Culture

2026.09.09

月を思って【奈良宗久・金沢好古庵の「茶の美」ごよみ】3

9月1日に底引き網漁が解禁されると、金沢港や近江町市場にはカレイ、のどぐろ、ガスエビなど、日本海の秋の味覚がずらり。外では虫の音が聞こえはじめ、茶席も趣深い季節を迎えます。裏千家今日庵業躰(ぎょうてい)・奈良宗久さんが、お稽古場「好古庵(こうこあん)」での日々を通して、茶の湯の魅力をつづります。

虫の音に耳を傾けて

シンプルな月と山。そして、たっぷりとしたすすきを大胆に表した光琳蒔絵提重(さげじゅう)。関戸家伝来で、類例のない品という。江戸初期に遡ると見られ、琳派を思わせる華やかな意匠が、秋の野辺の気配をモダンに映し出す。菓子は吉はし製のきんとん、銘「錦秋」。

秋の思い出といえば、氏神である久保市(くぼいち)神社(久保市乙剣宮)の祭礼です。10月初め、お囃子や露店に胸を躍らせたものでした。私は祭りの最終日に生まれ、久保市神社の「久」をとって、久司(本名)と名付けられたのです。幼いころ、そのにぎわいが忘れられず、家を抜け出してひとりで神社へ。家中が大騒ぎになったこともあります。

祭りが過ぎると、朝夕の空気が澄み、虫の音がよく聞こえるようになります。ところが10月末から11月にかけて、急に寒くなった日を境に、あれほど鳴いていた虫がぴたりと静かになる。そのころから木々も色づきはじめます。「ああ、また雪の季節が来るのか」と、この時期になると感じます。

けれど、茶の湯にとっては実によい季節。月は冴え、草花の色はしっとり落ち着いてきますしね。道具の取り合わせにも、自然と奥行きが加わりますから。

image

昭和3(1928)年、裏千家4代仙叟(せんそう)居士を偲び、金沢に茶道隆茗会(りゅうめいかい)が発足した。その記念に制作された9代大樋陶土斎(とうどさい)の赤楽茶碗を取り合わせて。大徳寺488世・円山伝衣(まるやまでんね)老師が竹を描き、裏千家14代淡々斎が「清風明月」と揮毫した合作。簾に菊蒔絵平棗とともに秋の風情を感じて。

秋が深まるほど蒔絵の艶が際立つ

今回ご紹介するのは、加賀蒔絵の硯箱「寝覚め」(下)です。硯箱の表に、絵に紛れるように、仮名文字が散らし書きされているのがわかりますか。加賀蒔絵の礎は、加賀前田家3代・前田利常が京都から五十嵐道甫(どうほ)、江戸から清水九兵衛を招き、藩の御用を担わせたことで築かれました。京都と江戸の技が金沢で出合い、武家文化のなかで磨かれていったのです。
蒔絵は、漆で模様を描き、乾かないうちに金銀の粉を蒔く技法です。とはいえ、金を多く使えばよいというものではありません。この硯箱では、金の梨地が月のまわりに一面に広がっています。
秋草を緻密に表す一方で、上方には模様を描き込まず、梨地そのものを見せる空間を大きくとる。華やかなのに、騒がしくない。その加減に、加賀蒔絵らしい品のよさを感じます。だからこそ漆の艶も金の輝きも、ひときわ美しく見えるのでしょう。

また「寝覚め」という作品の名称は、『新古今和歌集』の藤原俊成女の歌を思わせます。
「露はらふ寝覚めは秋の昔にて 見はてぬ夢に残る面影」
──夢から覚めても、恋しい人の姿だけが残っている。そんな歌です。硯箱を前にすると、華やかな秋草の向こうに、涙や夢の名残まで見えてくるような。
茶席に飾れば、月、露、そして長い夜へ。思いはゆっくり広がっていきます。

私にとって月は、月心寺(げっしんじ)というお寺を思い出させるものでもあります。月心寺は、加賀藩に仕えた裏千家4代仙叟居士ゆかりの寺。毎月23日には、居士を偲ぶ茶道隆茗会の月釜が真夏も続いています。仙叟居士は、初代大樋長左衛門を京都から金沢へ伴い、作陶にあたらせました。本堂脇の一室には、仙叟居士夫妻と今日庵歴代、そして大樋家初代の位牌が並びます。見るたびに、お茶を通じて人と家が長くつながってきたことを感じるんですね。

私は時折、「月の心の月心寺」と口にします。秋の月を眺めると、先祖や茶の湯に尽くした方々へ、思いが重なっていく。蒔絵の艶が美しく見えるのも、そんな静かな時間を楽しめる季節だからかもしれません。

image

江戸時代初期の作と推察される、加賀蒔絵の硯箱「寝覚め」。三日月の下に虎の尾、下野草、桔梗、小菊、すすきが見えるが、それら草花の茎は赤ん坊の髪の毛より細い。藩主のもとに集った蒔絵職人と茶人は、互いの美意識に触れ、ものづくりを高めていった。加賀蒔絵を、茶の湯や城下町の文化とともに見ると、金沢らしい美の輪郭がよくわかる。

左/「近年は9月や10月もまだ暑いですよね。だからこそ、季節を先取りするお茶は楽しいと思う」と奈良さん。右/桔梗、秋海棠(しゅうかいどう)、吾亦紅(われもこう)の秋草を「薄紅葉」の銘をもつ瓢花入に。こちらの花入は、3代宗旦の高弟である杉木普斎(すぎきふさい)の在判。

奈良宗久(なら・そうきゅう)

裏千家今日庵業躰(正教授方)1969年金沢生まれ。父である10代大樋陶冶斎に師事し、大学時代より日展などに出品。現在は、国内外で茶道の普及、後進の指導に努める。また工芸やアートの領域にも積極的に関わり、その活動が注目を集めている。
茶道教場「好古庵」kokoan-kanazawa.com

※本記事は雑誌『和樂(2026年10・11月号)』の転載です。

Share

和樂web編集部


撮影/宮濱祐美子 構成・文/植田伊津子
おすすめの記事

奈良宗久さんに伺う「初風炉のころ」【新連載 金沢好古庵の 「茶の美」ごよみ】

和樂web編集部

裏千家と金沢と【奈良宗久・金沢好古庵の「茶の美」ごよみ】2

和樂web編集部

『和樂』10,11月号、大特集は「日本美術の超名品100」付録は「若冲トート」&別冊付録「和樂 HIGH JEWELRY BOOK」!

和樂web編集部

歌舞伎の女方で演じる、スーパー歌舞伎『もののけ姫』モロの君。歌舞伎俳優の市川笑三郎が語る、あの時あの舞台の“こしらえ”

塚田史香

人気記事ランキング

最新号紹介

10,11月号2026.09.01発売

愛♡日本美術の超名品100

※和樂本誌ならびに和樂webに関するお問い合わせはこちら
※小学館が雑誌『和樂』およびWEBサイト『和樂web』にて運営しているInstagramの公式アカウントは「@warakumagazine」のみになります。
和樂webのロゴや名称、公式アカウントの投稿を無断使用しプレゼント企画などを行っている類似アカウントがございますが、弊社とは一切関係ないのでご注意ください。
類似アカウントから不審なDM(プレゼント当選告知)などを受け取った際は、記載されたURLにはアクセスせずDM自体を削除していただくようお願いいたします。
また被害防止のため、同アカウントのブロックをお願いいたします。

関連メディア