2021年8月21日(土)から 9月12日(日)の期間、千葉県の千葉駅や稲毛駅周辺にて、『千の葉の芸術祭』の一部である写真展、『CHIBA FOTO』が開催されます。
『千の葉の芸術祭』は、「体験・創造ワークショップ」である『ななめな学校』、「伝統文化・新しい文化の発信」である『生態系へのジャックイン展』、そして写真の芸術展である『CHIBA FOTO』の三部からなる、千葉市で初めての芸術祭。本展に出展しているのは、国際的に活躍する川内倫子をはじめ、木村伊兵衛写真賞などの大きな賞を取得したり、美術館で個展を開催しているような12名の豪華な顔ぶれ。第一線で活躍しているアーティストが集結していることに驚かされます。
今回は、『CHIBA FOTO』の中で印象的だった作品の一部をご紹介。写真家たちは、かつて千葉に住んでいたり、活動拠点にしたり、あるいは今回の展示で初めて千葉をモチーフにしたりと、さまざまな立場やアプローチで作品づくりをしていました。
歴史的建造物に眠る記憶
過去の時間を現在に蘇らせる
会場の一つ、旧神谷伝兵衛稲毛別荘は、浅草の神谷バーや、茨城の牛久シャトーの創設者である日本のワイン王、神谷伝兵衛の大正7年に建てた別荘。国の登録有形文化財に指定された由緒ある洋館で、天井飾りや欄間の装飾など細部まで趣向が凝らされ、往年の栄華が偲ばれます。
建物の中に入ると、豪奢な広間に写真が点在しています。シャンデリアに照らし出された写真は、個人や家族の私的なスナップショットです。
金川晋吾の展示『他人の記録』は、この建物で働いていた花光志津という女性の日記から始まりました。そこでは、旧神谷伝兵衛稲毛別荘に中国清朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)の妹たちが住んでいたことが綴られていたそうです。
この日記の存在に魅了された金川は、日記のコピーから作成した冊子とともに、花光志津の家族が所持していた写真を展示。昔の面影を残す部屋で作品を見ていると、その空間と写真に写っている人々が、日記の中に息づいているように感じました。なお、地下にはポートレート作品が紹介されています。
二階に展示されているのは横湯久美『時間 家の中で 家の外で』。祖母亡き後の痕跡を追いかける写真は、祖母が生前歩いていた道や、亡くなった祖母の顔を苺で覆い、魚拓のようにとったものを捉えています。
作品の中には、横湯が小学校三年生(一年生か二年生だった可能性もあります)くらいに描いた祖母のスケッチを撮影したものも。子供の頃から巧みだった絵画から、今の写真表現に辿り着いたのだと考えると、表現手段を探ることの重要性や可能性を実感します。なお横湯にとって、絵は自分の中で咀嚼するうちに変化し、写真は対象を全部そのまま塊で獲得できる点で異なるとのことです。
ちなみに、旧神谷伝兵衛稲毛別荘に併設する千葉市民ギャラリー・いなげでは、『海の記憶を伝える稲毛アーカイブ展』を開催。写真やスライドを漁具などとともに展示し、稲毛という地域全体の歴史を辿る構成になっている本展は、旧神谷伝兵衛稲毛別荘で開示されている個人的な記憶と響き合っているように感じました。
水の輝きと日々のきらめき
稲毛海岸の今の姿と、子育てを通した日常の尊さ
明治中期以降、千葉県の稲毛は保養地として人気を博し、別荘や別邸が建てられ、多くの文人墨客が訪れたそうです。
現在の稲毛海岸を捉えた楢橋朝子の『SEA SIDE LINE』が展示されているゆかりの家・いなげは、愛新覚羅溥儀の実弟である溥傑(ふけつ)と妻・浩が、半年間ほど新婚生活を送った和風別荘建築。ここでは、水中から暮らしのある場所を写真で捉えるアーティスト・楢橋朝子の作品が、もともと海を眺めることができた場所に展示されるという逆転が起こっています。また、歴史の重みが漂う場所に、現代を捉えた作品が持ち込まれているさまも新鮮で爽快でした。
2016年に出産し、千葉でも子育てをする川内倫子の展示『AS IT IS』は、千葉市コミュニティセンター松波分室(旧大木ナカ邸)で開催。子育ての中で出会う小さな生き物や初めての死、なにげない日常の風景が捉えられた写真と映像は未来への希望を感じさせ、展示空間は優しい光で満たされているようでした。
会場にはツバメの子育てに関連する作品もあり、命の重さとゆるぎない力を感じさせます。
千葉の中心地にある力強い作品のかずかず
人々が行きかう会場で、千葉という場所を知る
『CHIBA FOTO』の中で、そごう千葉店や千葉市美術館といった中心地付近にある作品は、多くの人が行きかい、歴史をつくってきた千葉という場所の輪郭を示しているようでした。
千葉駅からすぐ、そごう千葉店の9階では宇佐美雅浩の『宇佐美正夫 千葉 2021』を開催。千葉市で生まれ、30年間生活したという宇佐美は今回の制作の舞台を千葉と定め、亡き父が長年勤めたJFEスチール株式会社(旧川崎製鉄株式会社)を舞台とする作品を制作しています。
そごう千葉店の海側南エレベーターにも作品が。言葉と写真を組み合わせて風景を表現する清水裕貴の『コールドスリープ』は、エレベーターのガラスの壁面に展示されています。エレベーターが移動すると外の風景が変わり、作品の切なさや儚さをより強調しているように感じました。なお『コールドスリープ』は、千葉市中央コミュニティセンター2階店舗跡地でも公開されています。
千葉市美術館にも複数の展示があります。
美術館1階のさや堂ホールにある蔵真墨『千の葉のひとびと』は、千葉市で暮らすさまざまな人々を2020年から21年にかけて撮影したもの。コロナ禍の中、多様な文化的背景を持つ人々が、ゆったりとした雰囲気の中で暮らす千葉市の日常が伝わってきます。
同じくさや堂ホールの『Geography / Boundaries』の作家は佐藤信太郎で、1992年に東京湾岸の埋立地の地表を撮影した「Geography」と、「境界」をテーマにした「Boundaries」で構成されています。このシリーズはさや堂ホールの柱や床などに馴染み、不思議な調和をもたらしていました。
美術館9階の市民ギャラリーにある本城直季の『地域と学校』は、千葉市の街や工業地帯、野球場や学校を空撮したもの。被写体をジオラマのように撮影する本城の作品の中では珍しい演出を加えた写真や、小学校のコマ撮りを繋げた映像写真も見ることができます。
なお、会場はパーティションの出入り口が家の形のようになっていたり、壁の一部の色味がパステルカラーになっていたりと、随所にかわいらしい要素が。写真についたキャプションの文字もキュートですが、こちらは作家による手書きとのことです。
千葉県内に住む写真家、北井一夫の『写真集の裏側』は美術館11階の講堂で鑑賞できます。ここではポスターやカレンダーのような印刷物、そして50冊近い写真集とその版下や刷り出し原稿まで、北井の多様な写真が一堂に会しています。半世紀以上前の千葉の姿から、現在の千葉市をデジタルカメラで撮影した新作「千葉 街路樹」に至るまでの写真のかずかずは、千葉という場所の雰囲気や性質、移り変わりを示しているようでした。
個性豊かな写真家が揃う『CHIBA FOTO』は、千葉という場所や歴史、過去から現在、未来に至る姿など、千葉のさまざまなありようを見せてくれます。全ての会場で反射するミラーが使われており、作品自体や、今の千葉の姿、鑑賞する人の気持ちなど、まるで写真そのもののように、複数の要素を重層的に反映しているように思いました。
これほど豪華なアーティストが揃う芸術祭であるにも関わらず、鑑賞は無料というのも嬉しいところ。今後も千葉でこのような芸術祭が開催・持続されると嬉しいですね。
展覧会基本情報
展覧会名:『CHIBA FOTO』
場所:千葉市内13会場 中央区エリア(9作品)・稲毛区エリア(4作品)
会期:2021年8月21日(土)〜2021年 9月12日(日)
入場無料
公式HP:https://sennoha-art-fes.jp/chibafoto