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2024.05.23

“美人”と聞いて男性が思い浮かばないのは、なぜ?【日本画家・木村了子のイケメン考察 】vol.1

現代のイケメンを、日本画の手法で描く木村了子さん。日本のみならず、世界中のイケメン好きから注文がくる人気作家だ。じつは木村さん、イケメンを細かく観察して紡ぐ文章もとても面白い! というわけで待望の連載スタートです。

「美人」というと女性のイメージが強いのは、日本美術に理由がある?

「美人画」(※1)

と聞いて、イメージするのはどんな絵でしょう? 多くの方が、美しい女性の絵を思い浮かべるのではないでしょうか。

では、これはどうでしょう?

▲山姥(部分)/木村了子 2024年

これは私の最新作の「美人画」で、男性が描かれています。日本舞踊家が素踊り (※2)にて、「山姥」という演目を舞っています。竹内栖鳳先生の「アレ夕立に」考というお題を頂戴し、私なりに描きました。描いた本人が言うのもなんですが、スッとしたいい男、イケメンでしょう?

さて「美人画」とは、日本では400年も前から続く、日本独自の風俗・人物画です。江戸時代の浮世絵では、〇〇小町的な街で評判の美少女や、人気芸妓がモデルとなっていました。例外はあるものの、近代〜現代の「美人画」は、ほぼ女性像と言っていいでしょう。美術ファンの間では現在も人気の一大ジャンルです。

▲『青楼七小町』 「玉屋内花紫」/喜多川歌麿/メトロポリタン美術館

「美人」は 「美しい人」という意味。「美人画」という絵画なら、男性と女性が半々に描かれてもいいはず。しかしほぼ女性像だったのは、その需要にあります。当時、金と権力を握っていたのも、多くの絵師も、圧倒的に男性。つまり男性が見たい「美しい女性像」が多く受注されていたと考えられています。

一方で江戸時代には女性も、大量に刷り出せる「浮世絵」が安価で出回ったおかげで、歌舞伎の男性役者絵をアイドルのブロマイドのように購入し、楽しんでいたようです。

美人画について詳しくはこちらの記事へ!
日本美術の歴史にひそむジェンダー格差…をひっくり返す「イケメン日本画」木村了子さんがアツい!

ちなみに、この状況はつい最近まではあまり変わりなく、美術コレクターは圧倒的に男性でした。私も過去、「女の描いた男の絵なんて売れない、誰が買うんだ!」と、何度言われたことか……。今は多くの女性コレクターや、ジェンダー問わずご購入いただけるようになりました。時代はちょっとずつ、変わってきていますね。

※1美人画:日本美術の用語で古くから使われている。現在は「美人」という言葉の解釈は広がっているが、今回は日本美術の記事としてこの用語を使わせていただく。
※2:素踊り…衣装やかつらをつけず、男性はシンプルな着流しや紋付袴姿で踊ること

「美人画」の特徴は、無名のモデルをつかうこと?

美人画の特徴として、島根石見美術館の学芸員・川西由里さんの定義が非常にわかりやすいので引用します。

・理想化された顔だち(その時代の好み)
・ファッショナブルな衣装
・見るものに緊張感を与えない=じっくり眺められる
・匿名性(特定の有名人ではない。物語の登場人物やアイドルは例外)
・憧れ、欲望を否定しない(見る人が男でも、女でも)

引用元:川西由里氏(島根県立石見美術館学芸員)「美男におわす」展・オンライン講義より

画中の女性たちは、艶やかでおしゃれな着物や衣装を身につけてポーズをとったり、あるいは美しい自然や部屋の中でくつろいだりしている姿を見せてくれます。

《山姥》でも、シンプルな紋付袴姿ながら着物にはロイヤルブルーな群青と金泥を用い、目にも鮮やかに仕上げました。ちなみに「群青」の材料はアズライトという貴石。お高いんですのよ……ホホホ。

そして、時には色っぽく着物がはだけていたり、一糸まとわずエロティックにその身を曝け出し、見るものをドキッとさせてくれたり、うっとり、ほっこりとさせてくれます。

▲母と子/喜多川歌麿/メトロポリタン美術館

登場人物は歴史に名高い有名人ではなく、〇〇太夫など通称はあったとしても、「木村了子像」と、ドーンとモデルの名前が表に出る、肖像画といったものでもありません。有名女優をモデルに描いたり、「巴御前」のように勇ましく歴史に名高い美人画も例外的にありますが、ほとんどが匿名性の高い「名もなき美女」たちです。

「名もなき美人」って、人物が具体的に特定されていない分、見る側のその欲望や妄想は自由に掻き立てられますよね。勝手に名前をつけたり、脳内彼女になっていたり。モデルの姿に憧れたり、はたまたモデルと画家の関係性を探ったり……願望や妄想を無限大に膨らませてくれます。

描き手と鑑賞者の欲望を、文句も言わず一身に受け止めてくれる……。そんな欲望に優しい人物画、それが「美人画」!?

「美しい人」に、ジェンダーの垣根はない

でもちょっと待って。
女性の「名もなき美人画」は天文学的な数字で数多くおられても 、男性の「名もなき美人画」って、そう多くは美術史には登場しません。美男に描かれたものでも、歴史上名高い武将であったり、実在した有名人だったりします(まぁそれでも勝手に妄想はするんですけど)。

でも本来、「美しい人」に、ジェンダーの垣根はないはず。何者でもない「ただの美しい男」の絵、あってもいいじゃない?私という、女の情愛や性愛を一身に、何も言わず! 受け止めてくれる!! そんな懐の深い「ただの美しい男の絵」が世に、美術にあっても良いじゃないですか。

そんな思いでイケメンを「美人画」として描き続け、早いものでもう20年近くになりました。ちなみに私が最初に描いた男性の美人画はこちら。

▲Beauty of my Dish – 桜下男体刺身盛り/木村了子

私の欲望が駄々漏れていますね(笑)。

この作品を発表したのが2005年、当時はそりゃぁもう賛否両論もいいところだった私のイケメン美人画も、今は社会の価値観もだいぶ変わり、だいぶ世に受け入れられるようになりました。
お陰様でこうして和樂webで連載を持つに至りまして……ここではこうした、「名もなきイケメン」について、あれこれつらつら書き連ねたいと思います。

欲望の趣くままに……。

アイキャッチ画像は、幸福の初夢 | HAPPY DREAM OF THE YEAR(部分)/木村了子
作品情報はこちら

木村了子 お知らせ

【展覧会】
第9回 東山魁夷記念 日経日本画大賞展

上野の森美術館 2024年5月25日~6月4日
https://art.nikkei.com/nihonga/

▲波濤競艇図屏風−天上極楽モンキーターン!/木村了子

GOLD EXPERIENCE3 展
HRD Fine Art(京都) 2024年5月11日~7月6日
http://hrdfineart.com/exb-gold24.html

【作画提供】
NHKドラマ10「燕は戻ってこない」

登場人物・「りりこ」の春画を担当しました。
2024年4月30日10:00より、毎週火曜日放送

【「山姥」について】

▲山姥/木村了子/絹本着彩 掛軸(全体)

男性舞踊家が「山姥」を、素踊りにて舞う姿です。「山姥」は女性が主人公の「女踊り」ですが、素踊りでは男性の姿のまま女性を演じるのはもちろん、鳥や風などの自然まで一人の踊り手にて表されます。シンプルな姿だけに、見る側の想像力にも託されるのが面白いと思いました。「アレ夕立に」でかがめた体をふっと伸ばし、なにかを仰ぎ見るような……舞の流れを思わせる絵を描きたいと思いました。ちなみにポーズはさる高名な日舞の先生にとっていただいたのですが、非公式なのとあくまで多くの芸妓絵のように、「名もなき男性の踊り」として描きました。あれこれ想像していただけたら嬉しいです。

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木村 了子

イケメン男性をモチーフに、伝統的な日本美術の技法や絵画のスタイルを継承した屏風絵や掛軸などの絵画作品を制作。異性であり愛の対象である「男性」を時にはエロティックに、時にはコミカルに、様々なテーマで描き出す。ほか映画美術に参加したり自作の乙女ゲームを作ったり、幅広い分野で活動中!
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