第14回は、スーパー歌舞伎『もののけ姫』でモロの君を勤める市川笑三郎さん。一般家庭から歌舞伎の世界に入り、古典から新作まで、歌舞伎の女方として研鑽を重ねてきました。近年は、新作歌舞伎『流白浪燦星(ルパン三世)』の次元大介役や、日曜劇場『VIVANT』への出演でも注目を集めています。
そんな笑三郎さんに、モロの君の拵え、心意気を感じる衣裳、そしてお弟子さんと向き合う現在の思いをお話しいただきました。
屋号は澤瀉屋(おもだかや)。1970年、岐阜県中津川市に生まれる。日本舞踊を習っていたことをきっかけに、地元でさかんな地歌舞伎にふれ歌舞伎の世界へ。1986年、三代目市川猿之助(のちの二世市川猿翁)に入門。同年初舞台。女方を軸に、古典歌舞伎からスーパー歌舞伎まで幅広く活躍する。
動物であり神であり母である
宮﨑駿監督の映画『もののけ姫』には、森に棲む動物であり神でもあるキャラクターたちが登場します。笑三郎さんが演じるのは、山犬の犬神の長、モロの君。主人公のアシタカに言い放つ、「黙れ、小僧!」という有名なせりふでも知られる重要な役です。
「原作では四足歩行のキャラクターですが、歌舞伎では二足歩行でと、演出の横内謙介先生のご意向をうかがいました。モロは動物で神。母でもある。そんなモロを、どのように人間とは違う存在としてお見せするかを意識しました」

役作りに欠かせないのが、衣裳や化粧、かつらによる「拵え」です。
「衣裳は、上下がセパレートになっており、上は着物仕立て。下はオペラやミュージカルでも拝見するような、内側にワイヤーの入ったボリュームのあるスカートです。中には、ペチコートをはいています。フィッティングの時、衣裳デザイナーの桜井久美さんが“クロワッサンを持ってきて”とおっしゃって。何かと思えば、クロワッサンのような形のクッションでした(笑)。お尻まわりには、いくつも詰めこまれています。フィッティングのたびに増えていく飾りの重みで、衣裳が沈まないようにしているのでしょうね。マントに隠れたところに、振り分け(だらり)の帯のような尻尾もついています」
仕上げに、銀地に白いファーのマントを着つけます。

「このマントがとても重いんです。歌舞伎の花魁の打掛くらいの重さがあり、それをアシンメトリーに片側の肩からかけるんです。高い岩山の場面のあと、降りる時は慎重になります。舞台裏では、マントの裾が色々なものに引っかかり、しょっちゅう立ち往生するものですから、『どうかここでは引っかからないで!』という気持ちです。立廻りの場面では、何度も回転します。衣裳の裾がふわんと広がって綺麗な円を描くように遠心力にのせます。身体ごともっていかれないよう、体幹と気力でバランスをとっています(笑)」
笑三郎さんは、モロを神秘的に、高潔に、時に情深く演じ、観客に強い印象を残します。

ゴージャスな衣裳、引き算のお化粧
歌舞伎では、舞台メイクを「顔(かお)」と言い、俳優は自分で化粧をします。古典の作品ならば、顔も先人のやり方にならいますが、今回はそうもいきません。
「スーパー歌舞伎は白塗りで、というのが、私の師匠である猿翁(当時、三代目猿之助)のこだわりのひとつでした。衣裳デザイナーの桜井さんからは、眉毛はなしでとのご指定が。『ヤマトタケル』の伊吹山の山神のように、母神でありながら隈取をした例もありますし、衣裳にあわせて、どんな顔にも対応できるよう、ひと通りのメイク道具を持ち込みました」

できあがった衣裳とかつらを前に、迷いは消えたそうです。
「衣裳がここまでデフォルメされ、神々しさもあり、女性の見た目も獣っぽさもあるならば、二足歩行でのお芝居でも成立する。目尻と目頭にきめこみを入れただけの、非常にシンプルなお化粧に収まりました。正解だったと思います」

モロの君の顔が引き算によって生まれた一方、スーパー歌舞伎の衣裳は大胆な足し算とデフォルメでつくられました。
スーパー歌舞伎は、猿翁さんが創造した、歌舞伎の新たなジャンルです。1986年に第1作『ヤマトタケル』が上演されました。その衣裳を長年手がけたのは、舞台美術・衣裳デザイナーの毛利臣男(もうり とみお)さんです。2022年に毛利さんが逝去され、その毛利さんの右腕としてスーパー歌舞伎に携わってきた桜井久美さんが、今回衣裳を担当されているのです。
「生地をふんだんに使った、ゴージャスな衣裳ほど重くなります。『こんなに長くては動けませんよ』と申し上げても、毛利先生は『久美、もう30センチ足して!』『笑三郎さんの後ろにもっと飾りを足して!』とおっしゃるばかり。そして私には、『綺麗に見せてね。せっかくだから、後ろの模様を見せる芝居をどこかに入れてね』と(笑)」
時間をかけてつくられても、観客の目に触れることなく、“幻”となった衣裳もあったそうです。
「師匠の猿翁は思いきりのよい方でした。開幕前日まで稽古をしていたシーンでも、時間のロスだと判断すれば、一場面を丸ごとカットするんです。すると、陽の目をみずに終わってしまう衣裳も出てくるわけです。それでもすべての衣裳に手をかけて、準備をされていました」
猿翁さんの大胆さ、潔さ、そしてスーパー歌舞伎に携わってきた方々の情熱が想像されます。
心意気を垣間見る、ふたつの衣裳
笑三郎さんには、自前で仕立てた思い入れのある衣裳があります。
一着は、『義経千本桜』「道行初音旅(みちゆきはつねのたび)」、通称「吉野山」で静御前が着る常盤衣(ときわごろも)です。
「赤い振袖の上に、羽織る衣裳ですね。今日日(きょうび)、静御前をつとめる背の高い女方さんも増えましたが、当時は、衣裳が寸足らずなこともしばしばありまして。その頃、師匠は我々若手に、『とにかくやる気を出せ』と常々おっしゃっていたんです。自主公演をしなさい。自分でお客さんを集める経験をしなさい。どれだけ大変かを学ぶことも含めて、ぶち当たっていきなさいと。奮起のきっかけにと思い、常盤衣を自前で仕立てました」

最初に着用したのは、2002年の二十一世紀歌舞伎組公演(巡業公演)のとき。
「悔しかったですね。おろしたてで、衣裳が身体の動きに、まるでついてこなかったんです。師匠の反応も、いまひとつでした。私としては心意気をみせたつもりだったので、そこは認めてほしかったなと(苦笑)。その後、大阪・新歌舞伎座の新開場記念柿葺落興行(2010年09月)で着た時には、衣裳もこなれて、ちょうどよく身体に馴染みました」
歌舞伎では、通常は衣裳さんが用意したものを着用します。
「衣裳さんが、新調したばかりのものを勧めてくださることもあるんです。でも、やはりおろしたてはパキッとしすぎて、実力を発揮するのが難しいと感じます。『ほつれていてもいいから、古い方を出していただけますか』と、今でも頼むようにしています」

もう一着、笑三郎さんに素敵な衣裳をご紹介いただいきました。1994年から2000年まで、毎年開催した自主公演『笑三郎の会』で、『傾城(けいせい)』を踊った時に仕立てられた着物です。

「振付の先生から言われたんです。『助六(すけろく)』で傾城揚巻(あげまき)が着る、白地に墨絵の打掛を誰かから借りて着てほしいと。でも、あれは揚巻をなさる役者さんが、お家ごとに自前でご用意されるもの。当時は今以上に勤める方が限られていましたから、気軽にお借りすることもできず、奮発して仕立てることにしたんです」
『傾城』=市川笑三郎(1999年8月)
「白地の着物を打掛に縫い付けている状態なので、『傾城』では、裾のふきに綿を入れて花魁として使いましたが、付け替えれば御守殿(将軍の娘が嫁いだ大名屋敷内の奥御殿)の打掛風にも使えます。松竹衣裳さんにお願いをして、富士山と雲龍を描いていただきました」
「花形」と呼ばれた時代の、笑三郎さんの女方への覚悟を感じる2着でした。
一本の道の先に広がった、今の新境地
スーパー歌舞伎の一作目が生まれたのと同じ年に、澤瀉屋に入門し、今年で40年。古典から新作まで、女方を軸に研鑽を積んでこられました。近年は、TVドラマ『VIVANT』に出演し“別班員”という特殊な役に挑戦。新作歌舞伎『流白浪燦星 (ルパン三世)』シリーズでは、次元大介をつとめ、新たな魅力でファンを楽しませます。
新境地でのお芝居に、戸惑うことはないのでしょうか。
「困ることはないですね。それどころか、今が楽しくてしょうがありません。青春時代が戻ってきた感じです!」
古典歌舞伎も新たなお芝居も楽しむ気持ちで向き合う笑三郎さんですが、若い頃は、女方一本でした。

「入門から2か月目に、師匠から『あなたは女方が向いていると思う』と言われました。そこからは師匠の教育方針で、女方一本。歌舞伎以外の仕事もお断りしなくてはなりませんでした。何でもやる、では駄目だったんですね。何をやるのでもいいけれど、そのひとつひとつが本物であることが大切。まず一本の道をしっかり歩きなさい、ということだったのでしょう。交換条件ではありませんが、その分、女方の大きな役をつけてくださるんです」
それは大きなチャンスです。
「でも、ありがたい反面、嫌でしょうがありませんでした。師匠と同じ舞台で、師匠のそばで、対等に芝居をしないといけないんですから」と笑三郎さん。時には、本番中に、舞台上でダメ出しを受けることもあったそうです。
「昭和の役者さんには、結構あったことなんです(笑)。たとえば『天竺徳兵衛新噺(てんじくとくべえいまようばなし)』で、師匠が演じる小平次を、乳母役の私がたしなめる長台詞がありました。言い聞かせている最中に、私にだけ聞こえる声で、『もっと大きい声出せよ!』って。プレッシャーを感じると、台詞って引きこもっていってしまうんです。その瞬間だけ声は大きくなりましたが、しゃべる音が大きくなるだけで、言葉は飛んでこない。それはもう、生きた心地がしませんでした」

「その頃の女方以外の芝居ができないフラストレーションや、良いお役をいただけても思うようにいかないジレンマの反動は、観察力に結びついたと思っています。稽古で師匠の代役を求められた時は、立役でも女方でも、どんな役でも一番に手を挙げるようにしていました」
女方として芸を磨き、周りに目を凝らしてきた時間が、今の笑三郎さんを支えています。
師匠に目線を重ね、弟子たちと舞台に立つ
モロの君も、演じる上での難しさはなかったそうです。ただ、笑三郎さんはそれを自分だけの力だとは考えていないようです。
「ご用意いただいた衣裳や鬘が揃った時、自分の中で、お化粧はすぐに決まりました。演じる難しさもなかったです。そこに至るまでの、取り越し苦労の方が大きかったくらい。なにより今回は、キャスティングがとても良いというお声を、お客様から多くいただいています。私自身もそれを感じています」
市川團子さんのアシタカ、中村壱太郎さんのサン、中村時蔵さんのエボシ御前にはじまり、すみずみにまで配役の良さが光ります。
「歌舞伎では珍しく、演出の横内先生がオーディションを経てお決めになった役もあるんです。役者としての序列やふだんの役柄に縛られず。私の弟子3人も、よそのお弟子さんも、キャラクターとばっちり合った、なんの無理もない配役だと感じました」
カンパニー内のオーディションの結果、モロの子のひとりには、弟子の市川翔乃亮さんが配役されました。さらに日頃は女方の市川翔三さんが、猪の大将に。市川翔琉さんは、村やタタラ場の女で出演されています。
「今は、弟子たちと芝居をする立場になりました。師匠が、私に『頼んだよ』と芝居を任せてくださるようになったのは、晩年のこと。それまでずっと、育てながら一緒に出てくださったわけです。さぞもどかしかったろうと、師匠の気持ちが分かるようになりました。でも、弟子たちがプレッシャーで声が出なくなる気持ちも分かります。弟子たちに対して、あまり隔たりを作らないよう接しているつもりです。難しいことや無理なことは、何でも言ってちょうだい。お稽古も、したい時は自分たちから遠慮なく言ってきてと。それでも彼らは彼らなりに、きっと私に緊張するのだと思います(笑)」

関連情報
スーパー歌舞伎『もののけ姫』
2026年7月3日(金)~8月23日(日)
新橋演舞場
公式サイト
スーパー歌舞伎『もののけ姫』生配信
配信日時:8月23日(日)16:00開演
アーカイブ配信:ライブ配信終了後~9月6日(日)23:59まで
公式サイト
『流白浪燦星(ルパン三世) 碧翠の麗城』
2026年9月2日(水)~26日(土)
京都南座
公式サイト
2027年2月6日(土)~26日(金)
博多座
公式サイト
※澤瀉屋の「瀉」のつくりは、正式には「わかんむり」です。
Photo(クレジットのないもの):塚田史香

