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2020.02.04

かぐや姫&翁の禁断愛⁉︎「竹取物語」に隠された許されざる恋物語とは

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誰もが知る『竹取物語』。じつはかぐや姫と翁(後にかぐや姫の父となる人物)との間には、恋愛関係を思わせるちょっとエロティックな描写があることをご存知でしょうか。

竹の中から生まれた美少女かぐや姫をめぐる昔話『竹取物語』は、仮名で書かれた日本で最初の物語です。このお話は、単に日本の昔話やおとぎ話と片付けてしまうことのできない強烈な印象をもって読者を惹きつけます。
今回はそんな『竹取物語』の隠された秘密を探ってみましょう。

『竹取物語』と『かぐや姫』

『竹取物語』のお話は、たいていの人が小さい頃から知っているなじみ深いお話でしょう。そのタイトルを『かぐや姫』とした絵本もあります。

光る竹の中から見つけられた小さな女の子が、お爺さんとお婆さんに育てられ美しく成人するも月の世界へ還らなくてはならない……というお話です。
日本の古いお話でも『金太郎』や『桃太郎』のように鬼を討ち、宝を持ち帰るという現実的な展開に比べると、『かぐや姫』はとてもロマンチックで幻想的です。

『かぐや姫』のおとぎ話が、古い文学作品で『竹取物語』という創作であることを知っている人も多いでしょう。同時に、5人の求婚者に与えらえた難題とかぐや姫の交渉などを思いだす方もいるかもしれません。今回とり上げるのは、この『竹取物語』のほうです。

二人はかつて愛の言葉を交わしていた

竹を採って暮らしている竹取の翁は、古くは『万葉集』にもその姿を現しています。

奈良時代にはすでに翁の歌とともに竹取翁譚が記録されていたそうですが、ここに見られる竹取翁譚には翁と天女しか登場しません。そこには、ただのお爺さんであると信じて疑わなかった竹取翁のべつの姿が描かれています。

翁は天女に求婚していた?

翁は丘の上で天女たちに遭遇し、その座に加わり「これでも若い頃は」といった調子に長唄を詠みます。天女たちもまた各自一首ずつ歌うのですが、その歌の終わりは必ず「貴方に身を委せませう」という語で終わるのです。

……どうも竹取翁の素行が怪しくなってきました。

この場面で翁は、天女と直接交渉をもっています。求婚者はむしろ、翁自身とさえ思われます。ところが『竹取物語』に書かれた範囲でいえば竹取の翁はかぐや姫の養父以外の何者でもありません。

かぐや姫に魅了される男、翁

「翁心地あしく、苦しき時も、この子を見れば、苦しき事もやみぬ、腹立たしきことも慰みけり」――と述べられているように、かぐや姫は苦しさなど吹き飛んでしまうほど美しく成長します。
『竹取物語』の中には、「翁、今年は五十ばかりなりけれども」――との記述もあります。姫が天へ迎えられる場面には「かぐや姫を養ひ奉ること二十年あまりになりぬ」と記されていますから、翁が初めてかぐや姫を竹の節に見つけた年齢は二十代の頃です。だとしたら物語の構造上、求婚者となるべきは翁であってもよかったはずです。

かつては天女と怪しい歌を詠み、かぐや姫と運命的と呼べる出会いをした翁。ふたりはどうして結ばれなかったのでしょうか?

神話・伝承の世界にふかく根差している『竹取物語』

ご存知の通り、竹取翁は人間です。たいするかぐや姫は天上人。神に近しい存在でした。
人と神が出会うという神話的な構図から出発したこの物語は、人間である翁と天上人であるかぐや姫との異類婚姻譚的な結末を迎えてもよかったはずなのですが、翁とかぐや姫の聖婚はかないません。理由は、かぐや姫の神性と時代背景にあるようです。

理由その一 かぐや姫の神性問題

『竹取物語』が神話・伝承の世界に根差すものであることは、民俗学者・柳田国男をはじめとする多くの民俗学的アプローチで明らかにされてきました。
たとえば、かぐや姫があまりにも小さく(竹の中におさまるほど)生まれてきたことや、姫が光と共に現れることなどは神話のイメージに結びつくものです。

『竹取物語』を神話的な文脈で考えてみると、おのずと翁とかぐや姫は単なる父と娘の関係を超えたシャーマニックな姿を浮かび上がらせます。

理由その二 平安時代の求婚形式

古来では成立した神と人との結婚も、時代が進むにつれて受け入れられなくなっていったのでしょう。平安時代あたりになると、神と人は融合しない、離れたべつの世界のものとされました。結果、かぐや姫は人と結婚できずに(翁とも求婚者とも)独り天へと還るという結末を迎えます。
『竹取物語』のほとんどが求婚譚なのは、平安時代の求婚形式を取り入れたことも理由にあるのかもしれません。

「あきた、なよ竹のかぐや姫とつけつ」――翁はかぐや姫の名づけの親でもあります。これも二人の仲を裂いた理由かもしれません。
地上の倫理からいうと、神の子に人の名をあたえると、祭祀の枠はひとまず無用になってしまうからです。

知られざる、かぐや姫の養父〈翁〉の正体

そんな不遇な境遇にあった翁とは、いったいどんな人物だったのでしょうか?

昔話の老人たちの例にもれず、翁は竹を採ることでやっと生活できるような貧しい男でした。
竹の中にかぐや姫をみつけた時「子となり給ふべき人なめり」――と記されていることからも、老夫婦が祈願して子を授かるという(昔話にありがちな)伝承的なモチーフを読みとることができます。
やがて「かくて翁やうやう豊かになり行く」―――わけで、かぐや姫を見つけたのち、翁は竹の節に金を発見するようになり幸運にも貧乏暮らしを脱却します。ひとえに姫のおかげというべきでしょう。

「翁」と呼ばれるこの男は、物語がはじまってすぐに「さかきのみやつこ」と紹介されます。
江戸時代の国学者・加納諸平の「竹取物語考」以来、祭祀とのつながりを読む「さかきのみやつこ(讃岐造)」説が有力とされていることからも、竹取の翁には、祭祀をつかさどる血脈を感じさせるのです。

竹はただの小道具じゃなかった!

物語のキーワードにもなる「竹」は、翁とかぐや姫が出会うためのただの小道具だったわけではありません。竹が呪術的な意味をもっていることからも、竹取翁はただの竹をとる貧しい者ではなく神と神を祀る者との構造が浮かび上がってきます。

『竹取物語』の主人公は誰?

『かぐや姫』のタイトルでも知られるくらいだから、『竹取物語』の主人公はかぐや姫。本当にそうでしょうか。

『竹取物語』あるいは『竹取翁譚』でも知られるこの物語は、本来であればその題名にふさわしく「竹取」の翁が主人公であるはずなのに、なぜか竹取翁は物語の中心から隅へ追いやられ、かぐや姫が主人公かのような展開をみせています。

岩波文庫版の『竹取物語』では、その本のほぼ半分はかぐや姫に迫る求婚者たちとのお話がメインです。しかも求婚者たちはそろいもそろって、かぐや姫の出した難題に失敗してしまうので、『竹取物語』とはかぐや姫にせまる求婚者たちの失敗譚とさえいえるかもしれません。

まとめ

翁はかぐや姫と運命的な出会いと深い因縁で結ばれながらも、本当の意味で結ばれることはありませんでした。その役割はかぐや姫に難題を与えられる求婚者が肩代わりしています。

古い時代の物語では主人公の座についていた竹取の翁は、いまの時代には、実質上どこにもいなくなってしまいました。彼はもはや天女と歌を交わした男でもなく、祭祀の担い手でもなく、竹すらとっていないただの老人です。『竹取物語』で翁に振り分けられた役割といえば、ただの人間、ふつうの親としての務めでした。

かぐや姫の成長を見届けることでしか心を慰めることが許されなかった翁、すこし気の毒だと思いませんか?

【参考文献:坂倉篤義校訂「竹取物語」岩波文庫、1970年
三谷栄一「物語文学史論」有精堂、1965年
小嶋菜温子「かぐや姫幻想―皇権と禁忌[新装版]」森話社、2002年】

書いた人

文筆家。12歳で海外へ単身バレエ留学。University of Otagoで哲学を学び、帰国。筑波大学人文学類卒。在学中からライターをはじめ、アートや本についてのコラムを執筆する。舞踊や演劇などすべての視覚的表現を愛し、古今東西の枯れた「物語」を集める古書蒐集家でもある。古本を漁り、劇場へ行き、その間に原稿を書く。古いものばかり追いかけているせいでいつも世間から取り残されている。