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大人だけが知っている!「静寂の京都」

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Culture

2023.09.05

20歳で「万之丞」を継いだ、若き狂言師【狂言プリンス「笑い」の教室】 vol.1

「狂言」と聞くと古い時代の芸能、と思う人もいるかもしれない。しかし狂言は、現代人が見てもおおらかな気持ちになれる要素が満載だ。

「最近はSNSで、特定の人を叩く投稿もありますよね。ですが狂言では、人間の弱い部分を笑って許す空気があります。SNS疲れしている若い人こそ、狂言を見てほしい。」と語るのは、26歳の野村万之丞(のむらまんのじょう)さん。300年続く野村万蔵家で活躍する狂言師だ。現代人にもささる狂言の魅力を、万之丞さんのリアルな言葉で話してもらった。

尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる現代ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。

ハンバーガー店でアルバイトも経験。伝統芸能の外にいる人の感覚も忘れない

野村万之丞という名前には、長い歴史がある。約300年前、金沢で狂言の才能を発揮した野村万蔵(のむらまんぞう)。お殿様に気に入られ、加賀藩のおかかえ狂言師になった。次に家を継いだのが初世(一代目)の野村万之丞。現在の万之丞さんは、六世(六代目)となる。祖父は、人間国宝の野村萬だ。

▲「秀句傘」(撮影:荻島怜)

給湯流茶道(以下、給湯流):学生の頃は、どんな風に過ごしていたのですか?

野村万之丞(以下、万之丞):ハンバーガー店でアルバイトをしていました。

給湯流:え! 野村万蔵家のご子息が、アルバイトなどやっていいのですか。

万之丞:お金のこともありますし、社会勉強もしたかったのです。学生のうちに、狂言以外の人とのつながりも作っておきたいと思って。今も、アルバイト先で一緒だった人たちとは仲良くしています。

給湯流:アルバイト先の方々が羨ましいです。バイト先に伝統芸能の御曹司がいる! 少女漫画の世界みたいですね(笑)。

20歳のとき家を継ぐ覚悟はあるかと、父親に聞かれた

万之丞:アルバイトもしていた20歳のときに、父親に「万之丞という名前を継ぐ覚悟はあるか?」と言われました。

給湯流:周囲からご本名で「虎之介くん」「虎ちゃん」と呼ばれていた生活から、変わりますね。

万之丞:単に名前を継ぐだけでなく、野村万蔵家を次の世代へ残していく覚悟があるかという意味で父は話したと思います。当時は自分なりに覚悟して返事をしたつもりだった。ですが家を継ぐ立場になり、いろいろな仕事をすると大変で。20歳のころは軽く考えていたのだなと、今になって思います。

給湯流:20歳の頃に想像できなかった、大変な部分とはどんなところでしょう?

万之丞:それまでは、祖父や父から稽古をつけてもらって頑張る、という日々でした。ですが、自分が家を継ぐ立場になると、次の世代に伝える責任が出てくる。稽古中に上の人から習ったことを完璧に吸収しておかないと、のちに自分が次世代に教えられなくなってしまう。今まで先人たちが築いてきたものが、途絶えてしまうという恐怖です。

給湯流:それは重い。自分が20代の頃は会社員でした。当時は上司の愚痴を言いながら、与えられた仕事を締め切りまでにやるだけ。今の万之丞さんに比べると、かなりのんきに生きていました……。

万之丞:いやいや(笑)。芸の技を磨くだけでなく、たとえば装束(しょうぞく)※にはこういう歴史があって、などの知識も必要です。装束をどう新調するか自分で判断できないと、次の世代の人に指示できない。

給湯流:教えてくれる上の世代がいる間に、全部吸収、体験しなければいけない。焦りますね……。

万之丞:すべて直接父から指導されるというわけでもありません。取材中、父が話しているのを聞き、初めて知ることもありますし。

給湯流:10年後、100年後、と後に芸能をつないでいくために、緊張感がある毎日なのですね。

※装束……狂言の衣装

初心者も、ふらっと狂言を見に来られる機会をつくりたい

万之丞:狂言は約650年前からあり、今も250曲以上残っています。主催公演で、自分が曲(狂言の演目)を選ぶこともあります。父に案を見せると、ほぼ直しが入るのですが(笑)。いつかは自分が当主になったとき、一人でも曲が選べるように修行中です。

▲手書きで書き写した台本。祖父や父に言われたこともびっしりメモされている。

給湯流:250曲もあるのですか!

▲ふらっと狂言会より(撮影:荻島怜)

万之丞:そのなかで、ほぼ100%僕と弟たちと協力しながら曲を考えて公演する「ふらっと狂言会」を始めました。

「ふらっと狂言会」は「ふらっと狂言を見に来てOK」という意味を込めた公演シリーズ。万之丞さんと、弟の拳之介さん・眞之介さんを中心とする若手狂言師の出演で、古典芸能に触れたことのない若年層も楽しめる企画だ。

給湯流:次の「ふらっと狂言会」で上演される「萩大名(はぎだいみょう)」が気になります。なぜこの曲を選んだか教えていただけますか?

万之丞:「萩大名」はとてもわかりやすく笑える人気曲で、祖父もすごく得意にしているものの一つなのですよ。

給湯流:それは楽しみです。

デジタル化に追いつけない社員と似ている? 現代人が見ても笑える狂言「萩大名(はぎだいみょう)」

万之丞:「萩大名」は、大名が主役で「大名物(だいみょうもの)」と呼ばれています。大名が主役の場合は、大名が失敗して笑いを誘うストーリーが大半ですね。

▲「萩大名」大名・野村萬 太郎冠者・野村万之丞(撮影:吉田辰義)

給湯流:マヌケな殿様を、優秀な家来がこらしめるお話ですか? 普段、仕事ができない上司に腹をたてている会社員が見たら、スカッとするストーリー?

万之丞:そんな殺伐としていません(笑)。「大名物」に出てくる家来は、大名に攻撃しようなどと考えていません。

給湯流:失礼いたしました。「萩大名」で、大名はどんな失敗をするのでしょうか?

万之丞:大名は、太郎冠者(たろうかじゃ)と呼ばれる家来からすすめられ茶屋に行くことになりました。茶屋の庭を訪れたら、感想を亭主に和歌で伝えるならわしがある。しかし大名は和歌を詠むのは苦手。そこで、家来が事前に和歌を教えてあげて、詠みあげる練習をします。それでも大名はぜんぜん覚えられない。

給湯流:現代の職場でもよくあることですね。デジタル化が進み若手社員はスイスイと仕事を進めるけれど、課長だけ教えても新しいアプリの使い方がわからない、的な。

万之丞:たしかに。650年前の狂言と、現代の悩みには通じるものがありますね。

SNS疲れしている人にも見てほしい、狂言のほっこりストーリー

給湯流:現代は、上司のパワハラ問題なども深刻です。

万之丞:現代のパワハラやSNSの他人叩きは強烈です。しかし狂言では、失敗した人物を笑って許す空気があります。

給湯流:なるほど。そこが現代と狂言の違う点。

万之丞:狂言は最初に自分がどんな者か、名乗ります。「萩大名」では、「地方の大名だが、京都に赴任して仕事も無事済んだ。」といったことを大名が言う。地方から都心に赴任するということは、仕事ができる人だと思います。だから、家来も普段は大名を尊敬しているはず。

給湯流:尊敬する大名を、家来が快くフォローする、という構造ですね。

万之丞:大名がトラブルを起こし笑いを誘う。家来が大名をたしなめたり、最後は少しこらしめたりすることもあります。でも普段の大名と家来は仲良し、という背景があると思うのですよね。

給湯流:心が洗われました。職場でニガテな人がいると、欠点ばかり探してしまう。でも「萩大名」のように、相手を尊敬し優しくしようという気持ちが大切ですね。泣ける!

「萩大名」は2023年10月15日「ふらっと狂言会」で上演される予定。ぜひ、足を運んでください。

インタビュー・本文/給湯流茶道

野村万之丞 お知らせ

ふらっと狂言会
2023年10月15日(日)11時開演  場所 国立能楽堂

狂言を見たことがないかたでも、ふらっと立ち寄れる…がコンセプト。公演後の質問コーナーも好評です。

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野村万之丞

野村万之丞 (のむら まんのじょう)1996年11月28日生まれ、東京都出身。本名、虎之介。祖父は初世野村萬(人間国宝・文化勲章受章)、父は九世野村万蔵(万蔵家九代目当主)。3歳の時「靱猿」で初舞台を踏む。修業の節目となる大曲や秘曲のうち「奈須与市語」「三番叟」「釣狐」「金岡」をすでに披く。2021年より一般の方が狂言を習える「風之会」を開設。狂言以外にも、専門学校舞台芸術学院、桜美林大学、日本体育大学の講師を務め、2018年NHK大河ドラマ「西郷どん」では明治天皇役で出演するなど、幅広く活動。
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