尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
信じられないくらい鮮やかな天然の石を、絵の具にする
対談場所は、絵画材料専門の複合クリエイティブ施設「PIGMENT TOKYO(ピグモン トーキョー)」。日本画の画材もたくさん扱っている。建物に入るとものすごい数のガラス瓶が並んでおり、阿部さんは目を輝かせた。
給湯流茶道(以下、給湯流):阿部さんは芸術学科を卒業されているのですよね。
山本太郎(以下、山本):そうなのですか!
阿部顕嵐(以下、阿部):大学受験の時に塾に通っていて、塾の先生と日本画(※1)を見に行くこともありました。特に東山魁夷(※2)が好きです。
給湯流:大学で、日本画を描く実習はありましたか?
阿部:それはなかったです。ちなみに世界堂(画材販売店)さんには行ったことがあるのですが、日本画の画材を見るのは初めてです。
山本:ガラス瓶に入っているのは顔料(がんりょう ※3)です。
山本:絵の具というとチューブに入った歯磨き粉のようなものをイメージされる方が多いと思います。ですが日本画では、こういった粉末と膠(にかわ)という接着剤を指でまぜて絵の具を作ります。
阿部:粉は、色ごとに原料が違うのですか?
山本:さすが! 鋭い質問ですね。その通りです。天然のものの多くは、石や土が原料。色ごとに違う石をくだいて粉にしています。
阿部:この青い石は、ラピスラズリですか? 僕の大好きな石で、アクセサリーを身に着けることもあります。
山本:ラピスラズリも顔料として使われています。ちなみにこの石は、ラピスラズリの代替としても使用されたことがあるアズライトです。
給湯流:こんな鮮やかな天然石が地球上にあるのですね。驚きです。
山本:「この絵の具は天然石から作られています」などと説明しても、信じてくれない人もいます(笑)。でもこの石を見たら、一目瞭然でしょう? 他にも鉛や水銀から作られた顔料もあります。昔の絵師は筆を舌で舐めて整えてから描く人もいたので、体を壊した人もいるかもしれません。
給湯流:水銀や鉛を舐めるとは!
陰影をつけず、明るくフラットな日本美術の絵。その理由は顔料の“粒子の大きさ”にあった
山本:例えばここには濃い青から薄い青までグラデーションで並んでいます。これは同じ石の粒子を細かくすることで、色を変えているのです。粒子が粗いほど濃い色となり細かいほど白く明るい色となります。
阿部:すごい!
給湯流:薄い色には白い粉を混ぜているのではなくて、粒の大きさで色を変えているのですね。
山本:油絵では、絵の具同士を混ぜて様々な色を作ります。それで、例えば影の部分を少しずつ暗い色を作って塗ったりするのです。しかし、日本画の顔料はそれぞれ粒子の大きさが違うので、うまく混ざりません。
阿部:そうなのですか。
山本:ですから、日本画や日本美術では単色で塗ることが多いのです。陰影を描くことは、西洋の絵画のように多くありません。
給湯流:この喜多川歌麿の絵は、顔に光が当たって影がある表現がないですね。グラフィックデザインに近いというか、フラット。油絵とは違うかっこよさがありますね。
山本:さらに油絵は顔料に油を混ぜているので、絵の具を塗って時間が経つと油の皮膜ができます。顔料がダイレクトに目に入ってこない。
給湯流:確かに。油絵は、作品に近づいて表面を見るとツヤツヤしています。
山本:それに対し日本画の絵の具は、膠(にかわ)という動物性コラーゲン成分に顔料を混ぜて作られます。膠は油絵のような膜を作らないので、顔料の色がダイレクトで見える。だから、日本画では顔料の色そのものを活かして描くことが多いのです。川の実際の色を再現するのではなく、顔料の発色を重視して真っ青に塗る。日本画の顔料と膠は、美しい色がポンと出るような処理をするのに向いていると思います。
阿部:なるほど。日本画では写実的に描くより、発色を重視していると。そういう日本美術の描き方が、西欧で流行ったのですよね。ゴッホなどは浮世絵に影響を受けたと聞きました。
山本:そうですね。ジャポニズムと呼ばれ、日本文化が受け入れられた時代がありました。
古いものと新しいものを融合する。それが日本美術の魅力
阿部:ちなみに、時代ごとに流行りの色はあったのですか?
山本:素晴らしい質問ですね! おっしゃる通り、流行りの色はありました。今では「ジャパンブルー」と呼ばれる、葛飾北斎の波の絵も、当時初めて日本に輸入されたベロ藍(プルシャンブルー)という顔料を使っていたのですよ。
阿部:目新しいものを、北斎は生み出していたのですね。
山本:そうなのです。今では葛飾北斎といえば、日本を代表する伝統画家といったイメージもあります。しかし北斎が活躍していた頃、絵を描くことは今の漫画に近い人気商売でした。江戸の人たちが見たことのない鮮やかな色で絵を作る、という企画だったといえます。
給湯流:ジャパンブルーは伝統色というイメージですが、実際は海外の顔料を使っていたのか!
山本:いきなり海外のブルーが江戸で流行ったというわけではありません。その前から江戸では藍色の着物が流通しており、人々が青を細かく識別する目を持っていたのですよ。
給湯流:江戸幕府が町人の贅沢を禁止して、藍色の着物だけを着ろといった時期がありましたよね。その結果、人々が青を識別するセンスを磨いていた。その後に北斎の新しい青が流行ったと。ジャパンブルーには、面白い歴史がある!
山本:昔の日本美術で使われた顔料は天然由来で色数が限られています。今は、ポップな色も作られているのですよ。蛍光色とか、パールみがかかったものとか。最近、僕はそういう新しい顔料で描くこともあります。
給湯流:これは明るい色ですね! 日本画のイメージがガラッと変わります。葛飾北斎が新しい青を使った絵を発売した時も、鑑賞者は今の私と同じような気持ちだったのかも。
阿部:昔の絵師は、筆を舐めて整えたとおっしゃっていましたよね。ケミカルな顔料、もし江戸時代の絵師なら舐めてしまって体に悪そうです(笑)。
給湯流:ここまでお話を聞いて、どんなご感想がありますか?
阿部:日本美術は昔のものなので、画材は全て天然のものなんだろうなあと頭の中ではわかっていたつもりでした。でも膠なんて全然知らなかった。教えてもらわなければ、スルメと勘違いするところでした(笑)。日本美術について知ることができて面白かったです。
後半は、山本太郎先生の作品について対談します。お楽しみに!
インタビュー・本文/給湯流茶道 写真/篠原宏明 スタイリング/阿部顕嵐(私物)
「今」を創る伝統画材ラボ PIGMENT TOKYO
PIGMENT TOKYO(ピグモン トーキョー)は、「色とマチエール*の表現」を追求するショップ・ラボ・ワークショップを備えた絵画材料専門の複合クリエイティブ施設です。多種多様な画材とその用法、そこから生み出される「表情」について探求し、得られた知識や技術の普及活動を行っています。また、専門知識に精通した現役アーティストであるスタッフが、国内外の企業や教育機関に対して企画提案やコラボレーションなど、アートを軸にしたビジネス展開のサポートを行っています。
* 素材材質によってつくり出される美術表現効果。
営業時間:11:00 – 19:00 (定休日:月曜日・年末年始休業)
TEL:03-5781-9550
住所:〒140-0002 東京都品川区東品川2-5-5 TERRADA Harbor Oneビル 1F
アクセス:りんかい線「天王洲アイル」駅から徒歩3分/東京モノレール「天王洲アイル」駅から徒歩5分
山本太郎
1974年熊本生まれ。2000年京都造形芸術大学卒業。京都美術工芸大学特任教授。
1999年に日本画ならぬ「ニッポン画」を提唱。日本の古典絵画と現代の風俗が融合した絵画を描き始める。近年は企業等と積極的にコミッションワークを行いキャラクターを使用した作品も多数制作している。その作風は現代の琳派とも評される。2015年 京都府文化賞奨励賞受賞。
・神戸阪急 本館9階催事場 「山本太郎の世界展 日本画 vsニッポン画」(6/26~7/1)
・イムラアートギャラリー 山本太郎個展(仮)(7/20~8/9)
・ZENBI―鍵善良房―KAGIZEN ART MUSEUM 琳派リフレイン 山本太郎と芸艸堂 (8/6~11/10)
阿部顕嵐 お知らせ
阿部顕嵐 2024.04〜2025.03 Calender 好評発売中
MORE INFO >> https://ec.alanabe.com/news/?id=32
●OA情報
FOD先行配信 / 地上波放送『トラベラーズ・ハイ』
※ラスベガス編に出演します
【FOD / 完全版】
ラスベガス編 4月4日(木) 24:00〜 全3話配信開始
https://fod.fujitv.co.jp/title/70o6
【フジテレビ / 地上波放送】
4月3日(水) 24:25より毎週水曜放送
※放送・配信時間は予告なく変更になる場合があります