尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる現代茶道ユニット「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
語り継がれる子どもたちのハプニング!
給湯流茶道(以下、給湯流):狂言の稽古を始めた頃、特に印象に残っているエピソードはありますか?
野村万之丞(以下、野村):最初は祖父と稽古を始めたと思います。特に「靭猿(うつぼざる)」の稽古がとても楽しかったです。祖父と一緒にリズムに合わせて動きを練習したり、踊りを真似したりして、笑いながらやっていました。その時は稽古というよりも、遊んでいるのに近い感覚でしたね。
給湯流:想像するだけでかわいい! 楽しく稽古をして狂言を好きになってもらえるように、周りも工夫されていたのかもしれませんね。
野村:たしかに。稽古が終わった後に、祖母がお昼ご飯やお菓子を用意してくれていたのがうれしかったです。小さい頃は、稽古自体が大変という意識はなかったのですが、こういう家族全体で支えてくれる温かさがあったからこそ、自然と続けられていたのだと思います。
給湯流:小さいときは、ハプニングがつきものかと思います。何かお話を聞かせていただけますか?
野村:父は舞台の上で動いている最中に面がずれて前が見えなくなり、舞台から転げ落ちてしまったそうです。
給湯流:それは大変! どうされたんですか?
野村:すぐに客席にいた方が抱っこしてくれ、舞台に戻してくれたと。いわば、“強制送還”です(笑)。
給湯流:強制送還! 観客の方々も、家族のように初舞台を見守ってくれていたのですね。
野村:ほかにも、舞台で弟は「おしっこ!」と叫んでしまったり、僕は本番直前まで熟睡していたり。いろいろなハプニングがありましたね。子どものころの自分を知っているお客さんがいることは、とてもありがたい話です。
褒めちぎられた小学生時代。高校生になったら急に“下っ端”に?
給湯流:小学生のころの思い出はありますか?
野村:まさに『褒めて伸ばす』時期でしたね。舞台に出るたびにたくさん褒められて、お菓子をもらったり。本番の後、ポケモンのサファイアを買ってもらったときは嬉しかったな。小学校や通っていた野球教室では、そんなに褒められることも多くないので、子ども心に「舞台で、やたら褒められる」と思っていました。
給湯流:狂言師を続けてほしい、まわりからのエールですね。
野村:一門の中では、祖父がいちばん偉いポジションです。その次に偉いのが小学生の自分か、というくらい優しくしてもらっていました(笑)。
給湯流:それが中学生になると変わったのでしょうか?
野村:たしか中1のころだったと思います。本番でセリフを忘れてしまい絶句。向かい側に立っていた祖父がセリフを教えてくれたことがありました。
給湯流:絶句! いろいろなハプニングを経験されてきたのですね。中学にあがるとセリフ量も一気に増えて大変だったのでしょう。それにしても、おじいさまが臨機応変に対応されていたのもすごいです。
野村:聞いた話だと昔、公演に持参する装束を忘れたことがあったと。そのときは、祖父が急遽演目を変えて演じたそうです。
給湯流:狂言をやっている方は、古典作品のセリフや立ち位置をすべて覚えておられる。リハーサルなしでも本番を迎えられるのが、素晴らしいです。
野村:特に高校生になると環境が変わりました。今まで祖父の次に偉かったようなポジションから、下っ端になっていったのです(笑)。例えば、運転手を任されるようになって、安曇野まで車で片道4時間もかけて、遠征に行くこともありました。ただ運転をするだけならまだいいのですが、行った先で自分も舞台をするので、疲労がたまります。さらに運転中は祖父が静かにしているので、それもきつかったですね。
給湯流:狂言プリンスが、まさかの片道4時間運転! 主役のタレントから、一気にAD(アシスタントディレクター)になる、みたいな感じでしょうか(笑)。
野村:まさにそうです。小さい時は紋付袴(もんつきはかま)を全部着せてもらっていましたが、中高生になると恥ずかしくなって自分で覚えて着るようになりましたし。
幼少期から染み込んだ「秘伝のたれ」
給湯流:幼少期にお稽古を続けてきたことが、今のご自身にどう影響を与えていますか?
野村:狂言の技術や感覚は頭で理解するというより、自然に体に染み込んでいます。よく父が「秘伝のたれ」と言っていますが、まさにその通りです。子供の頃から、その芸の「たれ」に漬け込まれているようなものなのです。何度も何度も重ねるうちに、味が体の隅々にまで染み込んでいる感覚ですね。
給湯流:なるほど。
野村:大人になってからこの世界に入った方々は非常に熱心に勉強されます。歴史も詳しく調べておられるし、すごいなと感心しています。でも僕たちは、小さい頃から無意識にその世界に浸っているので、そこは負けないぞと思う部分ですね。
給湯流:狂言の稽古をやめたいと思ったことはありましたか?
野村:小さいときに一度だけ僕が「今日は稽古をしたくない!」とごねたことがあったそうです。でも、狂言師をやめたいと思ったことはないですね。勇気がなかったのかもしれませんが……。
給湯流:いやいや、そんな! ご家族やお客さんがサポートしてくれていることを感じていらっしゃるから、やめたいと思わない、ということだと思います。
野村:振り返ると、母や周りの人が多く支えてくれていたことに気づきます。今、4歳の女の子に狂言を教えているのですが、小さいころから知っているお客さんは、こういう感覚なのかなと思うこともあります。今度は僕が、次の世代を支えていく番ですね。
給湯流:こうやって狂言が何百年も続いてきたと思うと胸が熱いです。今日はいろいろなお話をありがとうございました。
取材・文/給湯流茶道
野村万之丞 お知らせ
ふらっと狂言会♭4
若者や初心者にオススメの公演!
2024年10月20日(日)11:00開演
国立能楽堂
万蔵家三兄弟を中心とした若手がメインとなって企画し、狂言を若い世代の方々にも気軽に楽しんでもらおうと、さまざまな趣向を凝らしています。演目の「因幡堂」と「樋の酒」はどちらもお酒にまつわるお話。演目鑑賞を楽しむほか、能楽堂内に映えるフォトスポットとして、東村アキコ先生の三兄弟イラストパネルや、狂言で使う道具や装束に触れられる特別コーナーもあります。能楽堂内を是非楽しんで!
【番組】
解説 野村万之丞、小笠原弘晃
狂言「因幡堂」 万之丞 石井康太
休憩
狂言「樋の酒」 河野佑紀 野村拳之介 野村眞之介
萬狂言 秋公演
2024年10月20日(日)14:30開演
国立能楽堂
萬狂言 金沢公演
2024年11月17日(日)14:30開演
石川県立能楽堂
第四回 万蔵の会
2024年12月22日(日)14:30開演
観世能楽堂
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