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Craftsmanship

2025.06.06

彦十蒔絵+セリーヌ——大阪万博で実った若手職人の技の粋と、故・若宮隆志氏の思い

2025年大阪・関西万博において、フランスのラグジュアリーブランド「セリーヌ(CELINE)」が、日本の伝統工芸とコラボレーションした作品が期間限定で展示されました。

制作を担ったのは、石川県輪島市を拠点に活動する漆芸職人集団「彦十蒔絵」。

震災からの復興途上という厳しい状況下にありながら、漆芸技術の精髄をもって新たな表現に挑んだその舞台裏について、担当した彦十蒔絵の高 禎蓮(たか ていれん)さんと明地紀苗(あけち のりえ)さんに話を伺いました。

故・若宮隆志さんの遺志を継いで

パリ発のラグジュアリーメゾン「セリーヌ」は、大阪・関西万博フランスパビリオンにて特別展示「CELINE MAKI-E(セリーヌ マキエ)」を2025年4月13日から5月11日まで開催しました。日本文化とメゾンのエスプリが交わるこの展示では、セリーヌの象徴である「トリオンフ」モチーフを再解釈し、日本の伝統工芸である「漆」との融合を通じて、クラフツマンシップの真髄を体現しています。

写真提供:セリーヌ(サムネイル画像も)

制作を担ったのは、石川県輪島市を拠点とする漆芸職人集団「彦十蒔絵」。超絶的な技法と手業で数々の漆作品を生み出してきた彦十蒔絵が、フランスの職人文化との融合をテーマにその技の数々を作品に注ぎ込んでいます。

「セリーヌから提示されたキーワードは、CELINEの象徴的モチーフである『トリオンフ』と『愛の讃歌』『クラフトマンシップ』の三つでした」と高さんは語ります。このキーワードに対し、彦十蒔絵を主宰する若宮隆志さんは、トリオンフを単なる平面的な装飾としての表現にとどめず、立体表現として再構築する方針を選択。デザインのモチーフには日本文化の象徴である「松竹梅」を採用しました。

しかし若宮さんは大阪・関西万博が開幕する直前の2月末、長きにわたる闘病の末に逝去。10年以上にわたって若宮さんを支え、彦十蒔絵のマネジャーを務めてきた高さんは「若宮さんは、フランスのクラフツマンシップへのリスペクトを込め、さらに万博という国際舞台において、日本人にも外国人にも伝わる象徴性と精神性が必要だと考え、このモチーフを選びました。常に誠実に作品づくりに臨んでいた若宮さんらしいアイディアだと感じました」と話します。

黒、本朱、金のトリオンフに込められた技

急ピッチで進められた制作は、明地さんが主に蒔絵を担い、本体の制作については同じ彦十蒔絵の生田圭さんがデザインを起こして塗りを担当し、輪島にいるベテランの木工所と上塗師、呂色(ろいろ)師による分業で制作されました。作られたのは、3種類のトリオンフ。三つがデザイン——「品格」と「権威」を秘める漆黒、「再生」や「祈り」といった意味を持つ本朱、そして「太陽」と「エネルギー」の象徴としての金——が選ばれました。

写真提供:セリーヌ

中でも黒漆の上に銀粉で松竹梅を盛り上げて金箔を施した作品は、金箔を貼った後に現れる文様の見え方のエレガントさが見せ所となっています。明地さんは「金箔の盛り上げが高すぎても模様の輪郭がぼやけてしまい、低すぎても沈んでしまう。非常に僅かな加減の微調整を加えつつ、厚みの異なる見本を数種類制作し(写真下)、最も美しく見える盛り上げ方を研究するところから始めました」と振り返ります。

写真提供:高 禎蓮氏

また、朱の塗面に蒔絵を施すことも課題のひとつだったと振り返ります。今回の作品に用いた本朱は漆に「水銀朱」と呼ばれる硫化水銀を主成分とする顔料を混ぜたもの。本朱の色の粒子は比重が重く、漆の中で所々粒子の分布が異なります。そのため、「研ぎや磨きの際に色ムラが起きやすく、磨きすぎると塗面に支障が出る可能性があり、しかし磨かなければ金粉が光らないという難しいバランスの作業が必要でした」(高さん)。磨きながら常に色の変化に対して神経を払い、明地さんは経験者である先輩職人たちの助言も参考にしながら、最適な仕上げを追求していったといいます。

写真提供:セリーヌ

平面ではなく高さ14センチ、横幅20センチ、奥行き4センチの立体造形として制作されたトリオンフの本体は、いずれの木地ももちろん特注仕様。下地、中塗り、上塗りの工程を経て漆が施されており、高蒔絵で美しく見せる微妙な高さ調整をした全面金箔装飾は、今回のプロジェクトならではの挑戦だったといいます。さらに、黒と本朱仕上げのトリオンフの艶上げ(呂色)についての最終調整には輪島の熟練職人の協力も仰ぎ、仕上げの磨きを依頼することで、品格さえ漂う艶めきを実現しています。

写真提供:セリーヌ

被災地・石川で「できることを」

重厚かつ繊細な輝きを持つ漆黒、金粉の輝きと朱の艶やかなつやめきが共存する印象的な表現がある本朱、シンプルでありながら力強さを持つ金。デザインや細部の意匠は、若宮隆志さんが多くの職人たちと表現してきた彦十蒔絵の精神性を表しています。

亡くなる直前、トリオンフの出来栄えの一部を病室で確認した若宮さんは、明地さんをはじめとする職人たちの仕事に納得とねぎらいの意味を込め、黙って病床で親指を立てたそうです。万博という非日常的な空間、その中でとりわけ華やかなフランス館においても、職人の地道な探究と技術の粋が込められた三つのトリオンフは、確かな存在感を放っていました。

写真提供:セリーヌ

「若宮さんのもとで万博という大きなお仕事をさせていただいて、自分でもやりきったと感じられる部分がある一方で、やはり反省点も浮かんできます。それを次に生かし、いまの環境で自分にできることを続けていきたい」。能登半島地震で大きな被害を受けた被災者でもある明地さんは、若宮さんへの感謝の思いとともにそう話しました。

新たなスタートを切った「彦十蒔絵道」

漆芸職人集団「彦十蒔絵」は、若宮さんの思いを引き継ぐため、今年1月に「彦十蒔絵道」として株式会社化。山内財団(京都市)からの支援を受けつつ、若宮さんから代表取締役を託された高さんを中心に、新たなスタートを切りました。勤務する若手職人全員が、能登の復興に向け、それぞれ取り組みを続けている最中でもあります。

高さんは「彦十蒔絵は若宮さんがいることで存在していました。ただ、若宮さんは自分のものづくり云々よりも、漆の技術をどうやって伝承するか、輪島で学んだ若い職人たちが漆の技を持って生活できるようにするにはどうすればいいかをずっと考え続けていました。それは、若宮さんがいなくなった今もまったく変わりません。明地をはじめ、若手職人たちが今回の仕事でも頑張ってくれましたし、彼らの成長こそ、漆文化の継承と発展であって、若宮さんが期待しているのはこれだと思う。これからもそのことを忘れずに続けていきたい」と語ります。

若宮さんによって始められた彦十蒔絵は、いま「道」となって、漆芸に取り組む若手職人に進むべき道筋を示しています。万博の舞台で静かに、しかし確かな存在感をもって輝いていたトリオンフには、被災地の復興と漆文化を次代へとつなごうとする漆職人たちの「覚悟」が感じられるのです。

文:安藤智郎/Tomoro Ando

INFO

大阪・関西万博フランス館で期間限定で展示された「トリオンフ アートピース」は、以下のスケジュールで店舗巡回展示を予定。詳細はセリーヌ公式LINEアカウントでご確認ください。

2025年5月30日~7月10日 セリーヌ 御堂筋(大阪)
同8月1日~31日 セリーヌ 表参道(東京)
同9月15日~10月5日 セリーヌ 銀座(東京)
同11月15日~12月14日 セリーヌ 麻布台(東京)

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和樂web編集部

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