“おもしろい”は千年の時を超える!カ二ササレアヤコが「雅楽芸人」として活動する理由

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平安時代の装束に身を包み、R-1グランプリ2018のファイナリストとして注目を集めたカ二ササレアヤコさん。笙(しょう・雅楽器)※1を使ったモノマネは、今まで誰も見たことがない斬新なものでした。現在は東京藝術大学(以下、藝大)に在籍して、雅楽に本格的に取り組む日々を送っています。

和樂web編集長セバスチャン高木が、日本文化の楽しみをシェアするためのヒントを探るべく、さまざまな分野のイノベーターのもとを訪ねる対談企画。お笑い好きで、M-1グランプリは予選からきっちり視聴するというセバスチャンが、独自路線の活動を続けるカ二ササレさんに、お話を伺いました。

ゲスト:カニササレアヤコ
1994年、神奈川県生まれ。早稲田大学卒業後、エンジニアとして働きながらお笑いの道へ。平安装束をまとい「笙」を使ったネタで『R-1グランプリ2018』決勝に進出。2022年4月には東京藝術大学音楽学部邦楽科雅楽専攻に進学。現在はサンミュージックプロダクションに所属し、「雅楽芸人」として活動している。芸名の「カ二ササレ」は、屋外の演奏中に、よく蚊にさされることから。
公式Twitter:https://twitter.com/Catfish_nama

※1:雅楽器のひとつで、5~6つの音を同時に鳴らせる。手の中のパイプオルガンともいわれる。

母の影響で雅楽の世界へ

セバスチャン高木(以下、高):カ二ササレさんって、謎の人物っぽいですけど、芸人ですよね?

カ二ササレアヤコ(以下、カ):はい。一応、芸人です(笑)。

高:なるほど。「雅楽芸人」と名乗っていらっしゃいますが、おそらく世界初ですよね? 何年前から、雅楽を始めたのでしょうか。

カ:早稲田大学1年生の時に笙(しょう)を始めたので、10年ぐらい前ですね。

高:そもそも、なんで雅楽を始められたのですか?

カ:母が趣味で篳篥(ひちりき)※2をやっていて。東儀秀樹さんを見て、カッコイイ! と憧れたようです。

高:カニササレさんも、雅楽奏者の東儀さんのモノマネをされてましたよね。お母様の影響で始められたけれども、篳篥ではなくて、最初から笙を選ばれたのですか?

カ:そうですね、笙の音が好きでした。

高:笙と篳篥って、ずばり何が違うのでしょう。

カ:音色が全く違うのですが、まず篳篥はダブルリードの楽器です。

高:ダブルリードといいますと?

カ:葦(あし)※3の茎を潰したリードを、くわえて吹きます。

高:なるほど、オーボエと同じような構造ですね。笙はダブルリードではないのでしょうか?

カ:笙はフリーリードといわれています。

高:フリーリード?

カ:17本からなる竹の筒の中に、リードがついています。その1枚板に、切り込みがコの字型に入っていて、それで音が出るのです。

高:最初から音って出せるものなのでしょうか?

カ:ハーモニカと同じ構造なので、雅楽器の中では、笙が一番、音を出すのが簡単だと思います。ただ奥が深くて、どんな楽器もそうだと思いますが、一生かかって身につける感じですね。

高:笙はそれからずっと続けていたのですか?

カ:カルチャースクールに1年ほど通ったり、地域の雅楽会に入ったりして続けていたのですが。就職活動が始まって忙しくなり、中断してしまいました。それから、お笑いで使ってみようかなと思って、再開したのです。

※2:雅楽で主旋律を演奏する管楽器。
※3:イネ科の植物。

お笑い芸人になるための人生設計

高:カニササレさんは現在、エンジニアとして働きながら、藝大で雅楽を学び、芸人もやっていらっしゃる。芸人は、いつ頃目指そうと思われたのですか。

カ:実は、中学生の頃から憧れていて、ずっと芸人になるための人生設計をしてきました(笑)。早稲田大学に入ったのも、お笑いサークルが一番しっかりしていたからなのです。

高:芸人ありきの人生設計だったのですね。そのサークルから、芸能界へ羽ばたいていった方はいらっしゃいますか?

カ:たとえば、にゃんこスターのアンゴラ村長さん、先輩では、ひょっこりはんさん。

高:雅楽をお笑いのネタに使うようになったのは、いつ頃からでしょう。

カ:初めて使ったのは学生時代で、その後、大学4年生の時に、学生のお笑いの大会に出場して、雅楽ネタで賞をもらったのがきっかけとなり、現在も芸を続けています。
就職してからは、1年ぐらいお笑いライブに出演しない時期もありましたが、2018年に雅楽ネタでR-1グランプリに出てみたら、そのまま決勝まで行けることになりました。

高:決勝進出者発表の記者会見で、ぶちかましてましたよね? たしか、おいでやす小田さんに、「この人なら勝てると思った」みたいなことを、おっしゃって。

カ:よくご存知ですね! あのときは、そういう空気ができていたので、発言しただけです(笑)。

高:ああいうやりとりが、好きなのです。作りこまれていないので、芸人の素の力が見えるというか。

カ:コアなお笑いファンですね(笑)。

高:お笑い好きなので。M-1グランプリも予選から、しっかり見ていますよ。

雅楽芸人の活動から藝大へ

高:カ二ササレさんは、その後、藝大に進学されましたが、何かきっかけがあったのでしょうか。

カ:去年から、演奏のお仕事を頂けるようになったのですが、古典や基本をしっかり学んでいないことが、先々コンプレックスになるといけないと思うようになりまして……。雅楽を仕事にする機会が今後一層増えそうなので、一度腰をすえて勉強しようと、藝大に進学しました。

高:雅楽を専攻されている方は、どれくらいいらっしゃるのですか。

カ:1年生から4年生まで合わせて5人です。私は笙と、弦楽器を選ばなくてはいけないので、琵琶を選びました。後は、歌と舞を学びます。総合的に全部できて、はじめて楽人(がくにん)※4になれるそうです。今は週5日、大学に通っています。

高:藝大の音楽学部の学生は1日10時間も練習をすると、別の学科の先生から聞いたことがあります。

カ:雅楽は、管と弦と歌と舞、全てを学ばないといけないので、それぞれバランスをとりながら練習しています。私は合奏の経験が少なかったので、他の方と合わせる機会が多いのが、ありがたいですね。

高:ちなみに、先生は何人いらっしゃるのですか?

カ:6人です。

高:学生よりも多い!

カ:楽器ごとと、舞と、歌の先生です。ちなみに、雅楽科がある4年制大学は、藝大だけなのです。

高:それはめちゃくちゃ贅沢ですね。では、4年で学びつくして、芸人としてもパワーアップして。

カ:はい、雅楽芸人としても、雅楽演奏家としても、腕を磨きたいです。

※4:雅楽の演奏家。

雅楽のおもしろさを広めるには?

高:雅楽といえば「平安貴族の雅さ」を強調されがちではありませんか? なんとなく「親しみやすさ」が、隅に追いやられてる気がします。

カ:はい。かつては雅楽に「俗っぽさ」もあったはずで、今聴いても十分楽しめるものがあるのです。

高:「雅楽芸人」なら、そういった雅楽の一面をお伝えしやすいですよね。雅楽とは、全く違った世界の人たちが興味を持ってくださるから。

カ:はい。違う分野の方々にリーチできるので、お笑いの舞台は、非常にありがたい機会ですね。最近は演奏家として、違った世界の人と繋がることもあります。最近では、たかまつ国際古楽祭の関係者の方とTwitterで繋がって、笙を演奏させていただきました。ヨーロッパの古楽器・チェンバロとの合奏も披露しました。

高:反応はどうでしたか?

カ:とても好評で、西洋と東洋の古楽のコラボレーションでしたが「意外に合うんだね」なんて声をお聞きしました。

高:カ二ササレさんなら、国やジャンルを越えて、色々なコラボレーションができそうです。そういえば、今、Webで連載もされていますよね。

カ:はい。『web春秋はるとあき』で「驚愕の雅楽」という連載をしています。毎回一万字も書くので、とても大変ですが、がんばっています。現在10ほどの演目を紹介していますが、雅楽には1000年以上の歴史があるので、まだまだたくさん紹介できそうです。

高:雅楽が盛んだったのはいつ頃でしょう。

カ:一番の隆盛は平安時代です。鎌倉時代に入ると、ほとんど新曲は書かれなくなってしまって。

高:現在は何曲ぐらい残っているのでしょうか。

カ:明治撰定譜(めいじせんていふ)※5に収められているのは、数え方にもよりますが、130曲程度と言われています。

高:私たちがよく聞く『青海波(せいがいは)』も、そうですよね。

カ:そうですね、『源氏物語』にも書かれています。

高:後は、「催馬楽」※6(さいばら)とかですか? 本来は全国で歌われてきた民謡で、それが雅楽になったものですよね。

カ:「催馬楽」は現行では6曲ですね。平安時代には60曲以上あったみたいですよ。これは、朗詠※7ですね。

高:朗詠というと、ベースは漢詩でしょうか。

カ:はい、そうですね。

高:(楽譜を見ながら)これは、何と読みますか?

カ:更衣(ころもがえ)ですね。こちらは催馬楽です。季節の変わり目なので、衣装を替えましょうよという歌ですね。楽譜は、楽器店で買えますよ。

高:私たちも買えるのですか。でも使い道なさそうですが(笑)。

カ:ぜひ、声に出して歌ってください。歌うと楽しいですよ。雅楽ってやっぱり演奏するのが楽しい音楽だと思います。「更衣せんや しゃきんだち(公達) 我が衣(きぬ)は 野原篠原(のはらしのはら) 萩のはなすりや しゃきんだち」のように。歌詞がすごくきれいで。「しゃ」というのは、かけ声みたいな感じの言葉だと思います。

高:美しいです。ただ、おもしろさを味わうには、やはり多少の知識は要りそうです。

カ:こうしたおもしろさを伝えたくて、今はWebで連載を続けているんです。

高:たしかに、こうしたディテールから入った方がおもしろいかもしれません。ひとつひとつを見ていくと、知らない言葉ではないですね。雅楽のこと、もっと深く知りたくなってきました。

※5:明治9(1876)年と88年の2回にわたり、制定された雅楽の曲目と楽譜。
※6:平安時代の歌謡。
※7:歌物として、催馬楽と並んで平安時代につくられた。

歴史と魅力に溢れた雅楽を広めたい

高:平安時代以降、雅楽は、どのような歴史をたどってきたのでしょう。

カ:それが、平安時代に隆盛して、応仁の乱でほとんど消えてしまったようです……。

高:応仁の乱で、雅楽の歴史まで燃え尽きてしまったのですか。

カ:はい。ほぼ消えかけたのですが、江戸時代に徳川家が守ってくれたこともあって、なんとか生きながらえたみたいです。

高:それが明治時代に、大きな変革があって。

カ:そのとおりです。明治時代に、それぞれの家に伝わっていた伝承が明治撰定譜の作成によって、ひとつの形に定められたことで、中には排斥されてしまったものもあったようです。

高:多様だった雅楽の世界が、明治維新でひとつに集約された。それが、私たちが聴いている「雅楽」なのですね。

カ:はい。現代では「雅楽」と聞くと、自分とは違う世界のものと思う方が多いと思います。でも雅楽のおもしろさは、1000年の時を経ても、感覚が変わっていないと思わせるところにあるのです。先ほどご紹介した歌物の歌詞などを見ていると、非常に共感できるものが多いのです。清少納言の随筆を読むのと、似たような感覚かもしれません。

高:では、最後に今後の目標を教えていただけますか。

カ:雅楽には、まだまだ知られていない面白い面が沢山あります。私の活動を通じて、少しでも雅楽に興味を持ってくださる方を増やし、雅楽を仕事にする人を増やしていきたいです。