CATEGORY

最新号紹介

6,7月号2025.05.01発売

日本美術の決定版!「The 国宝117」

閉じる

Craftsmanship

2025.05.08

ラーメン丼がアートに!『ラーメンどんぶり展』で美濃焼の真髄を目撃せよ!

ラーメン店のラーメンといえば、こだわりの詰まったスープに、細麺、縮れ麺、太麺と麺のタイプはもちろん、茹で方までも好みに仕上げてくれるシンプルでありながら、奥の深い料理だ。そして、店主のこだわりのある仕事ぶりには、いつも尊敬のまなざしを向けてしまう。今や、ラーメンは日常食から、高級食にも負けないレベルのものや、全国各地のご当地ラーメンまで、多様な食文化を表現してくれている。その一方で、ラーメンを食べる器については、今まであまり関心がもたれてこなかった。イメージされるのは、渦巻状になっている雷紋や、龍や鳳凰といった中国由来の模様で、形状もほとんど同じような丼だ。これだけラーメンへのこだわりが強い日本なら、ラーメンを入れる「丼」にも、もっと個性があっても良いのでは? そんな疑問を持った私にぴったりの展覧会があると知り、一路、ギャラリーへと足を運んでみた。

日本の国民食から世界のラーメンになった変遷を追う

東京ミッドタウンのミッドタウン・ガーデンにある「21_21 DESIGN SIGHT」では、現在企画展『ラーメンどんぶり展』が開催されている。アーティストら40名がデザインしたラーメン丼とレンゲが展示され、ラーメンの歴史や文化を幅広く紐解いてくれている。

撮影:木奥恵三

そして、今回最も注目してほしいのが、展示のメインである「美濃焼の丼」だ! 愛知県が地元の私にとって、お隣である岐阜県の多治見市、土岐市、瑞浪市を中心とした東濃地方で焼かれているやきものは、とても身近な存在だ。あまり知られていないが、ラーメン丼の生産日本一を誇っているのが、実はここ岐阜県の東濃地方なのである。その辺も今回の展覧会のキーポイントとなっているので、広報担当の大崎ゆかりさんと横川絵理さんに伺いながら、じっくりと紹介していきたい。

丼がアートの現場に!驚くべき展覧会の始まり

そもそもこの展覧会は、美濃焼の産地の人々が、ラーメン丼の全国シェア90パーセント以上を誇る美濃焼をもっと知ってもらうために、2012年に21_21 DESIGN SIGHTのディレクターであり、デザイナーの佐藤卓氏に相談したのが始まりなのだとか。そこから企画が立ち上がり、ライターの橋本麻里氏と共に2014年に開催した、銀座松屋・デザインギャラリー1953での「美濃のラーメンどんぶり展」は大きな話題を呼んだ。その後、2022年に外務省による日本文化・情報の対外発信拠点であるロサンゼルスとサンパウロの〈JAPAN HOUSE〉で「The Art of the Ramen Bowl」展を、昨年の2024年には、岐阜県現代陶芸美術館で「美濃のラーメンどんぶり展 The Art of RAMEN Bowl」を開催。そして今回、プロジェクト開始から続く「アーティストラーメンどんぶり」に新たに10名の出展作家を加え、展示内容も拡充しての大規模な展覧会となったのだ。

今回の展覧会のポスター

ラーメンが国民食といわれる理由

まず、最初のセクション「ラーメンの歴史と現在」は、日本のポップカルチャーの一つである漫画に登場するラーメンにスポットを当てたもの。展覧会ディレクターである橋本氏が監修しており、1970年代に描かれた漫画の中のラーメンシーンには、ラーメンが安くて手軽な国民食だった時代背景や、ラーメン屋を舞台にしたストーリーがたくさん描かれている。

撮影:木奥恵三

この展示を見ていると、ラーメンは食文化としてだけでなく、カルチャーシーンにも大きな影響を与えてきたことがわかる。漫画やアニメ、ドラマに登場するラーメン自体が、まるでキャラクターのような強烈な個性を放っているのだ。今ではあまり見かけることのないラーメンを配達する「おかもち」など、出前の象徴として私たちの記憶に残っている。まさに今でいうデリバリーの原点でもある。

その他、グラフィカルなデザインで、データを表現した世界のラーメン事情や、ミシュランに掲載されているラーメン店の数、都道府県別のラーメン店舗数ランキングなど、意外に知らないデータとラーメンの変遷が展示されている。人口あたりのラーメン店舗数は、東北が上位を占めるなど、新たな発見もある。

撮影:木奥恵三

また、ラーメン屋のカウンターを模した空間では、ラーメン店に入った時に感じる音のインスタレーションが体験できたり、建築家らによるスタイリッシュな設計の屋台展示など、多方面からラーメン文化を楽しめる内容となっている。

竹中工務店(正田智樹、海野玄陽、松井優香、森唯人)「Nomad Roof」 撮影:木奥恵三

ラーメンマニアによる「ラーメンどんぶりコレクション」

会場内で、ひと際異彩を放っていたのがラーメン丼の山だ。これはラーメンコレクター、加賀保行(かがやすゆき)さんのコレクションの一部で、日本全国のラーメン店を巡って収集したラーメン丼約500点のうち、半分を展示している。収集の条件は、オリジナルのデザインであるものということで、色とりどりの丼に、店名やロゴ、イラストなどが、これまた個性的に描かれている。

撮影:木奥恵三

「つけ麺であれば小ぶりだったり、味付けによっても形状を変えたり、店主の方々は、おいしく食べてもらうための工夫を考えられているんです。縁に赤いラインが入っている丼は、最近の写真映えに好評だったり、スープまで飲み干すと絵柄が現れたり、透かし模様が入っていたり、遊び心のある個性的な丼がたくさんあって。こういうのもラーメン独特の文化なんだと思います」と広報の大崎ゆかりさん。

これらはほとんどが、店主から譲り受けた丼だそうで、ラーメン丼を愛する加賀さんだからこそ、収集できた丼も多いのだとか。閉店してしまった有名店や名物店主のラーメン店の丼など、ラーメンマニアからは、お宝の山を見つめるような熱い視線が注がれている。

ラーメン丼が唯一無二の器として、海外からも注目を集める点

「ラーメンと丼の解剖」セクションでは、丼の断面図だったり、その器の形、強度などを分解して、わかりやすく解説してくれている。ここでなければ見ることのできない貴重な展示資料だ。これらの構造を見ていると、狭い屋台や店舗で、スタッキングしやすいよう、上に向かって広がるカーブで設計されていたり、器の底の部分である高台の高さも安定性を保てる数値だったり、スープが飲みやすいよう口のあたる部分は薄くなっていたりするなど、機能性の部分においても、細かな設計がなされている。また、店舗で使われる陶磁器の条件として、強度は欠かせない。しかし、厚ければ良いかと言えば、重くなってしまうことで、素早く提供できなくなるなど、ラーメン丼には不利となる。そのため、一つの器の部位ごとに、微妙に厚さを変えているのだ。これがラーメン丼のすごさであり、美濃焼の長い歴史に裏打ちされた技術の結晶といえる。

アーティストの個性ぶつかり合う丼の競演

今回の目玉のひとつである「アーティストラーメンどんぶり」は、アーティスト、デザイナー、建築家、イラストレーターなどのクリエイターたちが、自由な発想でラーメン丼とレンゲをデザインし、またその創作理由も併せて展示されている。そこには、学生時代の体験から、勝負飯的な思いや、ラーメンをより楽しむための工夫まで、それぞれの思い入れがあり、40人40様のラーメンへの愛が垣間見える。

「ここはディレクターである佐藤から声をかけ、参加していただいたのですが、みなさん、ラーメン好きで、ラーメン丼をデザインできる機会が貴重だと、喜んでオリジナルデザインを考えてくださったそうです」と大崎さん。

インパクトのある絵柄や色彩、記号のようなデザイン、さらには、自分の思い出を表現したイラストなど、一つの丼からさまざまな物語が生み出されていく。いくつかクローズアップして紹介しよう。

外側の黒と丼内のカラフルでポップなイラストのコントラストがおしゃれな丼。しかし、よく見ると、そのイラストは骸骨なのである。横尾忠則氏がデザインしたラーメン丼は、豚骨ラーメンにひっかけたもの。さすが巨匠、可愛いだけじゃない、食べれば食べるほど、たくさんの骸骨と出あえる丼となっている。展示コメントには「とんこつラーメンを食べてしっかりした骨をつくりましょう。」と、ユーモア全開だ。続いては、今回のメインビジュアルにも使われているグラフィックデザイナーの田名網敬一氏の丼。グラフィカルな蜘蛛と蜘蛛の巣がラーメン丼内を占拠している。実はこれ、実体験から生まれたもので、学生時代に食べたラーメンの中に蜘蛛が入っていたという恐怖体験が元となっているのだ。ホラーのような話をポップな絵で表現しているのはさすが。インパクトがありすぎるので、この器なら激辛ラーメンなどを入れてみたいといった妄想が広がっていく。続いては「渋い!」の一言が思わず口をついて出てしまったが、こちらはなんと、元総理大臣であり、現在は陶芸家・茶人でもある細川護熙氏の丼。ラーメン丼の定番である龍を描いているのだが、この元絵となっているのは、3年前に龍安寺の襖絵を描いた時に考案した何十枚もの習作の中から選ばれた玉龍の絵なのだとか。ラーメン丼の中に日本画が現れると、神妙な面持ちにもなるが、ここにはザ・日本のラーメンといえる醤油ラーメンを入れて食べてみたい。

このほか、料理研究家の土井善晴さんや、歌手のLiSAさん、俳優の竹中直人さんなど、個性あふれる丼アートが楽しめる。そして、ここで展示されている丼は、1Fのギャラリーショップで購入できるのだ。自宅のラーメンがひと際、華やかになること間違いない。

こうした染付の技術の高さも美濃焼ならではといえる。丼だけでなく、陶磁器生産においても、全国で50%以上のシェアを誇る美濃焼は、家庭での普段使いの器の素朴な絵柄から、特殊なデザインの染付まで、長年の大量生産によって培われた多様な技術力がある。今回、様々なアーティストのデザイン画を器に再現するという難しいテーマに取り組めたのも、美濃焼の技術の高さがあってこそだといえる。

いよいよ、本丸へ。美濃焼の歴史とその奥深さに迫る

東濃地方は1300年以上のやきものの歴史を誇る町だ。普段、丼がどこの産地で作られているかに、あまり興味がなかった人たちも、最後のセクション「美濃焼の産地」を見ると、長い歴史と土に恵まれた美濃の魅力を思う存分知ることができる。

会場風景 「MINO COSMOS」 撮影:木奥恵三

東濃地方がなぜ、こんなにもやきものが盛んかといえば、やはり土の存在なくしては語れない。700万年前ごろの活発な断層活動により、花崗岩(かこうがん)が堆積し、粘土質の陶土が産出されるようになった。粘土に加え、珪石(けいせき)、長石(ちょうせき)などの鉱物が豊富に含まれていたため、美濃の土は、高い温度で焼成することで自然釉となり、美しい陶磁器の生産を可能にしたのだ。また、東濃のやきものの歴史は古く、土器に始まり、山茶碗と呼ばれる素焼きのものから、16世紀には美濃桃山陶と呼ばれる「志野」「黄瀬戸」「瀬戸黒」「織部」といった名品まで、様々な陶器を生み出してきた。

加藤三英「黄瀬戸どんぶり」

その後、江戸時代には、磁器の生産が始まり、大量生産に向けた体制も作られていった。そういった歴史ある美濃焼を現代に受け継ぐ美濃の作家には、敢えて自由な発想で、オリジナルな形状のラーメン丼を作陶してもらったそうだ。

若尾経「青磁どんぶり」

長石を多くふくむ美濃の土は、焼成することで融解したガラス質となって灰釉や鉄釉など、自然の釉薬による彩も楽しめる。

加藤仁香「染付どんぶり」

陶磁器を見ることはあっても、その素材まで辿り着くことはなかなかないが、ここでは、土や石の素材から、焼成の過程などを映像で詳しく見ることができる。MINO COSMOSは、土や石を配し、釉薬を使う土もあれば、そのまま素焼きするものもあるなど、素材とプロダクトを一覧できるコーナーとなっている。東濃では、土のブレンドも、長年の先人の知恵により受け継がれている。そこから、工業用のセラミック、部品、タイルなどへと発展していったことがわかる。

美濃焼を通して未来を築く

最後のセクションとなる『「土のデザイン」の未来』では、土、粘土も限りある資源であるため、産地ならではのやきものの再利用に向けた活動を紹介している。

「美濃焼の産地では、90年代からやきもののリサイクルに取り組んでいるのですが、その中でも『セルベン』という使われなくなった陶器を細かく砕いて、粉末状にしたものを粘土に混ぜてもう一度焼くという取り組みがあります。この展覧会の最後の展示として、未来に向けた取り組みを映像などで紹介しているんです」と横川さん。

未来のために私たちが今考えるべき、日本の伝統技術、産業、さらにはそれらを循環していくことの大切さを痛感させられた。

企画展『ラーメンどんぶり展』は、ラーメン好きから入る人、丼、器好きから入る人、どちらの入口からも楽しめ、最終的には美濃焼の深い歴史へと誘われる展示となっている。そして、これを見た後、ラーメンが食べたくなることは間違いない。と思ったら、最後に、この近辺で食べられるラーメン店マップがQRコードで読み込めるようになっているのだ。まさにいたれりつくせりの展覧会。ぜひ大都会の真ん中で、「ラーメンどんぶり愛」を叫んでみよう!

企画展『ラーメンどんぶり展』開催概要

会期2025年3月7日(金)~6月15日(日)
開館時間 10:00 – 19:00(入場は18:30まで)
入場料一般1,600 円、大学生800 円、高校生 500 円、中学生以下無料
* 各種割引についてはご利用案内をご覧ください
* オンラインチケットのご購入は、ArtStickerをご覧ください
主催21_21 DESIGN SIGHT、公益財団法人 三宅一生デザイン文化財団
後援
文化庁、経済産業省、港区教育委員会
特別協賛
三井不動産株式会社
協力
一般社団法人セラミックバレー協議会
公式サイト

Share

黒田直美

旅行業から編集プロダクションへ転職。その後フリーランスとなり、旅、カルチャー、食などをフィールドに。最近では家庭菜園と城巡りにはまっている。寅さんのように旅をしながら生きられたら最高だと思う、根っからの自由人。
おすすめの記事

織田信長も愛した「美濃焼」の魅力とは?ものづくりの精神を訪ねる岐阜の旅へ!

黒田直美

鰻からクラフトビールまで❤︎美濃焼が引き立てる、岐阜・ご当地グルメ旅

黒田直美

美濃桃山陶を再び!人間国宝・荒川豊蔵の『志野再現』と作陶にかけた人生に迫る!

黒田直美

インスタントラーメンの定義知ってる?日本で生まれた未来食の歴史とこれから

小林 聖

人気記事ランキング

最新号紹介

6,7月号2025.05.01発売

日本美術の決定版!「The 国宝117」

※和樂本誌ならびに和樂webに関するお問い合わせはこちら
※小学館が雑誌『和樂』およびWEBサイト『和樂web』にて運営しているInstagramの公式アカウントは「@warakumagazine」のみになります。
和樂webのロゴや名称、公式アカウントの投稿を無断使用しプレゼント企画などを行っている類似アカウントがございますが、弊社とは一切関係ないのでご注意ください。
類似アカウントから不審なDM(プレゼント当選告知)などを受け取った際は、記載されたURLにはアクセスせずDM自体を削除していただくようお願いいたします。
また被害防止のため、同アカウントのブロックをお願いいたします。

関連メディア