Culture

2023.09.26

31文字の謎。和歌が日本美術や伝統芸能にも使われた理由とは?【馬場あき子さんに聞く和歌入門・その1】

『和樂』本誌の巻頭コラム【和歌で読み解く日本のこころ】の筆者で、現代歌壇を代表する歌人・馬場あき子さん。90歳を超えて、歌はさらに瑞々しく、創作への意欲はますます盛んです。『和樂(2019年10・11月号)』で馬場さんが教えてくださった、『万葉集』『古今和歌集』『新古今和歌集』のこと、歌を詠むことで培われてきた日本人の美意識や季節感、そして「三十六歌仙」についてのお話を、6回に分けてご紹介します。

日本文化の根底にはいつも和歌がありました

四季のあるこの国では、古来、あらゆる自然に神の宿りを見出し、花や月に心を寄せ、歌に詠んできました。声に出して心地よく、耳なじみのよい五と七の音の組み合わせで成る和歌は、絵画や工芸品、芸能などさまざまなジャンルに取り入れられ、日本文化との密な関係を紡いできたのです。けれど現代人にとって和歌(近代以後は短歌)には、なかなか容易には近づくことができない手強(てごわ)さがあります。

「難しく考えることはないんですよ。たとえば、近代の歌人・斎藤茂吉(もきち)の歌で――」(馬場さん、以下同)

そう言って馬場さんがそらんじたのは、「赤茄子(あかなす)の腐れてゐたるところより幾程(いくほど)もなき歩みなりけり」という一首。

「赤茄子というのはトマトのことね。畑があって、腐ったトマトが、たぶん地面に落ちているのでしょう。その景色をただ眺めるだけでは歌にはならない。だけど、歩みなりけり――そこを通った自分、というものを登場させることで、茂吉の視点に読む人の想像力が重なって、奥行きのある世界が立ち上がってくる。そのとき読者は、茂吉はどう感じたんだろう? 腐ったトマトはどんなにおいがした? などと、いろんなことを考えます。
日本語というのは、名詞と動詞、助詞と助動詞を組み合わせると、不思議と五や七におさまりやすいの。窓の外に合歓(ねむ)の木があって歌に詠みたいと思ったら、〝の〟をつけて、〝合歓の木の〟。ほらね、五音になるじゃない。そうやって、五と七の定型を簡単につくれるのが日本語なのです」

型があることは、一見、不自由に感じられます。けれど、型があるからこそ、言葉に表れなかった思いが余白となり、行間にあふれるのだと馬場さんは言います。

「和歌に限らず、ことごとく型がついてまわるのが、日本の文化や芸能です」

型にのっとって粛々と行われる茶道のお点前(てまえ)や、極限まで無駄をそぎ落として抽象化された能の動き。先人たちが磨き上げてきた型を、徹底的にわがものとして、はじめて現れてくる表現や個性を、私たちはよしと受けとめてきました。同じように、三十一文字(みそひともじ)という限られた字数の内に、より大きな世界が描けると考えてきた。それゆえに和歌は、常に日本文化に通底するものとしてあり続けたのです。

日本美術にも和歌が用いられていた!


『鶴下絵三十六歌仙和歌巻』(部分) 本阿弥光悦・書、俵屋宗達・下絵 重要文化財 34.1×1356㎝ 京都国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp) 琳派を代表する名コンビの合作のなかでも、特に意匠に優れた名品。描かれているモティーフは鶴のみで、長大な巻物の冒頭から繰り広げられる鶴の群れを金銀泥で表現。そのアニメ風の手法やシルエットの美しさは比類がない。

伝統芸能にも和歌が用いられていた!

『唐織 紅緑段御簾色紙短冊萩模様』 江戸時代・18世紀 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp) 高貴な若い女性の役に用いる能装束。色紙や短冊には文字でなく四季折々の植物が描かれて、和歌を暗示している。御簾や草花など王朝の雅な空気を彷彿させる模様が幾層にも重なり、金糸をふんだんに用いて豪華に織られているのは元禄期以降の特徴。

馬場あき子
歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。現在、映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:ikuharu-movie.com)を上演中。

※本記事は雑誌『和樂(2019年10・11月号)』の転載です。構成/氷川まりこ

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和樂web編集部

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