即興でこんなにすごい絵が描けるとは!
明治時代、日本画家として初めてパリに渡った渡辺省亭(わたなべ・せいてい、1852〜1918年)は、踊り子の絵で有名な画家ドガの目の前で絵を描き、妙技で驚かせたという。その後歴史に埋もれた省亭の画業をこのほど発掘・顕彰した「渡辺省亭-欧米を魅了した花鳥画-」展(東京藝術大学大学美術館)を訪れたアートトークユニット「浮世離れマスターズ」のつあおとまいこの2人は、ドガを驚かせた鳥の絵の実物を見て、息をのんだ。
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」なるユニットを結成。和樂webに乱入いたしました。
渡辺省亭は魔術師か?
つあお:この絵ね、紙がちょっとしゅわしゅわしてると思いませんか?
まいこ:ホントだ。なんでなのでしょう?
つあお:「席画」だからかも。
まいこ:「席画」って何ですか?
つあお:画家が宴席などで客の注文に応じて即興で描いた絵のことです。この絵はひょっとすると、あり合わせの紙に描いたのかもしれない。
まいこ:へぇ。だからしゅわしゅわしちゃったんですかね。それにしても、即興でもこんなにかわいい鳥の絵が描けるものなんですね!
つあお:日本では席画はいろんな画家がやっているのだけど、この絵を見ると、描いた渡辺省亭は、改めてスゴい画家だなと思いました。席画と言われないとわからないくらい精緻です。
まいこ:ホントですね! こっちを向いてるほうの鳥の目は輝いていてかわいい。2羽が生き生きと会話してるような様子が伝わってきます。
つあお:うんうん。
まいこ:首のところの黄色いふわふわの毛とか、頭のふわふわとかそういうのもかわいい!
つあお:やっぱり「ふわふわ」に目が行きますか(笑)。
まいこ:「ふわふわ」は、私たち「浮世離れマスターズ」が信条としている「ゆるふわ」の仲間ですもんね!
つあお:渡辺省亭万歳! ちなみに、この席画は、フランス印象派周辺の画家として有名なドガの目の前で描かれたということで、この展覧会でも「推し」の1枚になってるんですよ。
まいこ:あのバレリーナを描くエドガー・ドガですよね! 自分のサインの横に「ドガース君」なんて書いてある。君付けで呼ぶほど親しかったのでしょうか?!
つあお:当時日本で廃れていた浮世絵を大量にフランスに輸出したことで知られる林忠正という画商の紹介で会ったようです。ドガは、その場でこの絵をささっと描いた省亭に本当にびっくりしたみたいですよ。
まいこ:へぇ。
つあお:早いだけじゃなくて、ホントに上手いと思う。鳥のしっぽとか、木の枝についている葉っぱみたいな細かい部分も実に端正で、生き生きとしているうえに、絵全体が優美さに満ちている。
まいこ:こんな生きてるような鳥がみるみるうちに出てくるんですから、魔術師かと思われそう! ちょっと白い花が咲いているのもおしゃれですね。余白の取り方も素敵。やっぱり日本画っていいなって思います。
つあお:それでなくても、当時のフランスの画家たちは浮世絵をたくさん目にする機会があったわけだけど、画家の技を目の前で見たのは初めてだったはず。ドガは日本美術に相当驚いたんじゃないかな。
まいこ:モネやゴッホも浮世絵大好きでしたもんね。
つあお:ドガは省亭のこの絵を一生大事に自分のコレクションにしたそうです。気持ちがすごくよくわかる。でも、省亭って、今はあんまり有名じゃないですよね。
まいこ:そうですね。私が初めて名前と絵を見聞きしたのは、5年くらい前の山種美術館でした。
つあお:おお、それは早いほうだ。とにかく忘れられてましたからね。生前は有名だったらしいのだけど。
まいこ:こんなにすごい画家がいたのに最近まで忘れられていたのがとっても不思議です。
つあお:人間て忘れっぽいですからね。たわくし(=「私」を意味するつあお語)なんか、最近人の名前が覚えられなくて、もうやばいです。
まいこ:素敵なアーティストを忘れたらいけませんよー!
つあお:は、はい(汗) それで、鳥はどうも省亭の最も得意としたジャンルだったようなんです。
まいこ:迎賓館赤坂離宮に省亭と工芸家の濤川惣助(なみかわ・そうすけ)がコラボした作品があって、話題になってましたね。この展覧会では、省亭が描いた原画が展示されてました。やっぱり鳥の絵がたくさんありました。
つあお:あれは赤坂離宮の「花鳥の間」というディナールームにある七宝額絵の原画なんです。たわくし、2年前に赤坂離宮で実物を鑑賞したのですが、原画も七宝の実物も本物の素晴らしさを持っているように感じました。
七宝焼=ふつうには銅または金、銀などを下地にして、面にくぼみをつくり、そこに金属の酸化物を着色材として用いた透明または不透明のガラス質の釉(うわぐすり)を埋め、それを焼きつけて花鳥、人物など種々の模様を表わし出したもの。(出典:精選版 日本国語大辞典)
まいこ:えっ! どういうことですか?
つあお:省亭が描いた原画は七宝で忠実に再現してもらうことを前提としているから、すでに完成作のように鮮やか。そして濤川惣助の再現の技術がまたすぐれている。だからどっちもすごいんです。
まいこ:だから原画でもあんなに楽しめたんですね! 繊細な線とか鳥のふわふわな感じとか鮮やかな色とかがそのまま七宝になっているのも、凄いことなのでしょうね。
つあお:省亭と濤川はすごく入念な打ち合わせをして七宝額絵の制作に臨んだらしいです。
まいこ:阿吽の呼吸って感じ。省亭さんは工芸のことをよくご存知だったのでしょうか?
つあお:そこ、すごく重要です。実は省亭は最初は画家として独立して生きていくのが難しいからという理由で、起立工商会社という工芸品を制作する会社で下絵を描く仕事をしてたんです。
まいこ:こんなに画家として卓越しているのに、意外な経歴!
つあお:明治の初めは、工芸品が西洋の万国博覧会などで人気で需要があったから、無名の画家が食べるためにはそっちのほうよかったということでしょう。
まいこ:そういえば、明治の工芸品の超絶技巧、素晴らしいものがたくさんありますもんね。
つあお:省亭は工芸の会社で下絵を描いていたから、工芸に精通することができたんだと思います。パリ行きも、起立工商会社の仕事だったんですよ。
まいこ:へぇ! そんな経歴があったから、濤川さんとの仕事もうまくいったんですね!
つあお:そうだと思います。
まいこ:私はインコを飼ってたので鳥が大好きなんですけど、横を向いてる時に笑ってるような顔をしてるところとか、ふわふわで愛らしい魅力が全開ですね!
「ふわふわ」が魅力の虎
つあお:鳥と一音違いですけど、省亭は虎も上手です!
まいこ:うわ、いきなり! でも、この虎、本当に魅力的! 目が鋭いのに、前足が丸くてふわふわです。
つあお:ハハハ。虎の魅力が「ふわふわ」なんて、まいこさんならではの感じ方ですね。面白いなぁ。それで、この虎は結構かわいいんだけど、リアリティーもある!
まいこ:ふわふわの毛に虎柄がしっくりとおさまってますね。
つあお:虎は日本の伝統的な画題の一つなんですけど、この虎には、それらとは違った本物感があります。
まいこ:虎は、昔は日本にはいませんでしたもんね。
つあお:江戸時代の虎の絵はだいたい中国の絵を写したり、猫を見て描いたりしてたんですよ。しかし省亭の時代は、動物園にすでに虎がいたという話です。
まいこ:なるほど! だからこんなに目の前で動き出しそうなんだ!
つあお:とはいえ、ちょっと猫っぽくてかわいいんだけど、そこは省亭の性格が出たのかもしれない。でもやっぱりこれは、本物の虎なんです。
まいこ:つあおさんの猫遺伝子に響いてますね(笑)。
花びらと一緒に落ちたものとは?
つあお:鳥と虎が共通しているのは、やっぱり生き生きしているところかな。そういう点では、省亭のもう一つの得意技である花の絵も素敵です。
まいこ:この牡丹には、爛熟感が出ていますね。
つあお:今にももげ落ちそうな感じだ。
まいこ:特にこのピンクのほうの花は、熟しきった感じがよく描かれています。
つあお:花びらの重ね方なんか、本当に巧みだと思うなぁ。
まいこ:画面の左上には、花びらが2枚しか残ってない花があって、花びらと一緒におしべもパラパラと落ちている。
つあお:なるほど。爛熟した牡丹の花もこうなっちゃうっていうことを描いているのかも! 花びらと一緒に目からウロコが落ちました。
まいこ:時間の流れを感じますね。白い花のほうは今が盛りなので、黒い蝶々が蜜を吸っている。
つあお:おお! 一見、庭のちょっとした風景を描いているようでいて、これは単なる風景画じゃないんだな。
花魁より魅力的な女性がいた!
まいこ:牡丹の絵には、いろいろな生き物の営みと時間の流れがギュッと詰まってるのかも。こっちの絵はどうですか? 7人の女性が描かれた豪華な絵。すごく惹かれました。
つあお:おお、なんて華やかなんだろう! 「竹林の七賢」という伝統的な画題の7人を、当世風の女性に置き換えたのですね。
まいこ:何といっても、真ん中の女性がすごいですね。
つあお:明らかにこの女性が主人公っていう感じ。
まいこ:ここで私が考えたいなと思ったのは、どの女性がモテそうかということです。
つあお:ほぉ!
まいこ:聞くところでは、省亭は美人画をたくさん描いた鏑木清方(かぶらき・きよかた)にも影響を与えたそうなので、この1枚には当時の男性が魅かれる女性のポイントがいっぱい入ってるんじゃないかと思うんですよね。
つあお:なるほど。私としては、やっぱり中央の女性に目が行く。花魁(おいらん)ですよね。
まいこ:花魁のどのあたりがモテそうだと思われますか?
つあお:まず、着物が華やかで存在感があって、しかも粋なところかな。
まいこ:前帯には、黄金色で文字が書いてあったりもしますね。
つあお:頭も超豪華ですよ。重そうですけど。
まいこ:キンキラキンですね。つあおさんは、見た目に惑わされるタイプと見ました。実は私が一番モテそうだと思ったのは、一番奥のピンクの着物の女性です。
つあお:おお。そう言われると魅力的だ。賛成。あゝ、優柔不断。
まいこ:なぜかというと、こちらのほうがフェミニンだと思うんです。花魁さんのほうは豪華すぎてお金がかかりそうだし、「私はセクシーよっ」という感じで、『氷の微笑』であの伝説の足組み換えシーンを演じた女優のシャロン・ストーンみたいな凄みを感じます。
つあお:花魁ですもんね。
まいこ:奥のピンクの女性は、清楚な印象です。最近私もオヤジ目線になってるんですが(苦笑)、その視点では真ん中の女性より俄然奥のピンクの女性がモテると思うんです。
つあお:着てるのは、振袖っぽい。
まいこ:だとすると、未婚の若い女性ということになりますか。モテ要素としては、まず手に羽子板を持ってるところとかですね。
つあお:ほかにもお母さんみたいな人もいるし、花魁についている子どもの禿(かむろ)も2人いる。女性を類型化するのではなく、多様性を描き出しているようで、何だかいいですね。
まいこ:色っぽさのバリエーションも様々!
つあお:これ、きっと省亭自身も描きながら楽しんでますよね。やっぱり生命を描き出しているんだな。
まいこ:そう思います。改めて、つあおさんの好みを教えてほしいなぁ。
つあお:私は女性はみんな好きです。
まいこ:その博愛主義っぽいのはずるいなぁ(笑)。女性の私としては、ピンクの女性の足の置き方が一つのポイントだと思います。
つあお:なるほど。ちょっと奥ゆかしいかも。
まいこ:そこですよね! 着物は華やかめなんですけど、足は内股で幅が狭い。私はまずこれを取り入れたいと思います。
つあお:一番左の女性は服も地味だし、あえてほかの女性を引き立てるために描いたのかな。
まいこ:髪もバサバサで帯も乱れている。しかも右手にはハサミを持っていてちょっと怖い。足もちょっとアグレッシブに踏み出しているので、モテのお手本にはならなそうです。
つあお:でも、実際にしゃべってみるとすごく気さくな人かもしれませんよ。
まいこ:ナイスフォロー! 中身できましたね。
つあお:花魁はやっぱりさすがだと思います。全身のありようにクリエイティビティーがある。
まいこ:確かに西洋でも、マリー・アントワネットとか髪を船みたいなもりもりした形にする例もありますよね。でも、パーティーとかならまだしも、日常の場面ではちょっと引いちゃうかも。
つあお:何ごとも、ほどほどが一番ですから。
まいこ:つあおさんのモテポイントは「ほどほど」ですか? バランスが重要ってことでしょうかね。
つあお:うまくまとまりましたね。
まいこの一言/美人画はモテポイントの宝庫
「美人画」として引き継がれている作品は、現代にも応用できる「モテポイント」の宝庫! 仕草や持ち物など、さりげなく取り入れるといいかも。
今回、省亭の「美人画」全般に言えたことは、女性が全て「おちょぼ口」!
私も、「大口を開けて笑わないほうがいい」とアドバイスを受けたことがあるので、今さらながら「なるほど」と納得(笑)。 もともと口は大きいのですが、それ以来、せめて大口を開けないよう意識しています!
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
展覧会基本情報
展覧会名:渡辺省亭-欧米を魅了した花鳥画-
会場、会期:
◎東京藝術大学大学美術館、2021年3月27日〜5月23日(会期中展示替えあり)
◎岡崎市美術博物館、2021年5月29日〜7月11日
◎佐野美術館、2021年7月17日〜8月29日
公式ウェブサイト:https://seitei2021.jp/
※緊急事態宣言の期間中、美術館は臨時休館となります。
※本展は、事前予約制ではありませんが、状況により変更および入場制限等を実施する可能性があります。
※最新情報はホームページでご確認ください。
主要参考文献
小川敦生「画家たちの明治維新(下)」(日本経済新聞2019年2月24日付朝刊「美の粋」面)
古田あき子「評伝 渡邊省亭 晴柳の影に」(ブリュッケ)
東京藝術大学大学美術館編「渡辺省亭−欧米を魅了した花鳥画−」(展覧会公式ガイドブック、小学館)