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蔦重AtoZ
E=『画本虫撰』に得意な画題を描いた歌麿が、一躍注目の的に!
喜多川歌麿(きたがわ うたまろ)と聞いて真っ先に思い浮かぶのは美人画ですが、最初に注目されるきっかけとなったのは、天明8(1788)年に刊行された狂歌絵本『画本虫撰(えほんむしえらみ)』の花や虫の絵でした。
当時江戸で大流行していた狂歌の会に参加していた蔦重は、和歌のような歌集を狂歌でつくろうと、狂歌絵本を企画。
江戸狂歌界の盟主であった四方赤良(よものあから=大田南畝〈おおたなんぽ〉)の門人・宿屋飯盛(やどやのめしもり)を撰者にして、絵師は駆け出しの喜多川歌麿を大抜擢(だいばってき)したのです。
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歌麿は虫と美人しか描かなかった!?
植物と虫や爬虫類(はちゅうるい)、両生類を組み合わせた全15 図の歌麿の絵は、非常に写実的で、錦絵ならではの彫りや摺(す)りの技術が駆使された傑作ぞろい。画面構成も美しく、狂歌よりも歌麿の絵が注目を集めたほどでした。
歌麿が若いころから面倒を見ていた蔦重は、歌麿が虫や植物、女性など、好きなものしか描かないことを熟知していました。
この蔦重の適材適所のプロデュース能力があったからこそ、歌麿は開花したと言っても過言ではありません。