」絵師として知られる笠松紫浪(かさまつしろう)の展覧会を、今まさに開催中なのですよね?(~2021/3/28)

日野原:そうなんです。当館の展示コンセプトの一つに、「まだあまり紹介されていない作家や浮世絵師を取り上げる」という方針があるのですが、新版画では川瀬巴水や吉田博、小原古邨に続く作家に誰かいないかなと考えていた中で、笠松紫浪に目が止まりました。

-なるほど!

日野原:笠松紫浪は、新版画の展覧会では毎回常連のように数作品ずつ出ていますし、新版画の関連書籍の中でも作品を見かけることはよくあります。ですが、その割には今までまとまった回顧展が行われていないんです。

-それは不思議ですよね。

日野原:彼は、展覧会を一人で構成できるだけのまとまった作品数を残していますし、2021年が没後30年にちょうど当たるということもあって、この機会に紹介してみたら面白いかなと思いました。そこで、生前に版元として作品を手掛けていた渡邉版画店と芸艸堂(うんそうどう)にご相談をしたところ、作品をお持ちだということだったので、今回展覧会を実現することになりました。

アニメみたいにどこか新しく、でもノスタルジーも感じる。その不思議な感覚が新版画の魅力かな?

「最後の新版画」笠松紫浪展とはどんな展覧会なの?

― せっかくなので、太田記念美術館様の「笠松紫浪展」を少し掘り下げてから前半を締めくくりましょう。まず、今回の展覧会ではどういった作品が何点くらい出品されているんですか?

日野原:渡邊版画店から約50点、芸艸堂から戦後の作品を約80点、あわせて約130点で構成されています。実は、笠松紫浪も晩年は自画自刻自摺の「創作版画」へと移行するのですが、今回は彼の新版画に焦点を当てて掘り下げてみました。渡邊庄三郎のプロデュースの下で、彫師と摺師で協力して一枚の木版画を作り上げていくプロセスや、それを受け継ぐような形での芸艸堂での戦後の新版画制作を俯瞰することで、大正時代から続く新版画運動の中で、笠松紫浪の残した業績を振り返っていきます。

-原画と完成作品の比較展示などもあるのですか?

日野原:芸艸堂から出版した作品については、原画との比較展示を行っています。

共に笠松紫浪、芸艸堂蔵 左:「東京駅」右:「東京駅」原画(写真協力:芸艸堂)

― これは別日に笠松の芸艸堂にインタビューさせて頂いたのですが、笠松紫浪は、ガッツリ原画を描きこむタイプではなく、「覚書」や「原案」に近いレベルの下絵を彫師に渡していたみたいです。

日野原:そう、水彩画で、割とラフな原画なんですよ。

つちもち:彫師のセンスにゆだねた、ということでしょうかね。

日野原:そうでしょうね。この原画から版下を起こす際は、誰が担当したのかわからないんです。

本当に協同作業なんだ! すごい!!

柏木:輪郭は誰が描いたのかわからないのですね。

つちもち:でも、僕も以前、川瀬巴水のスケッチから版下絵に至るプロセスを展示で見たことがあるんですが、本当に走り描きみたいなものから版下絵に起こしているんです。突然版下絵に移行する時、かなり飛躍しているんですね。これは僕の解釈なんですが、ある意味で型みたいな、たとえば、ある水面の反射に対しては、こういう処理をしましょう、といった定型的な決まりごとみたいなものが、彫師と摺師と絵師の間でガッチリ決まっていたのかなと。

-なるほど!だからわりと原画と版下絵が違っていてもなんとかなるかもしれないのですね?!

つちもち:定形処理が増えると、それだけマンネリに陥るリスクも増えてしまいますが、それが一つ新版画の作家が短期間で多数の作品を量産できた大きな要因なんじゃないかと解釈しています。

日野原:実際に渡邊庄三郎の場合、1年間で何十枚もつくっていますからね。最盛期では、年間50枚くらいは制作しているはずですから。そうすると、週に1枚は新作を作らなくてはいけない計算になりますよね。凄いペースです。

共に笠松紫浪、芸艸堂蔵、左:「東京タワー」右:「日本橋」(写真協力:芸艸堂)

― ところで、笠松紫浪の魅力って、どのあたりにありますか?

日野原:やっぱり風景画ですね。川瀬巴水と共通する、昭和の時代ならではの農村や都市の風景の切り取り方が面白いです。色使いや構図なども巴水と似たところはありますが、独自の感性を感じるところもありますね。

つちもち:僕が新版画の画集で見た笠松紫浪の作品の中では、温泉の露天風呂を描いた作品群ですね。大きな枡のような浴槽で美人が入浴している白骨温泉は、妙に目に残りました。笠松作品の中では、僕はこうした変わり種の作品が好きかもしれないです。

-会期は3月28日までですよね。緊急事態宣言が無事解除されて、一人でも多くのファンに笠松紫浪を知ってもらいたいですよね。

日野原:そうですね。これをきっかけに、こんな絵師もいたんだ、ということを知ってもらえるといいですね。新版画自体も、少し広まってくれればうれしいです。浮世絵版画は、長い間美術史研究の中では比較的低く見られていた時代も長かったのですが、新版画がこうしてブレイクしはじめているのは、まさに「版画」の持っている強さのおかげだと思います。この流れに乗って、歴史上の位置づけがもっと見直されることで、木版画にも歴史としての背骨がしっかりしてくると思うんです。そうなると、「歴史」というバックグラウンドがしっかりしてくると、ジャンルも受け継がれる可能性が出てくるのかなと思いますね。

―そうなると、柏木さんとつちもちさんが手掛けている「令和新版画プロジェクト」も盛り上がりますよね。

日野原:まさしくそうですね。「新版画」というキーワードがより広く認知されることによって、歴史上の文脈が作れて、それが、「令和新版画プロジェクト」の活動を後押しする力になるはずですから。

-ありがとうございました。後半では、いよいよ「令和新版画」プロジェクトについてお聞きしていこうと思います!(後半に続く)

▼後半の記事はこちら!
50年ぶりに大復活した「令和新版画」を徹底取材!バンド活動のような版画作りの現場とは!?

参考情報:太田記念美術館「笠松紫浪展」

今回、記事内でもご登場頂いた日野原学芸員が企画・監修をした画期的な新版画展「没後30年記念 笠松紫浪展」が3月28日まで開催中。最後の新版画家と呼ばれ、昭和30年代まで風景画を中心とした新版画を作り続けた笠松紫浪の作品約130点を堪能できるまたとない機会。本展に約80点を提供した版元・芸艸堂に笠松紫浪について取材したレポートとあわせて、ぜひ楽しんでみて下さい。

展覧会名:「没後30年記念 笠松紫浪-最後の新版画」
会期:2021年2月2日(火)~3月28日(日)
休館日:月曜日、2月26日~3月1日まで(展示替えのため)
会場:太田記念美術館(〒150-0001 東京都渋谷区神宮前1-10-10)
公式HP:http://www.ukiyoe-ota-muse.jp/

参考情報:「令和新版画プロジェクト」

令和新版画の作品販売Webサイト
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「都鳥」Note
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サラリーマン生活に疲れ、40歳で突如会社を退職。日々の始末書提出で鍛えた長文作成能力を活かし、ブログ一本で生活をしてみようと思い立って3年。主夫業をこなす傍ら、美術館・博物館の面白さにハマり、子供と共に全国の展覧会に出没しては10000字オーバーの長文まとめ記事を嬉々として書き散らしている。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。