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2020.11.21

我妻善逸の羽織にも描かれた「鱗文様」の三角形は女性の心に潜む鬼を表していた?歌舞伎の衣装で検証!

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『鬼滅の刃』、人気ですね。登場人物の衣裳に使われている柄のTシャツやグッズなども販売されているようです。これらの文様は「伝統文様」と呼ばれ、古くから着物の柄などに使われている文様がほとんどです。
例えば、女性に人気があると言われている我妻善逸(あがつま ぜんいつ)。彼の羽織の柄は、三角形を組み合わせた「鱗(うろこ)文様」をアレンジしたもの。三角形は魔物や病を示すものであり、三角形を描くことで忌み嫌うものを追い払う魔除けや厄除けの意味で使われるようになりました。

鱗文様は、能や歌舞伎の衣裳にも使われています。この衣裳を着るのは、能『葵上』の六条御息所や『道成寺』の白拍子、歌舞伎舞踊『京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)』の白拍子花子などの女性が、執念(しゅうねん)から怨霊や鬼、蛇体になった時。昔から、女性の心の中には鬼が住んでいると言われており、女性の本性や魔性を示す文様として、三角形を組み合わせた鱗文様が衣裳に使われているのです!

この記事では、そもそも鱗文様とはどういうものなのか、そして、伝統芸能の衣裳ではどのように使われているのかを歌舞伎『京鹿子娘道成寺』を例にしながら紹介します。

「鱗文様」とは、どんな柄?

「鱗文様」は、正三角形あるいは二等辺三角形を上下左右に連続して配置した「幾何文様」の一つです。形や大きさが同じ図形を規則正しく並べ、その文様の部分と地の色がそれぞれ入れ替わる文様は「入れ替わり文様」とも呼ばれます。三角形の連続する様子を魚や龍、蛇の鱗に似ていることから「鱗文様」と呼ばれるようになりました。

二等辺三角形を左右の方向に帯状に並列したものを「鋸歯文(きょしもん)」「山形文」と呼んで、「鱗文様」と区別することもあります。

単純で描きやすい文様であることから、古代から世界各地で見られます。日本でも古くは古墳の壁画や埴輪(はにわ)などに鱗文様が使われています。
奈良・平安時代に鱗文様が用いられた例は極めて少なく、わずかに庶民の衣服の模様として絵巻に散見するだけです。鎌倉時代になると、再び武器・武具類の装飾として鱗文様が使われるようになりました。鎌倉時代の北条時政の旗印は、三角形を3つ重ねた「三鱗(みつうろこ)」と呼ばれるものです。

一猛斎芳虎「武者鑑 一名人相合 南伝二」より 国立国会図書館デジタルコレクション

室町時代以降は、能装束や陣羽織にも鱗文様が使われるようになります。
現在でも着物や帯、和装小物などに幅広く用いられ、三角形の中に文様を入れたり、部分的に三角形を強調したりした意匠など、多彩にアレンジされた鱗文様があります。

死者の三画形の白布にも関係が! 鱗文様の呪術的効果

三角の文様は、魔物や病を示すものでもあったとか。古墳の壁画や装飾に、神に屈した悪魔の印をあえて描くことで、忌み嫌うものを追い払おうとしたとも言われています。このように、鱗文様は、特に死者を悪霊から守り、近親者を守護する願いを込めて埋葬品などに使われてきたほか、呪術的効果を持つとされる鏡にも鱗文様は使われました。
幽霊の絵画などで死者が三角形の白布を額につけていることがありますが、これも鱗文様と深い関係があるのです! 三角形の白布は、死者を送り出す際、悪霊を退ける祈りを込めて三角の紙冠(かみかぶり)をつけて弔らったのがルーツであると言われています。白い三角形の晒でできたものが鉢巻についたものは「天冠(てんかん)」、あるいは「頭巾」「三角巾」「紙烏帽子」などとも呼ばれています。

近世に入り、鱗文様は厄よけの文様として使われるようになりました。女性の心に住む鬼を戒めるために鱗文様の地紋を用いたり、色とりどりの配色の三角形を組み合わせデザインした小紋染めなども流行しました。

三代歌川豊国、二代歌川広重「観音霊験記 秩父巡礼二拾五番久那岩谷山久昌寺 奥野の鬼女」 国会図書館デジタルコレクション

また、鱗文様は竜蛇信仰とも結び付き、海難徐けに竜や蛇の刺青をして守護を願ったと言われています。日本では死者の霊は蛇の姿で現れると信じられていました。竜は蛇の大きくなったもので、その鱗は強い呪術性を持つものとされてきたのです。

蛇になって男を焼き尽くした「安珍清姫伝説」

「安珍清姫(あんちんきよひめ)伝説」は、紀州(和歌山県)道成寺(どうじょうじ)の縁起に由来します。

奥州白河(福島県)の若い僧・安珍は、紀州の熊野詣の途中、牟婁郡真那古(むろごおりまなご、真砂〔まさご〕とも)の庄司の家に一夜の宿を乞うたことに始まります。安珍の見目麗しさに恋心を抱いたその家の娘・清姫は、しつこく安珍に迫ります(清姫は、その家の女房だったという説もあります)。
困り果てた安珍は、「熊野詣での帰りにまた立ち寄る」と告げてその場を切り抜けると、参拝後、清姫に会わずに帰ってしまいました。なかなか帰らない安珍の裏切りに気付いた清姫は、怒って、すさまじい勢いで安珍を追いかけます。
 
清姫は、日高川(ひだかがわ、切目川〔きれめがわ〕とも)へ来ると蛇体となり、川へ飛び込んで泳ぎ渡ります。

「道成寺繪巻」より 国立国会図書館デジタルコレクション

安珍は道成寺へ逃げ、釣鐘(つりがね)の中にかくまわれますが、蛇体の清姫は炎を吐いて鐘を焼き溶かし、中の安珍を焼き尽くしてしまいました。

「道成寺繪巻」より 国立国会図書館デジタルコレクション

伝統芸能で用いられる鱗文様

「安珍清姫の物語」の物語は、平安時代中期に書かれた仏教説話集『本朝法華験記(ほんちょうほっけげんき)』に記されたほか、女の執念の悲劇として戯曲の好題材となり、能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎にも取り入れられています。

能では、怨霊と化した女性を表す?

能装束では、金銀の摺箔(すりはく)で表された鱗箔が、蛇体を表す女役の衣装の模様として有名で、般若の面を掛ける役や、竜女(りゅうにょ)の役に用います。無地の平絹(ひらぎぬ)や綾(あや)という生地に金または銀で細かい模様をつけた小袖を摺箔といい、「着付(きつけ)」と呼ばれる内側に着る衣裳に用いられます。様々な色、模様があり、三角形をならべた鱗文様の摺箔は、「鱗摺箔(うろこすりはく)」と呼びます。

『道成寺』では、怨霊と化した白拍子が鱗文様の「摺箔」の着付けに「縫箔」を腰巻きに着て現れます。『葵上』の前シテ(六条御息所の生霊)は後シテに般若の面を掛けるため、鱗摺箔の衣裳を着込んでいます。

歌舞伎では、どう使われる?

能『道成寺』を歌舞伎に取り入れた、いわゆる「道成寺物」と呼ばれるものが多くあり、その中でも人気があって上演回数が多いのが長唄舞踊『京鹿子娘道成寺』です。宝暦(1753)年、江戸・中村座で初世中村富十郎により初演されました。終盤、白拍子花子が蛇体に姿を変えた清姫の亡霊になって現れた時に、鱗文様の衣裳が用いられます。

豊原国周「きよ姫 中村福助」 国会図書館デジタルコレクション

また、『古事記』『日本書紀』に記された出雲の八岐大蛇(やまたのおろち)伝説をベースに近松門左衛門が書き上げた『日本振袖始(にほんふりそではじめ)』では、妖艶な岩長姫の姿から恐ろしい大蛇へと変貌した時の衣裳に鱗文様が使われていいます。また、大蛇の分身役の役者の衣裳も鱗文様です。

歌舞伎『京鹿子娘道成寺』の鱗文様の衣裳があらわすもの

『京鹿子娘道成寺』は、嫉妬した女性が大蛇と化して愛する男を焼き殺した道成寺の伝説を基にしていますが、テーマは「娘の恋心」。恋する娘の様々な姿を、色とりどりの衣裳や小道具で彩り豊かに綴っていきます。

舞台は桜花爛漫の紀州・道成寺。
今日は、焼け落ちた鐘楼の鐘が再興され、鐘の供養を行う日。寺の所化(しょけ、修行中の僧)が準備をしています。そこへやってきたのが、白拍子(=歌舞を生業とする遊女)の花子。鐘を拝ませて欲しいと頼みます。鐘供養は女人禁制ですが、所化たちの禅問答のような問いかけに花子が見事に答えたので、所化たちは舞を舞うことを条件に寺の中に入ることを許します。
花子は赤の振袖姿になり、烏帽子をつけ、中啓(ちゅうけい、扇の一種)を手に舞い始めます。

勝川春章「初代嵐雛治の娘道成寺」 シカゴ美術館

終盤、花子は裾や袖をくねらせ、妖艶に崩れながら女の執心を募らせ、鐘へ飛込みます。そして鐘の上に現れるのは清姫の霊。鐘に巻き付くようによじらせたその身体を包むのは、蛇体を現す鱗文様の衣裳なのです!
鱗文様の衣裳は、蛇の体となった女の本性や魔性を示す特別な文様として、また死者の霊を現すためにも使われているとも考えられています。歌舞伎舞踊『京鹿子娘道成寺』には、芸能が神事に連なっていた頃の名残りが色濃く残っていると言えるのかもしれません。

実は、衣裳は性格も表している?

実は、私自身は『鬼滅の刃』の人気に全くついていけずにいます……。
この記事を書くにあたって、「我妻善逸の性格は?」などと調べてみたところ、「小心者で臆病だけど、優しい」ということともに「女性に騙されて借金を負ったにもかかわらず、女好き」というところが気になりました。そして、そんな彼にこそ、魔除けの意味を持つ鱗文様の衣裳がぴったりではないかと思ったのですが、果たして、文様の効果があったかどうかは不明です……。

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主な参考文献
『世界大百科事典』 平凡社 「鱗模様」「安珍・清姫」の項目
『日本大百科全書』 小学館 「鱗文」「安珍清姫」の項目
『きものの文様』 世界文化社 2007年
歌舞伎文様考 第9回 歌舞伎舞踊-物語を文様から読み解く(歌舞伎美人 「装い」を楽しむ)
歌舞伎演目案内「京鹿子娘道成寺」(歌舞伎on the web)

書いた人

秋田県大仙市出身。大学の実習をきっかけに、公共図書館に興味を持ち、図書館司書になる。元号が変わるのを機に、30年勤めた図書館を退職してフリーに。「日本のことを聞かれたら、『ニッポニカ』(=小学館の百科事典『日本大百科全書』)を調べるように。」という先輩職員の教えは、退職後も励行中。

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大学で源氏物語を専攻していた。が、この話をしても「へーそうなんだ」以上の会話が生まれたことはないので、わざわざ誰かに話すことはない。学生時代は茶道や華道、歌舞伎などの日本文化を楽しんでいたものの、子育てに追われる今残ったのは小さな茶箱のみ。旅行によく出かけ、好きな場所は海辺のリゾート地。