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ひと言でいえば、退屈の反対は快楽ではなく、興奮である(国分功一郎『暇と退屈の論理学』)
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Culture
2022.07.29

高野山は寺院だけじゃない!聖地で体験・究極の森林セラピーツアー【和歌山】

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世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」として知られる聖地・高野山。奥之院の参道には多くの戦国武将の供養塔が建ち並び、弘法大師空海が今も瞑想を続けていると伝えられている地です。

そのため、どうしても歴史や仏教をイメージしてしまう高野山ですが、実は2007年に「森林セラピー基地」としても登録され、高野山の豊かな自然を体感できる「森林セラピー体験ツアー」には年間約500人が参加しています。今年も全15メニュー、27回の開催予定です。(2022年6月現在。詳細は記事末尾の公式サイトより確認をお願いします)

高野山セラピーツアーの特徴は「五感+αで感じる森林浴」。ただ森の中を歩くのではなく、「視覚」「聴覚」「味覚」「嗅覚」「触覚」を刺激し、加えて参加者それぞれの「+α」を呼び覚ますための体験メニューが用意されています。
その「+α」を体感したく、2021年6月、私もセラピーツアーに参加してみました。

ナイトハイクの前に腹ごしらえ。森林の恵み、ジビエをいただく

私が体験したのは、宿坊での一泊を含む〈「森林の色・声」を楽しむセラピーツアー〉でした。セラピーツアーガイドが同行し、高野山での森林セラピーを体験しつつ、自然観察のレクチャーも受けるという、ちょっと贅沢なメニューです。

当日の集合は午後4時、奥之院の入り口に位置する「一の橋」にて。参加者は10名程度、リピーターも何人かおられるようでしたが、全体がゆるくまとまっている、という雰囲気で、一人で初参加の私でも居心地が良かったです。

行程表によると、この日のメインはナイトハイク。早めの晩ごはんを済ませてから「夜の森」「夜の奥之院」を順番に歩きます。

まずは全員でお大師様(弘法大師空海のことを親しみをこめてそう呼びます)のおられる奥之院へ参拝。その後、「こちらの道へ曲ります」と、セラピーツアーガイドに導かれて参道を外れ、細い山道を歩き始めました。しばらくは墓石や供養塔が点在していましたが、ほどなく山の中にぽっかりと広い草原が出現。片隅にはログハウスとあずまやが建っており、まるで小綺麗なキャンプサイトのような場所です。

高野山にて(筆者撮影)

案内されたあずまやには木のテーブルが並び、炉には炭火がおきていました。間もなく彩りよく串に刺された肉や野菜が運ばれてくると、「えっ、高野山でバーベキュー?精進料理じゃないの?」と驚く参加者に、「そうなんですよ、精進料理はまたのお楽しみに。今日はお肉も野菜もたくさん食べてくださいね」と、セラピーツアーガイドがにこやかに皿を配り始めました。

次第に美味しそうな香りがあずまやに満ちて、その後、チーズや卵、鹿肉の燻製も登場。初めて食べる鹿肉は独特のうまみがあり、何度かおかわりをいただいてしまいました。締めには石窯で焼いた自家製ピザも。たっぷりと「嗅覚」「味覚」を刺激され、良い意味で高野山のイメージが覆された、お腹いっぱいの晩ごはんとなりました。

わずかな光を頼りに突き進む。闇夜の森と奥之院

「そろそろ出発しますか」
セラピーツアーガイドから、そう声がかかった頃、広い草原はすっかり薄紫の夕闇に包まれていました。山の中には電気が通っておらず、夜がやってくればここは真の闇に沈むとのこと。しん、と冷気を含んだ宵闇の迫る中、私たちは懐中電灯を手に草原を抜け、高野山の森の中へと歩き始めました。

前方に広がる森へ(筆者撮影)

夜の森を歩くのは私にとって初めての体験でした。日が暮れてしまうと足元を照らす懐中電灯のほかには何の光もなく、狭い山道の両側には木々のシルエットが迫るばかり。頭上から枝が下がっていても気付くことが難しいので、「頭、注意して」と、前を歩く人から後ろの人へと順番に声が伝わってきます。

セラピーツアーガイドが案内をしてくれている、という安心感はあるものの、視覚を制限されていることの緊張感は思った以上で、皆が土を踏んで歩く音、ガサッと茂みが揺れる音、遠くかすれたフクロウの声など、自然と「音」に意識が向いてしまいます。

ただ慣れてくると、闇の中でもぼんやりと木々までの距離、枝の向きなど物のシルエットをとらえることができ、人間の目の性能の良さを改めて体感することができました。

長く感じたナイトハイクでしたが、気が付けばまた、奥之院の参道へとつながる道に出ていました。石畳に並ぶほのかな灯籠が見えた時には、人間の世界に戻ってきた、というほっとした気持ちに。闇に溶けそうな墓石も供養塔も恐ろしい感じはしませんでした。

その後、夜の奥之院ではフクロウやムササビと遭遇するのですが……そこからは参加された際、ぜひご自身で体験していただきたいと思います。

お寺に宿泊!宿坊体験

奥之院でのナイトハイクを終え、宿坊「準別格本山 光明院」に着いたのは、午後9時を過ぎた頃でした。宿坊は一般的な旅館ではなく、宿泊施設を備えた寺院で、もともとは僧侶や参拝者を受け入れるための施設です。そのため簡素なものが多かったのですが、近年は設備が整えられ観光客も利用できるようになりました。

宿坊「準別格本山 光明院」(筆者撮影)

光明院はトイレ、洗面所、お風呂、共に共用となりますが(お風呂は男女時間入れ替わり制です)ゆったりと広く清潔で、心地よく疲れを癒すことができました。

が……実は私の心の中はまったく、ゆったりとはしていませんでした。というのも、翌日の集合時間が午前4時30分!野鳥の観察をするため、奥之院へ「早朝散歩」に出かける予定となっていたのです。身支度のことを考えると、スマホの目覚ましは4時にセットしなくてはなりません。早めにお布団に入ったものの、「一人でちゃんと起きられるかな……」などと思い始めると寝つきも悪くなってしまいます。

でも、ここは高野山。
「お大師さま、どうかぐっすり眠り、明日はきちんと起きられますように」
そう手を合わせた後は、なんとなく夢の中へと入ることができました。

「聴覚」全開!早朝散歩

早朝の奥之院には清浄な大気が満ちていました。曇っていたため、空は淡い紫をまとったグレイ。石畳の参道には四方八方からさまざまな野鳥の声が響いているのですが、巨木の高みにとまった姿はまったくとらえることができません。そのため耳をすまして鳥の声を「聴き分け」、どんな野鳥がいるのか特定することを学びました。

セラピーツアーガイドからレクチャーを受けた時には、
「うんうん、これはシジュウカラの声。確かに特徴があるよね」
「これはイカル。さっきのとは全然違う……」
などと思うものの、容赦なくあちらこちらから飛び交う声を聴いていると、もうどれがどの鳥の声やら……。途中からは特定することをあきらめ、ひたすら鳥たちの声に耳を傾けました。

声は色を帯び、色とりどりのリズミカルな線が縦横無尽に参道を飛び交います。抽象画のようでいて一定の規則性もあり、鳥たちの活気ある声が、奥之院の空を彩りで満たしてゆきます。

早朝の奥之院(筆者撮影)

高野山では「お大師さまは今も御廟で修業を続けておられる」と考えられています。そのため午前6時と午前10時30分の1日2回、一飯一汁三菜の温かなお膳がお大師さまに届けられます。この「生身供(しょうじんく)」は1200年に渡って1日も欠かさず続けられているとのこと。この日も午前6時、梔子(くちなし)色の袈裟を着た三人の僧侶が、お膳の入った白木の箱をお大師さまの元へ運んでゆく様子を見送ることができました。

そんな早朝散歩を終えたのが午前7時前。光明院に戻り朝の勤行(ごんぎょう)に参加した後、私たちもようやく朝ごはん。和室のお膳で精進料理をいただきました。

実はこの時、ご飯をおかわりする人が続出してお櫃(ひつ)がカラになり、世話役の若い僧侶が再び厨房へ取りに行ってくださるという……。早朝から2時間を越えるお散歩、皆、たくさんのエネルギー補給が必要でした。

朝食の後は光明院の御本尊・不動明王への護摩祈祷を見せていただき、その後、午前9時すぎにはチェックアウト。再び高野山の森に入り、ここからまた森林セラピーツアーの始まりです。

土砂降りの森にて

セラピーツアーガイドに導かれ、再び高野山の森へと分け入った私たちですが、なんとポツリポツリ、大粒の雨が落ちてきました。雨は次第に本降りとなり、あわてて着込んだ登山用のレインウェアにも激しい雨粒を感じるほどの大雨となってしまいました。視界は白くけむり、雨に叩かれた枝々が上下に揺れ始めます。

たいへんな状況ではあるのですが……大人になってから、こんな大雨に打たれることは初めて。バラバラと頭や肩を叩く雨音、落ちてくる雨粒の重み、水を含んで白く跳ね上がる土の道。自然の激しさを直接体で感じる非日常に、ちょっと気分が上がってしまいました。

とはいえ、さすがに山の中を歩き続けるのは危険なので、しばらく雨宿りをすることに。やがて少しずつ雨は小降りとなり、半時ほどして、今度は「視る」ための野鳥観察へと出てゆくことができました。

写真ACより Kana Minoshima Photograhyさん撮影のオオルリ。(高野山森林セラピーツアー時の写真ではありません)

野鳥観察では私がずっと会いたいと思っていた野鳥、オオルリに遭遇。名前のとおり美しい瑠璃色の羽を持つ鳥で、小雨のけむる中、セラピーツアーガイドの合わせてくれた単眼鏡を通して、遠くの枝先にとまっている姿をとらえることができました。
「オオルリ、自由に生きてあの場所にとまっているんだな」
そう思うと一期一会の出会いに、しみじみ嬉しい気持ちが湧き上がってきました。

ハンモックで夢うつつ

お昼時には雨もすっかり上がり、私たちはしずくを落す木々の中、簡素な木造りの小屋にたどりつきました。小屋の中央には囲炉裏が切られ、湯気の立つ鉄瓶がかかっています。
「雨の中、お疲れさまでした。熱いよもぎ緑茶を用意していますよ」と、セラピーツアーガイドの温かなお言葉。あまり自覚はなかったのですが、確かに体が冷えていたようで、いただいたよもぎ茶の熱さに、ほっと肩の力が抜けてゆきました。

お昼ごはんは、高野山の老舗「中央食堂 さんぼう」特製、精進料理のお弁当。山菜を使った酢の物、抹茶塩でいただく車麩や野菜の天ぷら、そしてイタドリのきんぴら等、食感や味付けが工夫されており、出汁がしっかり効いていて美味しかったです。ことに初めて食べた大豆ごはんの豊かな風味にびっくり。お腹いっぱいでもおかわりしたくなるような、お箸がとまらない味でした。

ごはんの後は森の中につるされたハンモックでお昼寝。仰向けに身を沈めると、雨に濡れた瑞々しい樹木が視界いっぱいに広がり、野鳥の声だけが遠近に響いています。ハンモック独特の浮遊感に早起きした疲れも出て、夢とうつつを行ったり来たりの、なんとも不思議な1時間でした。

森の中のハンモックにて(筆者撮影)

充分に体を休めた後は高野山名物の焼き餅をおやつにいただいて、また奥之院へと戻る山道へ出発です。その頃には澄みきった青空が広がり、山道の脇には写真でしか見たことのなかったフタリシズカの小さな花が群れて咲いていました。森の中にはカツラの木も多く、「秋になったら、ぜひまたカツラの森に来てくださいね。落ち葉が醗酵して、森中とても良い香りがするんです」と、先導のセラピーツアーガイド。葉の表面が白銀に光るマタタビ(花が咲く前になると葉に薄い空気の層ができ、光って見えるそうです)、希少なコウヤハンショウヅルの花にも出会え、雨上がりの森には興味深い植物のお宝がいっぱいでした。

午後15時過ぎには奥之院「中の橋」まで戻り、高野山森林セラピーツアーは終了です。思い返せば、闇夜の森を歩き、早朝散歩をし、大雨に打たれ……癒しの旅、というよりは、修練の旅、という感じでかなりの距離を歩きました。

ただ、日常とは別世界の森の中、耳を使い目を使い、ぬかるみを踏みしめてしっかり体を動かしていると、そのこと自体が深いセラピーにつながったような気がします。導いていただくのではなく、自分自身で体を自然になじませること、それが私にとっての森林セラピーツアーの「+α」だったのかもしれません。

ここだけのコーヒーを飲む、「森林カフェライブラリー」

高野山森林セラピーツアーはハードなものだけではなく、ゆったりとくつろげるメニューもそろっています。2022年5月に参加した「森林カフェライブラリー」は森林浴の後、森に設営されたタープの下で、この日のためにブレンドされた高野山特製コーヒーを飲みながら自由にまったり過ごすメニューです。

高野山の森の書架(筆者撮影)

森の中のあちらこちらに書架が置かれており、お気に入りの一冊を選んでハンモックに揺られるも良し、タープの下、たまたま隣り合わせた人との会話を楽しむも良し。カメラを手に自分だけの森の風景を切り取るのも楽しい時間でした。

高野山森林セラピーツアーでは他にも、高野山の僧侶による森林での阿字観(あじかん / 真言宗の瞑想法)体験、アロマオイルを使ったワークショップ、お一人様限定のソロプランなど、さまざまな体験メニューが用意されています。まだ何かと制約の多い日々、聖地・高野山でご自分の心に添った癒しの時間をお過ごしいただければと思います。

【高野山千年の森 森林セラピーツアー】

・問い合わせ先・
「高野山寺領森林組合」
事務所所在地:〒648-0211  和歌山県伊都郡高野町高野山 45-17
TEL:0736-56-2828
FAX:0736-56-9055
E-Mail:jiryou@extra.ocn.ne.jp 
メニューの詳細は、こちら「高野山寺領森林組合」の公式サイトをご覧ください。

書いた人

和歌山県在住。自然豊かな環境で育ったため、今でもうっかりカエルやクモと会話してしまう日々。和歌山の自然と生き物、神社仏閣をこよなく愛しつつ、短歌・俳句の修業中。(社)自分史活用協議会「自分史アドバイザー」。