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2021.05.27

映画『HOKUSAI』まもなく上映!柳楽優弥・田中泯・紫舟登壇「大波トークイベント」レポート

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かの有名な『冨嶽三十六景』の作者であり、生涯93回の引っ越しや度重なる改名など、強烈なエピソードに事欠かないレジェンド、葛飾北斎。その名を広く知られているにもかかわらず、人生全体を一続きで語られることは少ない、ミステリアスなアーティストでもあります。
2021年5月28日に公開される映画『HOKUSAI』は、そんな北斎の生涯を語る貴重な映画。本作を観た人は、北斎に関し、絵画作品だけではなく彼の人生そのものを深く感じることになり、より深い北斎像を得られることでしょう。
このたび、江戸東京博物館では、『HOKUSAI』の公開を記念して「大波トークイベント」が実施されました。登壇するのは『HOKUSAI』で北斎を演じた柳楽優弥(青年期)と、田中泯(老年期)。豪華な顔ぶれに加え、ルーブル美術館で開催されたフランス国民美術協会展で最高位の審査員賞金賞を受賞するなど、国際的に広く活躍する書家/芸術家の紫舟がゲストとして参加、鮮烈なライブパフォーマンスを披露しました。以下、トークイベントとライブパフォーマンスを通し、三人のアーティストが語る映画『HOKUSAI』と北斎の魅力についてお伝えします。

左より紫舟さん、柳楽優弥さん、田中泯さん。紫舟さんのライブパフォーマンス作品の前で

■ 映画『HOKUSAI』公式サイトはこちら
■ 葛飾北斎の情報を集めたポータルサイト「HOKUSAI PORTAL」はこちら

主演二人が語る、映画『HOKUSAI』と北斎の魅力

司会(大島由香里):昨年の公開延期を経て、このたびやっと公開の運びとなった映画『HOKUSAI』。まず率直な気持ちをお聞かせください。

柳楽:北斎の生き方やエネルギーが映画を通して伝わってほしい。映画のメッセージが皆さんに届いたらいいなと思います。

柳楽優弥さん

田中:全力以上の時間を過ごしていた、2年前の撮影の日々がまだしっかりと体に残っています。今の日本の状況でどのように受け止めていただけるのか分かりませんが、作品の情熱が伝わればと思います。

司会:実はこのトークイベントの前、お二人に本博物館の展示『特別展「冨嶽三十六景への挑戦 北斎と広重」』(※2021年5月31日(月)まで休止。詳細は公式ウェブサイトで)を鑑賞いただきました。実際にご覧になっていかがでしたか。

柳楽:名作が集結していることに圧倒されました。一つの作品を描く上で、ものすごい量のプロセスと人力と時間が注ぎ込まれているのを実感しましたね。傑作を目にして力をもらいました。

田中:とても驚きました。僕は小さい頃、マッチ箱に印刷された『冨嶽三十六景』を集めていました。今日見た作品はマッチ箱の絵とは桁違いに大きいのですが、北斎は、いろんな人たちの一人一人の体を克明に描いている。その感動ったらないですね。

田中泯さん

司会:お二人は、演じてから見る北斎の絵は、演じる前とは印象が変わりましたか?

柳楽:今日見た作品は、北斎本人が描いた絵だということに改めて感動しました。北斎は絵を描くことに集中し、70歳になっても満足していない。田中泯さんも10代から踊りを続けていらっしゃる。一つのことに向き合い続ける先輩には勇気をもらいます。

田中:北斎とは比較にならないですが、僕は踊りにしがみついています。北斎は死ぬ前に「あと5年、生きながらえることができたならば、本物の絵描きになれたのに」と言う。驚異的ですよね。恐らく(北斎の享年から5年後の)95歳でも同じことを言うのでしょう。果てしないものに立ち向かっていて、想像を絶しますね。本当に凄い力だと思います。

田中泯さんと柳楽優弥さん

書家が語る、映画『HOKUSAI』と北斎の魅力

司会:紫舟さんは、映画『HOKUSAI』を鑑賞してどう思われましたか?

紫舟:観た後は制作欲が沸き上がり、一気に70枚くらい制作しました。しかも普段より質の良い作品を描けたように思います。生きる力をたくさんもらえる映画でした。

紫舟さん

司会:主演のお二人に関し、青年期を演じられた柳楽さんの北斎はどう思われましたか?

紫舟:一番驚いたのは、最も難しい筆の所作が大変美しかったことですね。絵を描く時は呼吸と筆を合わせる必要があり、例えば線は息を吐きながら引くのですが、柳楽さんの筆はまさに呼吸をしているようでした。また手にも目がないと絵は描けないのですが、柳楽さんの所作の中では、筆が呼吸をしながら手には目がしっかりとついているようで、見とれてしまいました。

映画『HOKUSAI』より 柳楽優弥さん演じる北斎。絵を描く所作が美しい(C)2020 HOKUSAI MOVIE

柳楽:ありがとうございます。絵に関しては、東京藝術大学の先生二人に見ていただき、役作りとして練習しました。

司会:老年期を演じられた田中泯さんの北斎はどう思われましたか?

紫舟:私たちは、見えるものを描くことは鍛錬します。一方、映画の中で北斎が、見えないものを描けるようになった時があるんですね。それは風を見つけた瞬間です。あの場面における泯さんによる北斎の、狂気に満ちた笑顔が忘れられません。北斎の中で、表現したいものと見えないものがつながって、あの笑顔になったんじゃないかと思います。

映画『HOKUSAI』より 田中泯さん演じる北斎。紫舟さんが「狂気」と絶賛した笑顔(C)2020 HOKUSAI MOVIE

田中:笑顔の練習をしたことはないのですが(笑)。
自分のことになってしまうのですが、踊りも目の前で動いているだけのものではなく、目に見えない踊りが暗躍しているのです。その意味では、北斎の目と、踊りに対する目線は近いのかもしれません。

司会:芸術家として、北斎に共感した部分はありますか?

紫舟:表現者は光を浴びることもあるのですが、それ以外の影の時間が非常に長い職業です。作中、北斎が、使い込んだよれよれの筆を握りしめ、目から涙を溢れさせるシーンがあります。多くの表現者は、挫折したり諦めたり、時には逃げたいと思うこともあります。しかし「逃げたい」という意志とは別に、魂が「やめてはいけない」と教えてくれる時があるのです。
逃げたいが留まることができる。魂が震える時がある。あの時の北斎の涙はきっと、魂がそれを教えてくれた瞬間の涙だったのだと思います。

柳楽:嬉しいです。北斎に関しては、青年期の情報がなくて謎が多く、演じる上では大変でした。一方で北斎の、絵にパーソナルなものを入れないという点は、アーティストらしくてかっこいいなと思います。

紫舟:北斎は苦難が多い中、自分を失ったり迎合したりすることがなかった。あれだけの作品を生み出せた理由はそこにあるのだと思います。

生命力と躍動感溢れるライブパフォーマンス
~北斎とは何者か~

本イベント中盤、紫舟さんのライブパフォーマンスが行われました。
全長2メートルを越える和紙に紫舟さんが揮毫していきます。その姿は、さきほどまで理知的に話をなさっていた姿とは別人のよう。舞台上に漂う気迫と才気から、アートが生まれる瞬間を目の当たりにしているのだと実感させられました。

紫舟さんのライブパフォーマンス。アーティストとしての気迫に満ち、トークの時とは別人のよう

完成したのは、黒の線と鮮やかな色彩がコントラストをなし、滴りおちる青い画材が生命の源の水、赤い画材が熱い血潮を連想させる、生命力溢れるダイナミックな作品でした。

描きあがった作品。鮮やかな色彩とパワフルな筆致に惹きこまれる

司会:この作品について教えていただけますか。

紫舟:今、私たちは困難な状況にあります。ですが『HOKUSAI』は、生きる力や踏ん張ろうという思いを感じさせる映画でした。絵の中で大きなうねりや波を起こし、太陽の赤や光の黄色を入れ、多くの人に届くように「生き抜け」というメッセージを書かせていただきました。

柳楽:圧倒されますね。北斎はとても生命力を感じさせますし、「生き抜け」という言葉はこの時代にすごく響きます。

柳楽優弥さん

司会:新型コロナウイルス禍の中、北斎的な生き方が響いているのでしょうか?

紫舟:私は『HOKUSAI』に背中を押してもらいました。何かを簡単に諦めたり、やめたりすることはできますが、この映画はそうではない力をくれます。

柳楽:今回、改めて、「生きる」ということについて考えさせられました。
北斎が生きていた時代は、描くことに制限がなかったわけではありません。ですが北斎は創作欲を失わずに向き合い続けた。それが素晴らしいと思います。
創作欲を失わない人からはエネルギーをもらえます。この絵を見ていると、それを強く感じますね。

田中:北斎は、人が生きていく姿を克明に描いています。北斎の、生き抜いている人に注いでいる目(眼差し)は、すごく強かったんじゃないかと思います。だから北斎に目(眼差し)を注がれた人々は、北斎を好きになります。
北斎は、自分のことだけに集中していたのではなく、世間に対して風を送る人だった。表現者とそれを受け止める人たちの間に関係性が成立していることが天才的だと思います。

司会:映画の中で「目に映っている」という言葉がありますけど、北斎の「見る力」というのも素晴らしかったんでしょうね。

田中:そうですね。他者に目(眼差し)が注がれていない人に、他者に関心のない人間に、誰が関心を持つでしょうか。

田中泯さんと柳楽優弥さん

司会:それでは最後に、主演のお二人からメッセージをお願いします。

柳楽:今、大変な状況ではありますが、北斎からは生命力や生き抜く力を得られます。北斎のメッセージは今の時代に必要なものだと実感しています。多くの人の背中を押す作品になっていると思いますので、是非ご覧ください。

田中:僕は、北斎の老年期から最晩年を演じました。北斎は生きることを特別なこととしていたわけじゃない。好きなことを精一杯やっていました。
生き抜く強さは、人によって差があるわけではなく、皆が持っているものです。うまく発揮できるか考え続けなくてはいけない。北斎はそういうことを心の中で叫びながら描いていた。その強さは誰にでもあるはずだと、僕は思います。

映画『HOKUSAI』より 田中泯さん演じる北斎(C)2020 HOKUSAI MOVIE

撮影:永田忠彦

▼イベントの様子は、Youtubeでも視聴できます

5月28日(金)劇場公開! 映画『HOKUSAI』

『HOKUSAI』5月28日(金)全国ロードショー(C)2020 HOKUSAI MOVIE

工芸、彫刻、音楽、建築、ファッション、デザインなどあらゆるジャンルで世界に影響を与え続ける葛飾北斎。しかし、若き日の北斎に関する資料はほとんど残されておらず、その人生は謎が多くあります。

映画『HOKUSAI』は、歴史的資料を徹底的に調べ、残された事実を繋ぎ合わせて生まれたオリジナル・ストーリー。北斎の若き日を柳楽優弥、老年期を田中泯がダブル主演で体現、超豪華キャストが集結しました。今までほとんど語られる事のなかった青年時代を含む、北斎の怒涛の人生を描き切ります。

画狂人生の挫折と栄光。幼き日から90歳で命燃え尽きるまで、絵を描き続けた彼を突き動かしていたものとは? 信念を貫き通したある絵師の人生が、170年の時を経て、いま初めて描かれます。

公開日: 2021年5月28日(金)
出 演: 柳楽優弥 田中泯 玉木宏 瀧本美織 津田寛治 青木崇高 辻本祐樹 浦上晟周 芋生悠 河原れん 城桧吏 永山瑛太 / 阿部寛
監 督 :橋本一 企画・脚本 : 河原れん
配 給 :S・D・P ©2020 HOKUSAI MOVIE

公式サイト: https://www.hokusai2020.com

書いた人

哲学科出身の美術・ITライター兼エンジニア。大島渚やデヴィッド・リンチ、埴谷雄高や飛浩隆、サミュエル・R.ディレイニーなどを愛好。アートは日本画や茶道の他、現代アートや写真、建築などが好き。好きなものに傾向がなくてもいいよねと思う今日この頃、休日は古書店か図書館か美術館か映画館にいます。