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Culture
2021.06.24

えっ、コロナ禍なのに映画館が誕生?「映画をヘッドフォンで観る」エンタメの新しい形

この記事を書いた人

「いつか映画館をつくりたい――そんな“男子の夢”を叶えたかったんです」。
そう語るのは、代表の五十嵐壮太郎さん。6月1日、このコロナ禍にもかかわらず、東京・代官山にミニシアター「シアターギルド代官山」をオープンさせました。
しかし、“男子の夢”が叶えられたのには理由があります。それは、この映画館が世界初の「ヘッドフォン劇場システム」だったから。観客が専用のヘッドフォンをして映画を観るというスタイルで、つまり騒音が出ないため、映画館に必須とされる防音用の厚い壁や、密閉ドアがいらないということ。上映中でも窓を開放し、外の空気を感じながら映画を楽しむことができるわけです。

新しい!!


これが「シアターギルド代官山」最大の特徴で、このヘッドフォン劇場技術は“サイレントシアター®️”として、すでに特許を取得しているのだそう。これは、今の時代だからこそ、思いついたアイディアなのでしょうか?

これが、劇場用に開発されたヘッドフォン。

映画館でヘッドフォンをするという新しい発想

「実は、そんなことはないんですよ。会社を創立したのは2018年の4月で、それから1〜2年は、ヘッドフォンの開発に費やしていました。普通に映画館をつくっても、面白くないと思ったし、予算や収益の部分も難しいと、いろいろと形を模索した結果なんです」。
数時間ヘッドフォンをしていてもストレスがかからないよう軽量に、そして無線でも映像と音のタイムラグがないものを。この映画館のキャパシティは40席(現在は限定10席)ですが、技術としては同時に100人までの接続が可能だそう。そして来年には1000人にまで増えるというからすごい! 

1000人も!技術の進化スピードが想像以上!


今回の取材にあたり、実際に映画を鑑賞したのですが、本当にラグがなくて驚きました。音自体も、耳の中に直接的に入ってくるというよりは、広さと奥行きを感じさせる印象。途中ヘッドフォンをしていることを、うっかり忘れるくらいです。また、普通の映画館と大きく違ったのは、ヘッドフォンだからこそ聴こえてくる風景の音。役者のセリフだけでなく、その向こう側にある車のエンジン音や風の吹く様……。それがしっかり耳に入ってくるので、より作品を臨場感たっぷりに味わうことができました。この没入感、クセになりそう。ちなみに音量だけは自分でコントロールできるので、好きなシーンや、物語の盛り上がりで、音を大きくする人もいるのだそうです。個人的には、エンディングの曲がしっかり聴けたのも、お得な気持ちになりました。

コントロールできるのはありがたい!私もエンディングはしっかり聴きたい派です


映画館とは思えないインテリアも魅力のひとつ。奥にはソファ席が。

ちなみにこの映画館は、内装も独特で、言うなれば“ラグジュアリーなリビングルーム”。靴を脱いで室内に上がると、超特大な一枚板(滋賀まで買いに行った!)のダイニングテーブルや、一流の海外ブランドの椅子、ゆったり座れるソファが並び、好きなところに座って映画が鑑賞できます。壁には実際に購入できるアートが飾られ、自動的に光合成できるようになっている植栽の柱も、癒しのインテリアとして設置。映画館としては見たことのない空間に、新しいエンターテインメントの可能性を感じます。「もともとは洋服屋さんだったのを、居抜きで使っているんです。これもヘッドフォンシステムだからこその強みですね」。

おしゃれな内装がもう映画に出てきそう!

『AKIRA』が幼少時代の自分を支えてくれた

五十嵐さんは、小学生時代をヨーロッパで過ごした経験が。パリのバスティーユで住んでいたアパルトモンの1階が、映画館だったそう。「父親の方針で、現地の小学校に通っていたのですが、他民族が集まる独特のカルチャーに直面しました。国籍や人種によるカースト制みたいなものも、あたりまえのようにありましたね」。ときに落ち込む日々を癒してくれたのが映画。スクリーンに映る豊かな風景に、世界が明るく照らされるのを感じたそう。そしてあるとき、1本の映画で人生が変わる体験をしたとか。「当時『AKIRA』がフランスで大ブームだったんです。自宅下の映画館に大行列ができて。そうすると学校でも、あの『AKIRA』をつくった国の人だということで、友人たちからの扱いもあからさま変化して(笑)」。幼少時代、いろいろな意味で映画に救われた五十嵐さんが、映画館をつくりたいという夢を抱いたのは、とても自然なことでした。

わー『AKIRA』好きです!人生を変えた映画みたいで、素敵ですね

将来はヘッドフォン劇場システムを海外にも広めたい

「『シアターギルド代官山』は映画館ですが、サイレントシアター®️のデモンストレーションの場でもあるんです。」と、五十嵐さん。極端な話、この技術はスクリーンとヘッドフォンが設置できたら、どこででも映画が楽しめるもの。騒音を気にしなくていいので、大きな駐車場でも、ビルの屋上でも、海辺でも上映が可能です。

『天気の子』をビルの屋上で観てみたいです(笑)


「実際問題、今、映画というひとつのジャンルだけで勝負するのは、難しいというところもあります。だから音楽、建築、アート……さまざまなジャンルの人を巻き込んでいきたいんですね。この場所のように、内装に規制がかからなければ、建築家が興味を示してくれますし、サイレントシアター®️の技術は、映画に限らず、スポーツやライブだって鑑賞することができる。野外のイベントにも使えると思うんです。そういった他ジャンルの人々と一緒になって、何か面白いことをチャレンジしていきたくて」。将来的には、システムの輸出も視野に入れているそう。ちなみに「シアターギルド代官山」のスクリーンは特注の4K LED。和樂web的には、旅ものとか、美術館ツアーなんかもぴったりなのでは……と、思いました。それにシステム自体は、場所の景観を損ねることなく設置することが可能だから、文化遺産といったところでの上映会もできそう。これは夢が広がりますね!

美術館ツアー楽しそう!いろんなジャンルと掛け合わせることができそうでワクワクしますね!


また、映画館における大きな問題、“閑散としがちなデイタイム”の運用についても、新しいアイディアを試したいそうです。
「地元に暮らす人に還元できることがないかと。以前、お母さんと子どものための上映会というのをやったことがあるのですが、ヘッドフォンをした子どもたちが、上映中ずっと静かにしていて。その間お母さんたちは、後ろでゆっくりおしゃべりできるんです。お母さんと子ども、どちらもが楽しんでいて、いい時間でしたね」
映画を観る人も観ない人もいていい、というのも、この映画館ならではの特徴。ゆくゆくは夜に、「気になったらヘッドフォンで映画を観て、終わったらお酒を楽しむ」短編映画を流すワインバーに変身させることも、考えているそうです。

夜の雰囲気も素敵!


夜はムードが一転!

“オープン”が未来のエンタメを救うキーワード

「映画をヘッドフォンで観る」――シンプルですが、実はありそうでなかった発想。そしてコロナ禍だからというだけでなく、難しい局面に立たされている、エンタメ業界全体を活性化させる、新しいシステムの予感がします。窓が開けられるという、物理的にオープンな空間としてだけでなく、映画業界自体が閉鎖的にならず、さまざまなジャンルとオープンに交流していくことに、活路が見出されるのではないでしょうか。
現在は、日々違う種類の映画を上映し、将来的にどんなことができるか実験している、と語る五十嵐さん。「シアターギルド代官山」は、特別な空間で、特別な気持ちで映画が楽しめますが、それ以上に、もっと大きな可能性を秘めた“宝箱のような場所”という感じがしてなりません。

【シアターギルド代官山】
東京都渋谷区猿楽町11-6サンローゼ代官山1F
総座席数40席(現在は限定10席)
https://theaterguild.co/
※会員登録制(無料)

書いた人

編集プロダクションからファッション誌のエディターに。ファッション以外に挑戦したくなった矢先に「和樂」に捕縛される。商品開発を主に担当しているが、早くもアパレルに着手し始め、人生の矛盾を感じている。