Culture
2019.03.26

秋田・男鹿のなまはげとは?彬子女王殿下が日本唯一のなまはげ面彫師を訪ねました

この記事を書いた人

2018年、「来訪神 仮面・仮装の神々」のひとつとしてユネスコ無形文化遺産に登録された秋田県・男鹿(おが)半島のなまはげ。なまはげの面を彫って生活をしている職人は、男鹿に暮らす石川千秋(せんしゅう)さん、ただひとり。春が訪れる前の雪積もる男鹿へ、彬子女王殿下がなまはげの文化を守る方々をお訪ねしました。

神の化身をかたちに。日本唯一のなまはげ面彫師・石川千秋さんを訪ねて

文・彬子女王

ある日、なんとはなしについていたテレビに目をやると、なまはげの特集をやっていた。子どもが全然言うことを聞かないというお母さんが、なまはげを呼び、こらしめてもらっている様子を観察するという企画だった。

なまはげ

遊んだおもちゃは出しっ放し、やめなさいと言われてもゲームをしている、というやんちゃな男の子。「言うこと聞かないとなまはげさん呼ぶよ!」とお母さんに言われても、「そんなん来るわけないし!」とどこ吹く風だ。ここで、別室で待機していたなまはげの出番。お母さんが「なまはげさーん」と呼ぶと、窓から恐ろしい形相のなまはげが大きな音を立てて、「悪い子はいねがー!」と家に入ってくるではないか。「悪い子」の自覚のあるらしい男の子は、「ぎゃー!」と叫びながら、部屋中を逃げ回り、お母さんに抱きついて、「ごめんなさい~!」と大号泣。お母さんの言うことをちゃんと聞くこと、遊んだものは片付けることをなまはげに約束させられ、「また見にくっがらな!」とすごまれて、完全にノックアウト。なまはげさんは颯爽と帰って行った。

泣き疲れて、呆然と宙を見つめる息子の背中をなでながら、お母さんは、「ほら、悪い子だとなまはげさん来るでしょう?」と声をかける。翌日、いつものようにおもちゃを散らかしていた彼は、お母さんの「片付けなさいね」の一言を聞いて、きちんと後片付けを始めたのだった。

怖いものなし、という言葉があるけれど、怖いものは絶対にあったほうがいい

東京生まれ、東京育ちで、なまはげに縁がないまま育ってしまったけれど、もし子どもの頃になまはげに出会っていたら、絶対に怖くて眠れなかった自信がある。怖いものなし、という言葉があるけれど、怖いものは絶対にあったほうがいいと私は思う。怖いものがあれば、一度足を止めることが出来る。恐れを感じずに、脇目も振らずに進んでしまえる人は、足下にあった落とし穴に気付かなかったりする。そういうものだと思うから。

なまはげは人間に対して悪さをする鬼ではない、神様なのである

なまはげというのは、秋田の男鹿半島に伝わる小正月の行事。集落の若者が鬼の面をかぶり、その年に収穫された稲藁で作った「ケデ」を身につけてなまはげに扮し、家々を訪れて厄払いや怠け者を戒めたりするものである。今では大晦日に行われる場合が多く、80~90地区で実際に行われているそうだ。

なまはげ

なまはげとは、「なもみはぎ」が変化したものである。仕事をしないで、火にあたってばかりいると、手に低温やけどの痕ができる。このなまけものの証拠である「なもみ」を剝いで戒め、災いを祓い、新しい年に幸いをもたらすという意味がある。

日本で唯一のなまはげの面彫師である石川千秋さんの作業場には、しめ縄がはられている。うかがってみると、「やっぱり神様がかぶるものだからね」と。そう、なまはげは人間に対して悪さをする鬼ではない。神様なのである。

面彫師・石川さんがつくるなまはげの面

なまはげの面は、集落の人たちが手作りするので、材質は、木の皮、紙、ざる、トタンなど様々あり、髪も、馬の毛や麻を使ったり、海岸地区だと海藻であったり。角もあったりなかったり。アフリカのお面みたいなものもあるし、ばいきんまんのようなお面も、ちょっと笑ってしまうようなユーモラスな顔のお面もある。集落ごとに多種多様ななまはげがいるけれど、石川さんが作るのは、山から下りてきたいかめしいなまはげが浮き上がってきたような木のお面である。

材料は秋田県産の桐の生木。チェーンソーであらかた形を作り、ノミと小刀で手彫りするのだそうだ。木を扱う工房は今まで何度もお邪魔してきているけれど、ここで何かが違うことに気付いた。

なまはげ

そう、音。面を彫る音になんだか重厚感があるのだ。「あー、生木だし、水に何日か漬けたものをそのまま彫ってますから。ほら、こうやって押したら水がにじみ出してくるくらい」と、石川さん。乾けばとても軽くなる桐だけれど、水を含んでいるとどっしりと重い。やわらかいので彫りやすく、形を作りやすいのだとか。シュッシュッというノミの音も、カンカンカンという木槌の音も、乾燥した木を彫る軽やかな音ではない。いかにも荒ぶる神様が生まれてくる、といった厚みのある低い音。目をつぶって、静かな気持ちでずっと聞いていたくなる。

なまはげ

そうしてできあがったお面は、なんだかとても綺麗で怖い。やはりそれは神様の化身。怖い顔をしていても、私たちを守ってくださる慈愛があのやわらかい桐の木からにじみ出ているような気がした。

親子、地域の絆をも強くするなまはげの行事

なまはげ

なまはげ館の隣の伝承館で、実際のなまはげさんに会うことができた。先立が様子を伺いに来て、家の主が許可を出すと、玄関からバーン! とものすごい音。玄関でなまはげはしこを踏み、悪い子や怠け者はいないかと扉をたたいたり、開けたりしながら暴れまわる。本当に怖い。でも、いくらなまはげにすごまれても、お父さんやおじいちゃんは絶対に子どもたちをかばい、守ってくれる。「昨日はちゃんと宿題してたように思うんだけどもなー」と。親子の絆、地域の絆を強めるための行事でもあるのだ。

固まっている私に、なまはげさんは「インフルエンザが流行っているから気をつけてな!」と声をかけ、しこをふんで帰っていった。なまはげがその年の厄払いをし、新しい年に幸福をもたらしてくれるという神様だという意味がよくわかる、とてもすがすがしい経験だった。インフルエンザウィルスもなまはげさんに怖れをなして飛んでいきそう。そんな気がした。

撮影/三浦憲治

あわせて読みたい

彬子女王殿下が最後の職人を訪ねて綴った「和樂」誌上連載が 1冊の本になりました!
彬子女王殿下が考える「ボンボニエール」という皇室の伝統

書いた人

1981年12月20日寬仁親王殿下の第一女子として誕生。学習院大学を卒業後、オックスフォード大学マートン・コレッジに留学。日本美術史を専攻し、海外に流出した日本美術に関する調査・研究を行い、2010年に博士号を取得。女性皇族として博士号は史上初。現在、京都産業大学日本文化研究所特別教授、京都市立芸術大学客員教授。子どもたちに日本文化を伝えるための「心游舎」を創設し、全国で活動中。