Culture

2026.02.02

アイロンに漂白、オーガニック石鹸。江戸の洗濯事情を洗いざらいご紹介

衣服の重要性を説いた見事な表現に「衣服は身のおもてなり」という言葉がある。私が考えたわけではなく『大和俗訓(やまとぞくくん)』という本に書いてあった。著者は儒学者、貝原益軒(かいばらえきけん)。彼はこうも書いている。「正しからざる服著(ふくき)たるは、心の内見えてはづかし」さすが学者なだけあって、立派なことをいう。垢のついていない、洗濯された清潔な服を着ることは、じつはそれ以上に大切な意味があるのだ。

この本が書かれた江戸時代、じつはすでに石鹸もあればアイロンもあった。いったい江戸の人たちは、どんな洗濯をしていたのだろう。すこし様子を覗いてみよう。

江戸の洗濯もの、洗いから仕上げまで

鳥居清長『洗張り』(Art Institute of Chicago)

灰汁は天然の万能洗剤である

元文五(1740)年刊の『絵本みつわ草』に浮世絵師、西川祐信の灰汁洗いの図がある。これによると「金の穢れを落すには塩」を使い「布を洗濯するには灰汁をもって去り」、「人の不仁の汚れを洗ふには仁をもってなす」とのこと。
今でこそ洗濯洗剤は白さと抗菌作用と香りを売りにしているが、江戸時代の洗濯は汚れを落とすことが第一だった。

衣服の汚れを通して人の身の美しさまでを説いてみせた儒学者の貝原益軒は、白色の布を洗濯するなら「灰汁」を使うべきだと書いている。気になる洗浄効果のほどは、かなりのものだったらしい。
とはいえこの時代には、灰汁のほかにも洗濯洗剤として意外なものが活用されていた。たとえば垢落としには、ねむの木の葉を煎じたもの。油汚れには、茶実を挽いてくだいたもの。頭巾を洗うときには、沸騰した湯に塩を入れてもみ洗いしていた。

仕上げはオランダ仕込みの「異国張り」

こうして清潔な服になったら、仕上げにはオランダ仕込みの「異国張り」なる方法がおすすめである。これは長崎の洗濯屋が行っていた方法で、今でいうところのアイロンである。驚くことなかれ。天明頃にはすでにアイロン仕立ての洗濯が伝わっていたのだ。

灰汁がなければ大根の煮汁を使えばいいじゃない

白さ(洗浄力)だけなら、灰汁でも充分なのかもしれない。しかし今を生きる私は、白さだけでは満足できなくなっている。我々はすでに漂白された布など見慣れているのだ。物足りない。洗濯洗剤はさらに進化し、環境に配慮されたものであるべきだ(私見です)。そういう意味では、江戸時代の洗濯洗剤のほうがよっぽど環境に優しかった。

でも今どき、つねに灰汁を常備している家庭はそうないだろう。少なくとも私はそんな人に会ったことがない。あるいは、天気の良い日にかぎって灰汁を切らしていた、なんてこともあるかもしれない。清潔な服を着ることは身も心も満たしてくれる。灰汁の代わりとなる洗剤を知っておいても損はない。

白い布の洗濯には、豆がらの灰も有効らしい。大根や芋の煮汁も効果が期待できるという。ほかにも茶実の殻、ミカンの皮、椿の実の油かす、冬瓜の白い綿、レモンの皮も石鹸として使われていた。
植物性はいや、石鹸は動物性でなくっちゃ。という方は、牛の胆汁や鶏糞なんかを石鹸代わりにするといい。いやいや、私は鉱物派。という方は、粘土や石膏や石炭がおすすめ。そのほかにもクチナシやサンザシの実(色が染みそうだけど大丈夫か)やバナナの皮(天然の香料と思えば大丈夫か)も石鹸として使われていた。気になる方はぜひ試してみてください。

江戸時代は洗濯の黎明期

鳥居清長『浮世七小町 草紙洗』(Art Institute of Chicago)

儒学者の貝原益軒は、日常の道徳を説いた教訓書『大和俗訓』のなかで、いつも垢のついていない洗濯された衣服を着ることの重要性を記している。そんなことは当たり前、との声が聞こえてきそうだが、儒学の影響によって倫理道徳の面から洗濯が強調されたのが江戸時代なのである。
江戸時代は、都市の文化生活が武家と町人とを織り交ぜながら身だしなみを生じさせた時期でもある。洗濯はぐんぐんと庶民のあいだに浸透していき、元禄初年には洗濯を専門の職業とした「洗濁屋」がすでにあった。着物を預けると丸洗いや染みぬきといった一般的な手入れをしてくれたという。こうした洗濯方法は暮らしの知恵として人びとに吸収され、やがて定着していく。ちなみに、江戸の洗濯屋さんは女性が主に働いており、京都ではおおくが男性だったそう。

平安女性たちも灰汁を使っていた?

江戸市民の暮らしの風景を知りたいなら浮世絵を見るといい。平安時代の暮らしを覗くなら、扇面古写経(せんめんこしゃきょう)を見るといいかもしれない。

扇面古写経をとおして当時の洗濯についても少しだけ知ることができる。
ものの本によれば、服装が華やかになった平安時代になると洗濯の回数が増えたという。洗浄料には、灰汁が使われていた。ほかにも、米のとぎ汁が広く使われたという。仕上げにはのり張りも行われたとか。灰汁の洗浄効果は、平安時代の人びとの洗濯にも清潔ないろどりを添えたことだろう。

『扇面古写経下絵』
出典:国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/14490312/1/1)

絵のなかの女性たちは井戸端や水辺で洗いものをしたり、水汲みをしたり、髪を洗っている。おそらく、それが当時の日常的な光景だったのだろう。
ある女性は布を足で踏んで洗っている。布を川でゆすいでいる女性もいるし、水おけを頭にのせている人もいる。側に、たらいを置いている女性もいる。この時代、洗濯にたらいを使っていたらしい。たらいや水おけは、かなり古い時代から庶民のものだったのかもしれない。

『扇面古写経下絵』
出典:国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/14490312/1/1)

『扇面古写経下絵』
出典:国会図書館デジタルコレクション
(https://dl.ndl.go.jp/pid/14490312/1/1)

川や泉のほとりで洗濯しているかぎりは洗濯おけは必要なかった。たらいが現れたのは平安時代になってからだ。洗濯おけ(たらい)が必要となったということは、洗濯場が川から家の近くに移ったということを意味している。

この古代の洗濯風景として、彼女たちのおおくが高下駄をはいているのもおもしろい。忙しく働く女性たちから楽しそうなうわさ話が聞こえてきそう。

日本人はきれい好き?

鈴木春信『柳下美人布さらし』(Art Institute of Chicago)

ちょっとした汚れなら水ですすげば簡単に落とせるが、水で落とせる汚れは、ほかにもある。
『古事記』では伊邪那岐命(いざなきのみこと)が黄泉の国でまとった穢れを落そうと池で禊をしていた。水行、滝行、沐浴……水による聖化の儀式には、共通するものがある。

日本人はきれい好きとよく言われる。穢れをことごとく避け、清浄を好むという性質が日本人はきれい好きと思わせるのかもしれない。神さまも人も、水で穢れを落そうとする。人間の暮らしも風習も、水がなければ立ち行かない。おそらく風習として、日本人はきれい好きなのだ。

おわりに

昨日も洗濯したし、今日も洗濯をした。おそらく明日も私は洗濯していることだろう。未来には洗濯いらずの服が登場しているかもしれないけど、少なくとも今日まで洗濯は市民の暮らしの風物詩だった。歌麿も国貞も春信も浮世絵に洗濯の光景を描いている。

それにしても、昔話のお婆さんが川で洗濯をしてくれていて助かった。もしもお婆さんが洗濯おけで服を洗っていたら、汚れに夢中で桃太郎が流れてきても気がつかなかったかもしれない。洗濯のために人びとが川へ通っていた時代には、おそらくそうした思わぬ出合いもあったのだろうな。桃に入った赤ちゃんが流れてくるとか、恋の予感とか。洗濯を通して見えてくる風景は、おもしろい。

【参考文献】
落合茂「洗う風俗史」ニュー・フォークロア双書、1984年
貝原益軒「益軒十訓 上」有朋堂文庫、1927年

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馬場紀衣

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。
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