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2025.02.03

奈良時代より春といえば梅。その香は歌に濃密な余韻を残してきました。馬場あき子【和歌で読み解く日本のこころ】

歌人、馬場あき子氏による連載「和歌で読み解く日本のこころ」。第二十回は「白梅」。馥郁(ふくいく)たる香りとともに奈良の世に春を告げた梅は、平安時代になると擬人化されるようになり、さまざまな感情を伴いながら春の情趣を盛り上げてきました。

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白梅

おほぞらは梅のにほひに霞みつつくもりもはてぬ春の夜の月 藤原定家

梅の花が咲くころになると、月の光もどこかやわらいで、春めいた明るさをたたえはじめる。
いよいよ冬との別れも近い、そんな予感の中で梅は大空いっぱいにその香(か)を広げ、霞(かすみ)のように人々をつつみこむ。春は何と、大空の彼方から梅の香を含んだ霞とともにやってきたのだ。

梅はかなり古い時代に中国から渡来し、奈良時代には春を代表する詩歌の花となった。
令和の元号の背景にある天平二(730)年大伴旅人(おおとものたびと)邸での梅の宴には筑紫(つくし)全土の国守(くにのかみ)が主だつ官僚とともに参会して梅の歌を詠んだ。
さすが中国の詩文にもてはやされていた梅の品格は高く、清楚な賓客の風貌をもってうたわれている。
「わが園(その)に梅の花散るひさかたの天(あま)より雪の流れ来るかも」主の旅人の歌だ。その散る風情は天より流れ来る雪のようだと喩(たと)えられた。

江戸時代でも春を告げる花といえば梅。深夜の神社の境内にいる若衆は娘のために白梅の枝を折ろうとしており、娘はその姿に見惚れている。そこには馥郁とした梅の香が。『風流四季哥仙・二月水辺梅(ふうりゅうしきかせん にがつみずべのうめ)』 鈴木春信 江戸時代・18世紀 中判錦絵 28.0×20.4㎝ 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

雪に喩えられ、鶯(うぐいす)と合せられた梅は、平安時代になると香りがもてはやされるようになり、人間味が加わってくる。
「君ならで誰(たれ)にか見せむ梅の花色をも香をもしる人ぞしる」と詠んだのは紀友則(きのとものり)だが、もうひとつ深い情緒を捉えて凡河内射恒(おおしこうちのみつね)はこんな歌を詠んだ。
「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やはかくるる」
春の夜の濃い闇の中に梅の木は花を咲かせ立っている。その色が闇に全く溶け込んでいるとすれば、それは紅梅かもしれない。

美しいものを見せまいと隠す闇、それは「あやなき」(理不尽な)心をもったただならぬ闇である。
しかし、梅の花の色は見えなくとも、どうしてその香りを隠すことができよう。闇の中に漂う香、まさにあやなきあやしさではないか。

梅の香はその後も擬人的にうたわれることが少なくない。
「梅が香にむかしを問へば春の月こたへぬ影ぞ袖にうつれる」(藤原家隆 ふじわらのいえたか)
ここでは梅の香りに「むかし」を問うている。これは春の歌ではあるが、梅の香りとともに回想されるむかしには清婉(せいえん)な情緒がある。
眼前に人はなく、無言の月光が梅の香を記憶する袖を映し出すだけだ。

ところで現代短歌でも梅はよくうたわれる。
「いづこにも貧しき道がよこたはり神の遊びのことく白梅」(玉城徹 たまきとおる)という歌。
これは人気(ひとけ)も少ない寒村の風景である。開散とした貧し気な村洛の広い空間にほつほつと咲いている梅の高雅さ。それが風景に特別な格調をそえる。
「神の遊び」がじつによく寒村の白梅の気韻(きいん)をあらわしている。
もう一首。
「お軽、小春、お初、お半と呼んでみるちひさい顔の白梅」(米川千嘉子 よねかわちかこ)
これはいかにも哀しく愛しい白梅たちだ。愛する人への心尽しに身を滅ぼして悔いなかった可憐純情の女性たち。
小春以下は心中物の主人公たち。それを小さい小さい白梅の貌と重ねて思い、哀悼しつつ愛しんでいる。

亀戸天満宮の裏手にあった梅屋敷を描いた、広重の名画。手前に花を咲かせた梅の木を極端に大きく描き、柵の向こうの人物と対比させている。『名所江戸百景・亀戸梅屋舗(めいしょえどひゃっけい かめいどうめやしき)』 歌川広重 安政4(1857)年 大判錦絵 37.4×25.7cm 東京国立博物館 出典:ColBase (https://colbase.nich.go.jp)

馬場あき子
歌人。1928年東京生まれ。学生時代に歌誌『まひる野』同人となり、1978年、歌誌『かりん』を立ち上げる。歌集のほかに、造詣の深い中世文学や能の研究や評論に多くの著作がある。読売文学賞、毎日芸術賞、斎藤茂吉短歌文学賞、朝日賞、日本芸術院賞、紫綬褒章など受賞歴多数。『和樂』にて「和歌で読み解く日本のこころ」連載中。映画『幾春かけて老いゆかん 歌人 馬場あき子の日々』(公式サイト:ikuharu-movie.com)。

構成/氷川まりこ
※本記事は雑誌『和樂(2020年2・3月号)』の転載です。

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和樂web編集部

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