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12,1月号2025.10.31発売

今こそ知りたい!千利休の『茶』と『美』

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2025.07.30

夢二、五葉だけじゃない!自由奔放な“大正パブリッシング”の世界【SOMPO美術館】

自由奔放で、美しく、モダン。そんな"大正の出版文化"を体感できる展覧会が、東京・新宿のSOMPO美術館で開催中です。

夏目漱石の『吾輩ハ猫デアル』が紙媒体に初めて載ったのは、雑誌『ホトトギス』1905年1月号。同年10月には、単行本として刊行されました。続く時代を牽引したのは、自由主義や民主主義の風潮をもたらした大正デモクラシー。近代化・西洋化が進む中で、教員や看護師になるなど女性の社会進出が著しかったのもこの時代です。街を歩く洋装と和装のモダンガール。西洋音楽が親しまれ、パリなど欧州からもたらされたアール・ヌーヴォーやアール・デコなどのデザインが人々を喜ばせる中で、文学の世界では漱石などの才能が大きく花開いたのです。書籍は文化として大いに栄え、美しく凝った装幀の書籍やオシャレな挿絵が人々の暮らしを豊かにします。

東京・新宿のSOMPO美術館で開かれている企画展『大正イマジュリィの世界 デザインとイラストレーションの青春 1900s-1930s』を訪れたつあおとまいこの二人は、目を輝かせながら、当時生まれた出版物の数々を観察し始めました。

人々を魅了した書籍文化

当初から『吾輩ハ猫デアル』の装幀に関わったのが、版画家として名高い橋口五葉でした。装幀の凝った本は、読む前にまず所有する喜びを人々にもたらします。竹久夢二の独自の魅力を放つ少女の絵は、雑誌の表紙や挿絵で多くの人々を魅了しました。そして何と、岸田劉生や藤島武二など普段は油彩画を描いている画家たちも、実はこの世界で大いに活躍したのです。ああ、大正ロマン! 自由奔放な空気を感じますよね。

同展のウェブサイトによると、企画展のタイトルにある「イマジュリィ」はフランス語で、ある時代やジャンルに特徴的なイメージ群のこと。1900〜30年代の日本には西洋から新しい複製技術が次々に到来して、雑誌や絵葉書、ポスター、写真などに新鮮で魅力的なイメージがあふれ、当時の活気に注目した研究者はこれらの大衆的複製物を「大正イマジュリィ」と総称。2004年に学会を結成したそうです。

橋口五葉(装幀)夏目漱石(作)『吾輩ハ猫デアル』のコーナー

小村雪岱(装幀)三田村鳶魚(えんぎょ) (作)『大衆文藝評判記』(1933年、汎文社)のコーナー
小村雪岱(せったい) は、鈴木春信調の美人のモチーフで人気の挿絵画家・装幀家になった

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

華やかでデコラティブな橋口五葉の表紙

つあお:明治の終わり頃、なんと『音楽』という雑誌が出ていたんですね。何とストレートでシンプルなネーミング!

橋口五葉(表紙絵)『音楽』(1906〜07年、樂友社)のコーナー

まいこ:『音楽』っておしゃれにデザインされた漢字で書いてありますよ!

つあお:表紙はアール・ヌーヴォーっぽくて、なかなか素敵だなぁ。漢字も絵と一体化してますね!

まいこ:植物が金色でデコラティブな号もある!女神が右手に持っている 竪琴も目立っています。

つあお:ということは、やはり西洋音楽をたくさん取り上げた雑誌だったんでしょう。この雑誌の装幀を担当したのは橋口五葉。『吾輩ハ猫デアル』の装幀を手掛けた、あのクリエイターです。

まいこ:白い肌を惜しげもなく見せた女性が緑のワンピースを着ている号も華やか! 書店の店先では、表紙として目立ったでしょうね。

つあお:やっぱり女神様ですから!

まいこ:謎に片方の胸がはだけてると思いましたが、女神なのですね。

つあお:ギリシャ神話のミューズ(ムーサ=芸術の女神)の一人なのではないかな? 素晴らしい音楽にのせて、身も心も全開なのでしょう。

まいこ:両腕を広げてる。オペラ歌手のようでもあります。

恋多き竹久夢二が描いたカルメン

つあお:思うに、この雑誌が出た明治の終わり頃から大正・昭和初期って、音楽、美術、文学などのジャンルを問わず、こうした文化がめちゃくちゃ楽しまれていたんじゃないですかね。竹久夢二が楽譜の表紙をたくさん描いたのもこの頃です。

竹久夢二(表紙絵) ビゼー作曲/堀内敬三訳詞『歌劇カルメン ハバネラの歌』(セノオ楽譜28番 1927年、セノオ楽譜出版社) 展示風景
カルメンが扇子を持っているところが興味深い

まいこ:へぇ。ビゼーの歌劇『カルメン』の歌なんかも出版されていたんですね!

つあお:『カルメン』は、女神とは対照的な魔性の女(ファム・ファタル)を描いた物語だ!

まいこ:出た、ファム・ファタル! カルメンは、 ホント官能的ですよね。

つあお:「魔性」とか言いましたけど、自由に生きるカルメンにドン・ホセっていう不器用な男が勝手について行っただけだったりもするかも(笑)。たわくし(=「私」を意味するつあお語)は、愛に満ちたドン・ホセの歌が大好きで、以前よく一人で歌ってました。

まいこ:えっ! つあおさんは歌を歌ったんですか? ヴァイオリンを弾くんじゃありませんでしたっけ?

つあお:ありがとうございます、覚えていてくださって。歌も好き。『カルメン』は全部の歌が好きで、スコア(総譜)を買ってよく歌ってました。

まいこ:なんと! でも、こうした自由で破滅的な物語が流行ったのも、この時代の空気があってこそのことだったのかもしれませんね。楽譜の表紙絵を描いた竹久夢二も恋多き男性でしたし。

つあお:実はね、竹久夢二については過去楽譜のことを調べて、ヴァイオリンのソロ用の楽譜の表紙なんかもけっこう手掛けていることを知り、「をを、この時代は趣味でヴァイオリンをやる人がけっこう多かったんだな」といにしえを振り返ってしみじみしたことがあります。

まいこ:へぇ。

つあお:第二次世界大戦前というと、欧米は敵みたいな印象があるけど、大正時代頃はむしろ欧米のいい文化をたくさん輸入していたようです。それが音楽にも出版にも表れている。

まいこ:勉強になります。『音楽』の女神にしても、『カルメン』にしても女性が主役! この時代はずいぶん女性が解放されていたんでしょうか?

つあお:モダンガールという言葉もあったくらいです。東京の銀座に買い物に出かける女性も多かったようですし、看護師などの職を得て働く女性も増えていた。家庭の中に収まってというよりも、華やかに世の中に出た時代だったのかも。

口絵に表れた与謝野晶子の開放感

まいこ:藤島武二が描いた与謝野晶子の短歌全集の口絵でも、女性がずいぶん開放的に描かれている。そして、やっぱり胸がはだけてますね!トレンドだったのでしょうか?(笑)

藤島武二(装幀・口絵) 与謝野晶子『晶子短歌全集 第1』(第6版、1926年、新潮社)、『晶子短歌全集 第2』(初版、1920年、新潮社) 展示風景

つあお:WoW。まいこさんはいい作品に目をつけましたね! そもそも洋画家として名を馳せた藤島がこんなにたくさん装幀を手掛けていたとは! 女性は、なんとなく眠っているような感じだなぁ。

まいこ:ゆるく胸を開放していて、ちょっと愛と美の女神ヴィーナスみたい。

つあお:きっとこの女性は、夢の中で心を大きく開いているに違いありません(笑)。

まいこ:与謝野晶子といえば、開放的なあの情熱的すぎて赤面しそうな短歌が有名(笑)!

つあお:これですね! 「やは肌の あつき血汐に ふれも見で さびしからずや 道を説く君」

まいこ:熱い血潮がたぎっている私の柔肌に触りもしないで寂しくないのですか? 真面目に道徳ばっかり説いているあなたは?……何て挑発的な歌なんでしょう! あけっぴろげすぎて戦略的にはどうかと思いますが(笑)

つあお: 目の前でこんな歌を歌われたら、どぎまぎしそうです(笑)。この歌はもともと歌集『みだれ髪』にあったものですが、この『晶子短歌全集 第1』にも収められているようですよ!

まいこ:その口絵にこんな絵があるというのは、なかなか衝撃的です。

つあお:ちょうちょが花の蜜を吸いに飛んできたこの耽美的な表紙をめくると、このアンニュイな口絵が出てくるんだ。藤島武二もやるなぁ。

まいこ:色遣いや線の感じが洋風でおしゃれ。この世界に入り込みたいと憧れる女性もいたかも。

つあお:藤島は近代美術史でかなり有名な洋画家ですけど、ブックデザインの世界に入るとここまで弾けるんだ!

藤島武二が明治末〜大正期に装幀を手掛けた与謝野晶子の書籍の展示風景

少女漫画の世界につながる高畠華宵の挿絵

まいこ:装幀画家の高畠(たかばたけ) 華宵(かしょう) が描く女性たちも印象的でしたね。

高畠華宵『初夏の風』(挿画、『少女画報』18巻5号、1929年、東京社) 展示風景

つあお:洋装の女性と和装の女性が仲よく並んで歩いているのが大正時代っぽくて楽しいです。

まいこ:なんてオシャレなんでしょう。それぞれ好きな格好をして女性同士で出かける文化も活発だったんですね。

つあお:和装の女性はなぜか洋傘っぽいものを差している。日傘かな?

まいこ:確かに日傘っぽい。洋装の女性は帽子をかぶってるし。外出が盛んになるにつれて、紫外線対策もバッチリするようになったのかも!

つあお:なんとなく少女漫画の世界みたいだ!

まいこ:つあおさんの好みはどちらですか?

つあお:うわっ! そう来たか(笑)。難しいところですが、この少し足のラインがしゃなりとした和装の女性に惹かれます。

まいこ:おー!着物を通して足のラインを見極めるとは、さすが!

つあお:やはり高畠華宵は、大人気の挿し絵家だっただけのことはあります。この着物の描き方は絶妙ですよね! こうした絵を見て、こんな格好で銀座の街なかを歩きたいとか思った女性は多かったんでしょうねぇ。

まいこ:男性は、そんなオシャレな女性との出会いを求めて、銀座に繰り出す!

つあお:華やかかりし大正イマジュリィの世界とはこのことだ!

まいこセレクト

岸田劉生(表紙絵)『生長する星の群』(第2年5月号、1922年、新しき村出版部 曠野社) 展示風景

愛娘の麗子をこってりとした油彩で描いたシリーズがよく知られる岸田劉生が、こんなにポップな表紙絵を描いていたとは! それにしてもこのキテレツな絵は、一体どんな場面を表現しているのかしら? 満天の星空の下、裸らしき男性が逆立ちをしていて、それをあどけない少女がいかにもうれしそうに微笑んで見ている! そして少女の顔が麗子に酷似している点でも謎めいているこの絵を表紙とする雑誌のタイトルは『生長する星の群』。雑誌の創刊者の一人である武者小路実篤と岸田劉生の世界観が、絶妙なシナジー効果を発揮しているようです。小さな作品ですが、大正イマジュリィの独特な美意識がぎゅぎゅっと詰まっている気がして、なんだか好きになってしまいました。

岸田劉生(表紙絵)『白樺』(第11年4月号、1920年、白樺社) 展示風景
日本に西洋美術を多く紹介したことでも知られる文芸誌『白樺』。ここにも麗子がいる?

つあおセレクト

巖谷小波『日本一画噺 ネコノセカイ』(杉浦非水、岡野榮、小林鍾吉[装幀、挿画]、1911年、中西屋書店) 展示風景

この時代は猫ブームだったりもしたのですかねぇ。巖谷(いわや)小波(さざなみ)作のこの絵本、どうも黒猫が主人公で、この時代の文化を映し出してもいたらしいのです。ということは、当時は猫がヴァイオリンを弾いていた? さすがにそんなことはないと思いますが、世の中でヴァイオリンを弾く人が増えていたのは確かでしょう。国内のヴァイオリンメーカー「鈴木バイオリン製造」は、大正時代に何と年間10万(ちょう) 以上のヴァイオリンを製造し、海外に輸出していた時期もあったそうですから、国内でも相当な盛り上がりを見せていたことでしょう。

作画を手掛けた杉浦非水は、当代随一のデザイナー。地下鉄銀座線のポスターなどが有名ですが、百貨店が出した『三越』という雑誌のデザインもなかなか特徴的です。街の彩りにおいても、ポスターや雑誌は重要な役割を果たしていたのではないでしょうか。

杉浦非水(表紙絵)『三越』展示コーナー

つあおのらくがき

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『此処ハ何処? 吾輩ハ誰?』

大正イマジュリィの主役は猫と女性で決まり! 装幀や挿絵の数々を見ているとそんな気分になってきます。もちろん、もっと自由で幅広い表現物が数多あるわけですが、猫と女性が活躍する社会はやっぱり素敵ですよね。さて、現代に迷い込んだ黒猫君は、一瞬自分が今どこにいるのか、そして自分が誰なのかさえ分からなくなり、本を読みながら悩んでしまうのですが、これからきっと、大いにかわいがってもらえるに違いありません。

展覧会基本情報

展覧会名:大正イマジュリィの世界 デザインとイラストレーションの青春 1900s-1930s
会場:SOMPO美術館(東京・新宿)
会期:2025年7月12日〜8月31日
公式ウェブサイト:https://www.sompo-museum.org/exhibitions/2024/taisho-imagerie/

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浮世離れマスターズ つあお&まいこ

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。
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