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2,3月号2024.12.27発売

片岡仁左衛門×坂東玉三郎 奇跡の「国宝コンビ」のすべて

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Fashion&きもの

2024.02.14

洋服を捨て、着物だけで生きていくと決めたあの日。着物家・伊藤仁美の【和を装い、日々を纏う。】1

色とりどりの衣を纏った僧侶たちの姿

38歳の時の決断が、私の人生を大きく変えました。
あの時一歩踏み出さずに躊躇していたら、今もなお大好きな京都にいながらも自分を好きになれず隣の芝生が青く見え続けていたかもしれません。

私は800年以上歴史ある京都最古の禅寺に生まれました。和の空間に囲まれて育ちましたが、学生時代はスポーツ一筋で、20代後半になるまでヨーロッパのアンティークジュエリーショップの店長をしたりと、和文化とは全く無縁の生活を送っていました。
そんな時に祖父の法要で出逢った光景が、新たな道を歩み始めるきっかけになりました。色とりどりの衣を纏った僧侶たちのお経の声、お香のかおり、木魚の音、お経を唱えながら歩くその姿がまるで舞っているようで、その美しさに衝撃を受けました。
大学を卒業後、ジュエリーショップで働きながらも自分探しの旅を続けていた私にとって、大切なものは外の世界ではなく、自分の中にあると気付かせてくれた瞬間でした。そして同時に、禅のお説法でよく聞いていた「知足」という言葉がストンと身体の中に落ちてきました。

「足るを知る」

とは、もしかしてこういうことかもしれないと。

一から勉強し直した「着物のこと」

このときの体験が契機となり、幼い頃から触れてきた日本の美を伝える道を、自分の進路とすることを心に決めました。
母の箪笥にたくさんの着物があったことをふと思い出し、まずは着物を着れるようになりたいと着付け教室に通い始めました。師範資格を取り、結婚式場や祇園の美容室で着付けのお仕事をしながら、芸舞妓の技術まで学び、気づけば修行期間は10年を超えていました。

ボタンやチャックで形が定まる洋服と違い、お紐一本で固定しながら一人一人の体型や個性に合わせて自由自在に形を作っていける着物に、私はどんどん魅了されていきました。裾合わせで体型をカバーしたり、襟合わせで個性を表現したり、帯の作り方や帯締めの結び方で「こころ」を表現したり、今まで開けたことのなかった感覚の扉がどんどん開かれていくように感じました。

着物を知りたくて叩いたその扉の向こうには、四季、礼節、和の色、先人の知恵があり、たくさんの新たな美意識に触れられた気がしました。日常の中で着物を着ることも増えていきましたが、初心者の頃は着やすく着崩れにくい大島紬をよく着たものです。
先染めで作られる上品な艶を放つ大島紬は滑らかで肌馴染みがいいので、おはしょりや裾の決まりやすさは母や祖母が着込んだものが秀逸で、初心者の悩みの数々を払拭してくれました。

なによりも嬉しかったのは着物姿を見ては、楽しそうに昔話に花を咲かせる親戚の笑顔に出逢えたことでした。もしかしたらこんなふうに箪笥に眠る着物を目覚めさせていくことで、出逢える笑顔は日本中にあるかもしれないと思い、活動を拡げていきたいと思い始めたのもこの頃でした。

20代後半になるまで和装文化とは無縁の生活を送っていたという伊藤さん。

何者かにならなきゃいけない焦り

一方で、40歳が目の前に迫り、仕事とプライベートの悩みのバランスを取るのが非常に難しくなっていました。日本の美を未来へ伝えるという、自らの使命のようなものはつかみかけていたものの、20代の頃から続けていた自分探しの旅も続いていて、何者かにならなきゃいけない焦りのような気持ちを整理できず、そのざわつきを周囲に気付かれないように、京都の繁華街である寺町四条から三条までをあてもなく何往復もしたものです。

その時ふと、自分にとって何処でもない場所・東京にいる私が鮮明に浮かびました。居ても立っても居られず、すぐに東京行きを決め、荷造りを始めました。東京に持っていくものは、これからの未来に必要なものだけにしようと決めていました。そして、ある決断をします。

「洋服は捨てて、着物で暮らす。」

形も畳み方も決まっている着物はダンボールにスッキリと入り、もやもやして整理のつかない気持ちまでスッキリするようでした。着物が古来より変わらぬフォルムであり続けるのは、物と長く付き合い、使い尽くす日本人の美意識によるものだと実感し、これからは着物だけを着て東京で生きようと決めました。

悩みを直接解決できるかはわからないけれど、握り締めすぎて自分でも何が大切かわからなくなっていた状況を打破するために、洋服を手放す決断をしました。この日を境に、人生が大きく変わり始めます。

母は、38歳で東京に行くことを告げた娘に、何も言わず、ただ御守りにと七色の帯留を渡してくれました。そこに添えられていた紙には「娘よ、大志を抱け」と書かれていました。その言葉が今もなお私を支え続けていることは言うまでもありません。

ここから私の東京での着物生活がスタートします。

確かに、私の中には 流れ続ける美がある。
長谷川等伯の襖絵や禅の庭にある余白。
伊藤若冲の描く羽 根や雪の白の美。
枯山水にみる引き算の美学。
月光に仄かに照らされた暗がりの中の美しさ。
円窓に切り取られた世界の美。
その全ては、京都最古の禅寺が教えてくれた。

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伊藤仁美

着物家/株式会社enso代表  「日本の美意識と未来へ」を掲げ、着物を通して日本の美意識の価値を紐解き、未来へとつないでいく事をテーマに『enso』を主宰。 祇園の禅寺に生まれ、和の空間に囲まれて育つ。祖父の法要で色とりどりの衣を纏った僧侶がお経を唱える美しい姿に出逢い、着物の世界へ進む。着付け師範、一般着付けから芸舞妓の技術まで習得。 講演や連載、イベント出演他、国内外の企業やブランド、アーティストとのコラボレーションや監修も多数、海外メディアにも掲載。着物の研究を通して着物の可能性を追求し続けるなか、自身の理想を形にすべく、オリジナルプロダクト「ensowabi」を立ち上げる。
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和樂web編集部

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