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2026.04.14

「かわいい」だけでいいんです! 長沢芦雪 最強伝説

子犬のゆるかわ絵画で人気の江戸時代の絵師・長沢芦雪(ながさわろせつ)ですが、その全貌をご存知でしょうか。写実的な表現で一派を率いた円山応挙(まるやまおうきょ)の一番弟子ですから確かな画力をもち、きっちり描いた作品もあります。かと思えば、何度も破門されるなど破天荒な逸話があったりも…。その底知れない魅力を、“かわいい日本美術”が大好きな美術史家・金子信久さんとともに徹底解剖します。

金子信久さんのラブコール! 芦雪「たまらん!」7(セブン)!

「かわいい江戸絵画」について語ったら、何時間でも話が止まらない金子信久さん。自他ともに認める“かわいいもの好き”です。
「長沢芦雪といえばゆるい絵、かわいい子犬、というイメージをもたれると思いますが、実はさまざまな画題を描いていて、画風もさまざま。どれもすごくうまい。さすが応挙の弟子ですね。だから“芦雪はかわいいだけじゃない”と表現されることがあるんですが、私はかわいいだけでいいじゃないか、と言いたいんです(笑)」と金子さん。

そんな金子さんが担当して毎年大人気の東京・府中市美術館「春の江戸絵画まつり」ですが、今春は満を持しての芦雪展。この展覧会で鑑賞することができる作品から、“飛び切りの芦雪”をご紹介! かわいくないものも含め、その魅力を金子目線で解説していただきました。

金子信久さん
美術史家。熱くなる得意ジャンルは“かわいい日本美術”。博物館・美術館の学芸員を41年務める。昨年末、YouTube「へそまがり美術チャンネル」を開設。

1:圧倒的にかわいい! 「芦雪のかわいい子犬のなかでもダントツです!」

ツリ目もおしりもしっぽもLOVE

長沢芦雪『菊花子犬図(きっかこいぬず)』 江戸時代(18世紀) 1幅 絹本着色 個人蔵  左右82cmの大幅に子犬が9匹、悶絶かわいい一図。

師匠の円山応挙風にリアルに描いたものも、ものすごく崩して描いたものもありますが、この作品はいいとこ取りです。かたまってじゃれ合う子犬の動きの捉え方は応挙風ですが、筆運びとか表現は芦雪独自のものなんです。もう、かわいくってたまらない(笑)。しかも初めて見たときに驚いたほど、ものすごくきれいに仕上がっているんです。黄色や白の菊のあしらい方もしゃれていて、わずかな色彩の効かせ方がうまいんですよ。

2:わちゃわちゃも得意。「顔立ちも表情も仕草も描き分けているところに、子供への愛情を感じます」

おとなしそうな子も、いじわるそうな子も…

長沢芦雪『郭子儀図(かくしぎず)』 江戸時代(18世紀) 2幅 絹本着色 個人蔵  画題は中国唐代の名将・郭子儀の故事にちなむ。芦雪も同行した兵庫県の大乗寺(だいじょうじ)には、応挙が同じ画題を描いた金箔地の襖絵が。

左幅の老人は、長寿で子供や孫に恵まれたため、吉祥の画題としてよく描かれる中国の武将です。伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)の『百犬図(ひゃっけんず)』や神坂佳(かみさかせっか)の『百福図(ひゃくふくず)』などもそうですが、数が多いというだけでおめでたい画題なんですね。紫色の幕にも鶴がたくさん飛んでいます。孫が多すぎて覚えられないからでしょうか、腰に名札を付けさせているのもご愛敬(笑)。ひとりずつしっかり描き分けているところに注目してください。本当にこういう子供っていますよね。

3:あふれ出ちゃう研究肌。「原典に取材するだけでなくイメージを膨らませています」

これが芦雪にとっての理想郷!?

長沢芦雪『蓬萊山図(ほうらいさんず)』 重要美術品 江戸時代・寛政6(1794)年 1幅 絹本着色 文化庁  仙人が住む神仙境のひとつとされる蓬莱山。ほかの蓬萊山の絵がつまらないものに見えてしまうほど、芦雪のこれは構図も描写も飛び抜けてユニーク。

こんな蓬萊山、見たことありません。たいてい縦長の掛け軸で、よくある山水画のように描かれますが、芦雪は横長の大画面に空から眺めたように描きました。よく見ていただきたいのは砂浜の白い点々。金銀ではなく胡粉(ごふん)ですが、キラキラしているように見えてとてもきれいなんです。平安時代の歌謡集『梁塵秘抄(りょうじんひしょう)』によく似た描写があって、芦雪はそこからイメージを膨らませ、夢物語のように描きたかったんじゃないかな。

4:即興的にさらさらっと。「とぼけた水鳥ですが、ちゃんと泳いでいるんです」

静寂や幽玄さではなくな~んか面白い!

即興的に描いたようでも実はちゃんとしている、というのが芦雪の特徴のひとつですが、この水鳥はまさにそれ。さらさらっと筆を走らせていますが、水中で足が動いている感じがしっかり見て取れて面白い。ちゃんと泳いでいます(笑)。奥に月が見えますね。これもさらさらっと描いたようですが、揺れる水面に映っている感じが見事に表されています。こういう線がね、芦雪なんですよ。水鳥のとぼけた表情も愛らしいですね。

長沢芦雪『月に水鳥図』 江戸時代(18世紀) 1幅 紙本墨画 個人蔵  筆を押し付けて描いたような水鳥と、鉛筆のひと筆描きのような水面、そして水面に映る月。超縦長の紙幅やたっぷりの余白でも寂しげに見えないのは、おとぼけ水鳥のおかげ?

5:応挙ゆずりのテクニック。「応挙の弟子らしく、写実表現は晩年まで続きます」

応挙風だけど愛嬌も。こんなハンサムな虎いる?

芦雪の虎といえば和歌山・無量寺(むりょうじ)の襖絵が人気。でも、この『虎図(とらず)』の虎も魅力的です。毛の1本1本まで立体的で毛の流れまでしっかり描いていますが、どこか漫画チックというか劇画タッチなところが師匠との違い。33歳ごろの和歌山逗留でささっと描くようになったという捉え方もありますが、そんなことありません。『司馬相如 卓文君図(しばしょうじょ たくぶんくんず)』のように晩年でもきっちり描いた作があるので、両方やったということ。器用なんですよ。

長沢芦雪『虎図』 江戸時代(18世紀) 1幅 紙本着色 個人蔵  天明(てんめい)年間(1781~89年)の前半ごろに描かれたとされる虎図。円山応挙という偉大な存在の弟子になり、自身も本格的な絵師として認められつつあった時期の作。

長いまつげも超リアル。毛髪などの写実的表現はまさに応挙ゆずり

長沢芦雪『司馬相如 卓文君図』 江戸時代(18世紀) 2幅 絹本着色 個人蔵  駆け落ちの逸話で知られる文章家の司馬相如と美貌の妻・卓文君。晩年の作とされるが、毛髪の表現や着衣の細かい柄など、丁寧に描かれたことが遠目にも一目瞭然。

6:巨大から極小まで自在。「日本絵画史上最大かつ、最もかわいい虎」

猫を思わせる愛嬌にズキュン! 紀南で爆誕した芦雪の代表作

長沢芦雪『虎図襖』 重要文化財 江戸時代・天明6(1786)年 6面 紙本墨画 和歌山・無量寺 串本応挙芦雪館  本堂の中心となる空間の襖に、仏を拝する者を左右から挟むように対峙する形で、太い筆で一気に描かれている。

7:不気味さもハンパなし! 「どこに黒目の点を入れるか…研究を重ねた不気味さです」

師匠の幽霊画とは異なる怖さ

長沢芦雪『幽魂(ゆうこん)の図』 江戸時代(18世紀) 1幅 絹本淡彩 奈良県立美術館  江戸から明治時代によく描かれた幽霊画。供養や厄除けの意味があったといわれている。「応挙の幽霊は人間っぽく、芦雪の幽霊はただならぬ雰囲気」とは金子さんの評。

足のない幽霊画を描いたのは応挙が初めてといわれていて、弟子の芦雪も幽霊画を何作も描いています。今回の展覧会準備で改めてその凄さを感じたのですが、あんなにかわいい絵を描く芦雪のとびきりぞっとする幽霊画がこの1幅です。小さな黒目をどの位置にポチッと入れたら恐ろしい表情になるのか、すごく研究したんだと思います。口元のズレというか、下唇をかんだようないびつな前歯も不気味さを増長しています。

教えて金子さん! 芦雪の魅力、人柄、人生… 芦雪はなぜ人を惹きつけるの?

「たまらん7(セブン)」、いかがでしたか? 長沢芦雪の作品世界にすっかり魅了されたことと思います。そこで興味がわくのは、「どんな絵師だったの?」ということ。ここでは、“芦雪大好き学芸員”の金子信久さんが、「人」も繙(ひもと)きます。

「かわいい」だけでいいんです!

芦雪の人生についてはっきりとわかっていることは、実はあまり多くはありません。宝暦4(1754)年に丹波国(たんばのくに 兵庫県)の武士の家に生まれたこと(諸説あり)。京都に出て円山応挙の門人となったこと。33歳で応挙の代理として紀南(和歌山県)に行ったこと。そして46歳のときに突然大坂で亡くなったこと――。短い生涯の間に非常に多くの作品を残しましたが、なぜか制作年がほとんど入れられていないので、作風の展開を年代順に細かく辿(たど)っていくことも難しいんです。

そんななかで代表作としてよく知られるのが、串本(和歌山県)の無量寺で描いた『虎図襖』です。師匠の目の届かないところで、南国の温暖でおおらかな土地柄に触発され、自由奔放な描き方に目覚めた、ということで、よく「33歳までは応挙仕込みの生真面目な絵で、紀南に行って以降は大暴れ」みたいな言われ方をされます(笑)。画業後半にこそ芦雪の魅力がある、と。でも、私はそればかりじゃないと思っていて。芦雪は生涯、応挙風の真面目な絵を描けたし、実際に描いているんです。けれどそこに、写生を極めた応挙とは違う、観る人の心を緩ませるような独特の表現がある。それが、芦雪ならではの「かわいい」であり、私たちを惹きつける理由だと思うのです。

美術の世界で「かわいい」なんて言うと、軽薄に捉えられがちです。実際、ある美術関係の本の表紙に、「かわいいだけじゃダメなんです」って書いてありました。それを見た私は思わず「かわいいだけでいいじゃない!」と(笑)。かわいいものをちゃんとかわいく表現できるというのは、大変な技術です。見たままをリアルに描けばいいというものでもなく、かわいく見せるアイディアが必要。芦雪はそれを突き詰めた、稀有(けう)な画家なんだと思います。

そういう芦雪の「かわいいもの」への視線がよくわかる作品が、『唐子遊図襖(からこあそびずふすま)』。子供たちや子犬が無邪気に遊んでいる姿は、とても生き生きとしています。なかでも、上に掲載した、前足をつかまれて運ばれていく通称“引きずられ犬”は、SNSで「予防注射会場で見る光景」と話題になりました(笑)。ついフキダシをつけて何か言わせたくなる、ツッコミを入れたくなるような茶目っ気がある。芦雪はきっと、かわいいものが大好きだったんです。その心の営みの深さが、時を超えても共感を得るのだと思います。(金子信久さん談)

全長10mの襖絵で子供や子犬がわっちゃわちゃ!

長沢芦雪『唐子遊図襖』 江戸時代・18世紀 9面 紙本墨画淡彩 個人蔵  中国絵画をお手本にした唐子も、芦雪が描くとちょっぴりヤンチャな、子供らしい表現に。9面、全長10mに及ぶこの襖絵には、楽しげに遊ぶたくさんの子供と子犬が登場する。

「長沢盧雪」展 DATA

会場:府中市美術館
会期:2026年3月14日(土)~5月10日(日)
住所:東京都府中市浅間町1-3(都立府中の森公園内)
電話:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時~17時(入館は16時30分まで)
休館日:会期中の月曜(5月4日は開館)
入館料:一般800円
公式サイト:https://www.city.fuchu.tokyo.jp/art/

※本記事は雑誌『和樂(2026年4・5月号)』の転載です。
※長沢芦雪の漢字表記については諸説あり、『和樂』本誌と『和樂web』では「長沢芦雪」表記で統一しております。府中市美術館の展覧会正式名称及び付随するグッズ名には「長沢蘆雪」が採用されています。ご了承ください。
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和樂web編集部


構成/剣持亜弥、小竹智子
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※『和樂』2026年4・5月号 美術展カレンダーに誤りがありました。P.224で紹介しました、福岡県・久留米市美術館で開催中の「美の新地平ー石橋財団アーティゾン美術館のいま」の入館料は、正しくは一般1,500円となります。お詫びして訂正いたします。
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