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2021.03.30

美女に漂う不気味さの正体は?大正時代の「妖しい絵」その妖艶な魅力に迫る!

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美女は浮世絵などの日本絵画の伝統的なモチーフだ。しかし、大正時代の日本画の世界では、単なる「美」を超えた「女」の姿が多く描かれた。「妖しい」のである。東京国立近代美術館で開かれている「あやしい絵展」を訪れたアートトークユニット「浮世離れマスターズ」のつあおとまいこの2人は、1枚の「妖しい」絵の前にたたずんだ。

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」なるユニットを結成。和樂webに乱入した次第です。

ドキドキ……! 今回は「浮世離れマスターズ」の和樂webデビュー記事です。

あの世に一緒に連れて行かれそうな怖さ

甲斐庄楠音『横櫛』  大正5(1916)年頃、京都国立近代美術館、通期展示
甲斐庄楠音(1894-1978)は京都で活躍した日本画家。

つあお:甲斐庄楠音(かいのしょう・ただおと)の《横櫛》、そこはかとなく怖いですね。

まいこ:まず、この顔がゾッとします。

つあお:何なのだろう、この不気味さは?

まいこ:口角がちょっとだけ上がってにんまり笑ってる感じ、そして、目の周りがほんのり赤いのが、怖さを増長してます。

つあお:その赤みとおしろいの白さとの対比も不気味ですね。あと、手の指先とか足の指先なんかも赤い。

まいこ:幽霊の場合は青白くて血の気がないのが怖いんですけど、《横櫛》の彼女はむしろほんのり赤く血色がある。それなのに、なぜか不気味。

つあお:確かに。生身の人間があの世に行きかけているようにも見えます。

まずは色の対比に注目!

まいこ:髪なんかは意外ときれいに整ってるんですよね。やっぱりこの不自然に長い櫛が斜め横に刺さってるのが、ちょっとあの世っぽいんでしょうか。

つあお:まっすぐ立ってるのに、いつ崩折れてもおかしくないような感じを抱かせる。

まいこ:男性のつあおさんから見て、この女性は怖く見えるんですか?

つあお:襲ってきそうな怖さというよりも、あの世に一緒に連れて行かれそうな怖さを感じます。

まいこ:それは本当に怖い! 私も気味悪いなーとは思いますが、一緒に連れて行かれそうとまでは思わないかな。

つあお:でも、着物の下の方を見ると、炎が渦巻いているように見えますよ。きっと業火だ。うわぁ、あの中には連れて行かれたくないなぁ。

まいこ:やっぱり妖しい『女性』だから、引きずり込むなら男性って感じなんでしょうね! 私は危機感は感じません。帯より上は天国っぽいですよ! 天女らしきものが舞っている。

つあお:ほんとだ。天国と地獄だ。

まいこ:そう考えると、まんざら怖いだけの絵ではないのかもしれません。

1枚の絵の中で、ふたつの世界が描かれている。そんな見方もできるんですね!

つあお:甲斐庄は、同じ構図でこの絵を実は2枚描いたそうです。

まいこ:へぇ! お義姉さんをモデルにしたんですよね。もしかしたら、そのお義姉さんがインスピレーションを引き起こすような妖艶な方だったのかもしれませんね。

つあお:ちなみに甲斐庄自身は、男色家だったそうです。

まいこ:なんと!! 

つあお:この実にほんのりした微笑には、レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》の影響もあるそうです。甲斐庄は西洋の美術書を見て《モナ・リザ》を模写しており、その影響が表れたと自己分析しているのだとか。

まいこ:《モナ・リザ》はダ・ヴィンチ自身の顔ではないか!? という説も聞いたことがあるんですが、何となく重なりますね。だから普通の女性とは違った妖しさが出てるのかもしれない!

つあお:ダ・ヴィンチ男色家説もありますし。

まいこ:納得です。

つあお:画家自身の情念のような何かを作品に投影させたと想像すると、《横櫛》はさらに意味深な存在になります。

まいこ:情念!?

つあお:この絵が描かれた頃、甲斐庄が男色家であることを知った婚約者に逃げられたという説もあるようです。

まいこ:なんと!

つあお:心の奥底に渦巻く感情の吐露なのか、退廃の表出をも許容した大正モダニズムの発現なのか? この1枚にはおそらく時代を象徴する一面があるんだと思います。だからほかの画家も「あやしい絵」をたくさん描いた。

まいこ:深いですね。

大正時代を象徴する一面……!

つあお:甲斐庄が学んだ大正時代の京都絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)には、ヨーロッパの美術書がけっこうあったのだとか。その中から画家たちは自分の感性に合ったものを取り込んでいったんでしょうね。

まいこ:画家たちが夢中になっていた様子が目に浮かびます!!

好きになった男を滅ぼす「ファムファタル」

ダンテ・ガブリエル・ロセッティ『マドンナ・ピエトラ』 1874年、郡山市立美術館、通期展示
ダンテ・ガブリエル・ロセッティ(1828-1882)は画家であり、詩人・翻訳家でもありました。

つあお:西洋の影響という点では、「あやしい絵」展にその淵源として例示されていた英国の画家ロセッティが描いた、とっても面白い絵が出品されていましたね。

まいこ:見れば見るほど魅了される絵でした。とても美しい女性が、上半身裸で冷たい石のような球体を持っていた絵ですよね!

つあお:この球体は、絵の中で凄まじいインパクトを放っています。実に意味深!

まいこ:氷のような冷たさを感じてしまう! 表情もなく冷たい女性の瞳も印象的ですね。球体と同じ美しいブルーです。

瞳と球体のブルーに注目!

つあお:ああ、確かにかなり冷たい。っていうか、怖い。

まいこ:男性のつあおさんから見ると怖いんですね!

つあお:怖い怖い。でもその怖さがなぜか魅力的だったりもするので、困ってしまいます。

まいこ:「惹かれるか、引くか」と言われたら、どっちですか?

つあお:うー悩ましい。結局は、魅力から逃れられない。

まいこ:ということはこの石の中行きですね!

つあお:えっ? どういうこと?

まいこ:この女性は、好きになった男を滅ぼす「ファムファタル」(運命の女)なんです! 自分に恋するものを捉えて石に閉じ込めてしまうのです。

つあお:うわぁ、もうやばいかも!

まいこ:しかも、一人だけじゃなくて、この石の中には餌食になった男性たちがたくさん入ってる。ゾッとしますよね。

つあお:石の中でほかの男たちと会うのはいやだなぁ。

まいこ:一人ならいいんですか?(イジワルな笑い)

つあお:やむをえまい。

まいこ:やっぱりそれが、妖しい女の魅力なんですね〜!

魔性の女、ですね!

男性が描く悪女とは違った色気が表れている

島成園『おんな(旧題名・黒髪の誇り)』 1917年(大正6年)、福富太郎コレクション資料室、3/23-4/4展示 展示風景
島成園(1892-1970)は大阪を中心に活躍した日本画家。

つあお:ロセッティは男性なので、女性に一種の魔力を感じてこんな絵を描いたんだろうなと思います。逆に、女性が妖しい絵を描くということはあるのですかね。

まいこ:島成園(しませいえん)という女性画家の《おんな》という作品は、とても妖しく見えます。描かれた女性も「ファムファタル」なのかな?

つあお:この作品、現在は《おんな》というタイトルですけれど、旧題名は《黒髪の誇り》だったようです。

まいこ:なぜタイトルを変えたんでしょうね? この女性の表情を見ると、自分の髪にうっとりしているというよりは、じと〜っとした表情で髪をとかしているように見える。

つあお:改めてこの絵の髪を見ると、すごく妖艶だなぁと思います。

まいこ:顔つきが妖しくても、この髪で色気がムンムン放たれてる感じですかね!

つあお:幻想的に描かれた、もうちょっとで床に着きそうなほど長い髪に、そこはかとなく魅力を感じます。ちょっと怖いのは、着物に能面が描かれていることです。

まいこ:女性も男性も、そして般若もいる。

つあお:般若は女性の情念を表したと言われる面ですね。

まいこ:能面って表情がないようでいて、この絵を見ると実は表情を持っていることがよくわかります。

つあお:やっぱり怖い。

まいこ:怨念を感じます。タイトルを《おんな》に改めた理由もなんとなく想像がつきます。

タイトルが深い……。

つあお:大正時代は、人間の内面の表出に執心した画家がたくさんいた。とはいっても、男性優位の世界の中で、島成園のような女性画家が活動するのは大変だったのだろうとも思います。

まいこ:ロセッティみたいに男性が描く憧れの悪女とはまた違った色気が表れている。島さん自身がこんな感じの時もあるのかもしれないし、女性として解釈した色気を表現してるのかもしれませんね。

つあお:なるほど。

まいこ:もう1つ女性視点で言うと、ロセッティのファムファタルにはちょっとなってみたいけど、島さんの悪女にはなりたくないな~(笑)。

つあお:なぜ?

まいこ:欧米系ファムファタルは、男性を破滅させつつ自分はあくまで超然とハッピーな感じだけど、日本のほうは男性を陥れた自分も不幸になってる感じがするんですよね……。

体全体がちょっとハート型

稲垣仲静『猫』  1919年(大正8年)頃、星野画廊、通期展示 展示風景
稲垣仲静(1897-1922)は、京都出身の日本画家。若くしてこの世を去りました。

つあお:たわくし(※)も超然がいいなぁ。超然とした女性といえば、猫です。

※つあおさんは「私」のことを「たわくし」と表現するのを常としているそうです。

まいこ:猫って女性なんですか?

つあお:洋画家の藤田嗣治はそう言ってたらしいし、葛飾北斎みたいな浮世絵師たちも、猫と女性をたくさん一緒に描いています。

まいこ:へ〜! 容姿だけじゃなくて、気まぐれなところもあるからでしょうかね。犬っぽい女性より猫っぽい女性のほうが色気があってモテそうですね!

つあお:ということで、猫派のたわくしとしては、稲垣仲静(いながき ちゅうせい)の《猫》。なんだか、ただ「かわいい」を超えているように思うんです。

まいこ:最初はちょっとキモい系かなと思ったのですが、よくよく見ると切れ長の目がツヤっと輝いていて、意外と健気な眼差しですね!

眼差しに注目!

つあお:犬派のまいこさん、ありがとう! 眼差しがちょっと斜だったり、しっぽがくるっと足を巻いていたりするところが、なんだか不思議。しおらしい印象です。

まいこ:猫Loverのつあおさんとしては、好みの猫ですか?

つあお:「怪しい」のに「妖しさ」に満ちている。やられちゃいそうです。ゾクゾクします。

まいこ:ということは、先ほどの女性たちと同じで、怖くて違和感も感じるけど、結局は惹かれてしまうんですね!

つあお:どちらかと言うと、猫というよりもやはり女性のような魅力をたたえているように映るのです。

まいこ:どのあたりに女性性を感じますか?

つあお:まず、体全体がちょっとハート型ですよね。

まいこ:えーっ! 思いつきもしなかった視点! つあおさんロマンチストですね。

つあお:それと、目をちょっとそらしているところ。逆にこちらが追いかけたくなる感じです。

まいこ:つあおさんは日頃、猫に見つめられることも多いって言ってましたね。この目のそらし方は妖しいんですね。

つあお:そうなんです。妖しさは魅力的。たわくしは大正時代でも生きていけそうな気がしてきました。

まいこの一言/物足りない「ファムファタル」

フランス映画などに出てくる力強くもセクシーな「ファムファタル」(仏: Femme fatale)が昔から好きなまいことしては、日本語訳の「運命の女」にいつも物足りなさを感じている。

たしかに妖しい魅力を表現しきれていないような。

「運命の相手」であったり、単なる「悪女」であるだけではファムファタルではなく、それらを満たしながら「男を破滅させる魔性性」があるからこそファムファタルなのに!

fatal(英語)の「致命的な、破滅的な」という意味を色濃くしたステキな訳がとってかわる日を待っています!

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『ゆるふわな美猫』
妖しい絵を描きたいのになぜかほのぼの絵になってしまうGyoemonの苦悩が現れた一枚。しっぽが2つに分かれているのは、実は化け猫なんですよね。

※本作品は「あやしい絵展」には出品されておりませんが、ご了承ください。
最後の最後にほのぼのした絵! 癒されます。

展覧会基本情報

展覧会名:あやしい絵展
会場、会期:
■東京国立近代美術館、2021年3月23日〜5月16日
(主な展示替えは、前期:3月23日〜4月18日、後期:4月20日〜5月16日)
■大阪歴史博物館、2021年7月3日〜8月15日
公式ウェブサイト:https://ayashiie2021.jp/

※緊急事態宣言の期間中、東京国立近代美術館は臨時休館となります。
詳細・最新情報は、美術館のHPをご確認ください。

主要参考文献

小川敦生「大正100年 京都日本画の浪漫(中)」(日本経済新聞2012年4月29日付朝刊「美の美」面)
池上英洋「ダ・ヴィンチの遺言」(KAWADE夢新書)
柳原健編「巴里の昼と夜」(「顔叢書 」第3集、世界の日本社)

書いた人

つあお(小川敦生)は新聞・雑誌の美術記者出身の多摩美大教員。ラクガキストを名乗り脱力系に邁進中。まいこ(菊池麻衣子)はアーティストを応援するパトロンプロジェクト主宰者兼ライター。イギリス留学で修行。和顔ながら中身はラテン。酒ラブ。二人のゆるふわトークで浮世離れの世界に読者をいざなおうと目論む。

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我の名は、ミステリアス鳩仮面である。1988年4月生まれ、埼玉出身。叔父は鳩界で一世を風靡したピジョン・ザ・グレート。憧れの存在はイトーヨーカドーの鳩。