あるときは石で、あるときは金属で、あるときは紙で……。イサム・ノグチほど多様なスタイルの作品を生み出した彫刻家は稀有な存在でしょう。東京都美術館の「イサム・ノグチ 発見の道」展を訪れた浮世離れマスターズのつあおとまいこがその作品を見た感想は? 「愛だ!」とつあお。「全集中!」とまいこ。
どうやらそこには、すごい世界が待ち受けているようなのです。
イサム・ノグチとは?
アメリカの現代彫刻家。ロサンゼルスで詩人野口米次郎とアメリカ人女性との間に生まれる。日本で少年期を過ごしたのち渡米。初めボーグラムに彫刻を学び、1927年渡仏してブランクーシの助手となる。1932年ニューヨークに工房を構えて以来、公共彫刻やランドスケープ・デザインなど、また舞台美術の分野でも特異な活動を展開した。(引用元=「日本大百科全書(ニッポニカ)」)
えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて、世界的彫刻家イサム・ノグチに彼らは何を見出したのでしょうか。
いい人の魂の集合体!?
つあお:イサム・ノグチは彫刻家だけど、このインスタレーションはなんか違う。彫刻っていう感じじゃない。宙に浮いてるからですかね。
まいこ:ホントですね。彫刻の概念が一気に覆される感じです!
つあお:大きな玉があったりちっちゃな玉があったり。それがこれだけの数あると圧巻なんだけど、なんだか気持ちいい。
まいこ:ノグチさんの『あかり』シリーズは国内外のいろんなところで目にしてきましたが、こんなにたくさん集まっているのを見て、なんだか今までにない感慨を覚えました!
つあお:ひょっとしたらこれ、人間の魂がたくさん浮かんでるのかな。
まいこ:昔からヒトダマは暗闇に浮かんでいる。でも、おばけが出そうな感じはしないです。
つあお:きっとヒトダマだとしても、いい人の魂の集合体に違いないな。
まいこ:よくよく見ると、一つ一つ、大きさも違うけれど、竹の通し方とか模様も全然違うんですね。
つあお:そうそう、みんな同じようでいて、実は一つ一つに個性がある。
まいこ:和紙と竹と光でできた彫刻! こんなに軽やかな彫刻は世の中にあったのでしょうか?
つあお:最近でこそ、宙に浮くようなインスタレーションを現代美術家が作ることはありますけど、ひょっとすると「彫刻」としては、ノグチ以前にこんなのはなかったかもしれない。
まいこ:やっぱり! ノグチさんがそれまでさんざん石など硬くて重い素材で彫刻を作っていたのに、いきなりこんな作品を作ったことにも驚きました。
つあお:ノグチは、お父さんが日本人でお母さんがアメリカ人。文化としても二つの国にルーツを持つ人なんですけど、彫刻家としてのルーツはきっと、最初は西洋にあったんでしょう。
まいこ:どちらか一つのルーツしかなかったとしたら、もしかしてこの光の彫刻としての『あかり』って生まれなかったのかも、ですね。
つあお:そう思います。ノグチは日本に来て岐阜で見たちょうちんをヒントにこのシリーズを制作したらしいんだけど、多分ちょうちんをただ並べても、こんなに造形的にはならないだろうなぁ。
まいこ:実は、会場に入ってすぐに目の前に広がったこの丸い光たちがちょうちんだというイメージが一切湧かなかったので、後でハッとしました。
つあお:というと?
まいこ:想像ですけど、ずーっと光を彫刻にしてみたいという想いはあったのだけど、西洋的な彫刻の概念にとらわれていた時期は、形も質量もないものを彫刻にはできなかった。。。
つあお:ノグチは第二次大戦中、電気を使って光を発する彫刻を作ってるんです。
まいこ:そうなんですね!
つあお:たとえば『ルーナ・インファント』。でも、確かにそれは、ブランクーシなどの彫刻家に学んだと思われる堅牢な彫刻の延長線上にある表現でした。
まいこ:やっぱり! だから、岐阜でちょうちんを見て、「光そのものを彫刻にできるじゃないか!」とひらめいたのではないかな~!
つあお:鋭いかも! 紙や竹という新しい素材とテーマを得て、ノグチ自身、作るのをけっこう楽しんだのだろうなあ。ノグチならではの日本文化の再創造とも言えそうです。
まいこ:丸いのばっかりではなくて、四角い建築物のような光の彫刻もあるのですね。
つあお:こちらはちょうちんよりも行灯に近いかな。たわくし(=「私」を意味するつあお語)は、これらの作品には、今度は人格を感じてしまいました!
まいこ:わかる〜! 丸いのは上からつられてましたが、四角くて長細いのには足がついてる。
つあお:そしてね、目とか口とか描きたくなっちまったんですよ。
まいこ:Gyoemon画伯(=つあおの雅号)なら朝飯前ですね!
つあお:しまった、見破られたか(笑)。でもね、アート作品だから魂がこもっているのは自然な感じがします。
まいこ:やっぱりこの作品にはノグチさんが宿っているのですね。
丹田に「全集中」
つあお:彫刻の概念を覆すといえば、こちらの作品は『坐禅』というタイトルなんですよ。
まいこ:作品リストに『坐禅』と書かれたものがあったので探していたのですが、遠くからすぐにこれだとわかりました!
つあお:この作品を見てタイトルを当てろって言われたらわからないけど、『坐禅』という作品を探せと言われたら、きっとわかりますね。
まいこ:はい。人間の形はなくしているのに「坐禅」と自動的に納得してしまいました。不思議〜!
つあお:ノグチもきっと日本に来たときにお寺などで坐禅をしてみたんだろうなぁと想像しています。
まいこ:きっとそうですね! 丹田のあたりに「全集中」して手が祈りの形をしてるって感じがします! 私は坐禅を組んだことはないのですが、長年ヨガに通ってたので、そう感じました。
丹田=へその少し下のところで、下腹の内部にあり、気力が集まるとされる所(引用元:デジタル大辞泉)
つあお:全集中! この彫刻が横に並んでいたら、たわくしも5時間くらい坐禅できるかなぁ?
まいこ:それは個人の資質だから、彫刻と関係ないんじゃないですか(笑)?
つあお:ははは。でもね、この彫刻にはノグチが乗り移っていてオーラがあるから、横にいるとたわくしにも伝わってくると思うんですよ。
まいこ:さすがです!
つあお:たわくしがもう一つ、この彫刻で素晴らしいと感じるのは、薄っぺらい板で構成されていることなんです。薄っぺらいのにすごい確固としている。
まいこ:本当ですね。この彫刻の丹田に宇宙のエネルギーが集中しているからじゃないでしょうか?
つあお:そう。薄いから逆にすごく宇宙への広がりがあるんじゃないかなと思うんですよ。
まいこ:私は、日本の折り紙のようだなとも思うんですよね。だから、この彫刻もノグチさんが二つのルーツを持っていたからこそ出てきたような気がするんです。
つあお:確かに。折り紙は1枚の四角い紙からすごく複雑な造形をすることもあるし、日本発のとてもコスモポリタンな芸術だと思います。
まいこ:今世界中でちょっと流行ってる感じもありますね。
つあお:たわくしも、時々折ることがあります。
まいこ:つあおさんが折り紙? 何を折るのかな?
つあお:スペースシャトルとか。大小2枚の紙でそれぞれ折って、小さいほうを大きいほうに載せて一緒に飛ばすと、途中できれいに分離して、それぞれが美しい軌跡を描くんです!
まいこ:すごい! ノグチさん並みに宇宙的?!
つあお:ただね、丁寧に折っていると肩が凝るんですよね。変なところに力が入っちゃってるんでしょうね。次はもっと丹田に意識を集中するようにします。「全集中」が必要だな。
まいこ:つあおさん、いきなり「全集中」トークをマスターしましたね(笑)。
すべてを包み込む愛がある
つあお:ノグチの代表作としては、『ヴォイド』という作品がすごく印象に残ってます。
まいこ:優しく丸みを帯びていて心地よい形なんですけど、真ん中がずいぶん大きく開いてますね。
つあお:「ヴォイド」という言葉は「穴」という意味ですからね。「空虚」という意味もある。惹かれます。
まいこ:私には「空虚」はぽっかり空いた感じが寂しくてちょっと怖いのですが、どういうところが魅力的なんですか?
つあお:先ほどの『坐禅』で見せた「全集中」に呼応するように思うんですよ。坐禅をしているだるまのようにも見える!
まいこ:ちょっと真ん中辺に丹田が見えてきたかも!
つあお:空虚な部分が実はとても深い世界への入り口なのではないかと。丹田と近しい存在感を持っているようにも思います。
まいこ:だんだん生き物めいてきました!
つあお:たとえば、何かつらいことがあったら、ここに逃げ込んじゃう。
まいこ:空虚って優しくしてくれたりするんでしょうか?
つあお:その世界に行ってみないとわからないけど、ノグチはきっとお母さんの愛に優しく包まれていたから、潜ってみたら愛に包まれるんじゃないかと、たわくしは勝手に信じています。
まいこ:それは意外です! 私はノグチさんがお父さんにもお母さんにも優しくされなくて、それでずっと空虚なんだと思ってました。超イケメンなのにいつも寂しさが漂っている。。。だからモテたのか? なんて。
つあお:母親のレオニー・ギルモアは、米国で一人でノグチを生み、最初は十分な環境なので米国で育てることに喜びを感じていたフシがあります。ただ、当時、排日感情が現地で高まり、ノグチを日本に連れて行って父親の野口米次郎と一緒に育てたいと思った。そんな経緯があるんです。
まいこ:複雑ですね。
つあお:だから母親はずっとノグチにはやさしかったんだと思います。ノグチはその後アイデンティティで悩むことにもなるけれど、この『ヴォイド』にはすべてを包み込む愛があるように思えてなりません。
まいこ:そうかもしれませんね! ぽっかりと空いた穴は大きいけれど、形は優しいですものね。
つあお:そう、ずっと見ていると、このふんわりした形が優しいお母さんのように見えてくる。そしてね、ここからイサム・ノグチはきっと遠い宇宙にもつながるような感覚を覚えていたんじゃないかなと思ってるんです。
まいこセレクト
イサム・ノグチの彫刻がふわふわなソファになっている! ということで迷わず座る(笑)。優しい形、手招きしているような温かい色♪ 家にあったらいいな!
つあおセレクト
イサム・ノグチには、地球を彫刻素材としているというイメージを持っています。公園全体を作品にしている札幌市のモエレ沼公園がその代表作。そして、こうした彫刻作品を見ても、「をを、地球の中から出てきたんだなあ!」と思ってしまうのです。
つあおのラクガキ
浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。
今の世の中が必要としているのは、愛に満ちた「全集中」なのです。
展覧会基本情報
展覧会名:イサム・ノグチ 発見の道
会期:2021年4月24日(土)~8月29日(日)
会場:東京都美術館(東京・上野)
公式ウェブサイト:https://isamunoguchi.exhibit.jp/
※本展覧会では、日時指定予約制を導入しています。
参考文献
ドウス昌代『イサム・ノグチ(上)(下)――宿命の越境者』(講談社文庫)