意外にも「箕面は初めて」と話す文楽の太夫・竹本織太夫さんは、ちょっぴりハイキング気分のお気に入りコーデで登場!美しい箕面の街とフィットする織太夫さんのファッションをお楽しみください。
日本庭園とマッチするオリジナルトートバッグ
今回の撮影場所は、箕面市萱野(かやの)にある「箕面市立萱野三平記念館 涓泉亭(けんせんてい)」です。赤穂藩士として歴史に名を刻み、誹諧の世界にもその足跡を残した萱野三平の旧宅です。なぜこの場所に?と疑問に思った方は、こちらの記事をお読みください。
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元禄時代の面影を残す長屋門と東土塀があり、向かい合うように資料展示室と、俳句会や茶会に利用される和室があります。庭の木々が美しく、ここでは時間がゆっくりと流れているように感じます。この日、織太夫さんは、オリジナルな刺繍(ししゅう)をほどこしたトートバッグをお持ちでした。和の庭と、カジュアルなバッグが、不思議とぴったり!
「私は伏見稲荷大社の本殿に近い場所にある、織太夫稲荷※1をお守りさせていただいていまして、このバッグの刺繍は、それを表しているのですよ」。伏見稲荷大社は、稲荷大神が鎮座した稲荷山全体が、信仰の対象となっています。その稲荷山と千本鳥居をデザイン化した刺繍は、特別にオーダーされたのだとか。さりげないのに、センスを感じるトートバッグです。
沓脱石の上で、おニューの革靴とチェンジ!
取材日は、梅雨のまっただ中。いくら「晴れ男」の織太夫さんでも、梅雨だけはどうしようもありません。これは雨が降るかもなぁと、覚悟していました。またこの日は、革靴だとお聞きしていたので、濡れないかと、それも心配でした。でも、待ち合わせ場所に現れた織太夫さんは、ちゃんと普段用の靴を履いてこられて、革靴は、トートバッグの中に!さすがです!でも、どんよりとした、今にも雨が降りだしそうな空模様なのに、傘は持参されていませんでした。なぜ……?

萱野三平記念館に到着すると、「あ、沓脱石(くつぬぎいし)※2がありますね!」と見つけられて、革靴に履き替えられました。購入されたばかりで、この日、初めておろされたそうです。ちなみにお天気は、いつしかきれいな青空に変わっていました。こうなるのを予想されていたので、傘は不要だったのですね、きっと。シックな黒い革靴に履き替えておられる織太夫さんを、撮らせていただきました。
歴史ある和風邸宅に映えるチョアジャケット
小津安二郎が映画のロケ地に好んだのでは?と思うような、趣のある空間に、颯爽と立つ織太夫さん。みなさま、今回もファッション解説の始まり、始まり~!
ファッション解説・鈴木 深
はい、今回もやらせていただきます「勝手にファッションチェック」。本日の織太夫さんは、前回のクラシカルなスーツとは打って変わって思い切りカジュアルな装い。こちらのジャケットは一見普通のデニムのような風情ですが、触ってみるとその生地の軽さと薄さには驚愕!しかも同じ生地のパンツを合わせている、ということは…こんなワーカー風の装いでありながら、実は今回も前回同様に上下おそろいの「スーツ」でのご登場、ということになります。
そして今回のキーワードは「I’M STILL STANDING!」です。

太夫が着ていらっしゃるこちらのアウターは、通称チョアジャケット。19世紀末のフランスの労働者や農夫が着ていた作業着をルーツとするワークジャケットです。最近ではハリウッド俳優のジェイコブ・エロルディ(NETFLIXの「フランケンシュタイン」の熱演が鮮烈でしたね〜!)がプライベートで愛用していて話題になりました。労働者の作業着をルーツとするチョアジャケットは、そもそも動きやすさと利便性を追求したアウターです。本来セレブリティやビジネスエリートのための「自分をアピールする服」ではなく、農場や鉄道や炭鉱などの過酷な現場で働く男たちのための「命を守る服」と言えるでしょう。
チョアジャケットのボタンを上ふたつだけとめると、織太夫さんが動くたびに裾がなびいて中に合わせた白Tシャツが顔をのぞかせます。同じく白の大きめトートバッグと相まって、インディゴブルーのスーツも軽やかに見える、というわけなんです。
中に着た白Tシャツは吊り編みでつくられたふわりとした筒型のノーシームタイプ。手に持った大きめの白トートバッグ(前出)は、15年以上使っている『L.L.Bean』。元々はLouree JOE(浄瑠璃の語源である薬師瑠璃光如来の浄土からの愛称:瑠璃の浄土)という文字だけをシンプルに入れていたそうです。昨年そこに新たに、稲荷山や本殿、熊鷹社、千本鳥居、織太夫稲荷を象徴的に刺繍して、その周りの木々や池や川の絵柄をデザインして、オーダーした唯一無二の一点。

黒でまとめた靴とサングラスは、こちらもかな〜りストイックな風情です。インディゴブルーの上下にTシャツとバッグの白を効かせて軽やかに見せ、さらに靴とサングラスの濃厚なスパイスでピリリと締める、というド変態的こだわりが今日もまばゆいほどにスパークしています。サングラスは太夫の大好物『ジャックマリーマージュ』
(竹本織太夫 着こなしの美学11参照)
マットな光を放つ靴は、アメリカ海軍(US.Navy)のブラックのサービスシューズ。こちらはアメリカ海軍が下士官たちに支給していたシンプルなプレーントウの靴のことで、海軍の公式行事や式典での正装としても用いられるが、多くは日常的に使用されていた逸品。織太夫さんのサービスシューズはホースハイド(馬の胴体部分)を使用した特別になめらかな、マニアたち垂涎(すいぜん)の一足です。バックステーがT字型になっている1940年代のモデル。アイレット(靴紐を通す穴)が6ホールなのは、この時代では珍しいディティールなのも印象的です。馬革の中でも、極上の艶と耐久性を兼ね備えたバトックを使用しています。ホースハイドのレザーは、タンニン鞣(なめ)し、ピグメントフィニッシュ(顔料仕上げ)。
そしてなんと言っても今回の注目すべきポイントは、チョアジャケットの素材です。もはや熱帯地域と言っても過言ではない現在の日本にあって、真夏に厚くて重くて硬いデニムなんて、とても着られたものではありません。ましてや上下デニムなんてもはや狂気の沙汰です。こちらの素材は一見「通常のデニムかな?」と思わせておきながら触ってみると実に軽やかで、思わず「パジャマですか、これ?」と聞きたくなるくらいの柔らかさ。ライトオンスデニムを使用した、シンプルなデザインのカバーオールで、まるでシルクのようなテクスチャーなんです。ということならいっそシルクを着てしまえば、わかりやすくラグジュアリーに見えるわけですが、我らが太夫はそんな安易な着こなしをよしとするはずがありません。これ見よがしな“高く見える”アピールなんて断じていたしません。カジュアルシーンで“いかにもラグジュアリーな服”を着る、といったわかりやすい着こなしからは距離を置き、“いかにも作業着風な服”をあえて極上の素材でわざわざスーツに仕立てて着心地を愉しむ、という複雑にねじ曲がったスタイルを貫いているわけです。「作業着に見えても実は軽やかな極上の素材感、っていう意外性が大切なんですよ。どうせ誰もわからないだろうし、わかって欲しいなんて絶対に思わないけどね」という、斜め上からの屈折しまくった美意識を今回も発動していらっしゃいます。
ポケットのデザインは、戦後に物資統制が解除されてからも、2つポケットなどの簡略化されたディティールを引き続き採用したメーカーが多く、こちらのチョアジャケットも踏襲されています。ジャケットに合わせたワークトラウザーズは、マテリアルが9oz.デニム、ライトオンスデニムを使用。ジーンズの普及に伴って、従来から普及していたワークトラウザーズにも、デニムが使用されるようになった歴史を感じます。
ここで重要なのは、なぜわざわざ作業着に見える服を着ているのか、という点です。ハリウッド俳優のジェイコブ・エロルディがあえて高級リゾートでチョアジャケットを着ているのは、単純にジャケットの形が気に入ったからかもしれませんが、我らが太夫がチョアジャケットを着る背景には特別な理由がある気がしてなりません。

毎度のことですが、今回も勝手に妄想をめぐらせて好き勝手に解説していきますので、お忙しい方は以下を読み飛ばして下さい。
チョアジャケットは、仕事の現場で着る服です。自分を実際以上に素敵に見せようとか、見られたくない部分を隠そうとか、他者にアピールすることを目的とした軽薄なスノビスムの服とは正反対の作業着です。危険な場所や厳しい環境の中で、ひたすら自分の手や頭や足を自由に安全に動かすための(つまりは現場感覚を研ぎ澄ませるための)、本物のワークウエアです。チョアジャケットを日常的に着ることによって、われらが太夫は「芸に生きる者にとっては現場(舞台)が何より大切!俺はそこから断じて離れない!」と宣言している気がしてなりません。
芸については言うに及ばず、一般的な仕事においてさえも、現場はごまかしの効かないギリギリの“勝負の場”です。キャリアを重ねるにつれ、成功するにつれ、なぜか現場の感覚から遠ざかってしまう人はかなり多く、判断はチグハグになり、生き方さえもグラついてしまう人がいるのが現実です。ライブをやらなくなってしまったスーパーバンドしかり、自らの手を動かさなくなってしまった有名デザイナーしかり、リングから遠ざかりビジネスマンになり下がってしまった格闘家しかり…どれだけ多くの天才的アーティストたちが目先の「楽すること」を優先した結果、自分の可能性にブレーキをかけて堕落していったことでしょうか。もちろんわれらが太夫はそんな輩たちとは一線を画し、ご自身の心と体の感覚に今日も今も徹底的に、磨きに磨きに磨きをかけています。

つまり太夫は「I’M STILL STANDING(絶賛戦い中)!」なんです。そんな心意気をそのまま表現し、太夫の体を包み込んでいるのが、こちらのチョアジャケットのスーツというわけです。
舞台に上がる前に戦い、舞台上で死ぬ気で戦い、文楽を盛り上げるために日々戦い、オフの日であっても戦う決意の服に身を包み…もはや熾烈なBORN TO BE FIGHTERな風情ですが、「休まなくて大丈夫?」なんて心配はいっさい無用です。
前回(竹本織太夫 着こなしの美学16参照)でもお伝えしましたが、なにせわれらが太夫の体の中には獰猛な虎が棲んでいますから!制御不能な凄まじいエネルギーが猛り狂っていますから!まだまだぜんぜん戦い足りませんから!
取材・文/瓦谷登貴子 取材協力/箕面市立萱野三平記念館「涓泉亭」

