今回紹介するのは、現代小説にも負けず劣らずの強烈な設定で読者を翻弄する、日本の異性装物語。中世文学はむずかしい? そうは言わせません。
異性装物語三選
まずは、ユニークで飛びぬけておもしろい異性装物語を三つ紹介。簡単なあらすじとともに、主人公たちの見事な変身ぶりをご覧あれ。
『とりかへばや物語』
『とりかへばや物語』は、貴族社会の中での性別的役割を懸命に果たすきょうだいが主人公。異性との交渉、出産といった数々のハプニングを経て、最終的には生物学的な性と一致した生き方に戻り、大団円を迎えるという王朝サクセスストーリー。
権大納言兼大将(ごんだいなごんだいしょう)には母親のちがう二人の子どもがいた。活発で外向的、男勝りな沙羅双樹(妹)と引っ込み思案で内向的な性格の睡蓮(兄)。父は二人を見つめて嘆いた。「とりかへばや(取り替えたい)」
父の期待通り、妹は若君として、兄は姫君として育てられることになった。成長した二人はそれぞれに秘密を抱えて宮廷に出仕し、さまざまな事件に遭遇することとなる。
男装の妹は優れた人柄が右大臣の目に留まり、年上の四の君と結婚。しかし男装した妹の姿に惑乱した宰相中将と契りを交わして妊娠する。女装の兄は宇治に身を隠した妹を探すために男装に戻り、旅へ出る。兄の助けで宇治から脱出した妹は、ついにお互いの身分を交換する。
『在明の別』
『とりかへばや物語』よりも少し後に成立したのが、中世王朝物語『在明の別』だ。
主人公は左大臣家に生まれた女君。男の恰好で左大臣家の嫡男として社会に出た女君の役割は二つ。ひとつは左大臣家の後継者となる男児をもうけること。そして左大臣家の娘として宮中に上がること。
物語には、天狗や妖術も登場する。女君も例外ではなく、不思議な力があり、そのうえ類まれなる美貌の持ち主ということになっている。そんな女君を帝が放っておくはずもなく、最後にはめでたく皇子に恵まれ、国母として栄華を極めることとなる。

出典:メトロポリタン美術館(https://www.metmuseum.org/art/collection/search/54358)
『児今参り』
主人公は比叡山の児(ちご)でたいへんな美少年。美少年は誰からも愛されるもので、例にもれず、この児も比叡山の大僧正に寵愛されている。
ある日、大僧正と内大臣家に行った児は、東宮の妃になる予定の姫君を垣間見て恋に落ちる。乳母の助言で女装した児は、内大臣家の女房になり、今参り(新参者の意)とあだ名をつけられる。
児は、得意の琵琶を片手に演奏を教える口実で姫君に近づく。相手が男と気付かないまま仲を深め、ついに二人は恋仲に。東宮への入内が決まっているにもかかわらず姫君は妊娠してしまう。
児は大僧正に呼び戻されて比叡山に帰り、そのうえ天狗に誘拐される。どうしようもないと死に場所を求めて山に入った姫君は、そこで尼天狗(児を誘拐した天狗の母親)に遭遇。尼天狗の助力によって児は無事に救出。二人は児の乳母の家に身を寄せて姫君は無事に男の子を出産。
いっぽう、愛娘がいなくなったと大騒ぎの内大臣家。ここでも賢い乳母が策をめぐらしてみせる。児と姫君は天狗に誘拐されて男女の仲になり子をなしたと説明。二人は正式に結婚し、一家は繁栄したという。めでたしめでたし。
性別を超えていけ! 異色の異性装物語
性別を飛び越える中世文学はほかにもある。
鎌倉時代に書かれた『風に紅葉』では、主人公の中将が女装の若君を寵愛する。それも彼が女装していることを知ったうえで、である。そしてこの中将は、最愛の妻と女装の若君との三人で大人な夜を過ごしさえするのだ。なんだかべつの趣向が見え隠れしているが、そんな繊細で濃密な関係も、元服した若君が女装を解いたことで終わりを告げる。
室町時代の『新蔵人物語』は、白描(絵が墨線のみで描かれる)の小型絵巻。ある諸大夫の家に生まれた一男三女。長男は蔵人として出仕。両親は三人の娘たちに自由に将来を選ばせることにする。
大君(長女)は出家して尼に、中君(次女)は宮中に出仕、三君(三女)は兄の代官として男装して出仕したいと言いだした。男装した三君は「新蔵人」として、正体がばれたあとも引き続き帝に寵愛される。しかし新蔵人の驕り高ぶった態度に帝の愛は次第に薄れ、ついには出家して尼になるという物語。
異性の恰好をすることで恋が成就したり(『児今参り』)、目的を果たしたり(『在明の別』)、性別を超えて愛したり愛されたり(『新蔵人物語』)。人生そのものさえ変えてしまう異性装。
彼らは変わり者の主人公かと思いきや、そんなことはない。なんだか特別なことをしているように見えるけれど、そうでもない。古くは男装で戦う巴御前、歌舞伎の女形、アニメや漫画のなかにも異性装のキャラクターは登場する。日本人にとって異性装はかなり馴染み深い文化といえる。そんな物語がおもしろくない、はずがないのだ。
異性を着るためのうつくしい体

歌川豊国『豊国漫画図絵』『弁天小僧菊之助』
出典:東京都立図書館(https://archive.library.metro.tokyo.lg.jp/)
異性装物語の主人公たちは、衣服と髪型と化粧で姿形を見事に変えてみせたが、そんなに上手く騙せるものなのだろうか。じつは、違和感なく性別を変える条件があるのだ。
彼らが身分を隠すことに成功した理由のひとつは着物にある。前近代の日本では男女ともに着物を着ているから、今日ほど身体的なちがいはさほど気にならなかった。とはいえ、たとえ着物でも怪しまれる可能性はある。身長や肉づきといった体のラインはごまかしようがないからだ。
そこで彼らは、少年を装った。『児今参り』では、女装した主人公の体つきは「童なり」と評されている。主人公は少年のような体型をしていた。女性が男性を装うなら、背が低くても「変」に思われないように少年を装ったほうがいい。男性が女性を装う場合でも、若いほど全体的な肉づきはごまかせる。
そして異性装を成功させるために、いちばん重要なのが、美しいこと。とはいえ、ただ美人なだけでは物足りない。周囲に違和感を与えない、いやそれどころか男女の性差など超えてしまえるほどの美しさが求められる。その証拠に、ここに紹介した物語の主人公たちは皆、圧倒的な美貌の持ち主ということになっている。
男女の幸せとは?

出典:国会図書館デジタルコレクション(https://dl.ndl.go.jp/pid/1312412)
異性装の物語を読んでいると、これは単なるエンターテインメント性の高いお話では済まされないぞ、という気がしてくる。
『とりかへばや物語』の女主人公は、男として生きているにもかかわらず婚姻、妊娠、出産という女性の人生における重要なイベントをすべて経験する。それも思わぬ契りによる、秘密の妊娠と秘密の出産ときている。これには女性の読者も彼女に自分の心情を重ねずにはいられない。彼女の生きかた(生き様と言ってもいいくらいだ)について、つい考え込んでしまう。沙羅双樹は幸せだったのだろうか? そもそも女の(そして男の)幸せって、なに?
物語のほんとうの面白さ、恋の在りかたを知るためには、中世社会のジェンダーを理解しておくべきだろう。そうすれば、おのずと主人公たちの幸せが分かってくる。
たとえば『児今参り』の女装の児と姫君の恋は同性愛に近い異性愛だった。『新蔵人物語』の主人公は、帝の寵愛を得て一度は成功を収めるも、最後には愛を失って出家した。しかし彼女は最終的に、死後の一家繁盛という仏教的な、得難い幸せを手に入れたのだ。死後の約束までとりつけたのだから、これは幸福な結末と言える。
おわりに
現代人とは異なる価値観で恋が生まれ、愛が育まれていく異性装の物語は、女とは男とはなんなのかを考えるきっかけを与えてくれる。
ここには、今を生きる私たちよりもずっとふくよかな愛の形がある。たしかに戸惑いを覚える展開をみせたりもするけれど、それもまた、中世文学を底なしにおもしろくさせている。いまどきの恋愛に飽きている読者にこそ、ぜひ読んでもらいたい。常識をくつがえす「普通の」主人公たちが、そこにはいる。
【参考文献】
中根千絵、他「異性装 歴史の中の性の越境者たち」集英社インターナショナル、2023年

