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2022.10.28

インスピレーションを受けたのは柔道の形!?金沢21世紀美術館でクラインブルーにおぼれる

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金沢21世紀美術館で開かれている「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」展を訪れました。 イヴ・クライン(1928〜62年)といえば、青の表現がよく知られています。「インターナショナル・クライン・ブルー」という顔料を自ら創案するほどのこだわりを、青という色に持っていたのです。そのクラインが表現した代表的なモチーフは、人間のかたちでした。そして、展示室を歩いていたつあおとまいこの2人の目を捉えたのが、柔道着を着たクラインの姿を写した写真でした。クラインは、1952年から1年半の間、日本に留学しており、柔道を学んだというのです。

アーティスト自ら作り出してしまったこだわりの青!現物をぜひ見てみたい!

イヴ・クライン(1928〜1962)
わずか34年余りの人生のうちに、数々の傑作を生み出し、世界的にも高く評価されているフランスのアーティスト。「ヌーヴォーレアリスム」グループの一員。芸術の「脱物質化」を求め、新しい技法や芸術に対する大胆な試みを行った。とりわけ、自ら開発した青の顔料「インターナショナル・クライン・ブルー(IKB)」で知られる。(出典:金沢21世紀美術館「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」展ウェブサイト

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

ヌードの女性を思いのままに動かす

つあお:さて、今日は金沢でイヴ・クラインです!

まいこ:イヴ・クラインの作品は断片的に見たことはあったのですが、これだけのまとまった数を見るのは初めてだったので、彼の全体像がつかめて充実した体験でした。

つあお:へぇ、 けっこう見た経験があるんですね! たわくし(=「私」を意味するつあお語)は30年以上美術記者稼業をやってますけど、クラインを生で見た記憶があまりありません。だから今日は、すごくワクワクして見に来たんです。そしてやっぱり、青が鮮烈ですね!

イヴ・クライン『空気の建築 ANT-102』 1961年 着色顔料、合成樹脂、木炭/紙、カンヴァス 東京都現代美術館蔵 展示風景

まいこ:とても深い青ですね! 自然界ではあまり見ない深さだと思います。

つあお:クラインはやっぱり、青に神秘を感じていたんだろうなぁ。自分で顔料を開発したらしいし。

まいこ:その顔料が「インターナショナル・クライン・ブルー」なんですね!

つあお:そうです。クラインは20歳の時に詩人のクロード・パスカルと彫刻家のアルマンと過ごした南仏ニースの浜辺で、3人で「世界を分割する」ことを思いついたのだとか。パスカルは「空気」を欲し、アルマンは「大地」を欲した。クラインが欲したのは、「青空」だったそうです。

まいこ:何て大胆で素敵な人たちなんでしょう! そこから青への希求が始まったのですね。この展覧会でも、「インターナショナル・クライン・ブルー」が展示してありましたね!

つあお:床に敷かれていた顔料は、ほんとに鮮烈でしたね! そしてね、あの鮮烈な青を使ってクラインが盛んに表現したのが人の形だったというのが、また面白いなと思うんですよ。

まいこ:写真のネガフィルムみたいな作品ですね! 青と白でいろいろな人型が表現されてますね。

つあお:そうそう、いろんな人型があるんですよ。

イヴ・クライン『人体測定(ANT66)』 1960年 水性メディウム、紙/カンヴァス いわき市立美術館蔵(本作品の展示は12月28日まで) 展示風景
実物(?)の人型ということは、結構大きな作品なんですね〜

まいこ:私は何がインスピレーションとなって人型を取り始めたのかがずっと疑問だったんです。

つあお:それがね、クラインはどうも日本に来て柔道を学んだことがあるらしい。この展覧会では、柔道着姿のクラインの写真や試合の映像を見ることができた。あれは画期的だなぁと思いましたよ!

まいこ:どうやら相当な達人だったみたいですね。

つあお:そうそう、黒帯、つまり段位を取ることを目標にしていたらしいんですけど、初段でもらえる黒帯どころか4段まで取っちゃったそうです。日本にいたのはたった1年半だったのに。

まいこ:ちらっと解説を読んだんですが、帰国したフランスで柔道を教えるくらい、すごくなっていたみたいですね!

前述のアルマン・パスカルのお二人とも柔道の道場で出会ったのだとか!フランスでそこまで柔道が人気とは。

つあお:おそらく、もともと相当な武道の才能があったのでしょう。それでね、柔道の経験がどうも作品に生きているようなんですよ!

まいこ:というと?

つあお:まず柔道に「形(かた)」があることが関係しているんだろうな、と。「投の形(なげのかた)」「固の形(かためのかた)」とか。よく知られている背負投なども、「投の形」の中にあります。

上写真)柔道家小田常胤九段とクラインが五の形を演じている様子 東京・小田道場、1953年
下免状)講道館から授与された初段の免状(1953年1月11日)。クラインは同年12月18日に四段を取得した

まいこ:欧米のスポーツとは違った側面に興味を持ったのでしょうか?

つあお:そうですね。西洋のレスリングなどでも究極の体の使い方を見ることができたとは思いますが、クラインは柔道の「形」に日本独自の美しさを見たのかもしれません。

まいこ:なるほど。

つあお:それで、柔道はやはり戦うためにあるわけですから、ただ「形」を実践するだけではなく、極めないと相手に負けてしまうわけです。 無駄は許されない。

まいこ:クラインは、「形」のマスターが得意だったのですね!

つあお:おそらくすごく得意だったんだと思います。どんな武道、あるいはスポーツでもそうですが、動きを極めた「形」というのは本当に美しいものです。

まいこ:クラインが人型の作品を制作する映像を見たのですが、真剣そのものの顔で、ヌードモデルにインストラクションしていました。

つあお:おそらく、柔道の「形」の美しさを知った上で、モデルさんを指導していたからこそできるかたちが画面の上に再現されていたんでしょう。

イヴ・クライン『青の時代の人体測定』より 1960年 映像 © The Estate of Yves Klein c/o ADAGP Paris

まいこ:ある意味スピリチュアルとも言える力を持つクライン・ブルーを全身に塗り、彼の言葉通りに動くと普遍的に美しいかたちを表現できるということで、モデルさんたちも恍惚とした表情でした!

つあお:あの映像を見ると、モデルがヌードである必然性がよくわかる。ヌードでなければありえない人型が、クラインの画面に転写されるわけですから。

まいこ:スーパーモデルのように美しい女性たちをヌードにして思いのままに動かしてしまうのですから、 かなり危険な人物だとも言えます(笑)。ヌードの男性には効かない魔術だったかもしれないですね。

つあお:柔道では本当にいろんな「形」を自分で試している写真がたくさん残っていて、それが作品のありようへとつながったこともよくわかる。

柔道をするクラインの写真が並んだコーナー

まいこ:そうですね! あともう一つ、今回の展覧会でわかったのですが、広島の原爆の放射熱によってできた「死の人影」の存在を知ったことから人間の体が残す痕跡への関心を深めたことも大きかったようですね。私は子どものころにこの残像が出てくる映画を見て怖くて仕方がなかったのですが、こんな風に意外な形で美術作品になっているとは驚きました。

つあお:さまざまなものからインスピレーションを得て、体現する人だったんですね。それがあの青を突き詰めた「インターナショナル・クライン・ブルー」で表現されるところに、美の極みがあったということになる。

まいこ:実際、アーティストとして制作を始めてから34歳で急逝するまでの超短期間で、歴史に残る作品を生み出していますから、瞬発力があったのでしょうね!

つあお:鈍発力を極めている私としては、うらやましい限りです。

まいこ:「鈍発力」…初めて聞きました! (笑)

金は物質なのに「非物質的」

つあお:クラインは、日本に来た2年の間に柔道だけじゃなくて、金屏風なんかにも触発されたと聞きました。

まいこ:金の装飾は世界各地にありますが、金箔そのものを定着させていることが新鮮だったのかもしれませんね。

無地金屏風 春芳堂製 昭和時代初期 六曲一双 金箔、和紙、木、鉄 金沢市立安江金箔工芸館蔵 展示風景
※この屏風の展示は前期(2022年10月1日〜12月28日)。後期(2023年1月2日〜3月5日)は別の無地金箔屏風が展示される予定

つあお:金屏風って、とりあえずは「ゴージャス」というイメージで、お金もかかっていたんだろうと思うんですけど、クラインは多分もっともっと深い世界をそこに見出していたように思えます。

まいこ:深い世界とは?

つあお:青もそうなんですけど、金って奥行きをすごく深く感じさせる色だとも思うんですよ。

まいこ:確かに! 以前、日本の絵画で純度の高い金泥を濃密に塗った表現を見つめていて、漆黒のような深さにおぼれそうになったことがあります。

つあお:この展示室には「非物質的な金」というタイトルがついている!

まいこ:金は物質なのに「非物質的」というのは、すごく興味深いですね。物質を超えた何かを感じていたのかもしれません。

非物質的な金 / Immaterial Gold(展示室7)
イヴ・クラインは、金の持つ色とその物質的な存在感に特別な精神性や象徴性を見ていた。彼は、目に見えない非物質的な領域と、変幻自在でありながら地球上で最も安定している金との不可分な関係性を、生涯探求し続けたと言える。
彼は、モノクローム絵画において、非物質なるものを表す色として、青、薔薇色(ピンク)、そして金を主として用いている。錬金術の影響もあり、クラインは、この三色を金:「精神」―青:「空間」―:薔薇色:「生命」と、宇宙を構成する三原色と捉えていた。(出典=金沢21世紀美術館「時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの」展ウェブサイト

つあお:金には人間に空間的あるいはむしろ概念的な思いを抱かせるような力があると感じたんじゃないかな。金の背景に青い人間像を立体的に配した作品にも凄さがありますよね。

イヴ・クラインの人体レリーフが並んだコーナー
『人体レリーフ(マルシアル・レイス)―PR2』(1962年、彫刻の森美術館[公益財団法人彫刻の森芸術文化財団]蔵)、『アルマン(肖像レリーフ)』(1962年[原型]、愛知県美術館蔵)、『人体レリーフ(クロード・パスカル)―PR3』(1962年、彫刻の森美術館[公益財団法人彫刻の森芸術文化財団]蔵)

まいこ:クライン・ブルーまみれのヌードの男性が、にょきっと金の背景から飛び出してきていますね!

つあお:クラインは金だけで表現した平面作品も制作してますね。『沈黙は金である』というタイトルがまた素晴らしい。

イヴ・クライン『沈黙は金である(MG 10)』 1961年 金箔、板 個人蔵

まいこ:純度の高い「色」から「非物質」を表現しようとする姿勢って何か禅的なものを感じます。

つあお:今回すごく思ったのは、クラインが存命だったら、ぜひ金箔の街、金沢に来てほしかったことです。 金沢は、禅を世界に広めた鈴木大拙の出身地でもある。大拙と会えたら面白かっただろうな。大拙の著書『新 禅と日本文化』(原文は英文、岩本明美訳)には、「禅は直覚を支持し、思考に反対する」とありました。哲学的なクラインとは結構論争になったかも!

まいこ:ここへ来る前につあおさんと立ち寄った金沢の鈴木大拙館では、 「水鏡の庭」を「思索空間棟」から眺めたこと自体が「禅」体験だったような気がしました。クラインの「金」や「青」もそのような体感を促しているのかなと私には思えたのです。 そして金沢では、クラインに金箔で人体測定をしてもらいたかったですね!

つあお:金沢には今でも金箔職人がいますから、意気投合したんじゃないかな。

まいこ:ゴールデン・クライン・ブルーとか、新しい色も開発できたかもしれませんよ!

つあお:ハハハ…どんな色かまったく想像がつきませんが、超絶深く鮮やかな色になりそうです。

まいこセレクト


イヴ・クライン『ピュア・ブルー・ピグメント』 1957/2022年 顔料

ざっくりと耕された土のようなクライン・ブルーは、一言で言うと官能的です。

クラインが顔料の粉末それ自体に見出したという「色彩の自立した生命」そのものを感じます。この非物質的な生命的な何かが、人々から官能的なリアクションを引き出す何かを持っているのかもしれません。クラインの未亡人であり、当時彼のアシスタント兼モデルでもあったロトラウト・ユッカー(Rotraut Uecker)さんは、最初に青のモノクロームの作品を見た時の感覚を次のように語っています。

「(青を目の前にして)、ただただその中に自分は消えてしまいます。本当に惹きつけられて、その枠や大きさのことを忘れて没入し、無になってしまいます」(菊池麻衣子訳、出典=YouTube”Louisiana Channel”)

ここで頭に浮かんだのは、フランスの作家ジャン・コクトーの言葉です。

「私が求めているのは、どんな芸術家も、今日の多くの若者のように、うわべの詩らしさや絵らしさを装うのではなく、一個の生体組織を創造してほしい、そしてその生体組織が、性に比べられるような何かを呼び覚ますものであって欲しい、ということなんだ」(出典=ジャン・コクトー、ルイ・アラゴン著、辻邦生訳『美をめぐる対話』)

この作品は、まさにこのコクトーの言葉を体現していると私は思うのです! コクトーは1963年に亡くなっていますが、62年に亡くなったクラインと同時代のフランスの作家ですので、もしかしたらこの作品を見ていたかもしれません。見ていたとしたら、「これがまさに私が求めていたものだ!」と言ったのでしょうか? それともメチャメチャにこき下ろしたのでしょうか? ぜひ感想を聞いてみたいものです。

つあおセレクト

『指揮者としてのイヴ・クライン ゲルゼンキルヒェン市立劇場、1958年』 写真 展示風景

クラインには、音楽を素材にした作品があります。タイトルは『交響曲《単音―沈黙》』。同じ和音が20分間鳴り続け、沈黙が20分続くという曲です。実際にオーケストラを使って「演奏」したこともあったそうです。たわくしが想像したのは、和音の部分は金一色、沈黙の部分は青一色で表現されたヴィジュアル作品を可聴化させたものではないかということ。クラインは「非物質化」をテーマに表現を模索していましたが、この作品では、それを実現するとともに、時間芸術である音楽を空間の中でいかに表現するかということについても探究しているように感じました。

当然のことながら、楽譜も極めてシンプルです。見ているとクラインの意志が感じられるのが不思議です。

イヴ・クライン『交響曲《単音―沈黙》のための楽譜』(複製) 1947〜61年 プリント、ペン、紙 個人蔵 展示風景

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『薔薇色の猫体測定』

イヴ・クラインは、青や金、薔薇色に注目した上で、モノクロームで表現することにこだわっていました。「つあおセレクト」で挙げた『交響曲《単音―沈黙》』も、その姿勢が表れた作品と考えていいでしょう。

モノクロームゆえに深みがあるというのは、中国や日本の水墨画にもつながりうる考え方、感じ方であるように思われます。ひょっとしたら、水墨画を身近に見ることがある日本人は、クラインの世界にも入って行きやすいのかもしれません。

展覧会基本情報

展覧会名:時を超えるイヴ・クラインの想像力―不確かさと非物質的なるもの
会場名:金沢21世紀美術館
会期:2022年10月1日〜2023年3月5日
※展示替えあり
・前期=2022年10月1日〜12月28日
・後期=2023年1月2日〜3月5日
特設ウェブサイト:https://www.kanazawa21.jp/yvesklein/
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書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

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平成元年生まれ。コピーライターとして10年勤めるも、ひょんなことからイスラエル在住に。好物の茗荷と長ネギが食べられずに悶絶する日々を送っています。好きなものは妖怪と盆踊りと飲酒。