高麗屋の魂が入った役、松王丸
染五郎さんの思い入れのある拵えは、2023年10月、国立劇場「俳優祭」で初めて演じた『車引(くるまびき)』の松王丸(まつおうまる)です。
三つ子は揃いの紫と白の格子柄の着付で登場します。その後、揃いの着付を脱ぐと、松王は松の柄、梅王は梅、桜丸は桜の柄の襦袢となります。
「襦袢の色は、松王が白、梅王と桜丸は赤になるのが最近のスタンダードです。上方など他の色の組み合わせ方もあります。昔の歌舞伎の記事を読むと、松王だけが白というやり方は高麗屋型と呼ばれていたりします」
「身体が大きく見えるように着物自体に綿が入っており、その下にも綿の入った着肉を着込みます。さらに松王は、大きな傘を抱えて登場し、腰には長い太刀を差しています。きつく締めた帯に太刀を差し、さしたままの状態でひっくり返したり動かしたり。相当な力をガッと入れないと太刀は動きません。扱いが難しかったです」
松王丸を演じた日、楽屋には「少しでもパワーをください」という思いから、祖父の松本白鸚さんが松王丸を演じた時の写真を置いてたのだそう。
「松王は、高麗屋の代々の魂が入った役だと思っています。基本的なことを父(松本幸四郎)に教わり、祖父にも見てもらい本番を迎えました。『俳優祭』ということで、中村鷹之資のおにいさんや尾上左近さんと若い世代でこの演目ができたこと、そして我が家にとって大事な役に初めて一歩飛び込んでいけたことがとにかくうれしかったです」
2歳ですでに好きだった
染五郎さんは、2024年9月現在、歌舞伎座で『勧進帳(かんじんちょう)』に出演し、源義経を勤めています。
染五郎さんが注目したのは、金剛杖(こんごうづえ)。
「花道へ出る時、義経は木の杖を持っています。杖は芝居の途中で弁慶の手に渡り、最後は弁慶が杖を手に花道を飛び六方で引っ込みます。おそらく祖父の代から使われている古い小道具で、これまでに義経を演じた先輩方の白粉が残っていたり、祖父や父の汗も沁み込んでいて、味のあるいい色になっています。物語の中で大事なアイテムですし、弁慶という役に憧れる自分としても、この杖を持つときは少し特別な気持ちになります」
衣裳は紫色の水衣(みずごろも)に、ひわ色(緑)の大口(おおくち)という袴をはきます。劇中の設定としては身分を隠して逃亡している最中なので、義経はボロボロの格好でも不思議ではありません。そこをあえて高貴で鮮やかな拵えで見せています。歌舞伎らしい表現のひとつと言えます。
「弁慶も四天王も水衣を着ています。四天王は、最初に登場する時から水衣の袖をきゅっと上げて下の着付が見える形にしています。弁慶は途中で上げます。義経役は袖を下ろしている方が多く、自分も過去2回義経をやらせていただいた時は袖を下ろしていました。しかし今月は僕にとって3回目の義経です。そして9月は秀山祭(しゅうざんさい)。父のアドバイスもあり露をとって(袖を上げて)やらせていただくことにしました。父が初めて弁慶をつとめた時、義経役をやられた播磨屋(はりまや)のおじさまがそのようにされていたからです」
播磨屋とは、染五郎さんの大叔父にあたる二代目中村吉右衛門さんのこと。9月の歌舞伎座は、初代中村吉右衛門の功績を讃える「秀山祭」と名のついた興行を行っており、2021年に亡くなった二代目吉右衛門さんへの思いも込めて『勧進帳』が上演されているのです。
祖父の白鸚さんは1100回以上を演じ、大叔父の吉右衛門さんの当たり役でもあり、今月は幸四郎さんが大評判をとっている弁慶。染五郎さんにとって、昔も今も変わらず、『勧進帳』の弁慶が一番の憧れの役だそうです。
「自分の中の一番古い記憶のひとつが、奈良の東大寺で祖父が1000回目の『勧進帳』をやった時の光景なんです。父が富樫をつとめました。僕が3歳だったのではっきりした記憶ではありませんが、その場の空気や景色の感じが何となく頭に残っています。また2歳の初お目見得の舞台では、本来はお客様にご挨拶をすべきところで、僕は弁慶の六方のまねを披露していました。この時点ですでに好きだったのだとしたら、弁慶を好きになったきっかけは自分でももう分かりません。ただ人生のほとんどをかけて、ひとつのものに憧れ続けられるのは幸せなことだと思っています」
10月は光源氏、さらに大きく高麗屋の芸が似合う役者へ
2024年10月には『源氏物語』より、愛執に狂う六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)、光源氏と妻の葵の上を巡る「六条御息所の巻」が新たな作品となって上演されます。
12歳で八代目染五郎を襲名した頃、染五郎さんに儚げな美少年のイメージをもたれた方も少なくないはず。19歳となった今、まさに! という光源氏をみせてくれるに違いありません。
その一方で、第一声から荒事らしい力強さをみせた松王丸のように、大人の歌舞伎俳優として新たなベクトルにもイメージを拡大しています。
「前回『勧進帳』の義経をやらせていただいた時は12歳。本当に声が出ない時期でした。今まで出ていた声が急に出なくなる恐怖と不安、“ずっとこのままだったらどうしよう”という焦りもあって。成長段階において自然なことだからどうにもならない。父に教わっていても、出すべき音が出ていないことは僕も父も分かっている。でも、その音を目指してやらなきゃいけない。祖父との稽古では、義経の第一声の“いかに弁慶”の裏声と地声の微妙なところが出ず、“もう1回。ちがう。もう1回”とその一言を、半泣きになりながら何十回もやりました」
その後も、ある日急に声が出るようになったわけではありません。
「実際に舞台に立つことが何よりの訓練になっています。先輩や父からお教えいただいたことを確認するために、公演初日頃の映像を見返すことがあります。すると1ヶ月もたっていないわずかな期間にも、声の出し方が変わっていたりするんです。そのような変化に気がつけることが自信につながりました。声質は生涯変わっていくものかと思いますが、いわゆる変声期は終わり、声は安定してきた部分があると思います」
ご自宅では、月に何度か『演劇界』や古い演劇雑誌を「読みまくるスイッチが入る」という染五郎さん。
「先日ふと、襲名の頃に父がインタビューを受けた記事を読み返していたんです。そこで僕について『意外と線が太い役者になるような気がします』と答えていました。当時からすでに、そんな風に感じてくれていたのかと驚きました。もちろん父や祖父のような大きさ、太さはまだまだ出せませんが、低く太い声の方が無理に力まず出せるというのがここ数年の実感で、線の太い役への憧れはより強くなりました。色々な役ができる役者になりたいです。でも軸は、高麗屋らしい線の太い役ができる役者になりたいです」
公演情報
秀山祭九月大歌舞伎
2024年9月1日(日)~25日(水)
昼の部 午前11時~、夜の部 午後4時30分~
会場:歌舞伎座
※染五郎さんは昼の部『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』、夜の部『妹背山婦女庭訓』『勧進帳』に出演されます。
公式サイト
錦秋十月大歌舞伎
2024年10月2日(水)~26日(土)
昼の部 午前11時~、夜の部 午後4時30分~
会場:歌舞伎座
※染五郎さんは夜の部『源氏物語』に出演されます。
公式サイト
歌舞伎座公演情報
松竹創業百三十周年記念 三大名作一挙上演
2025年3月 通し狂言『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』
2025年9月 通し狂言『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』
2025年10月 通し狂言『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)』
会場:歌舞伎座
公式サイト