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大人だけが知っている!「静寂の京都」

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Culture

2024.09.19

人間の「生」を笑いで描く。日本舞踊家・尾上菊之丞×狂言師・茂山逸平、伝統文化の“隣の芝生”

尾上菊之丞(おのえきくのじょう)さんは日本舞踊家です。舞踊家として舞台に立ち、家元として指導にあたるだけでなく、歌舞伎、宝塚歌劇団やOSK歌劇団、アイスショー『氷艶』など幅広いジャンルの振付や演出を手掛け、日本舞踊の魅力を発信しています。そんな菊之丞さんが、京都大蔵流の狂言師・茂山逸平(しげやまいっぺい)さんと開催する二人会が『逸青会』です。2009年にスタートし古典作品の上演と、日本舞踊と狂言を融合した新作の発表を続けて15年。ジャンルの垣根をこえて創作を共にしてきたおふたりに、日本舞踊、狂言に感じる魅力と「はじめの一歩」をテーマにお話しいただきます。“隣の芝生”への嫉妬と敬意とは?

(セルリアンタワー能楽堂にて。左より尾上菊之丞、茂山逸平)

日本舞踊がうらやましい、狂言はずるい

——日本舞踊と狂言、おふたりとも日本の伝統芸能の世界で活躍されています。

尾上菊之丞(日本舞踊尾上流家元。以下、菊之丞): 日本舞踊は、歌舞伎とともに育まれ、近代において舞踊として磨かれた芸能です。そんな我々からすると、能狂言ははるか前から何百年も続いている先行芸能。歴史を振り返ってみても江戸時代の終わりから明治のはじめ頃には、能狂言から派生する歌舞伎や舞踊の作品が数々作られました。たとえば『逸青会』で逸平さんとやらせていただいた『三番三(さんばそう)』。舞踊には『○○三番叟(さんばそう)』と名のつく派生作品がたくさんありますが、その源流は能であり狂言です。逸平さんと一緒に舞台に立ち、作品を作らせていただくことで、我々の芸能のルーツに触れ、根源的なものをより深く勉強させていただいています。

茂山逸平さん(大蔵流狂言方。以下、逸平):はじめて舞台でご一緒したのは、2001年の『伝統芸能の若き獅子たち』という公演でしたね。日本舞踊、能、狂言、文楽、囃子方の皆さんとの公演です。伝統芸能と呼ばれる世界にいても、我々狂言師が舞踊家さんと一緒に舞台に立つ機会はほとんどないんです。僕が個人的に付き合いのある日本舞踊家さんというのも菊之丞さんぐらいですね。

——日本舞踊について、狂言について、どのような魅力を感じますか?

逸平:狂言は、言葉や呼吸のやりとりで笑いを皆様に提供する台詞劇です。そのシンプルな良さは決して恥ずべきことではありませんが、日本舞踊と並ぶと狂言は地味ですね(笑)。日本舞踊は華やかです。身体表現は「こんなに動くの?」というくらいに豊かですし、長唄さんの唄に三味線、お囃子の音は多様です。音色からわくわくする独特の高揚感は能狂言にはないものですからやっぱり羨ましく思いますよね。

菊之丞:隣の芝は青く見えると言いますが、日本舞踊をやっている僕からすると、狂言には何といっても「笑い」があります。歌舞伎であれば落語がもとになった作品がありますが、我々舞踊には極めて少ないんです。笑いは人を元気にしますし、皆さん笑いはお好きでしょう? いいよな、ずるいよな、と常々思っているんです。

逸平:お互いにうらやましく思いながら、遠慮もあればリスペクトもある。

菊之丞:だから『逸青会』も長く続いているのでしょうね。

——『逸青会』では日本舞踊であり狂言でもある新作を発表しています。ジャンルとしては、どうお呼びするとよいでしょうか。

菊之丞:はじめた頃は「舞踊狂言」と呼んでいましたが止めました。今は「逸青会作品」という一つのカテゴリーという意識です。

逸平:笑いの作り方は狂言で、動きは舞踊の要素なんですよね。

菊之丞:たとえば手を振り向こうを見るだけでも、決してリアルに動くわけではありません。舞踊的な様式の動きになっているんです。ただ結局僕は、歌舞伎も好き、能狂言も好き、お芝居も音曲も何もかも好きだから、『逸青会』でそのすべての魅力がいっぱいの作品をやりたいと思っています。

笑いは劇薬、葛藤しながらやっています

——舞台に立つ方々から「笑いが一番難しい」という声を聞くことがあります。狂言には、昔から伝わる笑いのメソッドか何かがあるのでしょうか。

逸平:狂言の笑いは大きく2つにわかれます。1つはお客さんが予測できる“お約束”の笑い、もう1つは予測できない突発的な笑い。そのどちらかでシステマチックに作ることで必ず笑ってくださるかといえばもちろんそんな事はありません。お約束に頼り過ぎればもう笑ってはくださらないし、突発的すぎるとポカンとされてしまう。その塩梅は非常に難しいものです。

——8月に開催された『逸青会』では『御札』という新作が上演されました。客席はお子様から大人まで明るい笑いに溢れていました。

(『御札』お金次第で柔軟に対応するお坊さんと愛嬌者の太郎冠者。)

逸平:『逸青会』は、さらに菊之丞さんのキャラクターをふまえた作り方になっている気がしますね。菊之丞さんと僕でこの間のとり方をすれば、お客さんはきっと笑ってくださるはずだと。本当に笑ってくださるかは、舞台稽古で長唄さんや囃子方の皆さんとご一緒するまで分かりません。

菊之丞:僕は初日のお客さんが入るまでずっと不安ですね。そして笑ってくださるほどにやはり笑いは劇薬だなと感じます。

逸平:僕は劇薬漬けということ?

菊之丞:あくまでも取扱注意的なもの、ということ(笑)。生の舞台では意識的無意識的にアドリブ的な笑いが生まれます。僕も人間ですから、笑ってもらうと嬉しいし気持ちがいい。この反応をもう少し楽しみたいという気持ちも湧いてきます。かといって笑いを深追いし過ぎては作品を壊してしまうことにもなりかねません。

逸平:これを言えばもっと笑ってもらえるにちがいない。でもやめておこう、みたいな判断はしょっちゅうですね。

(規格外の遊び心が散りばめられています)

菊之丞:思いついた言葉も、作品を壊すことがないか一瞬のうちに2度3度頭の中で考えてから言うんです。舞台に立ちながらもお客さんの反応は結構冷静に見ているし、僕の中に常にビクビクしているもう一人の僕がいる。気にしちゃいけない。でもずっと気にしなきゃいけない。葛藤でぐちゃぐちゃになりながらやっています。笑いが難しいと言われるのは、その選択肢が山ほどあるからかもしれませんね。

逸平:時代や地域でも、求められる笑いは変わりますしね。

——その慎重さ、ストイックさは、おふたりがあくまでも伝統芸能のプレイヤーであることと関係しますか?

菊之丞:そうは思いません。狂言に限らず、皆それぞれにこだわりがあり、笑ってもらえれば何でも良いというわけではないと思うんです。僕も「笑いが欲しい」と言いつつも、大笑いしていただかなくてもいい。お客様が楽しいと思ってくれる作品を作りたいんです。

逸平:その点で、狂言の笑いはコンプライアンスなどデリケートな問題にかかりにくい形式の中で育まれてきたものに思えます。狂言って、例えば刀を抜いて脅しても人は斬りません。相撲とって投げ飛ばしたり、鼻をつまんだり扇子でちょっと叩いたりするくらい。お化けが出てきても舞台上で人が亡くなることはありません。

——「あ痛(あいた)!」で済む範囲ですね。シビアなところはお能に託し、バランスをとっているように感じられてきました。

逸平:お能は死後の世界やこの世にあらざる者を描くことが多いですからね。伝統芸能である能楽(能・狂言)のイニシアチブをとるのはお能です。でも、いま生きてる人の生き生きとした姿を描くのは狂言の方。生への感謝、憧れ、生へ向かう者が狂言の中に描かれています。

はじめの一歩と次の一歩

——日本舞踊も狂言も、様々な流派があり色々な公演が開催されています。気軽にちょっとみてみたい、という方に公演の選び方をアドバイスいただけますか。

菊之丞:まずは歌舞伎の中の舞踊が、華やかで一番とっつきやすいかもしれませんね。また「日本舞踊協会」が主催する公演であれば、古典や新作、第一線で活躍する舞踊家の踊りを観ることができます。そして花街のおどりもおすすめですよ。京都先斗町の芸妓(げいこ)さん、舞妓(まいこ)さんによる「鴨川をどり」や、東京新橋の芸者さんによる「東(あずま)をどり」などがあります。

CHECK!
日本舞踊の尾上流は、歌舞伎俳優の六代目尾上菊五郎が興した日本舞踊の流派。初代家元の六代菊五郎の言葉、「品格、新鮮、意外性」を大切にしている。

(菊之丞さんは「伝統芸能に気軽に親しんでいただきたい」との想いから、2023年「菊之丞 FAN CLUB」をスタート。踊りに関する紹介動画の配信やイベントを開催。10月には尾上流稽古場での日本舞踊の体験会も!)

——狂言にご興味を持たれた方へもおすすめの公演アドバイスをいただけますか。

逸平:狂言にも色々な流派があり大蔵流にも色々ありますが、初めての方にはうち(茂山千五郎家)が一番だと思います。あとは「少し華やかに着物でも着てみようかな。伝統芸能に触れてちょっとドキドキしたいな」という方でしたら、テレビや映画にもよくお出ましの野村萬斎さんの公演もいかがでしょうか。お顔を知る方が出ている方がとっつきやすいですし、萬斎さんのおうちは、万作さん、萬斎さん、裕基さんの親子三代がお揃いでご活躍です。でもね、笑いに来るならやはりうちが一番ですよ。あとは『逸青会』。自信を持っておすすめします! 次回の『逸青会』は2025年3月の京都公演です。

CHECK!
「お豆腐狂言」とは、古くからの格式にとらわれず、京都の方々に気軽に狂言を楽しんで頂こうと、様々な場で狂言を上演した二世千作(千五郎家十代目宗家)を、庶民的なおかずに例えて揶揄した言葉。しかし二世千作は「お豆腐で結構。味つけにより高級な味にもなれば、庶民の味にもなる。より美味しいお豆腐になることに努力すればよい」とし、以来「お豆腐のような狂言師」は茂山千五郎家の家訓。

(俳優としてのご活躍でも知られる逸平さん。NHK連続テレビ小説『オードリー』『ごちそうさん』『だんだん』をはじめ、2023年『大奥』孝明帝役も記憶に新しい)

——日本舞踊や狂言を習ってみたい、という方へメッセージをお願いします。

菊之丞:日本舞踊は、着物の着方やさばき方はもちろん、立ち姿やちょっとしたしぐさも美しくなると思います。扇子を大切な道具として扱うことから、様々な物の扱いも丁寧で品のある動きになるのではないでしょうか。他の芸能との関わりも強いので、歌舞伎や文楽、落語、邦楽など他の伝統芸能をより楽しむヒントが見つかるかもしれません。

——習う前に心に留めておくと良いこと、難しさやデメリットはありますか。

菊之丞:成功体験を得るまでに少なからず時間がかかります。個人差はありますが、プロを目指すなら10年は辛抱できるくらいでないと難しいですし、それでも全然足りるものではない。……というのが正直なところです。でも時間の流れが早い今の時代ですからね。ここでは、手ごたえを得るまでに5年ぐらいはかかるかな? とお答えしておきます(笑)。

逸平:狂言も、趣味で習われる方もいますしプロを目指して弟子入りされる方もいます。僕が教えている中には、小学校入学前の方もいれば80歳を超えた方もいて。狂言は、日本の伝統芸能の中では気楽に始められる習い事かもしれませんね。ストレス発散になりますよ。とりあえず笑いますし、ハラから大きな声を出しますので単純に楽しんでいただけます。洋服で良い稽古場もあります。ただし何の役にも立ちません。それが難点!

——狂言も手ごたえを得るまでには時間がかかりますよね。

逸平:個人差はありますが時間はかかりますよね。僕の場合、子どもの頃は皆さんに笑ってもらえて楽しかった。その後変声期で楽しくなくなり、声が落ち着いたら今度はとにかくがむしゃらにやって楽しくなった。30歳を過ぎてから狂言について真面目に考えて取り組むようになり、初めて手応えを得たくらいです。

——その頃に何かきっかけが?

逸平:『逸青会』の2回目から3回目くらいの時期になるのですが、2011年に菊之丞さんが、尾上青楓(せいふう)から四代家元として三代目尾上菊之丞になられました。その襲名披露の演目の一つに、逸青会作品の『千鳥』を選んでくださったんです。そのくらい踏み込んで取り組んでくれているんだと知り、この作品をやりたいと目に見えて分かり、これが非常にうれしかったんです。ひとつのターニングポイントになりました。

菊之丞:『逸青会』も15周年記念公演を終え、さらに新しい作品を創る意欲も湧いてきました。これまでの作品を育てる楽しみも、手応えも感じることができました。大袈裟かもしれませんが『逸青会』は伝統芸能のハブ的存在になり得るのかなとも思います。ぜひ今後もお見逃しなく!

関連情報

尾上流公式サイト
https://onoe-ryu.com/
尾上菊之丞Instagram
菊之丞 FANCLUB

茂山千五郎家公式サイト
https://kyotokyogen.com/
茂山逸平Instagram
ファンクラブ「クラブ SOJA」

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塚田史香

ライター・フォトグラファー。好きな場所は、自宅、劇場、美術館。写真も撮ります。よく行く劇場は歌舞伎座です。
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