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Fashion&きもの

2025.09.17

「着物で読書」は新感覚?現実を拡張していく読書体験 【着物家・伊藤仁美+ブックディレクター・幅允孝 対談】後編

京都・両足院に生まれ育った着物家・伊藤仁美さんの連載和を装い、日々を纏う。連載に伴う特別企画として、古来の自然観や価値観を受け継ぐ人々と仁美さんが対談し、日本の美の源泉を探ります。

今回は、図書館の選書や空間づくりなどを手掛けるブックディレクターの幅允孝氏と、「読書と美装」をテーマに語り合っていただきました。

前編はこちらから:図書館と茶室に共通すること。書き手と読み手をつなぐ美の意識
中編はこちらから:本を読む「筋力」が衰えていないか。美装にも通じる内省の力

読む行為は「全身運動」である

伊藤仁美(以下、伊藤) 洋服を着て本を読むのと、それ以外の服装、たとえば和服で本を読むのとは、読書体験として何か違いはあると思いますか?

幅允孝(以下、幅) 自宅で部屋着のまま読むのと、このようにきちんと整えられた場所で、集中して本を読むのとでは、やはり読書体験が全く違うと思いますね。たとえば、哲学者のハイデガーが好きでたまに読み直すのですが、パジャマを見て読んでいるとすぐ寝てしまうんです(笑)。けれど、襟がある服を着て、きちんと座って読むとそうはならない。どういう格好で読むかはかなり影響する気がします。

そもそも、ファッションが心の持ちように大きな影響を与えるのはよく理解できます。私も服が好きだったので、着るものによって自分の立ち姿や所作、そして他者からどのように見られているかという意識が変化することを常に感じていました。

それに、足裏の感覚も読書体験に影響を与えるかもしれませんね。たとえば、普通の靴下を履いているのと裸足で読むのとでは、感覚が違う気がしますね。

屋久島の詩人・山尾三省の詩集などは裸足で読んだほうがしっくりくる感じがしますが、アメリカの小説家・詩人のポール・オースターの作品は裸足ではちょっと、という気もする。作品によってより深く没入できる服装というのがあるのかもしれません。

伊藤 私は、足袋を履いているときと裸足や靴下のときは、足の力の入り方が全然違うように感じるんです。足の力の入り方が異なると、体全体の筋肉の使い方も異なってきます。

幅 僕も親指と人差し指が離れている靴下を愛用しています。やはり足裏の感覚というのは、読書体験に大きな影響がありますね。読むという行為は、普通思われているよりも遥かに体のさまざまな器官と連動しているのだと思います。

僕らが図書館の設計に携わるときも、たとえば哲学や心理学など、没入に時間がかかるジャンルの書棚では、周辺のカーペットをほかのエリアより数ミリ長くするんです。そのほうがより集中できて没入しやすくなります。また、椅子の座面も少し低くする。じっくり腰を据えて読むことを、身体感覚からも促しているんです。一方、新刊図書の書棚の周辺は床は固めにします。長く滞在してもらうより、人の流動を促します。

伊藤 そうなんですね! とても興味深いです。

幅 実はそれくらい体の感覚と読む行為とは密接に結びついていて、床材のほかにも照明の具合なども計算してデザインしています。でも、「着るもので読書体験が変わるかもしれない」というのは考えたことがなかったですね。「この読書会では、まず着物に着替えてもらいます」みたいな読書会があったらきっと面白い。新たな発見ですし、ぜひ実験してみたいですね。

伊藤 ぜひやってみたいですね。私は、お料理をつくるときはなるべく裸足になります。五感が研ぎ澄まされ、微細なことに気づけるという感覚があります。気合いを入れたり集中したいときに足袋を履くと、ギュッと力が入ります。

それに、心地よく着物を着るとおへその下の丹田に自然と力が入りますが、姿勢が前屈みになるとかえってしんどくなります。また、着物は袖と襟がありますが、ここは心配りを忘れると見た目が大きく崩れてしまいます。袖には、人となりが現れると言っても過言ではないかもしれません。

幅 たしかに袖と襟が崩れていると一気にだらしなく見えてしまいますね。

伊藤 文学の中でも、「袖」は人の感情を表す際に使われていたり、慣用句でも使われたりしていますよね。着物は形は一つだけれど、素材で表現することができます。たとえば屋外で本を読んでいるとしたら、素材によってそのときの風や湿度も感じ取れたりします。

幅 なるほど。やはり、私も早速着物姿で本を読んでみて、そのときにどのような感覚が生まれるのかを試してみたいと思います。

現実を拡張する装置

幅 読書という行為は、ほんの2時間もあればまったくの「異世界」に行けて、「知らない世界を見ることができて良かった」と感じる人が多いと思います。けれど僕は、読書の価値とはそこだけにあるものではないと思うんです。むしろ、その2時間で感じた誰かの考えや感情、物語が、自分自身に新たな可能性をもたらしてくれる点に、最大の価値があると思う。

BACH 京都分室 鈍考/喫茶 芳
1階には畳の間があり、3000冊が並ぶ本棚と手廻し焙煎のコーヒーが楽しめる喫茶スペースがある。1枠90分の予約制。週4日営業。1枠最大6名、1日3枠。施設使用料とコーヒー1杯で1人2,200円(税込)。HP:donkou.jp/

そう考えると、異世界の体験というよりも、むしろ「現実を拡張する」ような、ケーススタディというかレッスンみたいなものと捉えることすらできる気がする。図書館の価値というのは、普通思われるよりももっと大きなものがあると思うし、そこへ人々を迎え入れる側としては、「着るもので読書行為が変わる」という点を、ぜひ今後深堀りしていきたいですね。

伊藤 普段と違うものを纏ってもらうのは面白いと思います。「着物で読書の日」みたいな日があっても面白いですね。

つながりが織り込まれている美

伊藤 最後に、広範な知識をお持ちの幅さんが思われる、日本的な美とはなんですか。

幅 一言では難しいですが、他者に対する慮(おもんぱか)りとでもいうのでしょうか、美を自分一人で成立させようとするより、物と物との関係やバランスによって成立させようとしているように思われます。日本的な美とは何かと問うとすれば、そういう意識であり、すべての物事がつながっているという感覚、そうした意識が物事に織り込まれている点ではないかと思います。そのモノ自体では成立し得ない、だからこそ美しいと感じる「感覚」だと思いますね。

伊藤 なるほど、素晴らしいお考えですね。たしかにそう感じます。日本人は自然に生かされていることや、自分たちも自然の一部として共に生きているという意識があって、それは古来から変わらないものです。

幅 そうですね。そうした考えによるからこそ、ものだけでなく、人間として「美しい」という感覚が生まれるのだろうと感じます。
(Text by Tomoro Ando/安藤智郎)
(Photos by Nakamura Kazufumi/中村和史)

Profile 伊藤仁美
着物家
京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。
オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。
▼伊藤仁美さんの連載はこちら
和を装い、日々を纏う。

Profile 幅允孝
有限会社BACH(バッハ)代表取締役/ブックディレクター
1976年、愛知県生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、青山ブックセンター六本木店などを経て2005年に有限会社BACH(バッハ)を設立。 人と本の距離を縮めるため、公共図書館や病院、学校、ホテル、オフィスなどさまざまな場所でライブラリーの制作をしている。安藤忠雄氏の建築による「こども本の森中之島」ではクリエイティブ・ディレクションを担当。「ミライエ長岡 互尊文庫」や「早稲田大学 国際文学館(村上春樹ライブラリー)」での選書・配架、ロンドン・サンパウロ・ロサンゼルスのJAPAN HOUSEなどを手がけた。京都「鈍考/喫茶 芳」主宰。

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伊藤仁美

着物家/伊藤仁美 京都の禅寺である両足院に生まれ、日本古来の美しさに囲まれて育つ。長年肌で感じてきた稀有な美を、着物を通して未来へ繋ぐため20年に渡り各界の著名人への指導やメディア連載、広告撮影などに携わる。 オリジナルブランド「ensowabi」を展開しながら主宰する「纏う会」では、感性をひらく唯一無二の着付けの世界を展開。その源流はうまれ育った禅寺の教えにある。企業研修や講演、国内外のブランドとのコラボレーションも多数、着物の新たな可能性を追求し続けている。
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